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クラウストラムの後継者 #1 導入

 その空間は、さながらガラクタ箱の中、とでも言おうか。  もう少しマシな表現を考えるとしても、歴史のある博物館か古びた骨董品店のバックヤード、といったところだ。  高い天井の半ばまで、うず高く積み上げられた木箱や、ショーケースの類。  ケースの中や、棚の上には、様々な種類の奇妙な品々……一面に未知の文様が彫刻された木杖であるとか、眼窩が3つある不思議な生き物の頭骨であるとか、そんな怪しげな代物がしまわれている。  部屋の外縁には迷路のように本棚が立ち並び、革の装幀が施された古い本や巻物の類がぎっしりと詰め込まれている。  その部屋に、ひとりの人物が入ってきた。  部屋の各所に設えられていた灯明が温かみのある光を発し始めた。  灯りに照らされた人物は、温厚そうな表情をした若者だ。  ここに来て、様々なものを漁るのは、このところの彼の……[[rb:満月遊跳 > みつきゆうと]]の日課になっていた。  この部屋が、数多の現界の「狭間」にあるこの屋敷の中で最も退屈しない場所である、ということは、理由のひとつでしかない。  確かにこの館にいる限り、普段、遊跳がしなくてはならないことはほとんどない。  生活に伴って生じる雑多なことは、ほとんどしもべ達が、あるいは館そのものが勝手にこなしてしまうのである。  だから、遊跳が退屈を持て余しているというのは、事実ではあるのだ。  だがそれよりも、今の遊跳をつき動かしているのは、彼が奇妙な成りゆきからこの[[rb:隠された館 > クラウストラム]]の主の立場を継承してから、それと引き換えに与えられた責務……現界を侵す[[rb:障魔 > グレミアン]]を防ぐ……を果たすには、館に収められた数々の魔道具やその知識が必要となるということの、認識だ。  実際のところ、それは切実な問題だった。  かつて、クラウストラムを造りあげたという[[rb:至高の魔術師 > ソーサラースプリーム]]であればいざしらず、彼と同じ因子を持つというだけで選ばれた遊跳には、責務を果たすための何か特別な力がある、というわけではないからだ。  これまでの障魔との戦いでは、遊跳は単なる足手まといでしかなかった。  障魔を退けたのはほとんど……いや、全てがクラウストラムに奉仕する4人のしもべ達の手柄と言ってよい。  クラウストラムとその主を守護するという誓約により肉体をもって顕現した精霊の化身である彼女達……そう、「彼女」達の発揮する超常的な能力が、障魔と対峙する上での遊跳のほとんど唯一の拠り所であった。  それに、対峙しなくてはならない相手は障魔だけではなかった。  遊跳の脳裏に、少し前に見た、[[rb:蜍没 > ヨモツ]]の断末魔の顔の記憶が甦った。  優れた魔術師であった蜍没は、貪欲にさらなる力を欲し、障魔の力を取り込もうとするだけではなく、クラウストラムの力を奪うことすら目論んでいた。  だが、しもべの筆頭格であるアデラが語ったところによれば、そもそも蜍没もまた、クラウストラムの主となるべき資格……至高の魔術師と同じ因子……を有していたのだという。 「彼には、素養が欠けていたのです」  そう言って、アデラはその端正な顔に鎮痛な表情を浮かべてみせた。  クラウストラムに蓄えられた力は、あくまでも障魔に対抗するために準備されたものだ。  だが蜍没は、その力を自身の欲望を満たすためだけに用いることを欲した。  その結果、彼はこの、魔法の館そのものに拒絶され、その主となる資格を失ったのだ。  結局、彼は遊跳達と障魔との争いに介入を続け、その帰結としておそらくは、死んだ。  だが、蜍没の死が彼の自業自得によるものだと正当化するにしても、障魔の存在やクラウストラムのことを知った時に、彼と同じようなことを考えるものが皆無であるとは考えられない。  それが、遊跳がこの収蔵庫にこのところ入り浸る、根本の理由である。  ここに収蔵されている数多の魔道具や、古文書・魔導書の類には、安易に接するには危険なものも多いのだという。 「だから、不用意に触れないようになさってください」  アデラには、そんなふうに注意を受けている。  そのアデラが不在である今、遊跳の探求行為はともすれば危険を伴うものであるといえる。  