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131.命を懸けて

 炎を纏った刀が俺の首を刎ねようとしている。 死を受け入れた直後、マリエーヌの声が聞こえた。 「……せいっ!!」  視界にマリエーヌの足首を捉えた。 彼女が……刀を持つオルダンテ隊長の手を蹴ったのだ! 「なぁっ!? おいおい! 俺の斬撃を止めただと!?」 「せいっ……!!」  再びマリエーヌの掛け声が響く。 焦るオルダンテ隊長の顔面に向けて彼女のハイキックが炸裂する!! 刀を弾いたのは左足で、今度は右のハイキックだ。 マリエーヌが短いタイミングで2発目の蹴りを放ったのだ! に……2段蹴りかよ!? 彼女の格闘センスが輝いている!! 「ぬおおおおおっ!?」  オルダンテ隊長は腕を使って蹴りをガードしたが……勢いよく吹っ飛んだぞ!! 氷のトンネルの向こうにいる他の隊長達とは逆側に吹っ飛び、部屋の壁に激突する。 お、お、俺は……生還したぞ!! 右手で自分の首をさすってみる……。 俺の首……繋がっているよね!? あ、危ねええぇ……!! 本当に死んだと思ったよ!? ありがとう、マリエーヌッ!! 「ケンジ……出遅れて悪かったわ。どうもサンビュルーリカの権力者たちは苦手なのよね。この里から向けられる悪意は嫌な思い出なの」  マリエーヌが心情を明かした。 そうだ……他里出身の彼女はサンビュルーリカに嫌な印象を持っている。 本当にけっこう根深いんだよな……。 「マリエーヌさまぁっ! ありがとう……ございますッ……!!」  よし……戦いが始まるぞ。 しっかりしろ、俺。 マリエーヌを王宮から逃がすんだ! 死の淵に追いやられた俺が気持ちを立て直していると、氷のトンネルの向こうからメディアン隊長の声が聞こえてきた。 「……おお、マリエーヌ!! あれがストマイドを倒した例の新技か!? オルダンテの攻撃を防いだ上に彼を吹っ飛ばしたぞ!!」  なんか喜んでいるぞ……!? 本当によく分からない人だな。 さっきまでマリエーヌの骨をバッキバキにしようとしていたクセに! ……ん? 今度は近くにいるミルフィーヌが喋り始めたぞ。 「ケンジ……お前というヤツは! よく動いてくれた! 感謝するぞ!! 召喚……!! 天界の使者よ、攻撃してくれっ!!」  やはり! ミルフィーヌは詠唱していたんだ! バリアの中にいるけど魔法は発動するのか!? ストマイド戦で使っていた召喚魔法を放ったようだけど……!? ミルフィーヌの前方、バリアの外に白い靄がかかる。 やはり前回と同様に、女神のような美女が靄の中から現れた! 彼女が手に持つ木製の杖を振り上げると、頭上から雷撃が落ちてきたぞ!! 雷撃が轟音とともに隊長達を襲う!! うわぁっ!? 雷のせいで部屋の天井が……どんどん壊れてるよ!! この攻撃に対応したのはレブリナート隊長だ!   「……召喚魔法ですか!? 私のバリアを越えて発生させられるなんて!! バリアント!!」  レブリナート隊長がまたしてもバリアントを唱えた! メディアン隊長と一緒にドーム状のバリアの中に入っているぞ……!! そのバリアントによって雷撃が防がれてしまっている! 「わあっ! 助かるよ! こんな召喚魔法は初めて見た! 大規模な攻撃だなぁ……!!」  メディアン隊長が現れた美女と雷撃を観察しながらお礼を言っている。 轟音は鳴り止まず、何度も何度も隊長たちを襲う。 「おい! ちょっと待てよ!? 俺は……! ぎゃあああっ!?」  壁際に吹っ飛ばされたオルダンテ隊長はメディアン隊長達と分断されているので、ひたすらに雷撃が直撃している。 「ぐおおおぉっ!? 召喚魔法とはやってくれるぜぇっ!!」  累計10発以上の雷撃が直撃しているが、オルダンテ隊長は立ち上がってジリジリと前進しているぞ!? そうこうしているうちに雷撃を落とした美女が消え、靄が晴れていく……! 「召喚魔法は好きじゃないけどね! 天界の使者を召喚するのは、さすがに驚いたなぁっ!! 