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PT研 第4話ー⑪『かけられた魔法』

11:かけられた魔法 「ほ~ら、センセ? 触るよぉ?」  私よりも先に鳴臥先生の身体を触りくすぐり始めたのは理子先輩の方だった。 「コチョコチョコチョ~♥ どう? どう? ねぇ? くすぐったい?」  鳴臥先生の両足の裏に手を逆手になるよう構え左右同時に手を肌に触らせると、その小さい指先をコチョコチョと動かして逃げられない先生の足の裏をくすぐり始める理子先輩。  先輩のくすぐりに先生はビクンと身体を跳ねるように反応させ、すぐさま顔を斜め下に向かせて肩をクククと震わせながらそのくすぐりに耐えようとした。 「ふっ……フン! あなた……確か、C組の二坂……理子……だったわよね? 普段は大人しく私の授業を受けている普通の学生に見えていたけど……まさかこんな変態クラブの一員だったなんてね? がっかりだわ……」 「変態クラブだなんて……センセったら酷いなぁ~? コレの何処が変態クラブなんですかぁ?」  先輩の爪が発する、足裏を引っ掻くカサカサという乾いた音を聞くだけで私は背中にゾクゾクした寒気が走ってしまう。  あの子供の様な小さな爪が足裏を引っ掻かくとどれだけこそばゆいかは身体がリアルに覚えている為、この音を聞いただけで自分自身がくすぐられているようで寒気を催してしまう。  それだけ先輩のくすぐりはこそばゆいのは分かり切っている事なのだけど…… 「人の事こんな格好で拘束しておいて、よくとぼける事が出来るわね?」 「私は……別に先生に対してエッチな事なんて一切してませんけど? ほんのちょっと……こんな風に足の裏を、コショコショ~ってくすぐってあげてるだけで……」 「知ってる? 他人の肌をこんな風に許可なく勝手に触る行為は、女性同士であってもセクシャルハラスメントとして認定されるのよ? 特にこんな風に拘束までして無理やり身体を触る行為は監禁罪とか暴行罪にも抵触する筈。こんな事をして……ただで済むと思っていないでしょうね?」  最初の過度な反応以降……先生の反応はすぐに落ち着きを見せてしまった。  理子先輩が手を抜いている訳でない筈なのに……なぜか先輩のくすぐりに対して一切の反応を示さなくなっている。 「ふ、ふん! セクハラでも暴行罪でも訴えられるものなら訴えたらいいっ! その前に私が……この手で屈服させてやるんだから!」 「私を屈服? ふぅ~ん……そんなことまで平然と言ってのけるのね? でも、大丈夫? 私……まだ苦しむどころか笑ってすらいないんだけど……」 「くっ! 煩いっ! これから思いっきり笑わせてやるから黙って見てろってのよ!」  くすぐりが始まって数十秒くらいしか経っていないが、明らかに理子先輩のくすぐりに対して先生は反応しなくなってしまっている。それどころか、まるで触られている自覚すら持てていないかのように平然とした顔で先輩の事を見下ろして話をしている。 「二坂ぁ? そんなに必死に手を動かしてどうしたの? 何をそんなに慌てているのかしら? そんなに強く足の裏を掻き毟ったら……肌の皮が破けてしまうわよ?」 「な、なんでよ! あんた、足に神経通ってないんじゃないのっ!? これだけ本気でくすぐってるって言うのに……反応すらしないなんて……」  先輩の焦りはくすぐりの音が大きくなることで伝わってくる。手の動かし方を変えたり、動かす速さを変えたりと様々に工夫を凝らしているようだが、先生の反応を変える事は出来ていない。 「先生の事“あんた”なんて乱暴に言っちゃって……今までどういう教育を受けてきたのかしら? これが終わったら……そういう性根も叩き直してやらないと駄目ね。まぁ、終わった後もこの学園の生徒のままで居られたら……の話だけど……」  むしろ、時間が経つたびに先生の強気度が増していき……その言葉に流石の理子先輩も額に冷や汗を浮かべ始めている。 「あ、明日香! 何をボーーッと見てんのよっ! あんたもさっさとくすぐりなさいっ!!」 「は……ひぇ? は、は、はい!」  先生の反応が無いに等しい事に焦りが強くなった理子先輩は、まだ手すら掛けていない私を見るなり鬼の形相で私を捲し立てた。  