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クラウストラムの後継者 #2 変化

「ね、ユートさん。試してみましょう」  そう言ってエマは、手にした宝玉を自分の方に体を向けた遊跳のすぐ目前に差し出した。  そのまま手を伸ばし、遊跳の額にすっと宝玉を押しあてる。 「!」  ひんやりした宝玉の感触を遊跳は額に感じた。  次の瞬間、宝玉の内に閉じ込められていた光がその外側にあふれ出した。  その眩しさに遊跳は思わずギュッと目を閉じた。  顔と頭の表面を何かに覆われるような感覚が、広がっていく。  遊跳がその状況を見ることができたのなら、あふれ出した光が、まるで膜のように形を変えて、自身の体の表面を覆っていく様子が見えたはずだ。  光の幕は遊跳の頭部を覆いつくすとそのまま首から下へと広がっていく。  遊跳は体が揺らした。  その両手が口のあたりを搔いた。 (何……これ……)  鼻と口を塞がれて、息ができないのだ。  それどころではない。  遊跳の顔を覆う何かは、空気を求めて開いた彼の口や、鼻からも内側に侵入してきた。  耳や、目の隙間からも奥に入ってくる。  その異様な感触と、呼吸ができない状況に遊跳は半ば恐慌を覚えながら、口内に侵入した何かを取り除こうと口元に爪を立てた。  指先に感じたのは、冷たいすべやかな感触だ。  ぴったりと肌の表面を覆うそのものに、いくら爪を立てても、空しくその表面を滑るばかりだ。  両手を腰にあてて、遊跳の傍らでその様子を見つめるエマの顔には、どこか愉快そうな表情が浮かんでいた。  その様子は、どこかこれから起こることを期待しているようにも見えた。  そうしている間にも遊跳を覆う光の膜は上半身から下半身へと広がっていく。 (!)  苦しさに喘ぐ遊跳をさらに異様な感覚が襲った。  尻の穴を、こじ開けるようにそれが入りこんでくる。  ほとんど同時に、遊跳は尿道にも違和感を感じた。  全く容赦なく、遊跳の内側までもが蹂躙されていく。  まるで抵抗もできないままに、すぐに遊跳の全身は、まるで繭に包まれてでもいるかのように、白く輝く膜に覆い尽くされてしまった。  遊跳の全身を覆いつくすと、膜は少しずつ輝きを失い始めた。  それと同時に、遊跳のシルエットが少しずつ収縮していく。  そして、その中にいる遊跳は、全身を締めつけられるような感覚に襲われていた。  痛みは、ない。  だが、呼気を塞がれた遊跳はもう、限界に達していた。  激しく体を震わせながら、遊跳は座っていた椅子から床に崩れ落ちた。  その様子を見ても、エマは少しも動じることなく床にかがみ込む。  右手を伸ばし、遊跳の手をそっと握りしめる。 「大丈夫。何も心配いらないよ」  悶える遊跳をまるであやしつけるような調子だ。  遊跳とさほど変わらぬ年頃に見えたとしても、エマは普通の人間とは異なる存在だ。  実際に過ごしてきた年月は、遊跳よりも長い。  障魔との戦いでも、彼女は遊跳を庇護する立場なのだ。  だからエマは、遊跳に対してはまるで姉が弟に対するかのような言動をとることが多くなっていた。 「ユートさんの側には、いつもあたしが、ついているから」  言ってからエマは、目を潤ませた。  ほんのりとその頬が赤く染まっている。  その様子は、遊跳に対してほのかな気持ちを抱いているようでもあり、あるいはどうしてなのか、自分自身の発した言葉にどこか陶酔しているようでもあった。  いつのまにか、遊跳のシルエットは大きく変化していた。  その見た目はずっと小さくなり、今やエマよりも小柄に見えていた。  今やだぶだぶに余ってしまった衣服が体を覆っているから分かりづらいが、四肢や首筋はか細く変化し、腰のあたりも触れれば折れてしまいそうなほど細くなっている。  一方で、胸や腰下のあたりはほのかに膨らみを帯びているのが窺える。  それだけではなく、体全体が丸みを帯び、遊跳本来の体つきとは全く異なる様相に変わっていた。  それは少女の、体つきだ。  すでに遊跳を覆う光はほとんど失われ、明るい肌色がその全身を包んでいた。  それは、きめ細かくすべやかな、染みひとつない、滑らかな、少女の肌だ。  遊跳の見た目はすっかりと、小柄で華奢な少女の姿に変わってしまった。  ついさっきまで、そこにいたのが、しっかりとした成人男性であるということを示すものは、今や彼女の体を覆うサイズ違いの男物の衣類だけだ。 「……カハっ……!……」  床に横たわる少女が、身を震わせ、息を継いだ。  すんでのところで気道が通じたのだろうか、嘘のように息苦しさが無くなったのだ。  大きく息を吸う動作をした、次の瞬間。 「ひぃ……ギ!……」  遊跳は大きく目を開いて、悲鳴混じりの息を漏らした。  