これは僕が作った大学の卒業論文のver1
Added 2021-03-11 13:26:19 +0000 UTCセンシティブすぎて教授に改定するよう言われた文章の原文ママ。
ちなみに僕は入れ替わりの3Dアドベンチャーゲームを作りました。
非公開なので探しても出ません。バグがあるので直すのが面倒です。
もし気になるようでしたらプレイ動画なら提供可能ですけども……
1.概要
1-1.制作背景
現在、創作物において『入れ替わりネタ』は多く作品に取り入れられ、一種の定番ネタとして定着しつつある。まずはじめに『入れ替わり』というものがどういうものか述べておくと、現実には起こりえないであろう手段によって、精神と精神または肉体と肉体が入れ替わるというものである。こういった現象を扱った作品もしくは該当話を『入れ替わりモノ』と定義させていただく。入れ替わりモノの中でも、連載作品や作中などで1シーンとして入れ替わりを扱うもの、そして入れ替わり自体をテーマにした作品も存在する。前者だと『ドラえもん』※1における『入れ替えロープ』『とっかえバー』などのヒミツ道具を使った入れ替わり。『ドラゴンボール』※2におけるギニュー隊長の特殊能力『ボディチェンジ』による入れ替わりなどが挙げられる。後者の場合は、『転校生』※3という作品が有名だ。書籍だと『おれがあいつであいつがおれで』※4という作品である。最近だと『君の名は』※5という映画作品が大ヒットし入れ替わりネタを『君の名はネタ』と称されることも多い。ゲーム作品においても入れ替わりが発生するゲームは存在する。『ドラゴンボール』のゲームにおけるボディチェンジはまさしくそうなのだが、『クロノクロス』※6という作品は入れ替わりを大きく取り扱っている。基本的に入れ替わりはキャラクター同士の『相互理解』に用いられることが多い。ただ、その入れ替わりを本当に軽くネタとして取り扱ってもいいのか個人的に疑問を抱いたためこのテーマでゲームを制作することを決めた。
1-2.制作目的
そもそも『入れ替わり』という現象はフィクションである。実際には起こりえない妄想の話である。しかし、『入れ替わり』がどれだけの重みを含んでいるか、読者層やプレイヤー層は深く考えたことがない人が多いと思われる。ただ身体が入れ替わってパニック……。そんな甘い話どころではないのである。入れ替わりが発生すれば存在そのものを乗っ取られ、自分の積み上げてきた過去や他者からの信頼、肉体によるスキルなどがそっくりそのまま相手のモノと交換されるのだ。自身のアイデンティティを相手のモノにすり替えられ、自分が相手に、相手が自分になってしまう。入れ替わりの恐ろしい部分、体や心だけでなく自分自身を考えさせる作品を作ることとした。そして新たな入れ替わりモノの可能性の提示を目指す。
2.既存の入れ替わりの考察
2-1.アニメや漫画における扱い
制作背景においても述べたとおり、入れ替わりをテーマにした作品と作中のネタとして使用する作品がある。それぞれにおいて良い点と悪い点があり、それを論述していく。
入れ替わりをテーマにした作品は『君の名は』や『転校生』などを中心に述べていく。作品が入れ替わりをテーマにした作品であるこれらは、作中序盤に入れ替わりが発生し、性別の違いやお互いの立場に右往左往するシーンが描かれている。良い点としては、人物が入れ替わったことで起こりうる問題やイベントを濃密に描くことができるという点。君の名はにおいてはかなり速足で紹介されるかのような描写であったが、入れ替わったことで物語を動かすという重要な役割を担っている。転校生の場合は入れ替わった二人の生活を濃密に描くことで二人の入れ替わったことによる関係性の変化や順応などリアルな描写を可能としている。これらの作品では入れ替わった二人にスポットライトを当てられる場合が多く、入れ替わった二人の恋愛、離別等に発展することが多い。人間関係に大きな影響を与えることができるのだ。悪い点としては、序盤に入れ替わるので視聴者から見ると入れ替わった二人がどのような人物だったかよくわからないまま入れ替わるということである。全く知らない人同士が入れ替わっても「ふぅん」となるのと同じで、その人物に対する思い入れや理解が視聴者側にないまま入れ替わりが発生してしまうという点だ。物語を見るにつれてその人物に対しての理解が出来、「だからこうだったのか」と二度目の視聴を促すこともできる。中身が濃くて見る人を引き付ける内容でないと『入れ替わり』をテーマにした作品をヒットさせるの難しいのではないかと思う。入れ替わり一発芸のようなこれらの作品は入れ替わりのために用意されたキャラクターが入れ替わるという内容だ。
作中のネタとして入れ替わりを使用する作品の場合、前者のように濃密な入れ替わり描写をする場合は少なく、お互いの身体の違いに感動したりお互いの立場を利用したりという描写の後、元に戻るケースが多い。これらの作品で相互理解として入れ替わりを扱う場合が多く、連載漫画やライトノベルの作品などでネタとして扱われることが多い。これらの作品では入れ替わりの前に、様々なキャラのこれまでの成長、日々の積み重ね、他キャラクターとの関係性を視聴者は見てきたのである。連載作品等においての入れ替わりは、入れ替わりのために用意されたわけではないキャラクター同士が入れ替わるということだ。濃密なキャラクターの個性や過去を目の当たりにしてきたうえで入れ替わりが発生することで、その全てが奪われるという絶望感や見守りたい感情がより強く視聴者に生まれるのではないだろうか。