何か新しい着想が得られないかな……ブツブツ……」  バリアの中では、まだメディアン隊長が興奮している。 自分の世界に入っている感じだ。 「……でもレブリナート! 助けてもらっておいてなんだけど、バリアントで召喚魔法の発動を抑えられるのかどうかは検証しておいてよ、詰めが甘いなぁ!!」 「うっ……!! そんな、メディアン隊長……」  レブリナート隊長がダメ出しされている……。 そんな中、ミルフィーヌの必死な声が聞こえてきたぞ! 彼女は依然としてバリアの中に閉じ込められている。 「ケンジ! 天井を見ろ! 空が見えるのが分かるか!? 行け! そしてマリエーヌを守れ! オルダンテ隊長が動き出す前に! 私はバリアのせいで動けん!」  天井!? 見上げてみると、確かに天井がボロボロになっているのが確認できた。 面積にして3分の1ぐらいしか残っていない! 外で降っているであろう雨も、王宮内に落ちてきたぞ!? 外はけっこう激しい雨だったんだな! 今日は天候が悪い! 確かにこれだけ空が見えれば……屋外認定されてイドウスルーが使えるかも!! 「ちょっと! ミルフィーヌ!? あなた……隊長達を攻撃するなんて、なんてことを……! くっ!」  ジャスミーナ先生が動いた!! 先生はそう言いながら、ミルフィーヌが閉じ込められているバリアの前に素早く移動してきた。 教え子のミルフィーヌが攻撃を仕掛けたため、ジャスミーナ先生がこっち側に回ってくれそうだ!! 「ウォーターボール……!!」  ん? なんだ!? 唐突にマリエーヌのよく通る綺麗な声が聞こえたぞ! 球形の水の塊を放ったんだ……!! で、でかい! 天井まで届きそうなほど直径の大きな球体だ! オルダンテ隊長が吹っ飛んだ壁の方向に放出したぞ……!? その大きな球状の水系魔法はすぐにオルダンテ隊長にぶつかり、彼を壁に押し付ける!! あ、あれっ……!? 球形が変形して潰れているぞ! オルダンテ隊長は、その体を埋め尽くすほどの大きな水の塊に取り込まれた。 「ぶほおおお……!?」  ま、魔法に取り込まれて……溺れている……!! 水中にもかかわらず刀を高速で振り回すオルダンテ。 その勢いで大型の水球が掻き消える……!! 「くっ!?」  驚くマリエーヌ。 え……水中にもかかわらずとんでもない速度で刀を振り回し、その勢いで掻き消したってこと!? 「ぶほおおお!? おおおいっ!! このテメェ……マリエーヌッ!! 絶対にブッ殺すからな!! ぶほおおぉっ!?」  水を飲んでしまったのか、彼は半分溺れながらマリエーヌを激しく恫喝している。 マリエーヌはすぐに対応する。 同じ魔法をもう1発放ち、オルダンテ隊長が再び水球に取り込まれる。 こんな魔法も使えたんだな、マリエーヌ!! 以前に水系の魔法は使ったことがあったけども!! 再び刀を高速で振り回し、水球を消滅させるオルダンテ。 これも超人技だろ……。 「ぶほおおおっ!? 雨が降ってるからって水系魔法かよ!? 環境効果を上手く使いやがって!」  え、【環境効果】……!? 魔法は周囲の環境に左右されることがあるってことか!? いつかの魔女学校の授業では教えてなかったぞ! で、今日は雨天なので水系が有利な感じなのかな……? 俺は水系の魔法は使えないから関係ないや!! 「……ケンジ! いったん引くわよ!」  マリエーヌはオルダンテ隊長に向けてウォーターボールをさらに数発放出しながら、俺に指示を出した。 続けてすぐにミルフィーヌのほうを見て、視線を合わせる2人。 ジャスミーナ先生が側で守っているから大丈夫……っていうアイコンタクトかな? 相変わらず阿吽の呼吸である。 よし……王宮から脱出だ!  ……んん? 氷のトンネルの向こう側では、メディアン隊長とレブリナート隊長がドタバタしている声が聞こえてきた。 「おいおい! レブリナート!! 早くこのバリアを解いてくれよ……! マリエーヌに逃げられちゃうよぉ!!」 「いや、待ってください……焦って解いたら、ミルフィーヌのバリアントも解けちゃうかもしれないです……!」 