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天空戦姫セラフィーヌ 第9話 血染めの翅 前編

登場人物

花井ミサキ

新東都統合学校の生徒。

素直で明るい美少女だが、多少天然の気がある。

とある縁からセラフルージュとなり、人々を守るため戦い続けている。

経験人数:計測不能(初体験:戦闘員)


本編


 決戦を数日後に控え、敵の襲撃はますます激しくなっていた。

 人間の生存圏はジリジリと狭まっていき、中央にはエリミネーターたちに住処を追われた人々が避難してくるようになった。

 今日もまた、避難民の一団が中央へ向かって歩みを進めていた。

 その直上、ひらひらと舞う影が一つある。

「きぇぇぇーっ!」

 それは金切り声を上げ、群衆の中に突っ込んでいく。

 ぶわ、と群衆のど真ん中に血煙が舞い、その一瞬後にそれは再び飛び立った。

 そのあとに残されたのは、ずたずたに切り刻まれた犠牲者だ。

「きゃははははっ!」

 上空から獲物を見下ろすそれは、蝶のような意匠を取り込んだ怪人だった。女性的な体のラインを持ち、ハイコントラストな紫と緑の配色がいかにも毒々しい。

「きゃああああっ!」

 その怪人を見た民衆はそれぞれ悲鳴を上げ、バラバラに散っていく。

 怪人は唇をひと舐めすると、そのうちの一人に狙いを定め、滑空する。

 きぃん、と空を裂き、その爪が犠牲者を捉えようとした、その一瞬。

 ばつんっ!!

 衝撃音とともに露が舞う。

 怪人は水弾に真横から撃ち落とされ、地面にそのまま墜落していた。

 その出元では、セラフアズールが右腕を掲げている。彼女が水弾を放ち、怪人を射落としたのだ。

 アズールは怪人の身体がひしゃげて絶命しているのを確認すると、ぴくりと猫耳のようなセンサーを周囲に巡らせた。

「まだ、いる……」

 しゅんっ、と建物の影から何かが飛び出す。

 もう一匹の怪人だ。同じような姿をしているが、少し体格が違う。

 その怪人は、アズールに瞬時に肉薄してきた。

「ん……!」

 アズールは光剣を伸ばし、迎撃を試みる。アズールとしては、近接戦闘にはあまり自信はない。近づかれる前に倒したかったところだった。

 ぐん、と怪人の姿が大きくなる。

 そこへ、横から踊り込んできたものがある。

「ルージュぱーんちっ!」

 セラフルージュだった。彼女のエネルギーを纏った拳が、怪人の背中を撃ち抜く。

「ぐげっ!」

 どこん、と鈍い音をたて、怪人が吹き飛ばされる。そしてそのまま崩壊したビルに突っ込み、沈黙した。

「大丈夫?」

「お子様……」

 必殺技の名前を堂々と叫ぶルージュに、アズールはジト目を向ける。

「なっ、ひどいよキョウちゃん~!」

 アズールにしても、そのコスチュームはルージュと同じ変身ヒロイン由来のものなのだから人のことは言えないのだが。

 それはともかく、アズールははっと周囲を警戒する。

「ミサキ、あと一体いる」

「あ、うんっ!」

 その一体は、しゅん、しゅんっと宙を蛇行しながら、こちらを伺っている。

「いくよっ!」

 ルージュは地面を蹴って、怪人に向けて跳躍する。

「たああっ!!」

 怪人は動揺しているのか、ルージュが迫りくるのに棒立ちだ。

 ルージュは体をねじり、拳を繰り出した――それが炸裂する瞬間、怪人の、マスクの向こうにある素顔が見えた。

「っ!?」

 一瞬、ミサキの動きが止まってしまう。

「きえええーっ!」

 その隙に、怪人は翅を羽ばたかせ、逃げてしまった。

「あ……」

「なにしてんの」

「はー……ごめん、キョウちゃん……」

「反省する」

「うん……」

(それにしても……あの顔、誰かに……)

