135.王宮の拷問室
Added 2023-08-16 08:00:00 +0000 UTC時は少し戻り、舞台は王宮の拷問室。 すでにケンジはマリエーヌを連れて王宮を脱出している。 現在、その後を追ってオルダンテが拷問室から飛び出して行ったところだ。 ミルフィーヌが放った召喚魔法によって、部屋の天井は大きく破壊された。 そこから見える空には雨雲が広がっている。 室内に絶え間なく降り注ぐ大量の雨。 その雨で床は水浸しになり、階下への浸水が始まっていた。 ちなみに、拷問室の中でケンジが構築した氷の壁は、時間経過によって既に消滅している。 室内で険しい表情を浮かべているは、バリアに包まれて拘束されたミルフィーヌと、その傍らで彼女を守る教員ジャスミーナだ。 ウォルグリア学長は冷静に様子を窺っている。 少し離れたところでは、ドーム型のバリアで身を守るレブリナートとメディアンが構えていた。 魔女王の遺体を取り囲む魔女隊の隊員たちと、呼び出されたディストーマも未だに拷問室に滞在している。 オルダンテが飛び出した後、室内は膠着状態になった。 その静寂を破ったのは、白衣に身を包むジャスミーナだ。 「ミルフィーヌ……隊長達を敵に回すなんて!」 魔女学校の教員らしく、毅然とした態度で指摘した。 三角錐型のバリアの中に閉じ込められているミルフィーヌを、その青い瞳が見つめる。 「まったく……あなたって子は、いつからそんな無茶なことをするようになったのかしら……」 ブロンドのロングヘアーを手で掻き上げながら心配するジャスミーナ。 「う……」 一方のミルフィーヌは、気まずそうな表情をしている。 (マリエーヌの命が狙われたので、私としては当然の判断だった。……が、先生からしたら無謀な行動に見えてしまったようだな。……魔女学校の先生たちは私に協力してくれるだろうか?) どう切り返すべきか思考していると、ジャスミーナがレブリナートのほうを向いて喋り始めた。 「レブリナート隊長……ミルフィーヌのバリアを解除してくれないかしら?」 訴えかけるジャスミーナ。 レブリナートはすぐに首を横に振る。 「……そうはいかないですね。マリエーヌに加勢する可能性のある者は、ここで行動不能にしておかないと。私の未来が……人生が懸かっているのです」 レブリナートに続いて、彼女と共にバリアの中にいるメディアンが主張する。 「そうそう、マリエーヌを潰すのは必須だからね! 絶対に逃げられてはいけない!! オルダンテは猪突猛進気味だから心配だよ。さっきは魔法で押されていたし……! マリエーヌが里の外に逃げないように、すぐに私も行かないとね。ここは頼んだよ、レブリナート」 「そうですね。とりあえずバリアを圧縮させてミルフィーヌを行動不能にします。また召喚魔法を唱えたら厄介ですから」 2人の隊長の目は真剣であり、その意志の固さが窺える。 ジャスミーナは説得を諦め、ミルフィーヌを包むバリアに手を置く。 「……ずいぶんと頑丈そうなバリアね。攻撃しても破壊は困難かしら? ウォルグリア学長、お願いできますか?」 「仕方がない……。この戦いに私はあまり加担したくはないが、魔女隊の隊長4人に対してマリエーヌだけで対抗するのではあまりにも一方的で公平ではない。私も協力しよう」 ウォルグリア学長は頷いた後で手を伸ばし、ミルフィーヌを拘束するバリアに触れた。 魔力が込められ、触れた箇所から徐々にバリアが破壊されていく。 「な、なんですって!? 私のバリアントがいとも簡単に壊された……!?」 自分のバリアが破られ、ショックを受けるレブリナート。 その様子を見ていたメディアンが歓喜する。 「おお! 教育者とは言え、さすがは学長! レブリナートのバリアを、魔力を注入するだけで破壊するなんて! すごいですねぇ!!」 ショックを受けているレブリナートの隣でメディアンが興奮している。 一方、解放されたミルフィーヌは学長に頭を下げる。 「……ありがとうございます」 「さぁ、マリエーヌのところに行きなさい」 ミルフィーヌが行動に移る前に、今度はレブリナートが自身とメディアンを守っていたバリアを解く。 レブリナートが一歩前に出て、室内に緊張が走る。 「学長……そちら側で戦うというわけですね。致し方ないです。……メディアン隊長、戦う準備はできていますね?」 「お! ここで今から戦う感じかな? ……まぁ、私は関係なく退室するけどね! 最優先すべきはマリエーヌの無力化・拘束だよ。後のことはよろしく、レブリナート」 そう言い残し、メディアンが部屋の外に向かって走り出した。 彼女の動きを見て大声を出したのはミルフィーヌだ。 