私としては……(後が怖いから)なるべく先生には手を出したくないなぁ……と思っていたのが本音であり、理子先輩の責めだけで完結するならそれで良いや……と思って、手を構えるだけに留めていたのだけど……どうやら、そうも言っていられないらしい。  いつもなら私の事など気にも留めず自分のやり方に忠実な責めをするのが理子先輩のスタイルではあるが……自分の責めが通用していないと分かるや否や、そのスタイルを崩してまでも私の責めに頼ってきている。言い方は乱暴そのものだけど……普段の軽口を添えてきていない辺り先輩の余裕の無さが伺える。  余程、くすぐりが通用していない事に焦っているのだろう……いつもの強気な態度を私にすら見せられなくなっている。 「くすぐりが効かないなんて有り得ない! 絶対弱点がある筈……何処かに弱い箇所が……」 「フフ……馬鹿ね。いくらやっても無駄だというのに……」  先生をこのように拘束した時点で……もう言い逃れの出来ない犯罪に手を染めていると言っても過言ではない。先生を屈服させられなければ、待っているのは私の学生生活の終焉だ。これに失敗すれば……きっと学園全体にPT研の犯した罪は広まるだろう。いや、学園のみならず、近隣の住民やら、警察やら……ニュースになってしまえば他の学校や社会全体にまで知れ渡る事になるだろう……そうなれば私の人生までも“詰み”になってしまう。学園生活だけでなく……今後の人生でも、常に後ろ指を差されながら生きて行かないといけなくなる。  そうはなりたくはない。そんな悲惨な人生にはなりたくはない! だから、意地でも先生を笑わせないと駄目なのだ! そうでなければ……今思った事が本当に現実になってしまう……。 「せ、先生……す、すみません……失礼します……」  私は恐る恐る椅子の背後から両手を伸ばし、先生の胸横に手を忍ばせた。 「……貴女が1年の……古峯井明日香……ね?」 「は、はひ!? い、いえ……ち、違います! 人違いです!」  胸に引っ張られるようにピンと張った体操服。その横を私の手が通っていくと、やがて先生の無防備に広げられた“ワキ”の部位へと手が辿り着く。 「嘘つきなさい! 今、二坂が貴女の事“明日香”と呼んだじゃないの! 貴女が1年F組の古峯井明日香なんでしょ?」 「ソ、そんナ……人……知りまセん……」 「確か……F組の担任は石巻先生だったわね? 貴女の事もしっかり報告してあげるから……覚悟しなさい?」 「ヒィィ! せ、先生には言わないでッ!!」 「言ってほしくないんだったら、無駄な事はやめてさっさとこの拘束を解きなさい!」 「そ、それは……」  石巻先生の怒った顔がチラついた瞬間私は石化するように身体を硬直させてしまうが、先生の正面に立っている小夜子先輩と目が合うとその硬直はすぐに解けた。彼女は無言で私に訴えかけてきている……『くすぐらないと、後でもっとひどい目に合わせるゾ』と優しい目で語り掛けて来る。  先生に怒られるのも怖いが……小夜子先輩に報復されるのはもっと怖い。それが嫌という程分かっているからこそ私の手はすぐに先生の体操服越しのワキを捉え、そこに吸い付くように指先を着地させ先生の制止も無視して指を動かし始めるのだった。 「古峯井っ……ハヒッっ!?」  服越しではあるが初めて触る先生のワキ……。その触り心地は、パンの生地に指を滑らしたかの様に柔らかで……張りと弾力は(以前触れた事のある)理子先輩のそれとは比べ物にならない程豊満な感覚を植え付けられた。  私はその感触を指先に味わうと、もっとそれを味わいたいと願うように意思とは無関係に勝手に指が動き始め……先生の伸びきったワキの肌を摘まむように指先に力を込め揉みしだいていった。 ――コチョコチョ、コチョコチョ。 「くっっ……うぅ……古峯井っっ!! やめ……なさい!」  初めて触る大人の先生のワキは想像以上に大きくて柔らかかった。筋肉の付き具合も生徒のワキとは比べ物にならない程スジ張っていて……触っているとコリコリとした心地の良い感触が混ざってくるのを感じられる。ワキの窪み部分の堀の深さも、今まで触ってきた人の比ではない。きっと胸の大きさや身体の縁の筋肉の太さも作用しているのだろうが、伸ばし切って拘束されている筈なのにしっかり窪みが感触として味わう事が出来ている。