 記憶にある人物に似ていた。それが誰かわからないまま、ルージュは避難民たちを救助すべく彼らの下へ駆け出していた。


 その数時間ののち――

 ミサキとキョウは街へ繰り出していた。市内でこの辺りは安全が確保されており、人通りも多い。

 危機が近づいていることは誰もがわかっているのだが、だからこそ平時を保つことも大事だとわかってもいる。ここには、まだ日常と呼べる空間があった。

 ひとしきりウィンドウショッピングを楽しんだあと、大きな袋を持ってホクホク顔で道をゆくミサキ。キョウはその少し後ろをついていく。

「ごめんね、キョウちゃん。付き合わせちゃって」

 キョウの方は、特にモノに執着がある方ではない。一人読書でもしている方が性に合っていると思っている。ただ……

「ミサキが楽しんでるなら、いい」

 あんな事があったあとだ。これでミサキの心が少しでも癒えるなら付き合うのはやぶさかではない。

「えーっ、なに?」

「なんでもない」

「あら、二人とも。デートかしら?」

そう声をかけられて振り向くと、そこにはエンマの姿があった。

「で、デート!? ちちち違います!」

「バカ……」

 何故かあたふたするミサキに冷ややかな視線を向けるキョウ。

 エンマはフフッと微笑んで、

「そうだ、ここじゃなんだからちょっとお茶しない? おごるわ」

「はっ、はい!」

 そして三人は連れたって近くの喫茶店へとしけこんだ。



「でも、キョウに友達ができてよかったわ」

 他愛のない世間話に花を咲かせていると、不意にエンマがそう言った。

「エンマ!」

「このコ、こんなふうでしょう。学校でも孤立してないか不安だったの」

「私の方こそ、キョウちゃんが友達になってくれて嬉しいです! ねっ」

 キョウはプイとそっぽを向く。

「うふふ……」

 エンマはそんな二人の様子をにこにこと見つめていたが、不意に表情を曇らせた。

「話は変わるけど……」

「はい?」

「最近このあたりでも変なことが起きるらしいのよ」 

「変なことですか?」

 くるくるとマドラーでコーヒーを混ぜつつ、エンマは沈んだ調子でつぶやいた。

 チューとオレンジジュースを吸いながら、ミサキは上目遣いで聞き返す。

「突然、人が失踪するの。年齢、性別問わずね……」

 それなら、特に珍しいことではないように思える。特にこんな時勢だ。

「なにか事情があるんじゃないですか? 家出とか……」

「それなら私たちが気にすることではないのだけどね。まあ聞いて。まず一回いなくなるでしょう。二日か三日……まあそのくらい。ただ、その後一回戻ってくるの」

「一回? ということは……」

「そう、二回目。そして、その次は戻ってこない……。その上、その周囲の人間ごと消えてしまうの」

「それは……おかしいですね。個人がいなくなるならともかく」

「敵の戦略じゃあないかと、私たちは疑ってるわ」

「最近増えてる蝶型の怪人……あれとなにか関係が?」

 キョウが言ったのは先日倒した怪人たちのことだろう。

「わからないけど……データでは、たしかにあれらが出るようになった時期と、失踪時期はある程度一致しているわ」

 キョウはちらとミサキを見た。

「……連中が人を怪人にしているのは、いつもと同じだけど。でも、怪人にされたあとに帰ってきているのなら……」

「警戒が必要ね。帰ってきた人の人格に不審があったとは聞いていないけど、洗脳を受けて周囲の人間を攫っているのかも」

「!」

 突然、ミサキが表情をこわばらせた。

「どうしたの、ミサキちゃん?」

「……さっき戦ったとき、怪人の中に知ってる顔がいたような気がしたんです」

「……そう」

「っ!」

 ガタッと椅子を鳴らして、ミサキが立ち上がる。

(あの子……)

 今、誰に似ているか思い出した、かつての同級生だ。それも、親友とも呼べる間柄だった。

 よほど深刻な顔をしていたのだろう。エンマが諭すように言う。

「その子が戻ってきたとき……あなたはどうするの?」

「戻ってきたときって……そんなこと、まだ……」

「想定は必要よ。私の仲間は、心揺らいだものから敗れていったわ。あなたにそうなってほしくはないの」

 それもまた人間なのかもしれないけど、とエンマは言い残して、立ち尽くすミサキの肩を叩き、三人分の代金を払ってから喫茶店をあとにした。

 ミサキは立ち上がったまま、しばらくそこから動くことができず、キョウはただ、そんな彼女をじっと見つめていた……。


 ミサキは一旦自宅に戻り、買ったものをその辺に放りだしたまま周囲をぶらりと彷徨っていた。すっかり日は暮れて、街中が赤く染まっている。

(ああ、こんな日に、あの子とおうちに帰ったっけ……)