「なんだって!? もう! しっかりしてよ……!! そんなんだから……」 「ええっ!? そんなんだから!? そんなんだから、なんですか!? そんなんだからお母様は私を認めてくれなかったんですかぁ!? それは聞き捨てなりませんよおぉ……!! メデイアン隊長!!」  隊長にまで上り詰めた魔女と言えども、いかなる状況にも完璧に対応できるわけではないんだな。 なぜか取り乱しているので……チャンスだ! こちらに手を延ばすマリエーヌに近づく。 「マリエーヌ様……!! しっかり僕につかまってください! イドウスルー!」  俺とマリエーヌは壊れた天井を通り抜け、王宮の上空に向かっていた。 そして上空で一旦停止する。 ここから強制的な高速移動が始まる。 その前に俺は辺りを見渡した。 激しく雨が降っていて、風が強いな……! そして頭上には雷雲がかかっているぞ! そのせいで朝なのに薄暗い……。 この雷雲は先ほどの召喚魔法の影響なのか? いや、ストマイド戦で召喚魔法を使ったときはなかったな。 元々天候が悪かったんだな。 じゃあ、ミルフィーヌの召喚魔法も環境効果で一段と強力だったのかも……! 「ケンジ、ちょっと待って!」   俺にしっかりと抱きついているマリエーヌが大声を上げる。 「サンビュルーリカは里全体に透明なバリアが張られているから、移動先は里の中のどこかをイメージして!」 「え!? ああ! そういえば! そうでしたね……!」  危ない危ない……。 サンビュルーリカは魔女隊のバリアで守られているんだった。 里内で咄嗟にイメージしたのは魔女王祭で使われる祭壇だ。 もう魔女王祭どころではなくなってしまったけど……。 ただし祭壇は結構ここから近い位置にある。 行き先は、この里の中で俺が行ったことのある一番遠い場所にしないとダメだ。 俺はマリエーヌ達が通っていた魔女学校をイメージすることにした。 長い石造りの階段を上った先の、山の中腹のあたりにある魔女学校だ! すぐに強制的な高速移動が始まり、目的地に到着した。  足元は石で舗装された地面で、目の前にはレンガ造りの大きなモダンなデザインの建物がいくつもある。 後ろには山の麓に向かう長い階段が見える。 そう、ここだ。 何度か訪れた魔女学校である。 よし……とりあえず隊長達は撒いたし、里から逃げるのが得策か? 「マリエーヌ様……! どうしましょう? ここから里の出入り口に向かいますか?」 「魔力を感知しているから静かにして!」  ご、ごめんなさい……。 マリエーヌの雰囲気が違う。 その猫のような目を見開き、真剣に魔力を感知している。 かつて春先の谷でブルーと対峙したときよりも、さらに鬼気迫る表情をしているのが分かる。 明らかに……焦っている。 「……うん、王宮の方向から強い魔力が1つ向かって来るわ。速いわね。これがオルダンテよ。あと、遅れてもう1つ、さらに大きい魔力。たぶん途中で部屋から出て行ったナイリッシュだと思う。イドウスルーの方向は見られただろうから、隊長達が本気で感知したらバレちゃうのね……。王宮で先生たちが味方してくれるか分からないけど、メディアン隊長とレブリナート隊長も来ると思っていたほうがいいかも……。ミルフィーヌはジャスミーナ先生が何とかしてくれると思うけど、本当に大丈夫かしら……?」  早口で喋った後で、俺に背を向けて階段の下を見つめる。 そして深呼吸をするマリエーヌ。 けっこう遠くに来たつもりだったけど感知されちゃうのか……。 方角がバレちゃうと感知範囲を絞れるってわけだね? 俺はぜんぜん感知できないから分からないけど。 ……で、オルダンテだけじゃなくてナイリッシュも来るのか!! アイコンタクトで確認していたはずだけど、ミルフィーヌの心配もしているな。 「たぶん……ジャスミーナ先生からは師弟愛みたいなものを感じたので大丈夫だと思いますけど……。あ、ミルフィーヌさんはテンイスルーを使えますよ! 