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136.隊長戦 ーミルフィーヌサイドー

 雨の中、赤い着物姿のミルフィーヌは王宮を出てサンビュルーリカの街中を走っていた。 魔女王祭で舞台となるはずだった祭壇を駆け抜け、商店街に向かっている。 (……すでに召喚魔法を使ってしまった。魔力の消費量が大き過ぎるのが難点だ。しかし、そうしなければあの状況は打開できなかっただろう。最低でもテンイスルー1回分の魔力は残しておかなければならない。考えて魔法を使わなければ……)  魔女隊の隊長達から逃げるための最終手段は、異世界への瞬間移動を可能にするテンイスルーである。 自動回復の特性をもつミルフィーヌだが、その回復スピードは遅い。 むやみに魔力を消費できないと考えていた。 (あ、あれは……! 追いついた!)  商店街に到着したミルフィーヌ。 その地面はレンガで舗装されている。 そして道の両サイドには、レンガ造りの店舗が並んでいる。 激しい雨が降っているにもかかわらず、所々に屋台形式の店舗も開いていた。 通りには傘を差した人々が往来している。 そんな商店街の通りでミルフィーヌが視界に捉えたのは、白衣姿の女性である。 「メディアン隊長……!」  ミルフィーヌが大きな声で呼び掛けたのは、先に王宮を出て行ったメディアンだ。 すぐにメディアンが振り向く。 「……ん? あれあれ!? もう追いつかれちゃった? これは参ったね! あまり街の中は歩き慣れていないからな……」  メディアンは日々、研究に明け暮れている。 里の中を歩き慣れておらず、商店街に迷い込んでいた。 「……マリエーヌのところには行かせません」  相手は魔女隊隊長の一人。 油断することなく、すぐに戦闘の構えをとるミルフィーヌ。 「ふ~ん……私を止めに来たってわけか。……しかも一人で? はぁっ……まったく、レブリナートは何をやってんだか」  メディアンがため息をつく。 ミルフィーヌを自由にさせてしまったレブリナートに文句を言いつつ、周辺の魔力を感知する。 「まだオルダンテの魔力は感じないなぁ。戦闘は始まっていないのか……」  その言葉を聞いて、ミルフィーヌも魔力を感知する。 (……確かに感じない。マリエーヌ達は感知圏内にいないようだな。里にはバリアがあるから、さすがに里の外には出ていないだろうが……)  土砂降りの雨の中、道の真ん中で向き合って話すメディアンとミルフィーヌ。 店舗や地面のレンガは、雨が染み込むことによって本来の色より濃くなっていた。 すでに2人の髪の毛も服もビショ濡れだ。 周りの人達が、傘もささずに向き合って話す2人の異変に気づき始める。 「研究隊の……メディアン隊長!? こんなに近くで初めて見た……!!」 「神童ミルフィーヌもいるわ!」 「え、何かトラブルがあったのかしら……?」  通りを歩いているのは、もちろん里の魔女達だ。 彼女達は足を止め、10人ほどの通行人が集まった。 メディアンがザワつく見物人に視線を向ける。 「人が集まってきそうだね。……それにしても、キミはマリエーヌのことを非常に心配しているようだね。言っておくけど、私は有能な教え子である彼女を殺すことはしないよ? もし私の言うことを聞かなければ、骨を折って半殺しぐらいにして服従させるつもりだけどさ。……そのぐらいなら、よくない?」  彼女の言葉を受けて思考するミルフィーヌ。 (『殺しはしない』……か。確かにメディアン隊長はマリエーヌの卒業研究の指導者だった。信じていいものか。しかし、半殺しとはあまりにも暴力的だな……) 「あ、そうだ。オルダンテは彼女を殺すつもりみたいだけどね?」  メディアンは指を立てて、オルダンテが自分の考えとは違うことを主張した。 (オルダンテ隊長……凄まじい殺気だった。単純な戦闘ならオルダンテ隊長が圧倒的に有利だ。しかし、今のマリエーヌの機動力とケンジの時空魔法があれば、彼から逃げることは可能だと思うが……)  ミルフィーヌは王宮で見たオルダンテの動きを見て予想を立てた。 「そうそう、姿を消したナイリッシュも加勢するかもねぇ……? 