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『祭』とある二人の妊婦の決闘

そこは、知る人ぞ知る、地下の秘密のリング。 とある闇組織が所有するそこは、毎回、非合法にして決して表では行われないような行事を日常茶飯事のように行われている。 今夜もまた、組織に目を付けられた憐れな女たちによる、悲惨な決闘が繰り広げられる事だろう。 ―――相沢美月。二十五歳。 小さな喫茶店を夫と営んでいたが、交通事故によって店に車が突っ込み、更に引火して火事になったことにより、経営が困窮。 なんとか立て直す為に借金をするも上手くいかず、その上夫は家計を保つ為に掛け持ちにバイトした事による過労が祟って逝去してしまう。 抱えた莫大な借金は、身籠った体ではどうする事も出来ず、今回の一戦に一縷の望みをかけ、参加を決意。 妊娠十ヵ月。 出産予定日、残り十日。 ―――芹沢陽子。二十五歳。 とある中小企業の社長夫人。 小さな会社であり、裕福とは言えない生活ではあったが、夫婦仲は良好であったが、ある日不景気を受け、会社が立ち行かなくなり、倒産。莫大な借金を抱えてしまい、返済の日々を過ごすも夫が工事現場での事故で死亡。 受け取って保険金ではとても返済は出来ず、だが身籠った体ではどうする事も出来ず、今回の一戦に人生を賭ける勢いで参加を決意。 妊娠十ヵ月。 出産予定日、残り十日。 赤コーナー控室にて。 「お母さん、頑張るからね」 大きく膨らんだお腹を撫で、優しい表情でその時を待つ女。 相沢美月―――今回の戦いで、借金を全て帳消しにしてもらうという条件で、この非合法な決闘『祭《サイ》』に参加する事を決意した女性である。 長く伸ばし、膝までに届きそうなほどに伸びた黒髪。宝石のように紅い瞳、母性的な顔立ち。 それに加え、バスケットボールサイズの乳房。安産型の大きな尻。そして、子を内に秘める大きなお腹。 母親である要素をそろえた女性であり、出産間近の妊婦である。 そんな彼女が、この戦いに参加している理由は一つ、子の未来のために、借金を帳消しにするため。 夫が死んで未亡人となり、まさしく不幸のどん底にいた彼女に、闇から手を伸ばすように、彼らは現れた。 『こちらの条件を達成すれば、今抱えている借金を全て無しにしよう』 もはや美月にそれを拒む余力はなく、その甘言にあっさりと乗っかってしまった。 そして出された条件は『妊娠したまま、ボクシングで相手に勝利する事』。 それは、腹の中の子を危険に晒せと言っているようなものだった。 しかし、拒否するというのならこの話は無しだと言われ、子の未来のために美月は渋々ながらもそれを承諾するしかなかった。 その一方で、こちらは青コーナーの控室。 「お母さん、絶対に勝つから」 美月と同じく、丸々と膨らんだお腹を愛おしそうに撫でる女がいた。 芹沢陽子。美月と同じく、借金を帳消しにするために『祭』に参加する事を決意した憐れな女である。 遺伝故の膝まで伸びた真白の長髪。宝石のように青い瞳。母性的な顔立ち。 バスケットボールサイズの乳房、丸々とした安産型の尻。そして子を身籠っている腹。 顔以外のあらゆる要素が、まるで対称であるかのように美月と似通っている女であった。 彼女もまた美月と同じく子の未来のために借金の帳消しを条件にこの決闘に臨んでいる。 お互いに、子の未来のために、覚悟してここにきている。 負けは死に等しく、勝利を手にすることは生存を意味する。 もはや退路は無かった。 「美月様」 「陽子様」 「「お時間です」」 それぞれの控室に、彼女たちの世話係に任命された女性がやってくる。 「はい、今行きます」 「分かりました」 それに応じて、二人は決戦の舞台へと向かう。 実況は無い。観客もいない。 いるのは、敵と互いのセコンド、そして審判のみ。 そんな場所に、美月と陽子はガウン姿で踏み込んだ。 「「っ・・・!」」 相手と対峙した途端、緊張が高まる。 