半年後か一年後にはテレビで放映されるであろうテレビ局制作の邦画を観に行くのはどうかとも思ったが、同演出陣による「翔んで埼玉」はとても面白かったし、ドラマの方は1、2と見続けていたので劇場で最後?を見届けてみようという気になった。
劇場版ならではのスケール感が出せるのか(余計なお世話ながら勝手に)懸念していたが、海外の城や庭園などで撮影されているように見えたところは画面がゴージャスでとても良かった。
制作費の大半は海外ロケに使用されたのだろうか、などと思っていたが実は全て姫路太陽公園や有田ポーセリンパーク等を使用した国内ロケだ。
そもそもコロナ禍で海外ロケというのも無理な話だった。
ストーリー的にはドラマ版で深田恭子演じる三雲華(みくも・はな)の設定は使い切っていると思ったが、今回華は父親・尊の妹の子で、尊と悦子夫妻の実子ではなかった、という新設定をぶち込んできた。
しかし華の苦悩や葛藤はそれほど描かれない。
ここ数年映画では疑似家族的なテーマが描かれることがトレンドだが、そこにもまったく触れてこない。
ストーリー上は娘・杏が人質になっていてそれどころではなかったということもあるし、
観客的にも生みの親と育ての親とか、わたしの存在はいったい、みたいな悩みは10代~20代頃ならまだ似合うが子持ちの30代後半ではもうどうでもいいような気がしてしまう。
ギャグやパロディなどをちりばめていてシーンごとにクスッとくるところはあるが、
後半は特に冗長なシーンが多く間延びしていた印象だ。
44歳観月ありさが38歳深田恭子の実母役ということで、まぁそれはいいのだが
彼女は夫を亡くしたことで精神崩壊しジョーカーのようにメイクを施して対立する華を本気で殺そうとしているのだが、動機がいまいちピンとこない。
結局影の薄いまま退場した。
細けぇことはいいんだよ!的な作品ではあるが、一番大きな疑問は渉が発明したタイムマシーンで過去に戻るのだが、設定上はヨーロッパに滞在中なのに時間だけでなく東京まで距離も移動しているということだ。
そういうノイズというか設定上の不備みたいなものはうまく回避するかせめて誰かがツッコむか説明してほしい。
taka4
2021-10-21 03:46:42 +0000 UTC