 せっかく買い物で晴れた心が、また淀んでしまっている。

 明るい少女だった。スポーツが好きで活発で、その頃大人しかったミサキをよくリードしてくれた。日に焼けた褐色の肌と、無造作なポニーテールが特徴的だった。

 彼女とはこんな夕日に照らされながら、公園で将来のことを語り合ったりした。

 当時のミサキには具体的な将来の夢はなかったが、その少女はオリンピックに出て、メダルを取るのが夢だと語った。

 少女の瞳がキラキラと光っていたように見えたのは、太陽の輝きを映していただけではなかったろう。確かな希望が、その瞳に宿っていたのだ。

 ただ卒業後、少女はスポーツの特待生で私立校の寮へ入ってしまい、それからほとんど会わなくなってしまった。

(元気にしてるのかな……)

 もしくは、と先ほどの怪人が思い当たり、ブンブンと頭を振る。

「ミサキ……ちゃん?」

 ふと声をかけられ、ミサキは振り返った。そして、どさりとカバンを取り落とした。

 その同級生、春日リンが目の前に立っていたのだ。

「あ、う……」

 あまりの衝撃に声を上げることもできない。いざ目にしてみると、あの怪人の瞳が彼女のそれに被って見える。

「ミサキちゃんだよね? 久しぶり!」

「あ、リン……ちゃん、久しぶり……」

 ミサキの返答は恐ろしくぎこちない。

「どうしたの? 固まっちゃってるけど」

「う、ううん! びっくりしただけ……」

「散歩中?」

 ミサキは頷いた。

「久しぶりだねー、何年ぶりだっけ?」

「三年ぶり、かな?」

「こんなに成長しちゃって」

「ひゃあっ!」

 リンの手が伸びて、ミサキの胸をぐっと掴む。

「いやん、やめてよーっ」

「あはは、ごめんごめん」

 そうだった。こういう明け透けなところがリンの良いところだった。

 ミサキもキョウにこんなふうに絡んでいるが、リンの影響もあったのかもしれない。

そして、ミサキは変わらないリンの様子に少しだけ安堵した。

(やっぱり、勘違いだよね)

 それから、しばし二人は帰路を辿りながら、昔話に花を咲かせた。

「そうだ、リンちゃん。スポーツ推薦で私立に行ったって聞いたけど……」

「ああ……」

 リンの顔が、ふっと翳る。

「なにか、あったの?」

「うん……私、昔みたいにはもう走れないんだ」

 聞けば、入学早々に脚を故障してしまい、陸上部を退部。その後卒業までの三年間、肩身の狭い思いをしていたという。

「でも、こんな世の中になってさ、全部リセットされちゃったからさ!」

「セラフィーヌや防衛隊のみんなが異星人をやっつけて、脚を治して、また再スタートできるって、私、信じてる」

「うん……うん!」

 めげないリンの声に、ミサキは嬉しくなった。そのためになら、自分は戦えるとさえ思う。

「あっ、あの公園……」

 リンが指さした先に、公園があった。

 二十メートル四方の狭い敷地にベンチが2つ、ぽつんとおいてある程度の小さなものだ。

 そこは二人がよく遊んでいた公園だった。そして、夢を語らった場所でもある。

「ねぇ……ちょっと寄ってみない?」

 ミサキはどきりとした。

 理由はわからない。今、リンは背中だけをこちらに向けている。

 その背を見つめていると、強烈な悪寒がするのだ。

「リンちゃ……」

 呼びかけるが、リンはスタスタと進んでいってしまう。仕方なく、ミサキは後を追う。

 気がつけば、日が落ちて周囲は真っ暗だった。

(……違う)

 湿度を皮膚が感じている。霧だ。いつの間にか霧が立ち込めて、ミサキに絡みついている。

「ねぇ、リンちゃん。なんか霧が出てきたよ。それはあとにして、今日は帰らない?」

 リンがこちらを向く。ニコニコと笑っているのが、どこか不気味だ。

「リンちゃん……?」

 その時、リンの顔がぐにゃりと歪んだ。

「!」

 そして溶けたように真っ平らになったかと思うと、次の瞬間には、あの蝶型怪人の姿になっていた。

「り、リンちゃん! その姿は……!」

 ミサキはとっさに変身している。

「そう……やっぱりミサキちゃん、セラフィーヌだったんだね」

「リンちゃん……どうして、そんな姿に?」

「知りたい?」

 ミサキはコクリと頷く。しかしリンの返答はない。

 様子が変だ。怪人になったはいいが、襲ってくるような様子もない。

 その時、リンの顔面がピクピクと痙攣して、無理やり、といった感じで言葉を紡いだ。

「に、げ、て……」

「!?」

 ズボッ!!