しかし、ここまで来た以上、逃げるわけにはいかない。 リング内に、その足を踏み込む。 「相沢美月、準備完了しました」 「芹沢陽子、準備完了しました」 セコンドの二人がインカムでそう報告し、返事が来ると、美月と陽子のガウンを脱がす。 ボクシンググローブ、ブーツ、そしてTバックショーツのみと言ったトップレス姿を晒し合う。 「「うう・・・」」 その姿に、二人は羞恥心を露わにする。 胸を隠し、視線を伏せ、淑女であろうとする意識が感じられた。 しかし、そんな事知ったことじゃないとばかりに、審判が二人に声をかける。 「両者、前へ」 二人は、リング中央近くで向き合う。 「この仕合は通常のボクシングと違い、相手がダウン状態以外であればあらゆる攻撃が認められます。決着はノックアウトのみ。ダウン後10カウントで決着とします。いいですね」 「「はい」」 「では―――」 ゴングが鳴った。 二人は緊張した面持ちで構えた。 互いに様子を見るような展開となり、開始数秒は静かなものだった。 ちなみに、二人とも喧嘩の経験は無い。 恵まれた環境で育った彼女たちは、礼儀正しく、品行方正な女性へと育ったために、殴り合いの喧嘩なんて幼い時以来である。 その為、人を殴るのを躊躇していた。 その上、ボクシングの経験もない。 だからあるのは、子を守りたいという意志だけ。 その為に、目の前の相手を、地獄へと突き落とさなければならない。 先に動いたのは美月だった。 「えいっ」 「っ!?」 ジャブが陽子の顔に迫る。 それに驚いて体を仰け反らせる事で当たらなかったが、それを機に戦いは動く。 「やあ!」 「きゃっ」 陽子が反撃し、右拳がぺちん、と左乳に当たる。 (あたった・・・!) グローブ越し伝わった感触に、思わず緊張してしまう陽子。 だが、そうしている間に、 (反撃しないと、負ける!) 美月がまた拳を繰り出した。 「ひぃん!?」 右乳にぐにゅりと拳が突き刺さった。 (や、柔らかっ・・・!?) その柔らかさに、美月は目を見開く。 だが、そうして呆けている間に、陽子は既に拳をあげていた。 (負けたくない・・・!) 陽子の拳が、美月の顔面に突き刺さった。 「あっ」 がくり、と床に膝をつく美月。 「ダウン!」 審判が二人の間に入り込み、仕合を一時中断させる。 カウントが始まり、美月の負けへのカウントダウンは始まる。 陽子は自分のコーナーに戻り、どうかそのまま終わってくれと願う。 しかし、あの程度では終わる筈もなく、美月はなにごとも無く立ち上がった。 (油断した・・・) 負ければ、お腹の中の子供の未来を失う。 それは、自身にとっての死と同じ。 であるならば。 「ファイ!」 仕合が再開し、陽子は身構える。 しかし、今までの軽い攻防からは信じられないような一撃が、陽子の顔面に突き刺さった。 「へぶぅ!?」 予想外の一撃に、陽子は尻から床に落ちた。 「ダウン!」 陽子は、審判にカウントされてる最中で見上げた。 こちらを見下ろし、自分を『殺す』つもりで殴った女の顔を。 それを見て、陽子も覚悟を決めた。 (負ければ死、この子は、生きられない・・・) (この子の未来を、想うのなら・・・) ((目の前のこの人を、殺さなければならない!)) 二人の妊婦・母・女・雌―――人生を賭けた戦いが、本当の意味で幕を上げた。 第一ラウンド、二分三十秒――― 「やぁあああ!」 陽子の拳が、美月の腕に当たり、反撃の美月の拳はあっさりと躱された。 二人とも、ボクシング未経験者。 しかし、素人であっても肉体の性能が互角であるならば、それなりにいい試合にはなる。 幾度となく顔や胸に拳を当て、互いに削り合う二人は、幾度となく拳を交えていた。 (倒さないとっ倒さないと・・・!) (倒れてっ倒れてっ倒れて・・・!) お腹の中の子供のために、早期決着を選んだために前のめりに殴り合う。 しかし、その狙いは決してボディに向く事は無かった。 互いに妊婦。