しかし、ルージュがそれ以上の蛮行に遭うことはなかった。
「んがっ、がっ……」
「あ、兄貴……?」
兄貴と呼ばれた男が、突然頭を抱えてうめき出した。
舎弟の二人が心配そうに覗き込む。
「うご、あああああっ!!」
「えっ……」
ぼごんっ!
頭を抱えていた男の両腕が、突如膨張した。
丸太ほどの太さになったそれを目にして、舎弟二人は呆然としている。
「ご、ああああああああっ!!」
男が突然咆哮を上げ、両腕を振り下ろした。
「あっ……」
逃げる暇もなかったろう。どちゅ、と肉を潰す音がして、舎弟二人は地面に折りたたまれた。
「ひっ……」
呆然とその様を見つめていたルージュが、小さく悲鳴を漏らす。
(か、怪人……!?)
この異様さはそうとしか思えない。
ばき、ばきばきっ!
男の変質は終わらない。骨が歪み、肉が盛り上がり、尋常ならざるものへと変わっていく。
「な、が、ああ……」
そこに現れたのは、人型ではあるが各部が異常に隆起して、頭部だけが異様に小さい怪人であった。
肉体は青黒くくすんで、全身の筋肉に血管が浮き出て隆起している。
「だずけ……て……」
男の意識は微妙に残っているようだ。しかし、ぜひゅ、ぜひゅ、と呼吸が苦しそうだ。
「あ、あ……」
ルージュはしかし、呆然と立ち尽くしていた。
「こんなの……こんなことって……」
あまりに無惨な光景だった。単なる人間が、化け物になったのだ。
理由はわからない。しかし、原因がエリミネーターにあることは確実だろう。
「うがああああっ!」
男が腕を振り下ろしてきた。
ルージュはとっさに飛び退いて躱す。今まで立っていた地面が砕け、深く抉れた。
「くっ……なんとかしないと……っ」
建物の中に連れ込まれたとはいえ、おそらく人の住んでいるところからそう遠くではないだろう。ここから出してしまえば、人々に危険が及ぶ。
わずかに、エネルギーも戻ってきてはいた。
しかし、攻撃しようという気が起きない。
自分を辱めた男とはいえ、本来は自分が守ると決めた人々の中に含まれていた存在だ。
(それを自分の手で、なんて……できるわけないよ……。でも、もし今まで倒してきた怪人がみんなのうちの誰かだったなら……私のしていることって……?)
怪人の腕が迫る。セラフィーヌの防御シールドもまだ万全ではない。まともに受け止めれば、男たちと同じく容易にルージュも地面にたたまれてしまうだろう。
「こ、こないでっ!」
ルージュはぶうん、と光剣を展開させる。
びくっと男が反応する。潜在的な恐怖が残っているのだろう。
「がうああっ!」
踵を返し、建物の入口に向けて駆け出した。
「そ、そっちはだめっ!!」
ルージュはたっと地面を蹴り、跳躍する。
そして男の頭上に、剣を振り下ろす――
「だめ、やっぱりできないっ……」
逡巡して停止したルージュを、男の腕が弾き飛ばした。
「きゃあああっ!」
ルージュは激しく吹き飛ばされ、瓦礫の山にしたたかに体を打ちつける。
「う、うう……」
外で人々の叫ぶ声がする。
助けなきゃ、そうは思っても、体が動かない。
痛みでも、恐怖でもない。自分はこのままだと、人を殺すのだという現実への忌避感だ。
「立て、ルージュ!!」
はっと顔を上げる。セラフジェイドの声だ。
我に返り外に駆け出ると、男の振り下ろされた両腕を受け止めているジェイドがいた。
その後ろでは、腰が抜けて倒れ込んでいる老婆がいる。
「迷うなっ! 人々を守れるのは、私たちだけなんだぞっ……」
ずきん、と胸が痛む。ここでみんなに危害が及んだら、きっと、きっともっと大きな後悔が自分を苛むだろう。
「う、あ……」
ルージュは心の底から湧き上がる衝動に突き動かされて、奔った。
「ああああああああっ!!」
ずっ!
男の背中に光剣を突き立て、心臓を一突きにする。
「がふうっ……」
びくん、と男の体が大きく震え、数秒後、その場にどずん、と崩折れた。
「あ……」
ルージュは光剣を取り落とし、その場に座り込む。
すっと体中から血の気が引いていく。
今まで倒してきた敵は、自分たちとは全く異なる存在だと思えばこそ、躊躇なく戦うことができた。しかし、その正体が人間だとすれば、話は別だ。
(私は、私は……)
化け物となった男の死顔に、一瞬人間だった頃の相貌が被る。
(人を、殺したんだ……)
「大丈夫か?」
ジェイドがルージュの肩に手を置く。
「君の戦闘の反応が消えたのが気になってな。来てみたらこれだ」
「……人だったんです、これ、は」
「ああ……」
「知っていたんですか」
「私も、正確なところは知らない。ただ、怪人のいくらかは人間を改造し、調整したものだとされている」
ルージュはぼんやりとジェイドの言葉を聞いていたが、その殆は右から左に抜けていくようで頭に入らない。
「……すべての罪悪感から逃れることなど出来はしない」
ジェイドは踵を返し、まだ腰が抜けている老婆を抱き起こした。
「私たちは、いつも何かを拾い上げるとき……その他の何かを、無自覚に切り捨ててきたんだ。それが見えてしまった……単純なことだよ」
そしてルージュをその場に残し、去っていく。その際に、ちらりと振り返る。
(それにまみえて傷ついて……ようやく、始まりなんだよ、ルージュ……)
ルージュは膝をついて突っ伏している。
彼女が立ち上がるのには、もう少し時間がかかりそうだった。
第4話に続く