服さえ着ていなければ、きっと凹凸のハッキリとした立派な腋窩を拝む事が出来ただろうに……それが見れないのは残念でならないが……しかし、触るだけでも違いは伝わってくる。明らかにこれが年上のワキだと分かるアダルティな触り心地だ。 「うぅぅ……くぅぅぅ……」  私にワキを触られた瞬間の先生は、理子先輩の時と同じく……普通にくすぐったいと知覚したらしく身体をビクンと跳ねさせて声を震わせたのだけど、くすぐりがある程度続くとこちらも理子先輩の時と同じように刺激に急速に慣れ始めるかのように反応が緩やかになり始める。  そしてものの数秒と経たないうちにその反応は落ち着きを取り戻していき……やがていくらくすぐっても反応一つ見せなくなり、私や理子先輩に言葉を言い返す余裕すらも持つようになってしまう。 「ふ、フン……馬鹿らしい。まさか、この程度の事で私を屈服させようと考えていないでしょうね? もう見て分かったでしょ? 私にはくすぐりなんて効かないし……笑う事も無い。それはすなわち、これ以上……貴女達の思い通りにはならないって事よ?」  最初こそくすぐりに敏感に反応してくれたという感覚が味わえたから、心の中で「イケるかも!?」と僅かに希望を持てたけど……その反応がどんどんと薄くなっていくと、途端に自分のやっている行為に疑問が浮かぶようになってしまう。  自分の手は本当に先生をくすぐっているのか? この揉み解している肌は本当に先生のワキなのか? と、現在進行形でくすぐっている筈なのにそのような疑問まで生まれてきてしまう始末。  きっと理子先輩も同じことを感じている事だろう。  今までは、くすぐる=笑う、という構図が紐づいていたからこそ、当たり前のようにくすぐっているという感触を味わっていたけど……いざ触っても笑いが返ってこないとなると、くすぐっているという行為自体が否定されているようで……くすぐっている実感が持てなくなる。  私がヤってるコレは何なのか? ただのマッサージなのか? それとも……意味の無いお触りなのか? その様な思考を巡らしてしまうようになってしまう。 「くっっ!! 明日香っ! もっと本気でくすぐりなさいよっ!! これじゃ……全然笑わせられないじゃないっ!!」 「や、やってますよっ!! 精一杯! だけど……先生ってば……全く反応しなくなっちゃって……」 「なんでよ! 何で反応しないのよッ! これだけくすぐってるのに……無反応だなんて……」  私達の動揺は、周りで見ている綾ちゃんや部長にも伝わっているようで……あの、いつも自信たっぷりな顔を浮かべている部長でさえも腕を組んで苦い表情を浮かべている。  小夜子先輩も私達の責めと先生の顔を真剣な表情で見比べ、手に持っていたクリップボードに何やらペンを走らせ記録を取っているが……私達に何かしらのアドバイスが出来る程の余裕はないらしく、無言で顔をボードに伏せる仕草が多くなる。 「そろそろ……諦めたらどう? これ以上続けても無駄だって分かるでしょ? 今ならまだ……監禁と拘束と侮辱罪くらいの罪で許してあげられるわよ?」  まるで効いていない……という訳ではなかった。最初の数秒くらいは確かに手応えはあったのだ。触り始めの時は確かに“くすぐったい”という感覚を植え付けられたはずだった……でも、すぐに…… 「有り得ない……。ワキは服越しだから100歩譲ったとしても……コッチは生足をくすぐってんのよ? 効かないなんて考えられない……」 「わ、私の方も……かなり揉み解している筈なんですけど……途中で反応が消えた……というか……まるで……」 「……まるで……何よ?」 「い、いえ……まるで……すぐに刺激に“慣れちゃった”みたいな……感覚といいますか……」 「馬鹿な事言わないで! 私のくすぐりがそんなすぐに慣れられる訳ないでしょっ!! あんたのポンコツくすぐりとは違うのよ! 私のは……」  「ひぃ! そ、そうですよね? わ、分かってますよぉ……」  私の何気ないその返しに、理子先輩は顔を鬼のように真っ赤に上気させ怒りの感情をぶつけてきたのだけど……  私達の責めを真剣な眼差しで観察していた小夜子先輩はその言葉にハッとなる様な顔を見せ、突然自分の書いていたクリップボードに目を落として慌てるようにペンを走らせメモを取り始めた。  