その場所を攻撃する事は本能的に忌避しているのだ。 しかし、だからと言って二人は殴り合うのをやめない。 ―――カーン!! ゴングが鳴り、審判が二人を止める。 「はあ・・・はあ・・・」 「ふう・・・ふう・・・」 激しく動いて汗を掻いたのか、肌が艶めかしく光っていた。 自分のコーナーに戻り、そこに用意された椅子に座った二人は、俯いてセコンドの診断を受ける。 ((どうしよう・・・たぶん、かなり時間がかかる・・・)) 勝敗はKOのみ。ラウンドの制限やその他のルールはない。 だから、待っていても仕合は終わらないし、倒さない限り、子供の未来はない。 ((速く終わらせよう・・・なるべく、早く・・・)) インターバル宙、二人は第二ラウンドでの作戦を考えた。 第二ラウンド――― ゴングが鳴る。そして審判が合図をする。と、同時に。 「「え」」 ぐしゃあ!!! と、互いの拳が顔面に突き刺さった。 「「へぐぅ・・・」」 そのままよろよろと数歩その場でよろめいたかと思えば、クリンチして必死に耐える。 ((いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい・・・!!)) 痛みに耐性の無い二人には、その痛みはあまりにも辛かった。 眼から涙が溢れ、殴った拳は痛み、殴られた顔はもっと痛かった。 辛くて、やめてしまいたいと、想ってしまっていた。 だが――― とん 「「っ・・・!」」 二人の密着した腹の中の子が―――実際にはどちらの子なのかは分からなかったが。もしくは同時だったかもしれない―――お腹を蹴った。 その命の反応に、二人は、歯を食い縛ってクリンチを解く。 そしてふらつきながらも拳を構え。 「「私たちのために・・・死んでください」」 死闘が、始まる。 第三ラウンド 幾度となく繰り返される拳の応酬。 「ぶへぇっ!?」 「ダウン!」 その最中で陽子が顔面を殴られて床に倒れる。 「はぁー!はぁー!はぁー!はぁー!」 そんな彼女を、美月は疲れた様子で見下ろす。 しかしカウントが始まるも陽子はすぐに立ち上がり、再び激しい殴り合いを繰り広げる。 素人であるが故に、出すパンチは全部テレフォンパンチ。 偶にジャブの真似事などをするが、二人はとにかく後退することなく殴り合った。 引いたら負ける。 そんな言葉がいつまでも頭の中に響いていた。 「ぼっほぉ!?」 「ダウン!」 今度は美月が顔面を殴られて倒れる。 「ぜぇー!ぜぇー!ぜぇー!ぜぇー!」 カウントを取られる彼女を見下ろしていても、陽子は構えを解かない。 彼女の予想通り、美月はすぐに立ち上がって、構えた。 そして再び、仕合は再会され、二人は無駄に突撃して拳をぶつけ合う。 「うあぁあっぼほぉっごっぎぃ!?」 「やぁああっごぼっがぎぃああ!?」 乳房も狙って殴れば、そこから母乳が噴き出し、互いに白い液体を振り撒いていく。 その熱い何かを気にする余裕もなく、二人は拳を握りしめて相手を倒そうと拳を振り回し続ける。 ただし、決してお腹は狙わずに。 そうして、第六ラウンドまでもつれ込んだ。 「ひっ・・・ひぃっ・・・ぉほぉ・・・」 「はっ・・・ほぉっ・・・おほぉ・・・」 びくんびくんと体を痙攣させ、顔を赤く腫れさせて、ぐったりとしている美月と陽子。 ((し、しぬ・・・しんじゃう・・・)) いよいよ命の危機を感じ取る二人の母。 このままでは、お腹の中の子ともども共倒れになってしまう。 それだけはなんとしてでも避けなければならない。 しかし、いつまで経ってもこの戦いに優劣はつかない。 何か、何か一つでも優劣がつけば。 「一体いつまで手加減しているつもりですか?」 その時、セコンドが耳元で囁いてきた。 しかし今の彼女にはそれに答える余裕はなかった。 「さっさと『ここ』を狙えば、早く決着がつくでしょうに、何を迷っているのですか?」 「っ―――」 その言葉に、女たちはただただ黙るしかなかった。 