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ザ・ドッグトレーナー #23『下半身ルート1日目の夕食&報告会』(⇔21)

#23  扉を開くとソフィアが給仕服の格好で出迎えてくれ、食事の準備が整ったテーブルへあなたを案内してくれた。  椅子に座るとエリナも厨房の方から顔を出し、レモンの浮いた透明なジョッキ型の水差しを手に持ってあなたのグラスに水を注ぎにやって来る。  目の前には、焼きたての細長いパンがいくつも入れてあるバスケットと、彩り豊かな野菜が盛られた皿……そして、今日のメインであるビーフシチューが食欲をそそる香りを放ちながら置かれていた。 「では、冷めないうちに頂きましょう……マスター」  水が注がれたグラスが傍に置かれエリナも席に着いたのを確認すると、ソフィアはコホンと咳払いをし手を合わせて食事の音頭を取った。  あなたとエリナはその音頭に続いて「頂きます」と呟きを入れ、各々が手を伸ばして夕食を始めていく事となった。  あなたが最初に手を伸ばしたのは勿論、香りも色味も美味そうだと主張しているメインディッシュのビーフシチューだ。  一口サイズにゴロっと角切りにされたジャガイモとニンジンがデミグラスのルゥにいくつも浮かんでいて、その合間を縫うように柵切りにされた玉ねぎがホロリと身を崩して自身の柔らかさをアピールしている。用意されたスプーンでそのシチューをひと掻きすれば、下の方からは脂の乗った牛肉の薄切りが何枚も浮上し姿を現してくる。  見ているだけでも美味しいと分かるその今日のメインにあなたは手で千切ったフランスパンの端をちょっと浸し、パンにそのルゥを染み込ませた後のそれを一気に口の中へと入れ込んだ。  すると口の中に広がったのは、濃厚なルゥの旨味とやや塩気の利いたパンの絶妙にバランスの整った……美味い以外の何ものでもないシチューの味だった。  その美味しさたるや手が止まらなくなる程で……あなたはパンを千切っては浸し、パンを千切っては浸しを繰り返し、ルゥがそれだけで半分以下まで減ってしまう程にパンに染み込ませる食べ方を続けてしまった。 「それで……マスター? 今日のわたくしの調教は見ていていかがでしたか?」  シチューとパンを食べることに夢中なあなたとは対称的に、小さなスプーンにルゥと具材をバランスよく掬って食していたエリナがあなたに伺う様な視線を向けてその様にボソリと問い掛けを零した。  あなたはその言葉を聞いて次に食べようとしていたパンを一旦皿に置き直し、エリナの方を見て今日の彼女の調教を振り返った。  初日で下半身が敏感になるよう仕向けた甲斐があり、今日の調教はリサに『下半身をくすぐられるとこれだけ苦しめられるんだぞ』というトラウマを植え付けることに成功したと言えるだろう。  何せ意識を失うまで笑わせ責めにしたのだ……少なくとも今後彼女は“くすぐり”という行為を馬鹿にしたり幼稚な遊びだと考えるようにはならないだろう。むしろ自分にとって脅威や恐怖の類の刺激に感じたに違いない。  刺激に対する反応が自分の力では制御できない……  それは、ある意味……他人に自分の感情がコントロールされていると錯覚するに等しい感覚だ。そんな感覚になることを強いられトラウマにならないはずがない。  意識を戻した後の彼女をカメラで確認していたが……あの鬼気迫る拒否っぷりは、相当に調教の効果が表れていると評価できる。 「私がさっき食事を届けた時も過剰なくらい怯えていたわよ。今日はもう調教はしないって何度も言ったのに、私が部屋を出て行くまでベッドの端に身を丸めさせて……ずっと睨みを入れて警戒していたわ。