早く合流しないとマリエーヌが殺されちゃうかも」  ミルフィーヌが考えている間に、次々と喋り続けるメディアン。 (……確かにそうだ! ナイリッシュ隊長のことを失念していた! まずい……!!)  オルダンテとナイリッシュの2人がかりでは、さすがにマリエーヌの命が危ないと判断する。 ようやくミルフィーヌが口を開く。 「……なるほど。メディアン隊長は、他の隊長と違ってマリエーヌの命は助けてくれるというわけですね?」 「そう! そういうこと」 (戦力差を加味すると、そのほうが得策かもしれない……)  メディアンの主張を聞き、ミルフィーヌが思い直す。 「……わかりました」  結論を出したミルフィーヌ。 メディアンが笑い出す。 「くくくっ!! 『わかりました』!? ……とは言っても、キミを自由にさせないよ? マリエーヌのところには行かせないかね!?」 (は……? なんだ?) 「キミが向こうと合流したら、マリエーヌが逃げられる可能性が高くなるでしょ! そんなキミを、マリエーヌのところに行かせるわけないじゃん! 気は進まないけど、半人前のキミを相手にするか」 (なんだ!? 始めからそう言えばいいものを、わざわざ回りくどいことを言って……!!)  動揺するミルフィーヌに近づくメディアン。 途中で勢いよく踏み込み、急接近する。 「……ほら、攻撃するよ? 集中しないとぉっ!」 (し、仕掛けてきた……!! 魔法を使うのだろうか!?)  直線的に接近して来るメディアン。 彼女が身に纏う白衣が激しく揺れる。 その細い腕から放たれる素早い打撃。 ミルフィーヌは反応できない。 「ぐぅっ!?」  メディアンの右ストレートが胸部にヒットした。 後方に吹っ飛び、屋台に突っ込むミルフィーヌ。 周囲から悲鳴と驚きの声が聞こえてくる。 「きゃああああっ!?」 「メディアン隊長が……ミルフィーヌを攻撃した!?」 「ど、どうして!? 何が起こっているの!?」  商店街を歩く人達が次々に足を止める。 すでに50人以上の人が集まっている。 攻撃を受け、屋台の下で倒れているミルフィーヌ。 突然、自分の店が戦場と化してしまって店主が騒ぐ。 そんな慌てる店主を見て、ミルフィーヌは現状を理解した。 我に返り落ち着きを取り戻す。 (攻撃が……見えなかった。な……何をやっているんだ、私は! 敵の言葉に惑わされ、とらわれ、集中力を欠くなんて!! ……強過ぎる相手ゆえに焦り、思考力が鈍ってしまっているのだろうか!?)  ミルフィーヌは、自分に視線を向けるメディアンを見ながら思考している。 「くくっ! キミの名前はミルフィーヌ……だったね」  胸部に大きなダメージを受けたミルフィーヌ。 呼吸を整えながら返答する。 「ごほっ……覚えてもらえていて光栄ですね。それが……何か?」  メディアンがゆっくりと歩き出す。 ミルフィーヌに接近しながら、周囲に聞こえるように会話を続ける。 「キミは何もできないよ。マリエーヌを助けたいのであれば、力がないと。隊長クラスを相手にして行動を起こすのであれば、同等に近い戦闘力をつけなきゃ。私を置き去りにし、オルダンテからマリエーヌを逃がす。そのぐらいの戦闘力と機動力がないと。あとは、判断力かな。……私のことなんて放っておけばいいのに。それに、簡単に敵の話に乗って心を乱されてはダメだ。もともと不利な戦いなのに、もっと不利になっちゃうよ」 (くっ! 判断力がないだと!? じ、自分だって、ちんたら商店街を歩いていたクセに……!! しかし……メディアン隊長が私に言っていることは間違ってはいない!) 「ははっ! 若者にこんなに論じて、けっこう私も教育的じゃないかなぁ!? もしかしたら魔女学校の教員も務まるかもね。やらないけどさ!」  倒れていたミルフィーヌが起き上がる。 集中力を高めるため、鋭い視線で敵を射抜く。 「とにかく……あなたを止めます」 「はははっ! キミが私を止める? 今の感じだと、マリエーヌよりも明らかに戦闘力が低いよね。その程度の実力で私を止めようだなんて! たくさん見物人がいるし、自分の無力さを晒すといいさ」 (……やるしかない。てっきり攻撃魔法を仕掛けてくると予想していたが、まさか殴りかかってくるとは! 小柄な体格だが、強烈な打撃だ。しかも素早い……!)  