そして迎えた第六ラウンド、 「ぶへぇ」 「ぼほぉ」 もはや避ける気力すら失った彼女たちは、ただ交互に殴り合うしか出来なくなっていた。 (だめ・・・倒れる・・・いや、倒れたくない・・・絶対に、負けたくない・・・) しかし、そう思っていても、拳は飛んでくるし、拳を振らなければならない。 だから止まらないし止められない。 もし止まれば、腹の中の子が、殺されてしまう。 殺される。死ぬ。未来が、途絶える。 ぼぐしゃぁああ!! (あ) 片方の女が、ついに大きくよろめいた。 (負ける?わたし、が?わたしが、負ける・・・わたしが、まけたら・・・まけたら、しぬ・・・ころされる・・・) 真っ白となった意識の中で、彼女は最後の言葉だけを明白に紡いだ。 (わたしの、こが、ころされる) ぼぐぅ!!! 「ごぼぉ!?」 美月の腹に、陽子の拳が入った。 その衝撃に、美月の頭が真っ白になる。 「・・・あえ?」 そして拳を振り抜いた陽子は、自分がしたことに気付いた。 「あ」 (やっちゃった) やった。やった。やった! やってしまった。人として絶対の禁忌を、陽子は犯してしまった。 そして、 (や、られた・・・なぐられた?・・・この子を、なぐった・・・?ころそうとした・・・?) よろよろと、お腹を抑えて、大切な子の安否を確認した。 元気のいい、返事があった。 それに安堵するのも束の間。今自分がやられた事に、美月は胸の内からどす黒い感情が迸ったのを感じた。 「・・・やったわね」 「え」 次の瞬間には、美月の拳が陽子の腹に入った。 「ひぎぉぉお!?」 今度は陽子が変な悲鳴を上げ、腹を抑えて下がった。 (なぐった!?なぐられた!?わたしのこを!?わたしのこを!!) 先にやったという罪悪感はそれで吹っ飛んだ。 目の前の相手は、もう自分の子供を殺す気である事を認識し、そして自分の子供を殺そうとしている事実に、彼女もまた、黒い感情を迸らせた。 「ころす・・・ころしてやるっ」 「ころす・・・ころしてやるっ」 「「―――ころされるまえに!」」 そこでゴングが鳴り、第六ラウンドは終了。 死闘は、第七ラウンドにまでもつれ込んだ。 二人の拳が、相手の腹にも向けられ、そこからより一層、激しい死闘へと発展する。 「べふぅっ・・・あぁぁあ!」 「ごほぅっ・・・ぎぃいい!」 ノーガードで殴り合う美月と陽子。 顔面、胸、腹、とにかく殴れる所を殴り続けるその姿は、まさしく獣だった。 「ごぼぉぉおおお!!?」 陽子の拳が美月の顔面に刺さり、美月が床に倒れる。 「しねぇぇええ!!!」 倒れた彼女に追撃しようとする陽子。 しかし、審判が止める。 「どけぇええ!!そいつを殺すんです!殺さないといけないんですぅ!」 カウントする暇も出来ない程に暴れる陽子。 しかし、審判に止められている間に、美月はふらふらと立ち上がる。 そこで審判から逃れた陽子が美月に襲い掛かる。 「死ね!死んでっ!死になさいよぉおおお!!」 「ぶびぃぃいい!!?」 そのままロープ際まで追い込んで、美月を攻め立てる。 そのまま第七ラウンドは陽子優勢のまま終わり、しかし仕留めきる事は出来ず、ゴングが鳴って終わりを告げる。 追い込んで余裕を見せる陽子と、殴られ続けてぐったりとしている美月。ようやく優劣が付き、この仕合はこのまま天秤が傾き続けるだろうと予想された。 しかし、続く第八ラウンド。 「死ぬのは貴方のほうよおぉおおぉおお!!!」 セコンドの想定外の治療により力を取り戻した美月が、再び陽子と互角の殴り合いを繰り広げる。 「なによそのまましねばいいのにぃぃいい!!!」 鬼気迫る美月の勢いに負けじと拳を振るう陽子。 それは第七ラウンド前半と同じ展開であり、また同じ展開である事は明白だろうか。 しかし、今度は美月の方に天秤が傾いた。 「ぶべぇぇぇえええ!?」 美月の拳を顔面に受け、そのまま床に倒れ伏す陽子。 「ころしてやるぅぅううう!!!」 そして、先の陽子と同じように追撃しようとする美月だが、当然のように審判が止めに入り、追撃を阻止される。 