そして、何やら考えがまとまったと言わんばかりの表情を浮かべると…… 「成程……? 慣れ……か……。言われてみれば確かに……」  と、言葉を零し、隣で腕を組んで立っていた部長にソッと耳打ちを行った。  苦い表情を浮かべていた部長だったが、小夜子先輩の耳打ちを聞き終えると…… 「……ほう。それは興味深い……」  と、口角を上げてその様に呟き、私と理子先輩へすぐに手を止めるよう指示を下す。そして、すぐ隣に立っていた綾ちゃんに伝言を告げるように耳打ちし、彼女にあるモノを取ってくるようにと指示を下した。  その指示を聞いた綾ちゃんは、部長に「了解です」と敬礼のポーズを取って返事を返すと部室の奥にある準備室へと向かい、ロッカーやら棚の扉やらを開けて目当てのモノを探し始める物音を立て始める。  私と理子先輩は珍しく気が合うようにお互いの顔を見合わせ、頭を横に傾げながら先生の身体から手を引いていき責めを一旦中止させた。 「な、なによ……本当に終わったの? あれだけ大袈裟な事を言って脅しておきながら……結局屈服なんてさせられたなかったじゃない」  綾ちゃんに指示を出した後、部長は腕を組んだまま先生の前へと歩み出し……目の前まで身体を寄せると無言のまましゃがみ込んで、先生の顔を下から覗き込むように見始めた。 「うぅ……何か言いなさいよ! そんな下から覗き込んでも……怖くはないわよ?」 「…………………………」 「くっ……うぅ……ぅ……」  ジッと顔を見て無言で様子を伺う部長……。何かを言いた気だが、まだ言葉を言語化せず溜めているようで……その無言の見焦らしに、先生も言葉を呑み込んでゴクリと喉を鳴らして緊張を高めた。 「フム……。そういう事であれば、責め方を変えなければなりませんな……」  ある程度目で焦らした後、部長は静かに立ち上がってその様に一言零した。すると今度は先生の方が部長の方を見上げて食い下がる様に言葉を発し始めた。 「何が“そういう事”よ! なにか分かったとでも言うの? 私の事が……」  部長のあの……何かを悟ったと言わんばかりの笑み。それを見て流石の先生も嫌な予感が過ったのだろう……余裕そうだった顔を僅かに曇らせ声を荒げる。  先生の荒げた言葉に「フッ」と鼻で小さな笑いを零した部長は再び腕を組んで見せ、今度は自信たっぷりだと言わんばかりの笑みを浮かべて先生の言葉を反論せず聞き流していく。 「見ての通り私にくすぐりは効かないわ! 貴女達の拷問が笑わせて苦しめることに重きを置いてる以上、これ以上同じことをやっても無駄よっ! それくらい頭使わなくても分かるでしょうが!!」  先生の言葉を聞いてウンウンとわざとらしく頷きを入れる部長……そして、先生が言葉を言い終わるタイミングを見計らって今度は部長の方から言葉を紡ぎ始めた。 「風紀委員の玲美委員長は……感度を鈍らせる薬……というヤツを飲んでくすぐりに対抗しようとしてきましたが……それは未然に防がれて、結局くすぐりに屈服するという結末にはなりました……」 「は、はぁ?? 風紀委員長?? い、いきなり……なんの話よ?」 「物理的に感度が鈍るという事であれば、くすぐりに対しては最大の防御策だと言っても過言ではありませんが……先生の場合はどうやら違うようですね?」 「わ、私が……何か薬を飲んでいるとでも言いたいの? 貴女達ごときに?」 「先生の場合は……物理的ではなく……精神的な方の防御を張ってきた……。そういう事ですね?」 「ッ!? 何よそれ? 言ってる意味が……分からないわ……」 「貴女は……四ツ星先生と……随分と仲がよろしいと小耳に挟んでおります」 「ッっ!! なっ、な、な!? よ、四ツ星先生……!?」 「四ツ星癒々花(よつほし ゆゆか)先生……。鳴臥先生が赴任したのとほぼ同時にこの学園の保健室へ赴任してきた保険医の先生ですが……どうやら、貴女は彼女と友人以上の関係をお持ちのようだと噂が立っているようですが……」 「ゆ、友人以上って! 別に私は……時々先生の診察を受けに行くだけで……それ以外の事は……」 「その保健室へと通われる頻度……それはほぼ毎日だと伺っていますが? それは“時々”と言えるのでしょうか?」 