134.小休止
Added 2023-08-09 08:00:00 +0000 UTC俺の目の前が暗くなった。 その直後、再び視界に光が入ってきた。 足元は土で、広々としている場所に移動してきたようだ。 周りは木で囲まれていて……そのさらに周りにサンビュルーリカの建物が並んでいるぞ。 あ! ところどころにベンチがある。 ここは……公園のようなところか? 平和な感じの場所だが、相変わらず激しい雨が降っているので不安は拭えない。 地面の土はぐちゃぐちゃになっているし、大きな水溜まりもいくつかあるな。 公園なんて、サンビュルーリカで俺が見たこともない場所である。 ……ということは、遠くまで移動できたってことかな? 「ディストーマさん! 助けてくれたんですね!? ここは、どこですか……?」 俺は後ろにいるディストーマのほうを向いて確認した。 静かに口を開くディストーマ。 「ここは……サンビュルーリカの第2地区だよ。第1地区からは30キロ近く離れてるから、さすがに僕たちの魔力を感知できないはずだ」 地区……? サンビュルーリカに地区とかあったんだ? さっきまでは第1地区にいたってことだな。 30キロって……フルマラソンの4分の3ぐらいか。 高速道路だったら、パーキングエリア間の距離ぐらいだっけ? な、なかなか遠くまで来たぞ……! さすが時空魔法の先輩、ディストーマだ!! 俺の移動距離なんか、20メートルぐらいだったもんな。 「本当は里の外に行けたら良いんだけど、バリアが張られているから里内に留まるしかないね……。でも、ここまで離れればいくら隊長達でも見つけられないと思うけど」 そうか……テレポスもイドウスルーと同様に里のバリアに引っ掛かっちゃうのね。 テレポスは空間を飛び越えられるはずなのに……! 随分と性能の良いバリアなんだな。 ……それにしてもテレポスは逃げるのに向いているよね。 移動する方向が特定されないのは、イドウスルーと異なる点だ。 イドウスルーは以前にもブルーに追跡されてしまったことがあったしね。 テレポスを使ってここまで離れれば、いくら隊長達でも追って来れないというわけだな! とりあえず激しい雨を避けるため、俺たちは近くのベンチに移動した。 ベンチが並ぶエリアには頑丈そうな屋根がついている。 ここなら雨に濡れずに済むぞ。 とりあえずマリエーヌにはベンチに横になってもらおう。 「マリエーヌ様! ここに寝てください。出血をどうしたらいいか……」 俺のヒールレインは効かないんだよな……。 ん? あれ、マリエーヌ? 表情が険しいぞ? 「う……休んでなんて……いられないわよ。私だって……まだ……戦える」 完全に弱っているのに、マリエーヌはベンチに座らない! その傷で無茶なことを……! 「とりあえずさ、マリエーヌの傷を回復したら?」 ベンチに座ったディストーマが俺のほうを見る。 俺の回復魔法はマリエーヌに効かないんだけどな。 ディストーマに唱えて欲しいところだが……。 って、そうか……ディストーマは俺より強いけど、回復魔法は使えない。 彼は専用魔法である時空魔法しか使えないのだ。 「いや、あの……恥ずかしい話なんですけど、僕の回復魔法程度じゃマリエーヌ様には効果がないんですよ。レベル差があり過ぎて……」 「え……傷口を塞いで出血を止めるぐらいはできるんじゃない? オルダンテ隊長ほどの使い手なら傷口は綺麗だと思うし」 ディストーマが提案してくれた。 あ……そうなの? とりあえず表面だけってこと? 「りょ、了解です……!」 俺は座りたがらないマリエーヌに触れてヒールレインを唱える。 「あ、ありがとう……ケンジ」 マリエーヌが大人しくなった。 表情の険しさも薄れてきた。 さすがに出血し過ぎていてヤバいと思ったんだな。 