「どいてぇぇええ!!はやくその人を殺さないと!!殺されるんです!だからやらせてぇええ!!!」 しかし、その願いは叶わず、陽子はよろよろと立ち上がった。 それを見た美月は、すぐさま審判を押しのけて陽子へと襲い掛かり、殴りながら一気にロープへ。 「しねっしねっしんでっしんでくださいっはやくっしんでぇえええ!!!」 「ぼぶぼぉぉおぉおぉお!!?」 しかし、ゴングまで陽子が倒れる事はなく、そのまま第九ラウンドへともつれ込んだ。 そして、第九ラウンド ドグシャアァァアアア!!! 「「――――」」 綺麗に互いの拳が顔面に突き刺さる。 「「ぽぺ・・・」」 そのままがくん、と互いに寄り掛かり合う美月と陽子。 「「お・・・ぉぉぉぉおおお・・・」」 しょわぁああ・・・と同時に失禁。足元を互いの尿で濡らし、しかしそれを止める手段はもはや持ち合わせていなかった。 むしろ、そんな気概は既に失われ、あるのはただ、目の前の相手を『殺す』という意志のみであった。 そして、拳を握りしめた二人は、寄り掛かり合うクリンチ状態のまま――― ドムッ その丸々とした腹を殴った。 ドムッ そのまま、二回目、三回目、と立て続けに相手の子のいる腹を殴る。 何度も、何度も、何度も――― 互いの腹を殴り合う彼女たちの表情は必死そのものだった。 「ふぅーッ・・・ふぅーっ・・・ふぅーっ・・・!!!」 「ひぃーっ・・・ひぃーっ・・・ひぃーっ・・・!!!」 (ごめんねぇええ!!!こんなことになっちゃってぇ!こんなダメなお母さんでごめんねぇ!!) (ぜったいにっ!ぜったいにかつからっ!だからっ!だからいまだけはっ!) ((おかあさんのわがままをゆるしてぇぇええ!!)) 殴って、殴って、殴り続ける。 第九ラウンドが終わる。 「「―――・・・―――・・・―――・・・」」 もはや、二人の表情に生気はなかった。 幸か不幸か、二人が運動をしない人間だったために、二人の体はまだまだ大丈夫であった。 しかし、逆に体力は底を尽き、次のラウンド、辛うじて立ち上がれるかどうかという所だった。 普段は運動をしない女性、しかも妊娠によって普段の体重より更に増えている状態で、これほど長く戦い続ければ疲れ果てるのも当然である。 しかしそれでもゴングは成る。 二人は、よろよろと立ち上がり、ゆっくりな足取りで相手の元へと向かう。 一歩、一歩、もう一度、殴り合う為に、彼女たちは――― 「「・・・・あ」」 ふと、二人の動きが止まった。 ふと、セコンドたちは、二人の足元に気付いた。 既に、二人の汗と涙、そして母乳と尿と愛液で水浸しになったリング。 そのリングに、ぼちゃぼちゃと新たな液体が注ぎ込まれていた。 その発生元は二人の股間。 「「い、いやぁああ!!」」 二人は悲鳴を上げて、その場にへたり込んで、股間を抑えた。 「おねがいっもうすこしだけがんばってぇ!」 「いま、いまうまれちゃったら、もうまもれないっ!」 「「まだ産まれないでぇ!!」」 この仕合には、ノックアウト以外にもう一つ、勝敗を決する方法がある。 それは、この仕合中における出産。 元々、この仕合は一部のコアな層向けに配信されているもの。 その趣向がただ『妊婦同士のボクシング』であったために、通常のボクシングにはない、新たなルールが追加されてしまったのだ。 即ち、出場資格。 仕合中に出産した場合、そのまま出場資格を失う事に直結し、この仕合、どちらにしろ敗北となる。 だから二人は焦る。 今、ここで我が子を産んでしまえば、そのまま我が子を地獄に産み落とす事に繋がってしまうのだ。 そんな事は、許されてはならない。 「「はやくっ・・・はやくっ・・・!!」」 羊水を撒き散らしたまま、二人は拳を握りしめて相手に飛びかかる。 「「はやくしんでぇぇえぇええぇえええ!!!」」 拳が乳房にぶつかる。 それだけで、母乳が噴き出し、辺り一面にまき散らされる。 