第1幕:帝都テレビ局内 ― 陰りの始まり
午後三時。
帝都テレビのガラス張りのビルに、夏の陽が斜めから射し込み、無機質な廊下の奥を照らしていた。
地下駐車場から続く社員通路を、スーツ姿のふたりの男が肩を並べて歩いている。
穏やかなまなざしをたたえるのは幸田理人。
その横を、やや緊張気味に歩幅を合わせるのは、後輩社員の西城瑛士だ。
「……まさかですよ。うちの会社がイギリス資本に飲まれるなんて」
ネクタイを緩めながら、西城がため息交じりに呟いた。
言葉の端々に、若者らしい戸惑いと興奮がにじむ。
「業界再編の波がここまで来たってことだね。先方はずっと前から動いてたみたいだよ」
理人の返事は穏やかだが、どこか達観していた。
「ってことは……やっぱり、先輩が裏で仕掛けてたんじゃ……。副社長派のブレーンとか噂されてますよ?」
「買いかぶりだよ。噂ってのは、独り歩きしがちだ」
理人はやわらかく笑った。
──そのとき。
内側で声が囁く。
《実際は、事前にそのイギリスの大手代理店を買収していたのは我々なんだがな》
『…とにかく、いつの時代も情報戦を制する者が強いってことだな。』
《当然だ。未来は“知っている者”の味方をする》
理人の内心に共鳴するように、歩調は一分の隙もなく保たれていた。
「先輩、いまは“顧問”って肩書きなんですよね?」
「そう“経営戦略室・顧問”。でも肩書きなんて飾りだよ。やってることは相変わらず“何でも屋”だ」
通路に貼られた番組ポスターが、ふたりの目に留まった。
局制作の映画や今期のドラマのラインナップの他に、
輝月小夜子の担当する番組「ニュースの女神」「アルテミスの微笑」。
さらに、元男性アイドルグループ出身で、今や帝都テレビの顔とも言える大物タレント・天童大牙がMCを務める人気バラエティ番組『あんたも言うたれ!天童のぶっちゃけサロン』『うわさの真相!天童チェック』『タレント養成所・天童塾』のポスターが張り出されていた。
その瞬間、理人の内側にいる存在──高次元霊体・ハッピーが、不意に反応する。
《……この男、テンドウタイガには危うい波動を感じる》
『危うい?』脳内で理人が応える。
《未来が……歪んでいる。用心すべきだ》
「天童大牙……帝都テレビでも、ずいぶん推されてるみたいだね」
「テレビ大和の主力でしたけど、最近は完全にこっち。編成幹部が三顧の礼で引き抜いたそうですよ」
「制作費を削った結果、ひとりのマンパワーに頼って番組を作る構造になってる。……その代償は、いつか来る」
「ですね……でも、テレビマンはそんな先のことなんか考えてなさそうですよ。
…そんなことより、今日はエンジェルアドの仕事じゃないんですよね?」
「ああ。小夜子さんに差し入れ持ってご機嫌伺い。実を言うと、早く彼女の顔が見たくて退社時間まで待てなかった」
──ふたりきりのときには呼び捨てにしている彼女の名も、公の場ではきちんと“さん”付けにする。理人はそんな小さな気遣いを忘れなかった。
「うわ、リア充ですね……」
西城が肩をすくめて笑ったそのとき。
角を曲がった先に、黒髪を揺らして近づいてくるひとりの女性──姫川まひるが現れた。
艶やかなブラウスの第一ボタンは、さりげなく外されている。
“清楚”の仮面を被りながら、その実、視線を引き寄せるよう計算された佇まい。
「お久しぶりです、幸田さん。相変わらずお優しそう」
まひるは理人のネクタイに指先を添えて、軽く引いた。
「ありがとうございます。姫川さんこそ、変わらずお綺麗ですね」
(“優しそう”とか“仕事できそう”ってのは誉め言葉じゃないよな……遠回しに外見はかっこよくないと言われてる感じだ…)
内心で苦笑しながらも、理人の口調は終始丁寧で礼儀正しい。
だが、その目には踏み込ませない一線が静かに張られていた。
(……知っている。この女がどんな手を使って、どこまで這い上がってきたのか)
地元ではヤンキー姫と呼ばれ、いまは大牙の愛人として番組に潜り込んでいる女。
今でこそ知性派の仮面をつけているが、その裏は、理人の情報網にはすべて筒抜けだった。