気力でなんとか立っていただけで、フラフラとベンチの上に倒れ込むマリエーヌ。 俺も回復を続けながらマリエーヌの横に座る。 「……階段で2人が近づくタイミングを狙っていたよ。一緒に瞬間移動するには、触れてなきゃダメだから」 ディストーマが話し始めたぞ。 助けれくれたときのことだな。 本当に助かった……。 「そうだったんですか! ……ありがとうございます!」 「私まで……助けるなんてね」 横になっているマリエーヌが、血塗れの顔面をディストーマに向ける。 ディストーマがギョッとした表情を浮かべながら返事をする。 「け、結構ギリギリだったみたいだね……。助けたのは別に……。やっぱりキミには……僕の釈放を申し出てくれた恩があるから。その分をお返ししただけというか……」 ディストーマは下を向きながら、すごい言いにくそうに呟いている。 「だからさ、アンタの釈放発言は……元々はケンジの発案なんだけどさ……」 マリエーヌも発言が弱々しい。 彼女は傷だらけで弱り過ぎているからだな。 ……あ、2人とも沈黙してしまったぞ。 相変わらず何とも言えない雰囲気の2人だ。 でもディストーマがマリエーヌの命を救ったのは事実だ。 マリエーヌはそういうの、ちゃんと覚えてくれるぞ。 俺がブルーから彼女を助けたことは、ちゃんと覚えてくれていた。 この2人の関係が少しは改善するかも。 それにしても、今回は俺の時空魔法じゃマリエーヌを救えなかったのは残念だったな……。 「……」 「……」 2人とも黙ってしまったので、俺が会話を再開しよう。 「えっと……ディストーマさん、よくあの拷問室から抜け出せましたね?」 「……僕は法務隊の隊員に任命されたからね。法務隊の隊長がいるところに行くのは自然な流れだよ」 「な、なるほど……」 「さっきナイリッシュ隊長とオルダンテ隊長の前で僕のスタンスを示したから、これからはもう魔女隊を欺けないけどね……」 「そうですね……。あ! 王宮にいたミルフィーヌさんはどうなりましたか!? 無事でしたか!?」 「ミルフィーヌさんは部屋から抜け出していたよ。マリエーヌのもとに向かったメディアン隊長を追って行ったみたいだね」 「え!? メディアン隊長もこっちに向かって来てたんですか……!? あの……ジャスミーナ先生は!?」 「ジャスミーナ先生も後から部屋の外に出たよ。ミルフィーヌさんを守ろうとしている感じだった。僕が部屋を出たのは、その後だね。途中でテレポスを使ったとは言え、僕のほうが早くマリエーヌのところに到着したから、その3人はどこかで戦っているんだと思う。移動する途中で強い魔力も感じたしね」 じゃあ……ミルフィーヌは大丈夫かな? ジャスミーナ先生が守ってくれているのであれば、ひとまず安心である。 「そうだったのね……」 お……横にいるマリエーヌも少し安心したようだ。 ベンチの上に横になったまま、俺に回復されながら会話に参加する。 「……ねぇ、レブリナート隊長の動きは分かるかしら?」 「えっと……あの人はまだ拷問室の中にいたね。ウォルグリア学長がいたから足止めしていると思うけど……。この2人は今、どうなっているのか分からないよ」 「そう……。じゃあ、私たちはミルフィーヌを……助けに行かなくちゃ……」 マリエーヌの目に気力が戻ってきた。 もう起き上がろうとしているぞ……!? 「マリエーヌ様……! まだ傷口が3分の1ぐらいしか塞がってません!」 「……メディアン隊長は何を考えているか分からないから危険よ。オルダンテとナイリッシュのところに皆が合流したら、ジャスミーナ先生とミルフィーヌは3人を相手にすることになってしまうし……」 「たぶん……ミルフィーヌさんはテンイスルーを使えば逃げられるので大丈夫だと思いますよ?」 