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クラウストラムの後継者 #13 対峙

 前庭を進んでくる4人の姿を認め、館のテラスに立つ蜍没の口元に安堵の笑みが浮かんだ。  彼女らが共に戻ってくるということは、アデラもすでにこちらの手に落ちた、ということだからだ。  蜍没は両手を広げて4人を迎えた。 「よく戻った。我がしもべ達よ」  アデラがひとり、前に進み出た。 「しもべ?邪法の使い手よ。あなたにはしもべなど一人としていないわ」  蜍没の顔から笑みが消えた。  見れば、アデラの後ろに立つエマも、フェイもノルンも臨戦態勢となって蜍没のことをにらみつけていた。 「……良かろう。アデラよ。[[rb:旧き根源の精霊 > アル・ジン]]よ。私もお前がやすやすと幻力に屈するとは思っていたわけではない……」  あくまでも余裕を保ったまま、蜍没は続けた。 「だがいかにお前でも、幻力の護りを打ち破ることはおろか見破ることも困難なはず。どうやってこの短い間に3人を見出したのだ?」  アデラは押し黙ったまま、何も答えなかった。  確かに蜍没の言うとおりだった。  アデラは魔法使いではないのだ。  幻力に覆われた者を見出すことも、解放することも、彼女には難しいことだった。  だが蜍没はアデラが何をしたかに気がつき、はっとした表情を浮かべた。 「そうか……見出したのではなく、内に潜む弱き者どもを眠らせ封じたか!」  つまりこの場にいるエマ達は、本来のエマ達ではないのだ。  エマ達の姿や記憶を奪った障魔達が、アデラによって障魔自身の記憶を封じられることによって、精霊そのものに成りきっているのである。  それは、本来のエマ達を見出す術を持たないアデラにとっては苦肉の策と言ってよい。 「……伝え聞く通りの冷酷さだな。気高き精霊よ」  蜍没は、これ以上愉快なことはない、というような表情をその焼けただれた顔に浮かべた。 「お前とは、気が合いそうだ」  一方で、蜍没の言葉を聞いたノルンが目を剥いた。 「……ううう、内に潜むものってなんだよ!それってあたし達のことだろ!なんなんだよ。怖っ!」  横に立つエマが、自身もほんの少し震えながらもノルンを制した。 「今はそんなことを気にしている場合ではないでしょう。ノルン」  エマは前に進み出て、アデラの横に立った。  彼女にとっては自分自身のことよりも、何よりも優先すべきことがある。 「蜍没。もう観念しなさい!ユートさんを、どこにやったの!」  蜍没は問い質すエマを冷ややかに一瞥した。 「どうやら、お前達は肝心なことも忘れてしまっているようだな」  哄笑を浮かべ、蜍没は自身が身に着けている胸飾りを指し示した。  その中央では、魔玉が白い光をその内に閉じ込めている。  それこそが、蜍没が奪いとった遊跳の持つすべてだった。  [[rb:幻力 > マーヤー]]の魔玉の力と、エマをはじめとする館のしもべ達に成りすました障魔たちの狡猾な計略によって遊跳が自ら差し出した、彼自身の意思とこころだ。 「見よ。これこそがクラウストラムの後継者であることの証だ。私がついに手に入れた力だ」  これを持つことにより、蜍没は遊跳の持っていたすべてのものを手に入れたことになる。  クラウストラムの後継者の資格もそのひとつだ。  そしてそのことは、蜍没にとってこの状況における強力な切り札となる。 「貴様たちはクラウストラムのしもべ、すなわちわが従僕だ。誓約をした者どもよ」  かつて誓約を為した以上、館のしもべ達はその意思とは無関係にその主に従わなくてはならない。  彼女たちは、蜍没に抗うことそのものができないのだ。  勝利を確信したかのように、蜍没は高らかに笑った。  それから、しもべ達を見下ろして、命じた。 「さぁ、主にひれ伏せよ」  だが、4人の妖精たちの誰一人として、その指示に縛られる者はいなかった。  蜍没の顔に困惑の表情が浮かぶ。 「……肝心なことを忘れてしまっているのはあなたよ。孤独な邪法使い」  口を開いたのはアデラだった。 「クラウストラムの力は現界を障魔の手から守護するために設けられたもの。己自身の欲望のためには用いることができないのよ」  蜍没の焼け爛れた顔が、歪む。 「だから館の魔法はあなたのために働くことはない。一度それを思い知ったはずなのに、あなたは再び同じ過ちを繰り返した。哀れな邪法使い」  最後には憐れむような調子をにじませて、アデラは言葉を終えた。  怒りをこらえるような表情でしばらく押し黙っていた蜍没は、やがてゆっくりと口を開いた。 「良いだろう。それならば、我が力のみを頼りにするのみだ」  言って、蜍没は後ろを振り向いた。  それに呼応するように、彼の背後からひとりの人物がテラスに進み出てきた。  蜍没よりもかなり小柄で華奢な体つきの少女だった。  エマたちと同じように、館のしもべが着るメイド服を身にまとっている。  亜麻色の髪をポニーテイルに結び、両腕から手のひらと甲を覆う滑らかな布地のグローブをはめている。  布地は、少女の両中指にはめられた黄金色のリングまで続いていた。  整った造作のその顔には、何の表情も浮かんでいない。  アデラはもちろん、[[rb:幻力 > マーヤー]]の魔玉に関わる記憶をすべて無くしている3人のしもべ達にとって、それは見知らぬ少女だ。  前に進み出た少女に、蜍没は声をかけた。 「この者どもに教えてやれ。