(……他の男に抱かれてる女は、どこか冷めてしまう。それに、胸の主張が控えめだと性的に興奮しない。…あえて口には出さないが)
「その差し入れって、小夜子さんへの?」
「ええ。彼女の好きなヴィーガンスイーツです」
まひるの口元が一瞬だけ、強張った。
(……また小夜子。どうして、あの子ばかり)
「ねぇ、幸田さん。今度、よかったらふたりで飲みに行きませんか?」
まひるは一歩、肩を寄せる。
香水ではない、生の匂いが理人の嗅覚をかすめる。
だが、理人はやさしく微笑んだまま、そっと距離を戻した。
「すみません。遊ぶにも小夜子さんの許可が必要で」
「……ふふ、冗談がお上手なんですね」
まひるの胸の奥に、小さな棘が刺さる。
(この人、私という存在を、まるでガラス越しに眺めているみたい。)
彼の優しさには温度がある。だが、それは誰にでも等しく向けられるものではない。
──局内では理人が小夜子を暴漢から守った事件を経て、二人の交際は“公然の秘密”になっていた。
それ以来、人気No.1女子アナの小夜子の彼氏を奪おうと、局内に出入りする女たちが理人に“ちょっかい”を出しては、あっけなく玉砕していた。
まひるはなおも一歩引かず、やわらかく笑って言った。
「……でも、何かあったら、相談してもいいですか? “業界のトラブルシューター”って聞いてますから」
その時、理人の脳内に、ハッピーの声が滑り込んできた。
《リヒト、誘いを断るな。この女はのちのち使える気がする。天童の情報源として確保しておいた方がいい》
『姫川まひるを? …正直、タイプじゃないんだが…』
《だからこそ、工作対象には最適。
未来視の限りでは、きっと彼女がカギになる》
『うわぁ……もう完全にスパイの真似事だな、こりゃ』
《情報を制する者が未来を制す、だよリヒト》
理人は小さく息をついて、笑顔のまままひるの方に向き直る。
「もちろん。オレでよければ、いつでも。……いや、さっきの飲みの件、やっぱり乗らせてもらってもいいですか?」
その一言が、まひるの中でスイッチを入れた。
(──利用できる)
番組改編期。小夜子は天童の飲み会に呼ばれている。
あの女を陥れるチャンスは、いましかない。
「連絡先は、裏に載せてあります」
理人はそう言って、名刺を一枚差し出した。
その裏には、携帯番号とメッセージアプリのIDが、簡潔に記されている。
まひるは一瞬だけ視線を落とし、それを指先で受け取る。
そして──口元に微かに笑みを浮かべた。
まるで、してやったりとでも言いたげに。
と、そこに──
「理人様っ!」
弾んだ声が、廊下に響いた。
現れたのは、誰もが息を飲むようなプロポーション。誰もが振り返る存在──輝月小夜子。
白のスーツがその完璧なスタイルを際立たせ、理人の前で花開くように微笑んだ。
その笑顔は──理人にだけ向けられた、甘く溶けるような光だった。
「来てくださったんですね……ほんとに、うれしいです」
「うん。会いたかった」
短いやり取りに、親密さがにじむ。
小夜子は自然な仕草で理人の腕をとると、耳元にそっと囁く。
「……控室、空いてます。ちょっとだけ、寄っていただけませんか?」
「もちろん。──西城くん、またあとで」
「はい、先輩。」
ふたりは肩を並べ、廊下の奥へと歩いていった。
見送った西城は、自然な仕草でタブレットを確認しながら仕事の波へ戻っていった。
身長180センチ以上、スーツの似合うハンサムな顔立ち。そして、政治家一族のサラブレッド。
そんな彼にすり寄ろうと、まひるが半歩近づく。
「西城くん、最近どう? よかったら後でお茶でも──」
「すみません、時間ないんで。失礼します」
にこりともせず、足早に去っていく西城。
「……あら」
置いて行かれたまひるの口元がわずかに歪む。
(チッ……ノンケじゃないとか、聞いてないんだけど)
ひとり取り残されたまひる。だがその胸の奥では、確実に“歪な歯車”が回りはじめていた。
まひるは何も言わず、スマホを強く握った。
赤いネイルが、蛍光灯の下で光を返す。
(“計画”を動かすなら──いまだ)