「いや、私たちと一緒に逃げることを考えているかもしれないわ。自分だけ逃げたら、私達の追跡に隊長達が集中できるし。そんなことを考えているうちに、やられちゃうかもしれないわ……」 「た、確かに……!」 そうだよな……。 ミルフィーヌは、とくにマリエーヌのことを大事にしているしな。 前に一度、エリィのところにマリエーヌが捕まって感情的になっているところも俺は見ている。 くっ! なんか今日は頭が回らないな……。 ナイリッシュにペースを乱されたか。 とか言い訳している場合じゃない。 もう一踏ん張りだ。 「とにかくミルフィーヌのところに行きましょう! 私が魔力を感知するわ!」 マリエーヌがベンチから勢いよく起き上がる。 そして、地面に倒れ込んだ。 「ちょっと、マリエーヌ様!? 無理しないでくださいよ!! 本当にもう、死んじゃうところだったんですから!」 俺は倒れたマリエーヌを支え、回復魔法を再開する。 なっ……!? またマリエーヌが立ち上がったぞ!? 「……死ねないわ。そう……私は思い直したのよ。なんか学校の後輩に応援されたし。なんか嬉しかったし」 マ、マリエーヌ……!? さっきのオルダンテとの戦いの最中のことだな!? すごい! やっぱり、あの応援は嬉しかったんだね!? 他人から慕われていることを実感して嬉しがっているのか……? ……って、待て待て! その『死ねない』という強い決心をさせたのは……俺の存在じゃないのかよ! なんということだ!! うわあっ!! お、俺は……自惚れていたっ!! まだまだ俺はマリエーヌの人生に深く入り込めていないんだ!! そうだよな、なんだかんだ彼女は10代の大事な時期をサンビュルーリカで過ごしたわけだし、自分の存在が後輩に良い影響を与えているなんて思っていなかっただろうから、あんなに直接応援されたら特別嬉しい気持ちになるよね……。 う、うぅっ!? ……い、言えない! 俺の心の中に渦巻く、この特大のジェラシーは……本人には言えない!! そんな俺の心を知る由もなく、マリエーヌは俺に回復されながらどこか遠くを見つめて集中している。 「強い魔力を感知したわ。すごい大きい。隊長クラス……いや、それ以上かも」 隊長クラス……? ミルフィーヌと戦っているであろうメディアン隊長か? それとも……ジャスミーナ先生かな? オルダンテとナイリッシュが、もうミルフィーヌを見つけていたら最悪だ……。 「こっちの方向よ。……分かる? 20キロぐらい先ね」 マリエーヌがディストーマに問い掛けた。 「す、すごいね……そんなに遠くまで感知できるんだ?」 ディストーマが驚く。 「一方向に集中して、全力で感知すればね。そこまで行けるの……?」 「僕には感知できないけど、方角と距離が分かればテレポスで行けるよ。戦っている場所にピンポイントとはいかないと思うけど……」 「あっ! マリエーヌ様!?」 マリエーヌが両手をついて、地面に倒れそうになった……!! 俺が彼女の体を支えてるけど、あまり力が入っていないのが分かる。 無理し過ぎだよ! 傷口だって、まだ半分も塞がっていないんだ! 俺の回復魔法がショボくて申し訳ない!! 「うぅっ……。まだ魔力は残ってるけど……ち、血が足りないわ。けど早く行って……」 「僕が背負いながら回復します! ディストーマさん! 血が足りないそうなので、どこか食べ物屋さんに寄りましょう! すぐに食べられるところに!」 「え? 食べ物? 食べ物ね……。そこらじゅうにお店があるし、第2地区には僕の知り合いもいるから、どこかしらに案内するよ」 おお! ディストーマ……頼りになるぜ! マリエーヌにはたくさん食べてもらおう。 レバーみたいな食べ物があればいいのだが……。 ……で、すぐにミルフィーヌの救出に向かうぞ!! 間に合ってくれ……!!