マヤよ。忠実なる我がしもべよ。心をもたぬ精霊よ。お前がいかなる存在であるのかを」 「はい……」  何も見つめていないように虚ろな瞳をしたマヤは、蜍没の言葉に感情の一切こもらぬ声で答えた。 「……私は、蜍没様の忠実なしもべ……感じることも考えることも決してない……どのような命令にも絶対に服従する、蜍没様の奴隷です……」  蜍没に向けるアデラの視線に、蔑むような色が加わった。 「いい趣味だこと……」  蜍没はアデラの侮蔑を少しも気にする様子がなかった。  自分を生死の縁に追い詰めた元凶であるクラウストラムの主からその心までもを含めたすべてを奪い、自身の忠実なしもべにすることで、ようやく蜍没の復讐心は満足しつつあったのだ。  もしアデラに追い詰められた場合には、マヤとアデラを互いに殺し合わせようと蜍没は思っていた。  復讐心をより深く満たすという点では、今の状況は蜍没にとってはむしろ好ましいとさえいえるものだった。 「お前たちの言葉は、決してその者に届くことができない。お前たちは自分たちが護るべき者によって、滅ぼされるのだ」  4人の間に、動揺が走った。  その言葉にもっとも顔色を変えたのは、エマだ。 「まさか……この娘……ユートさんなの!?」  いったい何がどうなって、遊跳がそのような変わり果てた姿となってしまったのか。  信じられないような面持ちで、エマは蜍没の前に立つメイド服の少女を見上げた。 「さぁ、我が奴隷人形よ。存分にその力を奮え。この者どもを滅ぼすのだ」  蜍没がそう命じると、マヤは無言で頷いた。  予備動作なしでテラスから飛びあがると、ふわり、とほとんど重力を感じさせないような動きで前庭に降り立った。  その無駄ひとつない挙動は、まるでロボットのようだ。  実際、今の彼女は命じられたこと以外のことは何一つ行うことがない、ロボットそのものなのである。 「ユートさんにこんな仕打ちをするなんて……ひどい……」  悲痛な表情を浮かべ、エマは声を震わせた。  実際のところ、その仕打ちのほとんどを実際に行ったのはほかならぬエマ自身なのだが、今の彼女にとっては例えそう伝えたとしても信じられないに違いない。  おそらくは無駄なことだと知りつつも、エマは目の前の少女に呼びかけずにはいられなかった。 「ユートさん!ユートさんなら目を覚まして!お願いよ!」  エマの言葉にまるで反応を示さず、マヤは両ひじを曲げて手のひらを上に向けた。  マヤのはめたグローブの手のひらには、複雑な文様が浮き出している。  彼女か内に秘める強力な魔法の力を引き出すために、蜍没が与えた魔道具だ。  その文様の上で白い光球が膨らみ始めた。 「……蜍没様の敵を……滅ぼす……」  抑揚のない声でマヤは命令を繰り返すと、次の刹那に光球を放った。  光球は、フェイとノルンを襲うがふたりとも何とか身をかわす。  エマはマヤの動きを止めようと、大地から縛めのつる草を呼び出した。 (!)  だが、つる草がマヤの身体に届く前に、マヤの両手から発せられた光輪が空を進み、まるで鋭い刃物のようにつる草をずたずたに引き裂いてしまった。  次の瞬間には、今度はブレード状となった光束を両手から発し、マヤは一気にエマとの距離を詰めた。 「危ない!」  大剣を抜いたノルンがその前に立ちふさがる。  何度か打ち合うと、ノルンの顔に焦燥の色が現れた。  マヤは無表情のままノルンの強力な斬撃を軽々と受けとめ、速度に勝る攻撃をしかけてくるのだ。  その動きは精密なだけではなく、意思が感じられないゆえに予測し難いものとなっている。 「つ、強い……」  ノルンは、徐々に追い込まれつつあった。  何とか体勢を立て直すために、距離をとろうとするる  そこに、強烈な炎の渦が、流れ込んだ。  フェイの攻撃だ。  加減なしに放たれたフェイの火炎流は、まさに奔流となってまともにマヤを包み込んだ。  ノルンは慌てて地面を転がり、巻き込まれるのを避けた。 「……うそっ!……」  フェイは信じられないといった様子でマヤの方を見つめた。  マヤは無傷だった。  身にまとっていたメイド服こそ火炎流で瞬時に消し炭となってしまったが、その下にあるマヤの身体には傷ひとつついていない。  体をぴったり包む漆黒のスーツ姿となったマヤは、燃え残った衣装の残がいを体から払い落とした。 「護りの力は打ち破れんぞ……いずれにせよお前たちにはマヤを殺せまい……勝負がつくのは時間の問題だ。ハハハハハッ」  テラスから戦況を眺めていた蜍没は、高らかに笑うと背を向けて館の中に歩み去っていく。 「アデラ、蜍没を追いかけるんだ!」  ノルンが叫んだ。 「魔玉を取り戻せば、きっとユートを元に戻すことができる」  しばし、アデラは逡巡した。  ノルンのいう事はおそらく正しい。  だが、自分がこの場を離れてしまえば、残る三人だけでマヤの攻撃にどれほどの間耐えられるだろうか。 「……あなた達だけで食い止められる?」 「やってやるっての!」  そう言ってノルンは大剣を構えなおした。  エマも、フェイも、その顔には固い決意の表情が浮かんでいる。  アデラは、決断した。 「少しだけ、持ちこたえて」  アデラの邪魔をさせまいと、ノルンは、再びマヤに仕掛けた。  その横を通り抜け、アデラは蜍没を追って館の内へと足を踏み入れた。


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