『ドラゴンボール』では、主人公の孫悟空が地球で数ある強敵を倒し、地獄のような修行で強くなっていく描写を読者は見せつけられていた。その矢先、ギニューという人間と容姿の違う化け物のような宇宙人と孫悟空の身体が入れ替えられるのである。その時、今までの孫悟空の活躍や積み重ねが全て水の泡に帰したような感覚を私は味わった。容姿や力に目が行きがちだが、今までの努力や成果がこれらには含まれていて孫悟空というキャラクターが成り立っている。その全てを突然現れた宇宙人に奪われた絶望感はかなり大きい。『ドラえもん』の「男女入れ替え物語」という話の場合は、様々な話を見るにつれてのび太がしずかに対して抱いている感情を読者は「のび太はしずかが好き」と理解する。そして、『入れ替えロープ』にてのび太としずかが入れ替わるのだが、好きな人物と入れ替わることでこの状態である限りは切っても切り離せない関係性になる。お互いになるという状態は、もはや間接キスを通り越した状態ではないだろうかと私は思う。この点に関して話を掘り下げ続けるとキリがないため簡潔にまとめると、連載作品においては全体的に見て入れ替わりの描写割合こそ少ないものの、登場人物のことを理解したうえで作品を見ることができるという特徴を持っている。
2-2.TSFにおいての入れ替わり
まずそもそもTSFとは『Trans Sexual Fiction(性転換フィクション)』(諸説あり)の略であり、性別が変わる作品のことを総称している。もちろん男女の入れ替わりもこちらに含まれ、他には「憑依(異性の身体に乗り移ることで異性になる)」、「皮モノ(着ぐるみのような特殊スーツを着ることで異性になる)」、「他者変身(姿が存在する異性に変身する)」、「女体化、男体化(自分の身体が異性になる)」のようなものがある。このようなTSF作品において、男女入れ替わりの特徴は男が女に、女が男になるという同時に二つの性転換が起こる。そして基本的に他者との入れ替わりなので他者系TSと呼ばれるものの中に分類される。TSF作品とは、異性になることで起こりうる異性の生活、異性の身体などを堪能する描写に重きを置いている。それに加えて他者系TSは、その他人へのなりすまし、乗っ取り、などの要素が加わっている。男女入れ替わりは異性間による身体の交換であり、異性の身体を好き放題するといった夢のようなシチュエーションとして愛好家には愛されている。 しかし、TSFではない入れ替わりも存在する。俗にOD(女同士)入れ替わりと呼ばれるものなどがある。女性同士の入れ替わりでは男女入れ替わりではあまり描かれないどろどろとした人間関係を描くことが多いのである。男性と女性間ではあまり敵対心を燃やしにくく、男性よりも女性間の方が人間関係が複雑で感情が豊かなイメージがあるため、OD入れ替わりはなりすましや乗っ取りといった要素が強めに描かれるためこちらを好む愛好家も存在する。ただ、男女間での入れ替わりは恋愛要素を描きやすいというプラス面での良い点も存在するため、明るい話にも暗い話にも仕立て上げることができるのが入れ替わりの強みである。
2-3.入れ替わりについて
ここまで多くの入れ替わりのことについて語ってきたが、入れ替わりにおいて重要なのは当事者の感情であると考えた。入れ替わってもなにの反応も返さなかった場合、それは本当に入れ替わっているのかと疑問を抱きたくもなる。鉛筆と消しゴムの身体が入れ替わったとしても、それらは心を持っていない。だから何も言うことも動くこともできない。だが、鉛筆には『ものを書く役目』、消しゴムには『鉛筆で書かれたものを消す役目』がある。鉛筆だったものが消しゴムと身体を入れ替えられ、自分が身を削って書いたものを消させられる立場に回ってしまって、鉛筆は少し悲しんだ。……といった妄想を膨らませることはできる。さすがにここまで考えてしまうと重傷だが、日本では万物に心が宿るとも言われている。そして身体には役割がある。男女ともに異性と子をなす能力、男ならば力が強く、女ならば美しく……といったそれぞれ肉体など姿があるものにはイメージが添えられがちである。そんなイメージがあるからこそ、入れ替わり作品は味が出る。欲作品に用いられる女と入れ替わった男が女の身体で卑猥なことをするという行為。『男』や『女』のイメージが既に読者にあり、入れ替わるために用意されたキャラクターだとしても違和感なくそれを受け入れられる。「男なら女になったら胸を揉む」というイメージがあるのだ。近代では女性の社会進出もあり、男女平等が掲げられ「男は泣くな」だとか「女はおしとやかであれ」のような社会的風潮が取り払われてきている中、こういった男女のイメージに差がなくなってくると入れ替わりを作品にした時にあまり味が出なくなってくるのではないかとも思えてくる。現に、『転校生』と『君の名は』では、時代が違う。転校生の時代の男性女性のイメージは今の若者は古いイメージだと思われがちである。入れ替わり作品も時代によって形を変えるものであり、これからも作品傾向が変化していくと考えられる。これらの性別的、見た目的、用途的イメージに加え、心があるものには個人のアイデンティティが存在する。同じ女性や男性であっても性格は人それぞれ違い、育った環境も仲の良い友達も違う。先ほどの身体的イメージの他に個人のアイデンティティ要素も絡まり、身体が入れ替わることでその両方を生かした作品に仕立て上げることができるのである。つまりかなりの数の組み合わせを生み出すことができ、入れ替わりは無限の可能性を秘めているとも言える。
※一部抜粋、これ以降はゲームのシステムや環境の話になるので割愛しました。