まるで……追い込まれた小動物の様に……」  目が覚めれば落ち着かない様子で部屋の中を歩き回ったり……はたまた、少し時間が経てば自分の境遇に怒りが込み上げてきたのかベッドのシーツをグシャグシャに丸めてその辺の壁に投げつけてみたり……そうかと思えば、ソフィアが言ったように過剰に怖れを抱いたり……  くすぐりという未知の責め苦にどう対応して良いのか考えがまとまらないが故に苛立ったり不安に襲われたりを繰り返す……この行動は第二段階の『逃避期』へと踏み込んだのだと判断して問題ないだろう。  第一段階の『拒絶期』では自分の境遇を受け入れられず、ただひたすらに調教師に対して拒否の感情を剥き出しにしてきたが……最初の本格的な調教を経て彼女はくすぐりの本当の苦しさを知り、自分にとってこの調教が脅威だと感じるようになったはずだ。そして、自分の境遇も拒否だけでは変えられないと悟る。そうなれば、彼女は理解するのだ……  拒否し続けても苦しみや境遇は改善されないし、調教は無理やりにでも施されてしまう……もはや拒否しても無駄なのだ……と。 「あれだけ拒絶を露わにしてきたという事は……逃避期に移行したと見て問題ないですよね?」  拒否しても改善されないのなら、少しでも苦痛を減らせる行動にシフトチェンジしようと考える……それが逃避期の最初期の行動であり、ソフィアに見せた過度な警戒も『自分に情を持たせる』為の行動に他ならない。  自分は本気で嫌がっているんだ……と、行動で訴えかけているのだ。 「だとするなら……わたくしの調教は上手く行ったと……考えて構いませんか?」  あなたは、リサのその様な行動の変化を思い起こしつつ、エリナに「最初の調教は上手くいった」という評価を返してあげた。  それを聞いたエリナはフゥと大きな息を吐き、止めていたスプーンを再び口に運んで安堵の表情を浮かべた。 「逃避期に移行したという事は……明日は最初が難儀しそうですね……」  安堵の表情を浮かべるエリナとは反対に、それを聞いて若干顔色を曇らせてしまったソフィア……彼女の言葉は語尾に近づくにつれ声色が不安に包まれていくのが分かる。 「調教前の拘束……。彼女はまずここで嫌がってくるでしょうから……また、手を上げることになるかもしれません……」  拒絶期と逃避期は行動こそ似た動きをするが、苦痛を知った逃避期の彼女はより拒絶感を増して調教場に来ることになる。  よく拒絶期と逃避期の認識の違いに誤解が生じることがあるが、基本的にどちらの時期も拒絶や拒否は当たり前のようにしてくるものと頭に入れておくべきだ。  拒絶期はあくまで自分の“待遇”に対する拒絶であり、本人がまだ自分の境遇を理解していないからこそ起こる行動にほかならない。それに対して逃避期は、苦しみを知って本格的に嫌がる時期……と噛み砕けばそういう風に説明できる。  自分の境遇を思い知らされ……調教による苦痛も同時に味わい、今後どんな責め苦が自分に待っているかを想像してしまう事でその脅威や不安からどうにか逃げたいと思い始める時期……  この時期の調教が一番調教師としての技量が求められる事になる。なにせこの逃避期は、まだ奴隷側は「交渉すればどうにかなるのでは?」と希望を捨てきれていない時期と言い換えることも出来る為、拒否行動をとることが自分の境遇をよくする手段だと妄信しそれを実行しようと企んで来る。  その態度に……調教師としては毅然とした態度で臨まなくてはならない。  少しでも情を見せてしまえば「甘くなる可能性がある」と誤認され、その後の彼女の態度も軟化し辛くなってしまう。  逃避期に居る間に次の『絶望期』へと移行させなければならない。情はその移行を妨げてしまう悪でしかない。  だから毅然とした態度で接しなくてはならないのだ。  例え……ソフィアの性格ではそれが難しいというのが分かっていても…… 「私に……出来るでしょうか? 初日にビンタしたあの手の痛み……。まだ、あの痛みを鮮明に思い出せる程に彼女の頬の感触をこの手が覚えているというのに……」  ソフィアには酷な役回りだとあなたは思っている。