※この作品はC95にて二熊さんが頒布された皮モノ合同に寄稿した作品です。
「ねぇ、新しい洋服を買いに行かない?」
クラス一のおてんば娘の香織が、こう言った。
「えぇー?またぁ?もうお小遣いないんだけど……」
香織と仲の良い里美がこう答える。
毎日のように香織は誰かを誘って洋服を買いに行くのが決まりで、誘われる人たちは散財覚悟で香織についていくのだった。
香織のうちはお金持ちで、彼女の財布には普通の子と比べ物にならないくらいの大金が入っているのだ。
付き合わされる子も、買い物は好きなので、ついていくことになるのだが、その時どうしてもほしい洋服を見つけてしまい、ついつい買ってしまうことになる。
それで、香織と仲の良い友人たちは、お小遣いの殆どを使い倒してしまうのだ。
「えー……、じゃあ古着屋にでも行く?」
香織がふと、そういう提案をする。
「え……古着屋って中古の洋服が売ってるとこだよね?……汚くない?なんかやだな」
「私は全然気にしないよ?別に見るだけでもいいし、ねぇ、いこうよー」
香織は里美の腕を引っ張り、とても行きたそうな態度をとっている。
里美も、やれやれといった感じで……。
「まぁ……古着屋だったら欲しいと思わないかもしれないし……見るだけなら」
「やったー!よし、じゃあそのまま商店街に直行ね」
香織は両手を上げてバンザイの仕草をし、そのまま里美の腕を掴んで、走り出す。
「えっ、ちょっと香織!早いよ!ちょ、ま……」
躓きそうになりながらも必死でついていく里美。
学校の廊下を走り抜け、下駄箱で靴を履き替え、二人は近くの商店街までやってきた。
「えっと、どこだっけ、古着屋……」
「そもそも古着屋なんかあったっけ?」
「あったよ!私見たことあるもん、あ、たぶんこっち!」
香織は商店街の店と店の間にある路地を指さした。
建物と建物の間から微かな光が射すその場所からは、怪しげな雰囲気が漂っていた。
「え……こんなところにあるの?それに……こんな路地あったっけ?」
「そうそう、この先だよ!」
「なんか……怪しいんだけど」
里美は路地に足を踏み入れることを躊躇するかのように、足を止めた。
それを見た香織は里美の手をとり、
「大丈夫だって、ただのお店だよ?私も入ったことはないんだけど」
「でも……」
「いいじゃん、いこっ」
路地の奥へと足を踏み入れていく。
「ひっ……?!」
路地に足を踏み入れた瞬間、背筋が一瞬冷たい風に撫でられたかのような感覚が里美を襲う。
「どうしたの…?」
「いや……なんでもない、ちょっと寒いなって思っただけ」
「そう。……あ、ここだよ」
路地に入って十数歩歩くと、『古着屋』と書かれた木製の看板。それと、古びた木製のドア。
見た感じ、かなり古い、昭和感のあふれる店だった。店の窓から見える店内の景色には光はなかった。
「やすみなんじゃない?……帰ろうよ」
「あっ、ドアは開いてるよ」
里美は一瞬、帰れることに期待を寄せたが、その期待を裏切るかのように香織は店のドアが開いていることを伝えてきた。
「……でも、勝手に入るのはまずくない……?」
遠回しに帰りたいことを伝えようとする里美。しかし香織は……。
「あ、でも店の中に人はいるよ?聞いてみよう。すいませーん!」
店内にいる人影に向けて声を上げた。
すると、老婆らしき人物の返事が店内から聞こえる。
「……お客さんとは珍しい、どうぞ見てってください」
「やってるってさ」
「……う、うん」
二人はドアをくぐり、店内へと入る。
店内は薄暗く、腐敗しかけた木材の柱や壁。それに、独特の匂いまでする。
それになんだか湿気がある。
「お嬢さんたち、何か気に入った服があれば、そこの試着室で着てみると良いじゃろう」
顔面しわだらけの老婆がカウンターから顔を覗かせる。
それは今にも死にそうな、震えた声だった。
「ねぇこの店めっちゃ安くない!?普通に最近の服もあるし、値札を見るにほとんど100円だよね!」
「ほんとだ、これなら、何着か買えるかも」
店内の雰囲気とは打って変わって、陳列されている衣服は、この店の古さを感じさせないような、新しい服まである。
「これとか、里美に似合うんじゃないかな?」
「これって、前、買いに行ったときの……あの店は4500円だったのに……」
里美はこの服に見覚えがあった。灰色のカーディガン。
以前香織と別の店に買いに行ったときのこと。その時、ほしい洋服があったのだが、お金が足りなくて手に入れることができなかった服だ。
学校のシャツの上に着ると似合いそうだなぁと、前々から気になっていたそれだ。
それに、ここにおいてある服は型崩れも汚れもなく、ほぼ新品のような状態で、300円の値札が下げられていた。
「あぁ!そういえば前、里美が欲しいって言ってたやつじゃん!」
「うん、あの時は買えなかったけど、この値段なら買えるかも……ちょっと試着してくるね」
以前も試着はしたのだが、サイズが合うかの確認は一応しておいたほうが良い。
里美は頼りない木柱で作られた、わずか1m四方の試着室に入り、パシャッとカーテンを閉めた。
「ふぅ……」
試着室の中は、どこの衣服店にもあるような大きな鏡があり、ごく普通だった。
手鏡とかを覚悟していた里美から安堵のため息が出てくるのも納得だ。
「……音が聞こえない?」
さっきまでわずかな風の音が聞こえていたのだが、試着室に入った途端にそれが聞こえなくなってしまったのだ。
「香織~なんか、いきなり風がやんだくない?」
……。
香織からの返事がない。
…………なにかがいる!