それに構わず、二人は拳を振り抜いて相手を倒そうとする。 「ぼごぉお!?」 「ごべぇえ!?」 「ぐひぃい!?」 「あがぁあ!?」 「おげぇえ!?」 「おぼぉお!?」 何度も、何度も、相手に拳を叩きつける。 だが、倒れない。倒れてくれない。 (なんでぇぇええ!!こんなに殴ってるのになんでたおれてくれないのぉぉおお!!!) (どおしてぇええ!!どれだけ殴ってもぜんぜんたおれてくれないよぉぉおおお!!!) 破水し、タイムリミットが迫っている事に、彼女たちは焦る。 基本、破水した後二十四時間以内に陣痛がきて出産が始まる。更に出産は初産の場合は約十四時間もかかる。 だから実のところ、時間はあると言えばある。 だが、そんな事は二人にとってはもはや関係ない。 第十ラウンドが終わる。 「え、まって・・・まって!まだ、まだ決着ついてない!」 「続けさせて!おねがい、つづけさせてぇえ!!」 「二人とも、コーナーに戻ってください。失格にしますよ?」 「「ひっ」」 審判に言われ、コーナーに戻る美月と陽子。 「「ひぃー・・・ひぃー・・・ひぃー・・・」」 二人は、お腹を必死にさすって、押し寄せる恐怖を必死に圧し潰す。 「「大丈夫、大丈夫だからね。ちゃんと温かい所で産んであげるからね。だからお母さんを信じて待っててね?」」 腹の中にいる子に、母親たちは必死にそう呼びかける。 それが届いているかどうかは分からない。 それでもブザーは成る。 「「っ!!」」 二人は立ち上がる。 ((次で倒す次で倒す次で倒す次で倒す次で倒す・・・!!)) そして二人は殴り合う。 第二十ラウンド――― 一ラウンド三分、インターバル一分のこの戦い。時間にして、八十分 ――― 一時間四十分にも渡る戦いは、ようやく決着の時を迎えようとしていた。 「あー・・・あー・・・」 「う・・・?うー・・・」 言葉すらまともに発する事も出来ず、虚空に拳を振り続ける、憐れな母親たちが、そこに二人。 何度も殴られ、何度も殴り、何度も倒して何度も倒れた。 しかし、その度に二人は立ち上がり、その長い長い決闘を長引かせ、相手を絶望させ続けた。 髪は既に乱れに乱れ、顔には痣、乳房には腫れ、腹には打撲痕。 もはや精神はボロボロ。戦いが終わった後、互いの存在は、どちらが勝っても二人の心の傷として永遠に残り続けるだろう。 そんな二人を今結んでいるのは互いの伸びに伸びた黒と白の髪。 幾度となく殴り合い、相手の元へまともにたどり着けなくなった二人は、髪を結んですぐにでも相手の元へといけるようにしていた。 しかし、その髪もぼろぼろになっており、その拳をやはり虚空に頼りなさげに振り抜いていた。 そんな状態であっても、この闇は彼女たちを手放すつもりはないらしい。 未だ、ゴングは鳴らない。 その最中で―――二人の拳が、相手の右乳の乳首に触れた。 「お」 「あ」 びくん、と跳ねると、ぶしぃぃい、と愛液が股間から垂れ流れた。 その愛液の放出が、止まる――――。 ズダァァン!! 同時に、二人の拳が、顔面に突き刺さった。 ばたん―――― カウントが始まる。 1・・・2・・・3・・・ 二人とも、ぴくりとも動かず、ただ白目を剥いたまま仰向けに倒れている。 4・・・5・・・6・・・ しかし、ふと腹が叩かれ、それに気が付いた二人が、体を起こす。 7・・・8・・・ 起こし、足をついて、立ち上がる。 9・・・ そして―――― 「・・・10!」 闇闘技『祭』 そこには、不幸のどん底に落ち、人生の一発逆転を望む女たちが集う静かな決闘組織。 彼らが用意するのは、不幸な少女たちへの試練。そして、一部の富裕層への娯楽。 そして今日もまた、地獄へと突き落とされた女たちによる闇の決闘が始まる。 「今度こそ、殺してあげます」 「殺すのは、私の方です」 地獄を抜け出せなかった、女たちの落とし合いも、今日も始まる。


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