「ま、待ってください! メディアン隊長……!」 その言葉に、隣に立っていたジャスミーナが反応する。 「ちょっとミルフィーヌ! あなた、まだ隊長達に歯向かう気なの……!? 学長も止めてください!」 「魔女界は緊急事態に立たされている。誰が新しい魔女王になるべきか見極めなくてはならない。アインベルト様がマリエーヌを選んだという真偽は不明なままだが、この危機を仲間とともに乗り越えたとしたら、その素質はあるのかもしれない」 「が、学長!? 実力差は明白なのに!」 「先ほどのマリエーヌの攻撃、そしてミルフィーヌの召喚魔法を見ただろう。もう私たちが知っている学生の頃の彼女達ではない。彼女達の意志を尊重しよう」 「そうは言っても……!」 「……」 「もう、仕方がないですね! だったら、私も……!!」 ジャスミーナの発言を聞いて、走り出していたメディアンが立ち止まって振り返る。 「ん……? やっぱりジャスミーナもそっちの味方をして戦うんだね? そうだねぇ、私とキミ……どっちが上なのか決着をつけるのもいいかもねぇ……!!」 「決着? ……なによ? もう学生時代に決着はついているでしょ?」 魔女学校時代は同期の2人。 ジャスミーナが首席で卒業したため、メディアンには思うところがあった。 ちなみにオルダンテも彼女達と同期である。 「はっ! 嫌な感じだねぇ!? レブリナートのバリアを壊せなかったクセに!! 天才ジャスミーナは、教育に従事し過ぎて腕が落ちたのかなぁ!?」 ジャスミーナの返答を聞いて怒りを示すメディアン。 「……学長が破壊したほうが早いから任しただけよ。時間を優先したの」 「ふうん……どうだか。それにしても、『学生時代に決着はついている』だなんて、私のことは眼中にないという感じが嫌だね!! ……まぁ、いま優先すべきはマリエーヌだけども!」 メディアンは怒りを抑え、再び走り出して部屋の外に出て行った。 すぐにミルフィーヌが後を追い、部屋の外に向かう。 (くっ! このままでは本当にマリエーヌが危ないんだ……! ジャスミーナ先生の意見を気にしている場合ではない!) そんなミルフィーヌの姿を見て、ジャスミーナも動き出す。 すかさずレブリナートが前方に立ちはだかり、ジャスミーナの道を塞ぐ。 「ちょっと! 私を止めるつもり……!?」 「当然です。外には行かせないですよ? バリアント!」 レブリナートが手をかざし、ジャスミーナの周囲にバリアントが出現する。 そのバリアが完成する前に叩き割るジャスミーナ。 そのやり取りをしている間に、ミルフィーヌが拷問室の外に出てメディアンの追跡を開始する。 「レブリナート隊長……バリアが来ると分かっていたら、対策できますよ。バリア構築中は強度が低いですし」 ジャスミーナはミルフィーヌを追えず、部屋に取り残されてしまった。 「ジャスミーナさん……いい動きでしたね。あの半人前のミルフィーヌはともかく、あなたは加勢させませんよ。私は魔女学校の教員を下には見ていません。隊長達を凌ぐ実力があるかもしれないですから。とくにあなたはね……! バリアント!」 今度は拷問室内の周囲の壁、天井、床に緑がかった色のバリアが張り巡らされた。 隙間がなく、完全に部屋の中を包囲している。 その厚いバリアを見渡しながらウォルグリアが口を開く。 「……無駄ですよ、レブリナート隊長」 ジャスミーナとレブリナートがニラみ合っている隙に、出入り口に移動するウォルグリア。 バリアに触れて再び魔力を注入し、出入り口付近のバリアを破壊した。 それを見たレブリナートは、露骨に怒りを表す。 「が、学長……! またあなたですかっ!!」 黒色のローブを身に纏ったウォルグリアが、その黒髪を揺らしながら静かに佇んでいる。 その美しい高い鼻と彫りの深い顔立ちから生まれる表情からは、精神的な余裕が見てとれる。 彼女はレブリナートを見たままジャスミーナに言葉を告げる。 「……レブリナート隊長は私が止めておこう。ジャスミーナ先生は他の隊長達を止めなさい。オルダンテに加えてメディアン、そして早々と退室したナイリッシュも加わってしまえば、マリエーヌへの一方的な暴力になってしまう」 「いえ、ウォルグリア学長……私はミルフィーヌを助けることを優先します。結果的には同じことになると思いますが」 「……結果的に戦局が公平になれば、それでいい」 学長の了承を得て、ジャスミーナが部屋から出て行った。 「さて……しばらくの間、この部屋にいてもらいますよ、レブリナート隊長」 「くっ! 学長が相手ですか……! ミランダ様! 手伝ってください!!」 「私は戦闘を行ないまセン。