(スキャンダルを仕掛ければ、小夜子のキャリアは終わる。私の居場所も、守られる)
帝都テレビの華やかな廊下に、じわりと陰が差しはじめていた。
第2幕:控え室にて ― 静かなる交歓
──カチリ。
ドアが閉まる音が、ふたりだけの空間を密やかに包む。
外の喧騒が嘘のように消え、そこに静寂と熱だけが残った。
間接照明が天井の隅を淡く照らしている。
テレビ局とは思えない静謐な空気は、まるで舞台裏に隠された秘密の箱庭のようだった。
「……ねぇ、理人様」
「うん」
「今日も、忙しかったんじゃ…?」
「それほどでもない。でも……会いたくなったから」
「ふふ……嬉しいです。ほんとに、胸の奥がじんわり熱くなって…」
微笑む小夜子の瞳には、理性と情熱が同居していた。
その眼差しはまるで、「この人になら、すべてを委ねてもいい」と語るようで──
理人は一歩近づくと、ふわりと香る髪の匂いをそっと吸い込んだ。
ほのかに甘く湿ったその香気が、肌の奥に火を灯す。
小夜子は、完成された美しさをまとっていた。
ミディアムボブの栗色の髪が柔らかな光を反射し、動くたびに洗練された気配を振りまく。
整った輪郭とすっと通った鼻筋、そして知性を宿した潤んだ大きな瞳は、見る者の視線を自然と引き寄せる。
その唇は、ぽってりと形よく、ふとした瞬間に官能を滲ませる。
左目の下にある小さな泣き黒子が、彼女の美貌にほんの少しだけ影を落とし、それがまた不思議な余韻を残す。
完璧な左右対称の造形と、しなやかな女らしさを湛えた華奢な身体。
それでいて、胸元には抑えきれない存在感が宿っていた。
細い体躯との対比が、むしろその豊かさを際立たせている。
なにもかもが計算されているようでいて、どこか無垢なまま。
まるで神が「愛されるための美」を意図して創り上げたような──
見る者の心を捉えて離さない、奇跡のような女性だった。
「……来てくれてよかった。ちょっと話したいこともあって」
距離は、ほんのわずか。
けれど触れてもいないのに、熱だけが確かに交差していた。
「でも、何を話そうとしてたのか、忘れちゃいました……顔を見たら、全部どこか飛んでいって」
その言葉に、理人は思わず喉を鳴らす。
視線の先、ブラウスの合わせから覗くレースの縁取りが、無言の誘惑を仕掛けてくる。
小夜子はその反応に気づいたのか、くすっと微笑んだ。
「……ふふ、“ハッピー”は今日も元気ですね」
からかうというより、ただ嬉しそうに。
「……わたし、いつでも“その時”に応えられるように、準備してますから。理人様のためだけに」
「……それって、いつでも臨戦態勢ってこと?」
「ふふっ、言い方はともかく……はい、そうです///」
小夜子は目を伏せながら静かに続けた。
「いまの私は、理人様に見ていてほしい。それだけで、髪も肌も、言葉遣いも、意識が変わりました。誰かのために変わりたいって思える……そんな自分も愛おしくてたまらない感じ…」
「……そんなふうに想ってもらえるなんて、光栄すぎるよ」
「…いつか、わたしの魅力が衰えても、それでも理人様に必要とされたい。
そのためなら、どんな努力も喜びに変わっていくから……」
理人は、しばし言葉を失っていた。
彼女の声音には、凛とした誇りと、子どものような純粋さが混ざっていた。
(小夜子の魅力が薄れる日なんて、来るのだろうか……)
「無理に頑張らなくてもいいんだよ。
たとえば寝起きのすっぴんでも、変な部屋着でも──オレは幻滅なんかしないから」
「……わたしは……いつまでも可愛く見られたいんです。
理人様にとってのヒロインでいたい。それが、わたしの願いだから」
「……十分、なれてるよ。
だから──もっとわがまま言っていい。もっと自由でいていいんだ」
張りつめていた空気が、ふっとほどけた。
小夜子の肩がわずかに震え、目元が少しだけ緩む。
「……ずるい、それ。
そんなふうに言われたら……もっと甘えたくなっちゃう……」
「甘えていいよ。ここには、オレしかいない」
小夜子は黙って頷き、ふぅっと小さく息を吐いた。