大丈夫なんじゃないかと」  ジャスミーナ先生は完全にミルフィーヌの味方をする感じだったよね? レブリナート隊長のバリアに閉じ込められていようとも、テンイスルーは使えるんじゃないかな? そもそも里全体がバリアに覆われているわけだけど、テンイスルーは使っているからな。 あ……マリエーヌが腰を落とした。 マリエーヌから返事はないな。 俺から見えるのはトレードマークである紫色のマントを身に付けた後ろ姿だ。 なんか悲しいが、それだけ非常事態ということだな。 マリエーヌは遠くを……向かって来る敵をニラみつけているのだろう。 徐々にマントが雨でビショ濡れになっていく……。  それにしても雨が激しいな。 石で舗装されているとは言え、日本の都市のように水捌けはよくない。 水溜りができているぞ。 これは戦いにくいのだろうか? それとも環境効果とやらで魔法戦が有利になるのだろうか? 「……さぁ、隊長たちが来るわよ! まずはオルダンテ! なんとかケンジが逃げられるようにしないとね……」  え? 俺が逃げる? うん? 俺だけが……ってこと? マリエーヌが1人で戦うつもり!? 俺は役立たずだけど里の中ではイドウスルーを使えるよ……!? なにを言ってんのさ、マリエーヌ! 「マリエーヌ様! 里の中でイドウスルーを連発して逃げつつ、里の外に行きましょう! マリエーヌ様がいれば里の門番も突破できますよね!? ミルフィーヌさんはジャスミーナ先生がいますし、テンイスルーも使えるから大丈夫ですよ! 最終的に僕の中にある彼女の魔力を追ってテンイスルーで合流できるはずです!」  さっき言ったことと重複もしているが、返事がなかったので再度伝えた。 ほんの少し間があった後で、マリエーヌの声が前から聞こえてくる。 「……そうも言ってられないわよ」  う……俺の発言に、マリエーヌが若干イラだっているのが声で分かる。 「ほら、もう来るわよ。あのおじさん……クソ速いんだから。イドウスルーで上空に向かったらまた見られるわ。あいつの視界から消えつつ魔力感知の範囲外……せめて他の地区まで行かないとダメなのよ」  ち、地区!? サンビュルーリカには地区があったのね。 これまで俺は、地区外に出たことはないってことか……!? 「私が戦って時間を稼ぐわ。でも……勝つのは難しいの。さっき蹴りで吹っ飛ばせたのは、ケンジが相手で油断していただけだと思う。今日は水系と雷系……あと風系の魔法も良い感じね。これらの魔法を駆使して命懸けで戦わなきゃ時間も稼げない」  げっ! 階段を上がって来るオルダンテの姿がもう見える! 激しい雨の中、濡れた無造作ヘアの黒髪を振り乱しながら、強烈な殺意を放っているのが俺でもなんとなく分かる。 殺意をもった格上の敵を視界に捉えて構えているマリエーヌ。 そのままの状態で、後ろにいる俺に話しかける。 「あのおじさん……相当ヤバいわね。今度は本気で私を殺しに来てる」  マリエーヌの声が一瞬だけ止まる。 「ちょっと……もうここで終わっちゃうかもしれない。最後の夜にケンジと素敵な思い出ができて良かったわ。私が戦って時間を稼ぐから、里の中をイドウスルーで逃げ回って、なんとかケンジだけでもミルフィーヌと合流してね。本当に……楽しかったわ」  マリエーヌが淡々と言葉を連ねた。 え、マリエーヌ!? なんて悲しいことを言うんだ!! いきなりそんなことを言うのは反則だよ!? 「ちょっと! マリエーヌ様……!? 待って……」  俺が言い終わる前に、目の前からマリエーヌが消えた。 階段のほうを見ると、オルダンテに向かって走っている彼女の後ろ姿が見えた。 おいおいおいおいっ……!! 何を言ってんだよ、マリエーヌッ!! マリエーヌを置いて逃げるわけないじゃないか!! 俺の武器は脆弱な攻撃魔法とイドウスルーだけ。 それでも、それでもやるしかないよね……!! 最後の夜……じゃないんだよ!? 楽しい日々はまだ続くし! 最後の夜は……年老いた俺と、おばあちゃんマリエーヌになった夜でしょ!


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