歩いていたメディアンがスピードを上げた。 ミルフィーヌに急接近し、打撃で畳み掛ける。 銀縁メガネをかけ、その赤髪を左側でサイドアップにした童顔で色白のメディアン。 幼い印象の彼女からは想像できない、圧倒的に速く多彩な打撃が放たれる。 再び胸部へのストレート、顔面へのフック、そしてボディブローと、的確に打撃を当ててくる。 (うぅっ……!? は、反撃できない! 魔法も……発動する隙がない!!)  攻撃できすに防御に回るミルフィーヌ。 ダメージを受けながらも、今度は倒れずに踏ん張っている。 「ふーん。何もできないのかな? まぁ……こんなもんか。マリエーヌには遠く及ばないね。魔法を使うまでもない」  メディアンの表情が変わる。 ミルフィーヌは、彼女が完全に自分に興味をなくしたことに気づく。 (くっ! 分かっていたはずだ……私に隊長クラスに挑む実力がないことは)  圧倒的な打撃で体力が削られる。 放たれる悪意のある言葉もミルフィーヌの耳に入り、メンタルも削られていく。 徐々に足がすくんでいき、動けなくなっていくミルフィーヌ。 「……ほら、ぜんぜん何もできない。キミはその程度だよ。これまで環境には恵まれていたみたいだけど、そもそもポテンシャルってやつがないんだと思うよ。……まぁ、どういう経緯で習得したのか知らないけれど、天界の使者を召喚したのは褒めるべきところだ。珍しくて興味を唆ったしね。でも、召喚魔法に頼るのは、じつは私は好きじゃないんだよなぁ。あの手の魔法は他力本願だよ。魔法は自分で編み出さないと。それこそマリエーヌみたいにね。だから私はマリエーヌを推しているんだ」  容赦ない言葉を浴びせ続けながら、攻撃の手も決して緩めないメディアン。 (こ、このままではマズい! 魔法を……)  ミルフィーヌが両手に魔力を込める。 それに気づき、すかさず右のハイキックを放つメディアン。 「うぅっ……!!?」  またしても直撃を許してしまうミルフィーヌ。 側頭部に蹴りがヒットした。 遠くまで吹き飛ばされ、商店街の通りの中央付近で倒れ込む。 (くっ……! か、体が動かない……本当に何もできないのか。足止めぐらいはできるかと思っていたが……。小柄なメディアン隊長相手でも、肉弾戦でここまでの差があるなんて! いや、こうして戦いに時間を費やせている時点で、足止めはできているか……)  戦いを見ていた里の魔女達に囲まれるミルフィーヌ。 その数は100人を超えていた。 「どいてどいて……! 魔女隊の仕事を妨害したと見なすよ?」  メディアンが倒れて動けなくなったミルフィーヌに近づく。 里の人達はメディアンが通れるように移動していく。 この里では、魔女隊が絶対の権力を持っている。 「サンビュルーリカ……こんなに広くて組織系統も整っていて、すごい里だけどさぁ」 (なんだ? 今度は何の話をし始めた?) 「ここまで完成した里で育つと……つまりサンビュルーリカ出身者はさ、ハングリーさが無くなっちゃうんじゃない? エリートさんでしょ、キミ」 (……エ、エリートさん? 青ネクタイのことを言っているのか? そう言えばメディアン隊長は他里出身者だったな……。先ほどの『環境には恵まれていたみたいだけど』という言葉は、そのことを言っていたのか。……いや、妙な話に惑わされるな。魔法を放つ隙がないのであれば、エリィの得意戦法であるカウンターを狙うぞ。体は……まだ動く)  自動回復の特性により、なんとか耐えているミルフィーヌの体。 メディアンに視線を向け、立ち上がろうと必死になる。 「キミ……なんとか言いなよ?」  返答せずに視線を向けるだけのミルフィーヌに少しイラ立つメディアン。 周囲の魔女達がメディアンの進路を空けることによってつくられた道。 メデイアンは人混みにできた道を走り出した。 行き先は当然、ミルフィーヌのところだ。 勢いよく走ったまま、彼女の顔面を狙って殴りかかる。 立ち上がったミルフィーヌは、カウンター狙いの掌底を放つつもりだ。 「お! やっと反撃するのか……!」  掌底が届く前に、メディアンの右のボディがミルフィーヌにヒットした。 見物人を巻き込みながら、再び吹き飛ばされるミルフィーヌ。 彼女が吹き飛ばされた先は、商店街に立ち並ぶ店舗の一つ。 