……ような気がした。
妙だなと思いつつ、流れ作業のように、服を着ていく。
そして、制服のシャツの上に試着する予定の衣服へと袖を通した。
「……」
里美は、鏡に映る自分の姿を見て、ペタペタと色んな箇所を触った後、少し違和感のあるような顔をする。
「……うーん……もう一つの、他のやつのほうが、いいかな」
里美は、背中のチャックを開き、元々着てきた制服のへと着替え直した。
里美はなんだか魂の抜けたかのような表情を浮かべ、しばらく立ち尽くした後、
「……あれ……まぁいっか」
「里美~?遅くない?10分くらいそこにいるくない?」
香織は試着室に向けて、外から何度も声をかけていた。
しかし、向こうからは返事がない。何かあったのかと思い、試着室を覗こうとカーテンに手を触れようと……。
里美が謎の違和感に包まれた表情で、試着室から出てきた。
「里美、どうだった~?さっきから何度か声をかけてたんだけど、何も返事がないからさ……もう少しで覗いちゃうとこだったよ」
「あれ……聞こえなかったけど……」
「うーん……それだけ夢中になってたってことなのかな。知らないけど」
それは里美にもわからなかった。カーテンの布一枚で遮られているだけの試着室にいるだけなのに、なぜ声が届かなかったのか。
自分も一度香織に声をかけたはずなんだけれども、向こうも聞こえていない様子だった。
「……あ、それで、買うの?その服」
「いや、なんだか……よくわからないけど、違和感があって……買わないと思う」
「そっか……、あんなに気に入ってたのに、やっぱ中古だから?」
「わかんない、でも、なんか買う気にはなれなかった」
「ふぅん……あんなに欲しがってたのに。そうだ、里美!私に似合いそうな服ないかな?!」
「えー、香織に似合いそうなやつ?」
そう言われても……本人が着たいものを着るのが一番じゃないかと思う里美には難しい質問だった。
「これとか……?香織、ピンク好きでしょ」
里美は適当にハンガーに掛けられていたピンクのワンピースを指差す。
「これー?おっけー、一度着てくるよ」
ピンクのワンピースを手にとった香織は、さっきまで里美が入っていた試着室へと入っていく。
里美は、試着室の中でのことを思い出そうとした。
だけれども、あの時の記憶はすっぽり抜け落ちたかのように思い出せない。
もやもやした、気持ちだけが残る中、里美は店内をぶらついて待つことにした。
「香織~いくらなんでも、遅くない?」
里美は試着室に向けて、何度も声を掛ける。
香織が試着室に入って、15分が経とうとしていた。
自分も他の服を見て時間を潰してはいたが、一人での時間は思っているよりも退屈だ。
「香織~まだ~?」
「お嬢さん、そう急かすんじゃないよ。お友達は真剣に選んでるんだから」
何度もしつこく試着室へと声をかけている里美に対して、老婆が口を挟んできた。
「でも、いくらなんでも二十分はかかりすぎじゃ……」
「身につけるものじゃからの。大切なことなんじゃ……ふふふ」
老婆の言葉を聞いて、少し落ち着いたのか、もう里美は少しだけ待ってみることにした。
「……」
「香織、めっちゃ待ったんだから……中でそんなに悩むことあった?」
「……別に」
「?」
試着室から25分ぶりに出てきた香織は、なんだか別人のように見えた。
身につけている服が違うからだろうか。古着を着たまま、香織は試着室から出てきた。
「で、香織、その服買うの?」
「……」
里美の問いかけを無視するかのように、無言でレジカウンターの老婆の方へ歩み寄っていく香織。
「気に入った。これで。」
「あい。ちょっと背中を向きなされ」
「あぁ」
香織は、老婆に言われたとおりに老婆に背を向けた。
すると老婆は香織の背中から、何かを抜き取るかのように手を動かしたのだ。
里美には、それが何なのか、想像がつくはずもなかった。
「ねぇ、香織ってば、何してんの?」
里美の問いかけには、誰も応じない。
用が済んだのか、香織は一人で店を出ようとしていた。
「ねぇ、待ってよ、おかしいよ、香織?何で無視するの?」
先に店を出る香織を追って、小走りで里美も店を出る。
路地を出て、商店街へと出た時。既に辺りはうす暗くなっていた。
そんなとき、香織はついに口を開いた。