「んぐっ!? べ、別に……治療の予後を見てもらったり、ほ、ほら! 私は体育教師だから……よく怪我もするし……」 「まぁ、別に鳴臥先生が保健室でナニをしているか……なんて別に興味は無いのですが……」 「な、なにもしてないわよ! し、失礼な……」 「しかし、四ツ星先生が何をしているかには興味がありましてね?」 「癒々花……いえ、四ツ星先生が……って??」 「先生はご存じですか? 四ツ星先生が……ご自身で立ち上げられた……非正規のクラブ活動があるのを……」 「非正規のクラブ??」 「まぁ、クラブとは名ばかりで……先生は自分の“特技”をその場で高める為の実験として活用しているようですが……」 「と、特技!? 実験……って?」 「四ツ星先生は以前……この特技を使って問題を起こし、逃げるようにこの学園へと辿り着いたと聞きます……」 「も、問題を……起こした? 癒々花が!?」 「噂によると……元々はとある大きな病院にカウンセラーとして在籍されていたようですが、その特技を私利私欲のために患者さん達に使って、それがばれて病院を追い出されたという過去がありまして……」 「そ、そんなのデタラメよっ! 私は前の学校でも癒々花と一緒だったわ! 私が教育実習で行った学校でも彼女は保健医だった! 噂とか言って……そんなデマに私は騙されないわよっ!」 「成程……その様に刷り込まれた訳ですか……」 「……は、はぁ? 刷り込まれたぁ? 貴女達……妄言を吐くのも大概にしなさいよっ!」  まるで洪水のように溢れ出してくる新たな情報達に、私と理子先輩は互いに顔を見合わせて首を横に傾ける事しか出来ていない。  鳴臥先生を屈服させようと拷問していたと思っていたのに……いつの間にやら保健室の四ツ星先生の名前まで飛び出してきている。それに、その四ツ星先生の情報というのもかなり深い所まで調べられてあった……。鳴臥先生を顧問に付けるという作戦だった筈なのに……なぜに四ツ星先生の情報がここまで調べ上げられているのか……? きっと小夜子先輩の仕業だとは思うけど……私達には何の事やらさっぱりな訳で……  ただ、その四ツ星先生が不穏な存在であるという事だけは伝わってくる。  そういえば……副会長の宮腰さんも……「とある先生が監査委員会のバックについている」と言っていたし、「その先生には力が……」などとも濁して言っていた。それが四ツ星先生の事であるとするなら……今まで分からなかった部分の点と点が繋がる様な気がしてくる。 「知らないようなので簡潔に申しますが……四ツ星先生の特技……それは、ヒトに“催眠”を掛けられるという特技……というかチカラです」 「さ、催眠?? って……催眠術の……催眠??」 「そうです。まぁ、掛け方を知っているというだけで、実際は機器に頼っている部分は往々にしてあるようですが……」 「な、何を言ってるの? そんな手品染みた事をだいの大人が……やる訳ないじゃない!」 「催眠は手品ではありませんよ? 心理医療の現場でも催眠療法(ヒプノセラピー)として取り扱われる科学的に立証されている治療手段です」 「治療……手段?」 「催眠状態にした患者さんに暗示をかける事によって、過去のトラウマを意図的に意識から除去させる事が出来たり、思い出したくない過去を思い出さなくてすむよう仕向けたり、負の思い込みが強くて苦しんでいればその人の気持ちが前向きになるよう補助してあげたり……使い方によっては人間の潜在能力を引き出す……なんて事も出来ると聞きます」 「それは確かに聞いた事がある気もするけど……それってかなりの高度な技術が必要なんでしょ? それを癒々花が使えるだなんて……それはあまりに突飛すぎて……」 「まぁ、催眠というのにも種類があって……患者さんを相手に掛ける本格的な催眠から、日常のふとした事で勝手にかかってしまう催眠まで…実は幅が広いんです」 「日常の中で……勝手にかかる??」 「例えば……興味のあるテレビや本などを見ている場合に、声を掛けられてもそれに気づかない……と言った経験があったりしませんか?」 「……ま、まぁ……たまにだったら……あるけど……?」 「あの状態って……実は軽い催眠状態にかかっていると言われています」 「……え?」  