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ウェルター級キックボクシング プレミナリーファイト 須藤大和vs鳴宮蒼響4

 スツールに腰を下ろして、大和はゆっくりと呼吸を繰り返す。

 背後のコーナーポストから伸びるロープに腕を引っ掛けて、意識して体を脱力させて休む。後頭部まで預け、頭上を見上げるような形になると、小規模な会場とは異なり妙にぎらついた照明の光に目が眩み、瞼を下ろした。

 目を閉じると、自然と他の感覚に意識が向くものだ。自分の呼吸や体温、肌に滲む汗、セコンドの語り掛ける声。蒼響の蹴りを受けた脚はところどころが痛んでいたが、まだ傷というほどでもなく、体力的にも余裕がある。一ラウンド目を終えたばかりなのだから、まだまだこれからだ。


「さっきの最後のパンチは良かった。次もあの調子でな」


 セコンドであるトレーナーの言葉に、大和はしっかりと頷いた。



 対角線上のコーナーで、蒼響も同様に休んでいた。

 両腕を膝の上に置いて項垂れたかと思えばコーナーポストにもたれかかってみたりと、座っていても落ち着かないのはいつものことだが、それだけ体力が有り余っているということでもある。


「あー、くっそ……。まだ痺れてる」


 だが、両腕にはまだ先のラウンドで受け止めた左ストレートの衝撃が鮮明に残っていた。攻めていたのは蒼響の方であったはずなのに、最後の一撃でその分を完全に帳消しにされてしまったようにさえ感じる。


「お前の反応も良かったよ。でも、あれでしてやられた感は否めないからなぁ。次はしっかり攻めていけよ」


 穏やかに笑いながら言うトレーナーに対して、蒼響は口の端を吊り上げた。


「トーゼンっす。次で攻めて攻めて攻めまくって、そのままKOしてやりますよ」



 マウスピースを噛み直し、再びレフェリーと選手二人を残すのみとなったリングの上で、両者が向かい合うと、間髪を容れずにゴングが鳴り響く。


 第2ラウンドの開始と同時、先手を取って動き出したのはやはり蒼響の方だった。

 しかし、距離を保ちつつの遠間からの軽いジャブ。当然、いくら速かろうとも見え見えの行動は、簡単に防がれる。

 それを受けて大和から返された拳を、蒼響は大きく横に跳ぶ形で避けると、そのまま大和を中心にしてリング上を回るように動き始めた。

 その足捌きたるや実に軽やかで、一瞬たりともひとところに留まらずにキャンバスを駆け続ける。

 大和もその動きに対応すべく足を使い始めるが、速さに無理に付いて行こうとせず、真正面に捉え続けるだけに留めている。

 出て来たところに合わせて踏み込み、迎撃しようというつもりだろうか。だが、先ほどと速さも対応力も同じだと思っているのならば、それは甘いと言わざるを得ない。


「そういうぬるいことやってると、俺がさっさとあんたをKOしちまうぞ!」


 大和の射程は既に把握している。不規則な舞踏の最中に軽く踏み出した足は、ほぼ無意識的にその境界線ギリギリのところを見極めていた。

 そして、ジャブ。青いグローブが空を切る音は先の一撃よりも鋭い。ガードが辛うじて間に合い、蒼響に二の矢を打たせまいと大和がこちらへと踏み込んで来た。

 今度は右ストレートが、空を切るのでなく抉るような唸りを上げて迫る。ここに来て更に増した集中力によって研ぎ澄まされた蒼響の目には、その軌道がはっきりと見えていた。

 目視した瞬間、体は反射で動く。

 軌道の下から割り込ませた拳でストレートを弾いてやる。


「っ!」


 クリーンヒットすると思っていたのだろう、大和が驚いたような表情を見せてくれたのが蒼響の火を煽る。

 今の大和の右半身は、胸から腹に掛けてガラ空きだ。数秒にも満たない隙を縫い、また軽く踏み込んで叩く。


「ッ、……は……」


 これは綺麗に入った。無防備な腹の中心に青いグローブが食い込み、真一文字に結ばれていた唇から小さく吐息が漏れるのが聞こえた。

 咄嗟に大和が腕を振るが、当たるよりも一瞬速く蒼響は背後へと離脱。着地と同時にローキックで下段を刈る。これも太腿に命中。中身の詰まった硬い肉の感触が脛に返ってきて、蒼響のテンションが一層に増す。

 たった一、二発では物足りない。まだまだ叩いてやらなくては。

 蒼響は再びリング上を舞い始めた。

 今の攻防で向こうも煽られたのか、大和が向こうから踏み込んでくる。ステップワークに際して脚を蹴りに使えない隙を上手く狙われてしまい、確かにジャブ程度の牽制では追い付かず、猛進を阻むことはできなかった。

 懐に入られた。

 だが、見えている。

 顔面狙いの左ジャブ、これを頭部を軽く引くようにしてすんでのところで避け、続いた右のボディブローをパーリングでいなして半歩後退。

 お返しに鼻先へジャブを向けてやると、これが大和の頭を軽く弾いた。


「く……っ」


 目くらましついでに、更に半歩下がって右脚を低く振るい、今度は下腿、ふくらはぎの辺りを強かに刈る。

 精神と体の向かう先が上手く一致して、考えるよりも先に体が勝手に動いてくれる。蒼響は試合中に味わうこの感覚が堪らなく心地良くて好きだった。


 打ちに行くと見せかけてフェイントを織り交ぜ、タイミングをずらしたり、大和が痺れを切らして突っ込んで来ようものなら前蹴りで押し戻し、あるいはその拳や蹴りを避け、時にはパーリングで弾いて……蒼響は順調に試合を支配していた。

 二ラウンドも既に折り返しに来ていたが、一発たりとも被弾していない。


 だが、まだ気を抜くことはできない。

 集中力とステップワークの維持は蒼響を確実に消耗させている。本人にその自覚はないが、胸を弾ませる荒い呼吸と、肌を滝のように流れ落ちる汗がその証左だ。

 そして、もう一つ。こうも一方的に攻められておきながら、目の前に居る男の目が未だに虎視眈々と反撃の機を窺っているからだ。



エフェクト無し

エフェクト、汗、あざなし

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