レンガでできた壁を突き抜け、室内の床に叩きつけられる。 強烈な打撃を腹部に受けたため、胃の内容物を吐き出してしまう。 それには血も混じっており、ダメージの大きさを物語っている。 (うぅっ……ダ、ダメだ……! まったく歯が立たない!)  手を緩めず、すぐに接近するメディアン。 ミルフィーヌがぶつかって破壊された壁を通り、店舗内に入って来た。 突然の出来事に店内にいた数人の魔女が騒ぐ中、メディアンが淡々と喋り始める。 「……他里出身、赤ネクタイの魔女にとっては嫌な里だよ、ここ。そこもマリエーヌには共感できるなぁ。共感できるとは言っても、これからは私の言うことを聞いてもらうけどね。研究者にとって都合の良い魔女法にしてもらうよ。分かっていると思うけど、私はね……研究がしたいんだ。研究の下ではみんな平等にチャンスがある。他里出身者だろうと、この里の出身者だろうと、圧倒的な研究力があれば関係ない。……私だって、エリート達を超えていける」 (またか……ここまでの実力がありながら、なぜ私にそんな話をする? り、理解が追いつかない……) 「それにしても……エリートなのに、ぜんぜん戦闘力が足りないよ、キミ。魔法を発動することすらできないじゃないか。隊長の中では、身体能力は私が1番低いからね? その私に完全敗北するレベルかぁ。キミもマリエーヌみたいにさぁ……がんばりなよ!!」  うつ伏せになって倒れているミルフィーヌの腹部を蹴り飛ばすメディアン。 「……くっ!? ぐうぅっ!!」  ミルフィーヌが吐血する。 「ほら……抵抗しないと、みんなが見ている前で情けない姿を晒されちゃうよ!?」  メディアンは苦しむミルフィーヌの胸ぐらをつかみ、商店街の通りに投げ飛ばした。 周囲からは何度目かの悲鳴が上がる。 「こんな一方的に……!! 神童ミルフィーヌが……」 「た、体術だけで!?」 「メディアン隊長……おそろしい……」  再び大勢の人がいる場所へ移され、その姿を晒されるミルフィーヌ。 彼女は道の真ん中にうつ伏せで倒れている。 徐々に意識が遠くなっていく……。 (着物に忍ばせておいた濃縮液をかける隙さえない……補助魔法で自身の能力を上げる隙もないな……) 「それにしても、よくマリエーヌを助けようとするね。魔女学校では、マリエーヌが首席だったんだよね? 自分を負かした相手を命懸けで助けようとしているのか……。私だったら助けないなぁ。ジャスミーナを助けるなんて、考えられない」 「……」  ミルフィーヌは喋ることさえできなくなっていた。 気を失わないように、必死で自分の意識をつなぎとめる。 「まぁ、いいや。……どうやらオルダンテが戦い始めているみたいだし、とりあえずキミは両手両足を骨折させておこうかな。さすがに気を失うでしょ? 殺しちゃうと、それこそジャスミーナがゴチャゴチャうるさそうだからね!」  メディアンは遠くで戦うオルダンテの魔力を感知していた。 強烈な攻撃を受け続けているミルフィーヌには、魔力を感知する余裕はない。 (……くっ! 向こうでも戦いが始まっていたか! なんとしても、一矢報いて時間を稼がないと……! ノータイムで発動できる魔法は……ないか……)  魔法を放つには、どうしても一瞬のタメができてしまう。 ここまでの戦いから、メディアンはその隙を決して見逃さないことがわかる。 「ん……? なんだなんだ?」  メディアンが周囲の異変に気づく。 周りを取り囲む魔女達が、さらにザワつき始めた。 「あ! また誰か来たよ……!!」 「あの人は……魔女学校の先生だわ!」 「ミルフィーヌを助けに来たのかしら!?」  見物人の魔女達が移動し、人が1人通れるぐらいの道ができていく。 「……ミルフィーヌ!」  その道の先から女性の声がした。 自分の名を呼ぶ声が聞こえ、ミルフィーヌが思考する。 (こ、この声は……?)  誰かが助けに来た。 情けない姿を見せることになる……と思うのと同時に安堵するミルフィーヌ。 (ジャスミーナ……先生?)  駆けつけたのは自分の師であるジャスミーナであった。


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