 霧の中から異形な手が伸びて、後ろからルージュを抱きしめる。

「なっ……」

 妙に柔らかいが、すごい力だ。

 振り向くと、そこには太いイモムシがそのまま首をもたげたような、異形の怪人がいた。

「グヒヒヒッ……捕まえたぞぉ……」

「ヒッ……気持ち悪いっ……」

 そして、リンの怪人化との関連性に気づく。

「リンちゃん……まさか、こいつにっ……」

 返答はない。怪人化で人格が封じ込められているようだ。

 逃げて、と言ったのは消えゆく人格の最後のあがきみたいなものだったのだろう。

 そのリンが、動けないルージュの前に立つ。手のひらからずるりとナイフ状の刃を出し、腰だめに構える。

「よし、やってしまえ……! お前の手で、この娘を仕留めろっ」

「リンちゃん、やめて……」

「……ぐ、うう……」

 リンは呻いている。

「リンちゃんッ!」

「あぁあああっ!!」

 どしゅ!

 バッと体液が飛び散る。リンのナイフが突き立っていたのは、怪人の腕だった。

「ぐおあああっ」

 拘束が緩み、ルージュは好機と見て腕を振りほどき、脱出する。

「リンちゃん、こっちっ」

 呼びかけるが、リンは動かない。今残っている自我では、ナイフの軌道を少し変える程度が精一杯のようだった。

「こ、こいつ……俺様に歯向かいやがってっ!」

 怒りに燃える怪人が、リンに襲いかかる。

「だ、だめえっ!!」

 それに気づいて、ルージュが飛び出すが、遅かった。

 ズムンッ。

 怪人の腕が、リンの腹部を貫いた。

「ッ……!!」

 どう見ても致命傷だ。ルージュの頭にカッと血が上る。

「うわああああああああっっ!!」

 ルージュは激情のままに、怪人に向けて突っ込んでいく。

 怪人は迎え撃つ、というわけでもなく、すっと後退して、霧の中に溶け込んでいく。

 そのまま霧に突っ込むルージュ。

「よくもっ! よくもぉぉっ!!」

 しかしこの霧の中では、まさに五里霧中。相手がどこにいるのかもわからないのに、戦えるわけがない。

「あぐっ!」

 全く意識していない方向からの殴打を喰らい、たたらを踏む。

「このっ! このおっ!」

 ぶん、ぶんっ!

 闇雲に拳を繰り出すが、そのすべてが空を切り、そのたびに手痛い反撃が飛んでくる。

 そのうち、どこにも敵の気配が感じられなくなった。

「逃げた……?」

 だとしたら腹立たしいが、打開の手段がなかったのも事実ではある。

 その時、ルージュは足首をがっしりと掴まれた。

「足元っ!?」

 全く予期していなかった。

「くっ、離してっ!」

 ずぶ、ぶぶぶっ……。

 地面が底なし沼のようにゆるくなり、二人を飲み込んでいく。

「いや、ああああああっ……」

「グホホホ……」

 怪人の気色の悪い笑い声を残して、二人は地中へと消えていった。

 やがて霧が晴れる。

 もはや戦闘の音もなく、耳が痛くなるほどの静寂がその場を支配しているのみだ。

 その数分後。

 公園にアズールが降り立った。

 市内の監視機構から、この場所で戦闘の気配があると聞いて急行したのだ。

「これは一体……?」

 しかし、戦っていた痕跡はあるのだが、肝心の当人たちの姿がない。

 ただ一つ、蝶型女怪人の死体だけが横たわっている。

 しかし一体だけというのもおかしな話だし、これを倒した人物はどこなのか。

 アズールは胸騒ぎを感じて、きゅっと拳を握った。


(後編へ続く)


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