「……俺はお前の知ってる香織じゃねぇよ」
「な、何言ってるの、香織……」
「俺は、お前の友達を買ったんだよ。あのババァに高い金を払ってな」
「……え、どういう」
「ったく、ガキは頭が悪いから嫌いなんだよ。……って今の俺もメスガキか。」
「香織ってば……!わけのわからないこといわないで!真面目に答えて!」
里美は香織の肩を両手で掴み、前後に揺らす。
しかし、ニタニタ笑いながら香織は顔を揺らされるだけ。
「お前の知ってる香織はもうここにはいねぇんだよ。このガキの魂は今頃ババァの道具にでもされてるんじゃないのか」
「魂って……何の話?嘘よね……?あなた、香織じゃないっていうの……?」
「さっきから何度もそう言ってるだろう。俺はコイツの身体を老婆から買った。あの店はな、古着屋と称してやってきた客の身体が本当の売り物なんだよ」
「嘘……!じゃああなたは……」
「俺は、ただの訳アリの元男だよ。お前らみたいな若い女の子になりたかったんだよ」
「はぁ……!?香織の身体を今すぐ返しなさい!」
里美は、香織の首に手を回す。
「おっと?ダチの身体を殺すのか?冗談は良しとくれよ。……コホン、……やめて!!里美!痛いよ!苦しいよ!」
香織は、香織らしい口調で叫び声をあげる。
里美は、つい首を絞める手をゆるめてしまう。その隙きを逃さず、香織は里美の手を払いのける。
「うぅ……!」
「そうだよなぁ。できねぇよなぁ」
「お願い……!香織を返して!……私の友達なの」
「……じゃあ、俺が友達になってやるよ。いつもどおり接してくれても構わないから」
「嫌だ!お前は偽物だろ!」
「そんな……偽物だなんてひどいよ里美……」
「香織の真似をするな……!気持ち悪い……!やめて……おねがいだから……」
「俺はこれから香織として生きる。別に誰かに言ってくれても構わないぜ?信じるかどうかは知らないけどな」
香織は、今まで里美が見たことがない下衆のような顔で笑っていた。
「……店に戻らなきゃ……あのおばあさんに……」
「無駄だぜ」
里美は、自分たちが出てきた路地の方を振り返る。
しかし、先程まであった路地は跡形も無くなくなっており、そのかわりに、建物の壁が広がっていた。
「そんな……」
「不思議だよなぁ。俺もあのバァさんのことはよくわからんのだがな、客しか通さないようになってるんだ」
里美は壁に触れてみる。たしかにそこには白塗りの壁があった。先程まではここに路地があったというのに。
「……香織……香織ぃ……!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「うるせぇ」
里美は、香織の着ているピンクのワンピースにすがりつき、泣き出した。
日が暮れたとはいえ、ここは商店街。人の目が気になってくる。
「離せ、邪魔だ」
香織は里美を振り払おうとするが、なかなか解けない。
「ちっ、力が同等だから振りほどこうにも振りほどけねぇ……」
「香織を返すまで……離さない!」
「めんどくせぇガキだな、あいつはもう死んだも同然だぜ。今は俺が香織だ」
「アンタは香織じゃない……!」
里美は、香織の腹をグーで思い切り殴った。
それは香りの身体に大きな負担を与えた。
「くっ……しばらく、眠ってろ」
香織は、ポケットからチャックのつまみのようなものを取り出すと、里美のうなじへと突き立てた。
「……」
すると、がくんと里美は力を失い、その場に倒れ込んだ。
「……おっと、これはそういう使い道の道具じゃなかったな。だが便利だなこれは。突き刺した相手をぺらっぺらの服みたいにできるのだから。しっかし……あのバァさんもセンスあるよな。古着屋だなんて」
香織は倒れた里美から、自身が突き刺したチャックのつまみを引っこ抜き、そのまま夜の道を歩いてどこかへ行ってしまった。
「……うーん……」
「大丈夫かい?」
「ここは」
「交番だよ。君は商店街で倒れてたんだ。何かあったのかい?」
里美は、商店街の交番のベッドで目を覚ました。
「そ、それが……!友達の身体が…!」
交番のお巡りさんに一通りの説明をする里美。
しかし、その話を笑って何も信じようともしないお巡りさん。
「悪い夢でも見たのかな?それに君の友だちとやらも、いなくなったわけじゃないんだろう?」
「そ、それは……でも、……」