そして、ふいに視線を上げ、いたずらっぽく微笑む。
「……そうね、たしかにわたし、もっとワガママでいいかも。
“女王蜂(クインビー)”とか“最強のメス”って呼ばれてる女だもの。
理人様も、こんな最高にゴージャスでステキなわたしに愛されて──嬉しくないはずがないわよね?」
その言葉は強気なのに、声には甘えが混じっている。
素の彼女と、飾らない恋する女性が、同居していた。
「……いい感じ。調子が出てきた」
理人は微笑んだ。彼女の強さと可愛さ、そのどちらも愛しくてたまらなかった。
「……でも、理人様のハーレムには魅力的な女性がたくさんいらっしゃるし、こんな風に全部さらけ出したら、引かれちゃうかなって思ってた……」
「そんなわけないだろ」
理人の声は、迷いがなく静かだった。
「オレだって……小夜子が好きすぎて困ってるくらいだから」
その言葉に、小夜子の唇がかすかに震える。
「……ほんとに?」
「駆け引きなんて、もういらない。
オレも、本気で恋してる。今さら気づいたけど……
誰かをここまで守りたいとか大切に想ったのは、生まれて初めてだ」
(──理人はさらりと嘘をついた)
“初めて”ではない。
彼が過去に「守りたい」と願った女性は、確かにいた。
(それでも、そう言わずにはいられなかった)
守りたいと思うのは確かで、失いたくないという想いに、嘘はなかった。
だから、“初めて”ではないかもしれないけれど、
“この想いに嘘はない”という一点だけは、真実だった。
(たとえ誇張だとしても、伝えたかった。
この人が、今の自分のすべてだと──そう思えるから)
静かに息を吐きながら、小夜子を見つめる視線に、言葉では補えないすべてを込めた。
ふたりの間に、静けさが戻る。
けれどそれは、何もない空白ではない──
心と心が、たしかに重なった証のような、やわらかで、あたたかな沈黙だった。
小夜子はそっと理人の胸に顔をうずめた。
長いまつ毛が彼のシャツを濡らす。
ふたりの鼓動が、重なるように静かに響き合う。
──それは、言葉では語り尽くせない確かな愛のリズムだった。
理人は彼女の輪郭を指先でなぞる。
頬から顎、そして耳元へ。
やさしく囁いた言葉は、小夜子だけに届く音だった。
しばらくの沈黙が流れる。
部屋に満ちていたのは、ふたりの吐息と、鼓動の気配だけ。
やがて、小夜子がそっと顔を上げる。
目を閉じ、理人の唇へと自分の唇を重ねた。
最初は触れるだけのキス。
けれど、それは何度も交わされ、やがて熱を帯び──深く溶け合っていく。
そして、小夜子がネクタイに指をかけ、理人を見上げた。
「……じゃあ、“好きなように”してください。
……本番前には、ちゃんとメイク、直せますから」
理人は何も言わず、真っ直ぐな眼差しで応えた。
その瞳がすべてを語っていた。
(続く)
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以前の小夜子の短編をアップデートしようと考えているうちに、内容が膨らんでいった。
読者に望まれているのかわからないが、自分は書いていて楽しいので勝手に書いていく。
HRDの実質的な最終回?にあたるエピソード。
大物芸能人・天童は島田紳助+松本人志+中居正広が合わさったようなイメージだ。
ちなみに小説執筆にAIを使用してみようと試みたが、全然思うような結果が出ない。体感で8割くらい整えてようやくそれなりになるが、結局そこからまたブラッシュアップする必要がある感じで、あまり意味がない。
ぼんやりした表現をそれなりに整えることには有効だった。
そしてHシーンに関しては規制されていてまったく使えない。
特に母子相姦小説は設定からどうにもならない。
AEmi
2025-07-13 22:14:14 +0000 UTCにしまきとおる Tohru Nishimaki
2025-07-13 16:38:22 +0000 UTCwaldo
2025-07-13 12:30:00 +0000 UTCAEmi
2025-07-13 11:35:16 +0000 UTC