「何かに対して注意を一点に集中している状態というのは暗示が掛かり易い状態とされていて、日常の中でも自分の興味を強く引く物事だったりに意識を集中させると軽いトランス(変性意識)状態を脳内で引き起こす事が出来るのだそうです」 「と、トランス状態!?」 「そのトランス状態を器具や話術をもって人為的に誘導し、従わせたいと思う暗示を擦り込んでいくのが俗に催眠術と呼ばれます」 「従わせたいと……思う……暗示?」 「四ツ星先生はその催眠のやり方を熟知されているようで……貴女のみならず、多数の生徒に対しても暗示をかけて自分の思い通りになる環境を作っているようです」 「あ、あの……癒々花が……? そんな、まさか……」 「現に、今……貴女にも暗示が掛けられているようですが……まだ気付かれておられませんか?」 「私に……暗示が??」 「あなたは元々くすぐりという刺激に強かったわけじゃない……」 「うっっ!? うぅ……」 「最初に触られた反応を見るに……強いというよりもむしろ……人並以下に弱い!」 「な、ひ、人並み……以下?」 「しかし、どうやら四ツ星は貴女にこういう暗示を掛けたようです……」 「……っ??」 「“貴女に与えられるどんな刺激であろうと、貴女はその刺激にすぐに慣れる事が出来るようになる”と、恐らくそのような内容の暗示が……」 「し、刺激に……すぐに……慣れるッっ!!?」 「そう……“慣れる”という感覚をきっと普通以上に高めたんです。だから“最初は反応するけど、時間が経つにつれて反応しなくなる”という現象が起きていたんです」 「ち、違うわよ! 私は元々そういう刺激に弱くなかったし……我慢強い方だったから……」 「その思い込みも暗示が解けないようする対策です。貴女は知らず知らずのうちに刷り込まれて行っていたんですよ。刺激される事に不安を抱かなくて済むように……」 「刷り込まれて……いた?? 私の記憶も……今思っているこの感情も? 全部?? ま、まさか……そんな筈は……」 「四ツ星先生を調べていく中で、彼女が催眠を使って対抗してくるだろうという予測は立っていました。しかし、その暗示の種類までは分かりかねていたので、様子を見させてもらっていたのですが……タネが分かれば対処の仕様もあるという物です……」 「そ、そんな筈はない! 私は……身体を触られる事に抵抗などない! くすぐったいなんて感じた事も……今までなかった! だ、だ、だから! 私は別にくすぐりに弱くなんて……ない筈……」 「“刺激に慣れる”という現象は、視覚や聴覚や触覚を通して肌が刺激の予測をすると言われていますから、恐らくその感覚神経を常人よりも暗示で高めたのでしょう……」 「ちょ、だから! 私はそんな、暗示とか催眠術なんか掛けられていてないって……」 「掛けられたという記憶も暗示で消したのでしょうな。だから覚えてすらいない……」 「ち、違っっ! そんな筈は……」 「貴女は無意識だったかもしれませんが、理子と明日香がくすぐりを行っている間貴女はずっと彼女達のくすぐりから目を離そうとしませんでした。それは視覚を使って刺激の予測を捗らせていた事の何よりの証拠です」 「し、知らないわよ! 別に予測する為に見ていた訳じゃ……」 「くすぐる手の動きを見て、刺激を予測し易くして……それに合わせて神経を鈍化させ、くすぐりを効きにくくする……。勿論くすぐる時の指から発される音の変化もその予測に紐付けさせ、より鈍化を強く発揮させていた……」 「もう何を言ってるのか意味不明よっ! 妄言を吐くのも大概にしなさいっ!!」 「これが妄言かどうかは……コレではっきりする筈ですよ?」 「……は、はぁ?」  あの短い時間でよくぞここまで事の裏を見抜いたなぁと素直に感心してしまう私だが、きっと恐らく……この結論を出す為の情報提供は彼女が行ったのだろうなと察してしまう。  小夜子先輩……。  彼女だけはあの時……くすぐりが効かないという事実に動揺もせず、先生の表情をしっかりと観察しデータを取っていた。  私のあの「すぐに慣れちゃったみたい」という言葉が最終的なきっかけにはなったとは思うが、そのデータが記録されていたからこそ……部長の提唱した仮説にもしっかりとした裏付けが確保できたのだと思う。  