目を大きく見開き、口を開いたまま、痙攣する。  両目から涙が頬を滴り落ちる。  耳と目の奥の、ありえないところまで侵入したものが、まるで遊跳の脳に繋がったかのように、頭の中に奔流のようにひとつの感覚が流れ込んだ。  それは、快感だ。  その瞬間、電気が走ったかのように遊跳の身体は痙攣した。  偽りの肌にぴったりと覆われた遊跳本来の肌の毛穴のひとつひとつが、開く。  その穴からも、微細な何かが体の奥に侵入してくるように、ぴりぴりとした刺激が遊跳の全身を苛んだ。  痛み、ではない。  むしろ、それは心地よい刺激となって、快感の奔流に揺蕩う、遊跳のこころを柔らかく解きほぐしていくかのようであった。  そう、固い意志が解きほぐされ、柔らかく作り変えられていくのだ。  柔らかく幼い、少女の見た目に相応しいものに。  少女の顔からは力が抜けていき、陶酔したような表情がに浮かぶ。  やがて刺激と快感の奔流は、徐々に収まっていく。  床に倒れ伏した少女は、今や呆然とした表情となり、肩で息をついていた。  涙で潤んだ目を見開き、両手は心細げに体の前で曲げられている。 「だいじょうぶ。終わったよ」  しばらくして、倒れ伏す遊跳の右手を握りしめたまま、エマは優しく声をかけた。  呆然自失としていた少女は、その言葉にやっと我に返る。 「え……エマ……」  言ってから、少女は……遊跳は自分の発した声の甘さに、驚く。  慌てて身を起こし、動揺した視線をエマに向けた後、息を吸い込んで自分の身体に目線を向ける。  まったく変わってしまった自分の身体を見て、目を丸くして一瞬硬直した後、もう一度エマの方に視線が向いた。 「……な……何、これ……」  遊跳は、はっとして、両手で口をふさぐ。  いったい自分に何が起こってしまったのか。  その様子を見て、おかしくてたまらないといった感じでエマがくすくすと笑った。 「ねぇ、ユートさん。なんだかずいぶんかわいらしく、なっちゃったね」  少女に変貌してしまった遊跳は、困惑の表情を浮かべて、エマを見つめた。  息をするたびに、鼻腔をくすぐるほの甘い自身の体臭に戸惑う。  肌は、ほんのわずかな空気の揺れも感じられるほど敏感になっていた。  それなのに、ぴっちりと、少しの弛みもなく全身が覆われている、奇妙な感覚。  意識すると、喉の奥からお尻の穴の中にまでも、何かが詰まったような異物感が伝わってくる。 「ねぇ……エマ。これって……一体……」  おずおずと遊跳は、言葉を紡いだ。  見た目に相応しく変わってしまった自分の声が、恥ずかしい。 「宝玉の力だよ」  その言葉を聞いた遊跳は、思わず額に手をやった。  押し当てられた宝玉は、すでに跡形もなく、消え失せている。  遊跳の身体を包み込んでいるこの偽りの肌に、形を変えてしまったということだろうか。  エマは、あの宝玉には付与と護りの魔力が込められていると、確かにそんな風に言った。   「これの……どこが……」  付与と護りの力だと、いうのだろうか。 「ユートさんが、そう望んだのよ」 「なっ!……」  疑問に対する、エマの答えに、遊跳は絶句してしまった。  どくんと心臓が跳ね上がり、顔がかっと熱くなる。 「言ったでしょう。宝玉は、その者がそうありたいと望むものを与えるって」  遊跳の様子を気にするでもなく、エマは言葉を続けた。  確かにそうだ。  宝玉について、エマはそうも言っていた。  だとすると、これは遊跳が望んだことなのだろうか。 「ユートさんは、きっと女の子になりたかったのね。あたしみたいな精霊の女の子に」  エマはそう言うと手を伸ばして、目の前に座りこむ少女の髪の毛を梳くった。  [[rb:大地と樹木の精霊 > ドライアド]]のエマと同じように豊かでさらさらした、亜麻色の髪の毛だ。 「強い魔法を感じるわ。精霊のそれと、まるで同じみたい」  遊跳は恥ずかしさのあまり、エマのことを正視できなくなり、真っ赤な顔をしたまま俯いてしまった。  心の中で、エマの言葉を反芻する。 (僕が、女の子に、なりたかった?)  じんと、頭の中が痺れたようだった。  否定する思考が、出てこない。  その言葉を反芻するたびに、鼓動が速くなり、体が熱を帯びていく。 「ねぇ、いつまでもそんな恰好でいるわけにもいかないわ。いらっしゃい」  そう言って、エマは立ち上がると、いまだ床にへたりこむ少女に手を差し出した。 「あたしが、その姿を何とかしてあげる」  遊跳を見下ろすエマの口調はいつの間にか自分よりも年下の少女に対するような調子に変わっていた。 (続く) 2023/4/8追加


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