本来の彼女は、他人の痛みを敏感に察する事が出来る優しい性格の持ち主なのだ。  そんな彼女が暴力的に振舞うというのは……キャラ的に合わないと感じてはいる。  しかし、出来ないからと言ってやらないのでは調教師は務まらない。どんなに良心が痛むとしても奴隷には調教師は非情だと思わせないとスムーズな調教は行えない。心が優しいからといって調教を甘くしてしまっては、中途半端な奴隷しか育成できなくなってしまう。  振り切る時は振り切って役を演じた方が良い。  ソフィアはそれが出来る調教師だとあなたは信じている。  調教は仕事であり非現実の世界……実生活の方がリアルな自分の世界だ……と、割り切る方法を今のうちに学ばせなければならない。  そういう部分の適応力はエリナの方が一歩秀でていると言っていい。  彼女は本能的に調教師と本来の自分を切り離して調教に臨めている。彼女自身が、見た目の割にSっ気が強いというのがそうさせている要因なのだろうが……とにかく、彼女は本能の赴くままに調教を楽しめるタイプの人間なのだ。  一方のソフィアは女優型の調教師と説明すればしっくりくる。  役になり切って、そのロールプレイ通りに仕事をこなしていく……台本があればその通りの事をこなすことが出来るというのが彼女の持ち味なのだが、そこに台本が無ければ中々役の中に入り込めなくなり自分を見失う事も多々ある。どうしても途中で素に戻ってしまって、自分の行った事に罪悪感を感じるようになってしまうのだと、その原因を彼女は考えている……  正直な話……人間的な倫理観から見ればソフィアの性格は正しいと評価される事だろうが、調教師の素質として考えたなら、この役になり切れないという弱みは致命的になりかねない。  彼女の『ふとした瞬間に一歩引いた視線から自分を見てしまう』という癖は、自分を顧みる時間であれば有意義だとは思うが……調教の場においてその様な理性は働かせるべきではない。  もっと……本能で……心の底から調教を楽しむくらいの勢いでのめり込んでくれた方が、悩まずに済むのではないかとも思うのだけど…… 「途中で……素に戻ったりしたら……また私は……」  真面目というか……頭が固いというか……頑固というか……ソフィアのそんな性格もまた、時間の足りない調教と同じで扱いが難儀な性格だと言える。  でも、そこが彼女の魅力であり逆に強みに変わる部分でもある。  難しく考えるからこそ完璧を求めようとするし、技術の習得にも余念がない。  どうにか努力してやり遂げようとする向上心。それは本能型の人間には中々持ちえない特色だと思う。  出来れば……そういう長所を伸ばして、不安や葛藤の部分を感じさせない調教師に育って貰いたいとあなたは切に願っている。  この“時間の短い”という特殊な調教現場で、何か一つでも彼女の自信に繋がる何かを見つけてくれたら……と、真剣に思っている。  だから、初日の初対面の時は、敢えて彼女に台本を渡さずに自由に振舞わせてみせるよう指示を出した。無論、明日もそうするつもりだ。  全ては彼女の成長の為……あなたはそう自分に言い聞かせて、ソフィアに明日の注意点を改めて口頭で伝えてあげた。  一つ……リサの反抗、反論に毅然とした態度で臨む事。  ニつ……言う事を聞かなければ、必ず制裁を下して教育を施す事。  この二つを厳命し、あなたはソフィアの不安そうにしている頭に手を乗せた。  そして、頭を撫でながら彼女にこうも伝えた……  ……「大丈夫。上手く行っても行かなくてもいいから……とにかく気を楽にして調教を楽しみなさい」と。  ソフィアはその言葉を聞いて安心するように目を閉じ小さな声で返事を返した。  「はい……♥」と。  →#31へ


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