現魔女法に従い、新たな魔女法が成立するまで待機しマス」 助けを求めたレブリナートであったが、ミランダは中立の立場を取っている。 アインベルトによって造られた魔法生命体であるため、魔女法に忠実である。 「うっ! では……魔女隊の隊員達でジャスミーナさんを止める! そこの隊員たち! 他の隊長の承諾は後で取るから、隊員を集めてジャスミーナさんを足止めしなさい!」 部屋の中にいた鑑識班と、部屋の前で見張りをしていた隊員に指示を出すレブリナート。 「は、はい……!!」 「了解しました!」 その様子を見たウォルグリアが苦い顔をする。 「そうか……人員を使って少しでも足止めをしようというわけだな」 「その通りです。学長……あなたは私と戦うつもりですね?」 そう言いながら、レブリナートはウォルグリアとの間合いを詰める。 「……いや、私はあまりこの戦いに加担したくはない。私のような年長者ではなく、あなた達も含めた若者が新しいサンビュルーリカをつくるのが理想的だ。しかし、隊長4人を相手に、魔女学校を卒業してからあまり月日が経過していない2人だけで対抗するのはあまりにも一方的だ。そこで私が加担し、あなたを封じる。そしてジャスミーナ先生も加担する。魔女隊の隊員達に指示を出したところで、ジャスミーナ先生を相手にどれだけ時間を稼げるものか……。最終的には、外では3対3になる。これで人数的には公平だ。教育者にとって、競争の条件をフェアにしておくのは譲れないことだからな」 ウォルグリアの意見を聞いて、軽く頷くレブリナート。 「そうですか……。教育者らしい考えですね。それでは私はあなたと戦い、勝って4対3の状況にしましょう」 レブリナートは手の平を前方にかざして魔法を放つ構えをとる。 「……やめておきなさい。バリアントを破壊するのは容易い。あなたにとって私との戦いは相性が悪いだろう。バリアは全て壊す。けど、あなたは傷つけない。私は時間を稼ぐだけだ。外が3対3の状態で、この次期魔女王を決定する勝敗を見届ける」 「なっ!? 言ってくれますねぇ……! そこまで見縊られているとは心外です!」 レブリナートは眉間にシワを寄せながら、さらに間合いを詰める。 「ふぅっ。相性の悪さが読めないとは……慎重なあなたらしくない。先ほどから感情的になって、少々錯乱気味では? レブリナート隊長……」 「なっ!? 私が……錯乱気味ですって? そんなことはない! 私は自分が魔女王になるために適切な行動をしているのです!」 「戦闘における相性が読めていないのに、適切な行動とは笑わせてくれる。……それにしても、あなたが魔女王に? ミルフィーヌにバリアの中から召喚魔法を放たれ、私にバリアを容易く壊され、その実力で魔女王に届くとは全く思えない。まだまだ教育が必要だ……」 ウォルグリアが真面目な顔をしながら煽る。 「む……ムカつきますねぇっ! 年配者は!! そうやって、いつも上から! 若者を苦しめる!!」 一瞬、レブリナートがアインベルトの遺体に視線を移す。 その視線をウォルグリアは見逃さない。 「それは意図していなかった。お母様と重なってしまったかな? 母親を亡くしたことによるショックよりも、生前に受けた心の傷のほうが重傷かもしれない……」 「くっ! 余計なことを! お前もクソババアかよぉっ!!」 言い合いが続き、取り乱すレブリナート。 部屋にいる隊員達が心配の声を上げる。 「レ、レブリナート隊長……?」 「大丈夫ですか……!?」 隊員たちの声に、レブリナートがイラつく。 「……まだいたのかよぉ!!? 早く散って敵を追えよおぉっ!!」 荒ぶるレブリナートの様子を見て、ウォルグリアがため息をつく。 「防衛隊の隊長ともあろうものが、こんな醜態を……。とても学生には見せられない」 ウォルグリアが嘆く中、この状況を見て考えていたのは部屋に残っていたディストーマだ。 (うわぁ、レブリナート隊長……なんか怖いな。ぼ、僕は……どうしよう? ……とりあえず他の魔女隊の人達と一緒に抜け出そうかな。みんな、僕のことは忘れているみたいだから自由に動けるかも。ウォルグリア学長は3対3とか言っているしね。3対3の、こちら側の『3』って、ミルフィーヌさんとマリエーヌ……あとはジャスミーナ先生のことだよね? 僕は入っていない) そう判断し、ディストーマはドサクサに紛れて隊員達とともに部屋を出る。 彼がミルフィーヌ達と協力関係にあることは周囲に悟られておらず、ノーマークになっていた。 (……僕は法務隊の隊員に任命されたんだ。ナイリッシュ隊長のところに行くって言って、単独行動に移ろう) 彼はこっそりと部屋を出て、周りにバレないようにしながらケンジのところに向かうつもりである。