「そんな非現実的な話を信じろっていうほうが無理な話さ。だいたいそのおばあさんとやらも、古着屋だって聞いたことがない」
「……」
あきらめきれない感情を抱いたまま、里美は交番を後にし、家路についた。
その夜は、なかなか里美は眠れなかった。
次の日、学校に香織の姿はなかった。
どうやら親の事情か何かで転校してしまったらしい。
先生に香織がどこの学校に行ったか尋ねても、答えてくれなかった。どうやら、香織に口止めをされているようだった。
あの時、もし試着室のカーテンを開けていれば香織を助けられたかもしれない。
その後悔の念が、里美を襲った。
あの時、何が起きたのか。
里美には知る由もない。知っているのは、『ワタシ』だけだから。
「これとか……?香織、ピンク好きでしょ」
里美は適当にハンガーに掛けられていたピンクのワンピースを指差した。
「これー?おっけー、一度着てくるよ」
ピンクのワンピースを手にとった香織は、さっきまで里美が入っていた試着室へと入っていく。
……。
香織は、試着室のカーテンを閉め、試着室の鏡を見る。
すると、自分の背後に、カーテンではなく、裸の男が立っていた。
「きゃぁ!?」
「おとなしくしな」
男は、香織のうなじの部分に何かを突き立てた。
「あ……ああああ……!さと……助け……!」
香織の身体の所々にしわができると同時に、どんどん背が縮んでいく。
「な………ん……」
香織は、平べったくなった。
まるで、服のように、力なく重力に従ってミルフィーユのように折り重なっていく。
それを男は手に取り、バッと広げてみせる。
十字型の肌色の布のようなペラペラしたものにチャックが付いたものが完成した。
黒髪がだらーんと垂れていて、ぬくもりがまだ感じられる、まるで生きているかのような布だ。
それには、目の部分や耳や鼻といったいたるところに穴が空いており、もはや人間を無理やり服にしたような……。
男はそのチャックを全開にする。ペラペラしたものは、服のように中が空洞になっており、全身パーツのあるタイツのような感じだ。
まずは脚から、男はそれに足を通し、侵入していく。
男の体躯に合わないはずのそれは、男をまるで飲み込むかのように包むと、キュッと男の体躯のほうがそれに近づいていくのだ。
足を入れ終わると、次は両腕を通し始める。
男の両腕もそれに吸い込まれるように入っていく。男が通したそれの細い、まだ稚がかった指がグーとパーを繰り返す。
そして、男は最期に顔のような部分を被った。いくつか顔のパーツには穴が空いており、そこに合わせて着込んでいく。
男の元は黄色みがかっていた白目の面影はなく、着込んだ後は、まるで少女の可憐な眼球を手に入れていた。
目をパチクリさせ、鏡を見る。もはや、男ではない。白く透き通ったもちもちとした若い肌に、少し膨らんだ発達途中の小さな胸を持つその人は……。その姿は香織そのものだった。
香織は「あー」と声をだすと、満足げな表情を浮かべる。
「……肌寒いな、服、服」
辺りに落ちている、さっきまで香織が身に着けていた脱ぎたての温かい下着を拾い、順番に着ていく。
そして、試着する予定のワンピースを無視して、さっきまで着ていた制服に袖を通していく。
「気に入った、いいじゃないかこの身体」
鏡を見ながら、香織は少女らしからぬ笑みを浮かべた。
「それに、脱ぎたての制服……ふふ……いい匂い」
スンスンと鼻を鳴らして、自分の制服の袖の香りを嗅ぐ。
そうして、試着室の中で、体の隅々まで鏡越しに香織は試した。
「んふ……肌もすべすべしてるしいい香おり……こいつぁいい洗剤使ってるな」
色々なポーズをとってみたり、いやらしい声を上げてみたりする。
「さっきの身体とは違って、…あはっ、感度も良さげだしな。声もこっちのほうが高くて好きだ」
自分の陰部に手を伸ばし、鏡に映る自分にうっとりしながら独り言。
「ただ……。さっきの身体のほうが、胸はあったがな……悩ましい。」
自分の、里美と比べて少し小さな胸を触りながら、そんなことをつぶやく。
そして香織はしばらく鏡で自分の顔を見つめた後、
「……こいつで良いか」
そう呟き、ようやく試着する予定の古着へと手を伸ばす。
そして、香織(ワタシ)は試着室のカーテンへと手を伸ばした。