今にして思えば……確かに部長の言う通りだ。  先生はしきりに理子先輩の手と私の手を見ようと忙しなく顔を動かしていた。  それはきっと……刺激に慣れるのを早める為でもあるし……慣れたら慣れたでそれを持続させないといけないから常に視線を外さないようにしていたのだ。  最初だけ反応が良かったのもこれで説明がつく。  誰だって……刺激に慣れる為には、最初は必ず刺激を覚えるという工程が挟まれなくてはならない。例え、慣れるのが異常に早い暗示が掛かっていても、慣れる為には味を知らなきゃ駄目なのだ……くすぐりの刺激という味を……  その最初の刺激に先生が見せた反応は……多分素の反応だったのだろう。大袈裟を絵にかいたような驚き方をして見せていたのだから ……。 「部長? 持ってきましたぁ♪ これで良いんですよね?」  そんなこんなの話を先生と部長が言い合っている間に、先程準備室へと赴いた綾ちゃんが何か黒い布のような物と大きなヘッドセットの様な大きなイヤホンを持って戻ってきた。  黒い奴は……よく見るとアレだという事がすぐに分かる。楕円形の形をした二つの連なった生地に、ゴムで出来た輪っかが二つくっ付いた……そう、アレだ。目の所に当てて視界を強制的に奪うアイマスクだ。 「おぉ、そうだ……それでいい」 「な、何よそれ? 目隠しに……イヤホン? 何でそんな物を……用意させるのよ!」  綾ちゃんからその二つの道具を受け取った部長はまずはアイマスクの方を理子先輩に渡し、それを装着するよう指示を加えた。 「ちょっっ! や、やめなさい!! 私の……顔に! 触るなっッ!!」  近づいてくる理子先輩の手に対し拒絶反応を示すように顔を振って暴れようとする先生だが、先輩はそんな先生の頭を片方の腕でホールドし、嫌がる彼女に無理やりアイマスクを装着させ視界を奪い去っていった。 「くっっ! こ、こんな事して……本当にタダじゃ済まさないわよ? 二坂っ!!」  視界を奪われた先生は不安を体現するようにキョロキョロと左右を向いて理子先輩の姿を探そうとする仕草を取る。しかし理子先輩は次に部長からどんな指示が下されるか予測出来ているようで、既に床に腰を落とし胡坐をかく格好で手を構え待機を始めている。そんな彼女を視界を奪われた先生が探し出す事など出来る筈もなく、何度も顔を振って理子先輩の姿をどうにか追おうと無駄な努力を繰り返してしまう。 「慣れというのは……視覚と聴覚……が正常に働いていて、初めて機能する防衛手段です」 「ひっ!? 榊っ!? ど、どこ? この声……何処から??」 「人間は意識しなくても手の動き方や音の聞こえ方を知る事で、今後どんな刺激が送られてくるかを脳が計算し、ある程度予測を立てて刺激の緩和を測ろうとします。まぁ、普通の感覚なら……くすぐりのスピードに脳の処理が追い付かないケースが多い為脳が混乱し、とりあえず笑っておけという指示を出してしまうものですが……」 「正面? いや……左に移動した?? 違っっ……み、右からも足音がっ!?」 「先生には視覚と聴覚から送られた情報を処理するスピードが常人よりも早くなるよう暗示が掛けられていた……。だから、すぐに脳が刺激を処理し素早く“慣れる”というプロセスに移行出来た……」 「ひっ! ちょ、な、なんか……体が……ゾワゾワしてきた!? 何で?? 話を聞くだけで体中の神経が……波立ってるみたいにゾワゾワって気色悪く感じて……ひぃっ!?」 「しかし、そういうカラクリの暗示だという事が分かれば……対処は簡単です」 「ハァ、ハァハァ……ひっ!? ひぃぃ!! 見えない……何も……見えない!!」 「その情報を遮断してあげたらいい……」 「ハァ、ハァ……待って! 身体が……なんか変っ!? 感覚が……鋭くなり過ぎてる感じが……」 「視覚を遮断されれば目から入る情報が失われ……手の動きの予測は出来なくなります……」 「ひぃ! さ、触った?? 今、背中に触ったでしょ! や、やめて! 悪戯しないで!!」 「予測が出来ないという事は……今の様に“何もしていなくても”勝手に脳がトンチンカンな予測を始め、触られたとか勘違いを起こしてしまったりもし始める……」 「えっ!? さ、触ってないの??」 