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にしまきとおる Tohru Nishimaki
にしまきとおる Tohru Nishimaki

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『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』を観た

夏休みの映画館。

館内は小学生連れの親子で埋まり、もはや戦場のようだ。



『無限城編 第一章 猗窩座再来』


内容的なサプライズはあまりない。(自分は原作をさらっと読んだだけなので、アニオリ展開も少しあったようだが気付かなかった。)

けれど、それでも劇場で観る価値はあった。

なぜなら、映像クオリティが桁違いだから。



鬼滅のアニメーションはすでに“動く漫画”の域を超えていたが、今作はそのさらに先の次元にまで到達していた。

戦闘シーンはただのバトルではなく、芸術的に処理されていて、気がつけば圧倒されている。


エフェクトの使い方も巧みで、技を繰り出す際の演出は、原作を知っていても(知っているからこそ?)引き込まれる。




……が、濃厚すぎるがゆえに“くどさ”もある

ただし、この圧倒的密度が常に良い方向に働くとは限らない。

前半は手に汗握る展開が続くが、後半になるにつれて情報の過剰さが疲労感に変わってくる。


戦闘と過去回想の繰り返し……演出の引き伸ばし感というよりは、丁寧に描写しようとした結果だろうが、あらゆる手法が過剰に盛り込まれていて、

「……まだ終わらないのか?」と思ってしまった自分がいた。


これは、決して内容が悪いわけではない。

むしろ一つ一つは丁寧で、演出家の“想い”も感じる。

だが、だからこそもう少し“削ぎ落とす勇気”が欲しかった。



この濃度はテレビシリーズのボリュームでこそ映えるのかもしれない。

分割視聴によって深みを保ったまま没入できる構成。

連続で見せることで逆に緩急をつけやすくなり、今回のような“テンポの中だるみ”を回避できる可能性もある。


映画というパッケージが、逆にこの作品の“密度”を縛ってしまっている。

そう感じた。

映画単体で比較するなら無限列車編の方が流れが綺麗だった。


今後の章でこの密度とテンポ感をどう調整するか――シリーズ全体の評価もそこにかかっているように思う。


ファミマで見かけてつい買ってしまった。


すでに食べてしまったが、

炭治郎の抹茶クリームロールあんこ入りは激甘。善逸のたまごサンドは美味しかった。







『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』を観た 『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』を観た

Comments

映画のプラットホームが得になったのがあったとしたらむしろ毒になったのもあったようですね。 本文を読んで見たら次の章で密度とテンポ感をどう調整するかが確かに肝心だと思われます。 コラボの食べ物はまず綺麗でおいしそうです。

waldo


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