だが、今の遊跳には、いつになるのかわからないアデラの帰りをただ待っているということはできなかった。  もちろん、遊跳もただ衝動の赴くままに愚かなことをするような人間というわけではない。  すでに危険ではない、と判っているものから探求を始め、確信を持てる範囲を徐々に広げていこうと考えてはいるのだ。  部屋の中央に置かれた机に向かって、深く椅子に腰をおろし、机の上に置かれた読みかけの古書に手を伸ばそうとして、遊跳は気がついた。   (あれ……?)  遊跳が目を止めたのは、机の奥側の小棚の上に置かれた品物……厚みのある敷布の上に置かれた、直径4、5cmほどの玉であった。  それは、内に眩いほどの白い輝きを湛えており、けれども不思議なことにその輝きは玉の内に留まり、まるで閉じ込められているかのように蠢いて見える。 (こんなのあったかな?)  遊跳は腕を組んで、玉を見つめた。  昨日は、この場所には確かに何もなかった、と思う。  とはいえ、狭間に存在するこの魔法の館の中では、現界の常識が通じないことは、多く起こる。  階段を降りていくと上の階にたどり着く、とか、時によって間取りが変化する、等といったことは日常茶飯事といってもよい。  この収蔵庫においても、知らぬ間に収蔵品の場所や種類が入れ替わる、といったことはこれまでにも起こったことではあった。 「どうしたの?難しい顔をして?」 「うわっ!」  急に背後から声をかけられて、遊跳は思わず驚きの声をあげた。  振り向いた遊跳の背後に立っていたのは、館に奉仕する4人のしもべの一人、大地と樹木の精霊の顕現である少女だった。  館のしもべであるということを表しているかのように慎ましやかなメイド服にその柔らかな体躯を包んだその少女……エマは、遊跳の座る椅子の背に両手をかけ、鳶色の豊かな髪の毛をかすかにゆらして、興味深げに彼の顔を覗きこんでいた。  エマの息遣いを間近に感じ、その大きな瞳にじっと見つめられ、遊跳はほんの少し鼓動が速くなるのを感じ、思わず彼女の視線から目をそらした。  エマが収蔵庫に入ってくるのは珍しい。  普段の彼女は、きれい好きで、自身の部屋の掃除などはいつも欠かさないようだ。  だから、ほこりの積もった調度品に半ば埋もれたこんな場所には、目的が無い限りやってくるということはなかった。  特に、この一週間余りの間、どうしたわけかエマは、ほとんど自室に引きこもっていた。  何か気に障ることでもあったのか、それとも体調でも悪かったのか。  人に非ざる精霊の化身であるといっても、肉体を有していることからの必然なのか、そういう風にごく普通の人間と同じような情緒を、彼女らは発揮するのだ。  遊跳もそのことにはすぐ慣れたし、接する上では人間の常識が通用する方が、わかりやすくて良い。 「これを見ていたの?」  柔らかな所作で、机の横側を通り抜け、遊跳が制する間もなく、エマは小棚の上の玉をそっと手に取った。  一瞬、緊張した遊跳は、エマのその様子を見て、ほっと力を抜いた。  彼女がそうやって触れたからには、少なくともそれは触るだけでも危険な代物ではないということなのだろう。 「あたし、これ知っているよ」  いつもと変わらぬ優しい調子で言いながら、エマは玉を乗せた手を遊跳の側に差し出した。  遊跳は、訝しげな表情を浮かべて凝集された光の向こう側にあるエマの顔を見つめた。  と、いうのは、これまでのところ、魔道具の類に関しては、アデラ以外のしもべ達にはほとんど知識がない、というのが常だったからだ。  彼女達は魔術師などではない。  あえて言うならば、魔法そのものだ。 「この宝玉の中にはね。付与と護りの魔力が込められているの」 「それは、どういうこと?」  遊跳は、先を続けるようにエマを促した。  エマが、にこりと微笑む。 「その使い手に望むものを与え、その使い手に護りを与えるの」  望むもの?  まだ、遊跳にはピンとこなかった。 「望むものって?」 「そう、ありたいと、願っている何か、だよ」  ささやくような声でそう答えた後、宝玉を乗せた手を胸元に寄せてから、エマはするりと遊跳の脇に進んだ。 「ね、ユートさん。試してみましょう」  そう言ってエマは、手にした宝玉を自分の方に体を向けた遊跳のすぐ目前に差し出した。 (続く) 2023/04/08追加


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