「そして更にここから、聴覚も奪ってあげるとどうなるかと言うと……」  部長は手に持っていた、音楽の収録なんかに使う大型のイヤホンを私に手渡すとそれを装着するよう肘をついて私に合図を送る。  私はその合図に従うようそれを先生の頭にそれを装着し、頭を振ってもズレないようベルトの長さもキツめに調整した。 「ヒィィィッ!? 何コレっ!! イヤホン!? 喋ってる! なんか耳元で囁いてきてるぅぅ!!?」 「あぁ……もう聞こえていないでしょうからこれは独り言になってしまいますが……そのイヤホンからは小夜子特性の“コチョコチョ”ボイスが流れるようになっているんですよ。本当は別の実験で使うつもりで収録していたらしいんですがね……まぁ、ついでだから聞いてやってくださいよ……」 「はひっっ! 耳元で左右交互にコチョコチョ言ってるぅぅ!! やめ! やめてっっ!! 気色悪いぃィぃ!!」 「世の中にはASMRなんていう……音フェチの為の動画配信というのがあるらしですが……小夜子はその収録で使われるバイノーマルマイクと言われる、距離感とかがリアルに伝わる高いマイクで録音したらしいんですよ? だから無駄にクオリティが高いでしょ? ……と、これも聞こえてないから教えても意味はないか……」 「あっっっはっっ……やめで!! 頭がおかしくなるっ! こんな聞かされたら……頭がぁ!!」 「だ、そうだぞ? 小夜子?」 「ひっどぉ~い! 折角、色っぽく声を出したり、意地悪な子供風に手を動かしながら声を出したり、ドSなお姉さんっぽく演技したりとか試行錯誤して収録したのにぃ! 頭がおかしくなるなんて……失礼しちゃうわ♥」 「今すぐやめて! これ外して!! このアイマスクも取ってっ!! 早くっっ!!」 「フフフ……随分と仮面が剥がれてしまったと言った感じだな……」 「えぇ♥ これでもう……暗示云々に邪魔をされる事も無くなる筈よ? っというかむしろ……暗示のお陰で普通よりも弱くなっているかも♪」 「弱くなっている? 普通よりも……か?」 「多分……掛けられた暗示って、脳の処理スピードのアップもそうだけど肌の触覚も鋭敏にしていたんだと思うの♥」 「触覚も……鋭敏に?」 「触れられる刺激をいち早く脳に伝える為に敢えて敏感にした……とも言えるかなぁ?」 「なるほど? 敏感にした方が予測は立てやすくなると踏んだんだろうな……」 「敏感過ぎれば少しの刺激でも過剰な刺激として認識される……」 「過剰な刺激はくすぐったさを通り越して痛みとかの刺激と錯覚しやすくなる……か?」 「そう。だから尚更くすぐりは効かなくなっていた……」 「だとすれば……今先生は“慣れる”という防具を失った……ただの敏感過ぎる女子に成り下がったという訳だな?」 「えぇ♪ だから理子ちゃん? 明日香ちゃん?」 「は、はい??」 「今からは……出来るだけ優し~~い刺激で先生の事くすぐってみてぇ?」 「優しく……ですか?」 「それだけでも……きっと先生は耐えられないと思うから♥」 「は、はぁ……」  小夜子先輩にその様に促され、私は半信半疑ながらも先生のワキに再び手を運んで行った。  理子先輩は途中から今回の趣旨が理解来たようで……先輩からのアドバイスに返事も返さず、さも当然かのように人差し指だけを立ててそれを足の裏に近づけさせいた。  私は……まだあの、くすぐりに反応しない先生の態度が脳裏から離れず不安を覚えている。  だから、私の方は先に手を触れさせず……理子先輩のくすぐり方を見てから動こうと考え、ワキに手を構えるだけに留めた。  理子先輩の手がゆっくりと先生の足の裏へと近づいていくのが見える。  人差し指の先だけをチョロチョロと小さく動かして……いかにも優しくくすぐるぞと言わんばかりに指が近づいていく。  そして、しばしの沈黙の後……先輩の指が僅かに先生の足裏に触れ始めると……  先生は……今までの無反応が嘘であったかのように……激しい反応を、その指に示し始めたのだった。  まるで……魔法が解けてしまったかのように……  高く築きあげられていた壁が一瞬でガラガラと瓦解していくかのように……  先生は誰よりもハッキリとした声で笑い悶え始めるのだった……。


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