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PT研:第4話ー②『新たな目的と新たな始まり』

2:新たな目的と新たな始まり ――ガチャッ! ギギギ……  容赦のないくすぐり責めが小夜子先輩の命によって再開され数十分が経過した後……私の意識が朦朧としかけ、苦しさと体力の限界を迎え始めたタイミングを計ったかのように、不意に部室の分厚い扉が開かれ誰かがその扉から入ってくる気配を感じてしまう。  活動の時は鍵を厳重に掛けるようにしていた筈では!? と思わず突っ込みたくなる程に簡単に開いてしまった扉だったが、そこから私の情けない笑い声が廊下へと漏れ出し不特定多数の女子にそれを聞かれたと想像すると、私は恥ずかしさから気が狂う程の熱を顔に宿らせる事となった。 「おっ? なんだ……やってる最中だったのか? これは失敬……」  と、軽い詫び言葉を零しつつも、私が恥ずかしがっている事を分かっていながら中々扉を締めようとしてくれない彼女……  彼女こそがこの妙ちくりんな部を立ち上げた張本人でありPT研の部長でもある3年の“榊 和音(さかき かずね)”先輩だ。  彼女は私の声を十分に廊下へ響かせたのを確認するとゆっくり扉を閉じ、今度こそ誰も入ってこないよう内側から鍵を掛けた。 「みんな揃っているみたいだな? 丁度良かった……少し話があるんだが……」  紫色の短髪ショートに、ブレザーやらカッターシャツやらを着崩して着衣しているこの少し怖そうな雰囲気を持つ彼女は、見た目のボーイッシュさに違わぬぶっきらぼうな物言いと歯に衣も着させぬ言動で獲物を追い詰める言葉のハンターとでも揶揄できる人物である。  彼女の獲物を見る時の目はとにかく鋭く……全てを見透かしているかのような責め言動は不気味で迫力があり、彼女に詰められた人間は皆その迫力に屈服を強制させられる。  流石はこんな訳の分からない部を作った張本人だけあって彼女の脅迫や説得には力があり、私や生徒会長では逆らう事も許されず……ましてやあの冷血で冷酷な風紀委員長まで屈服させてしまう程に言葉の重みが常人とは違う。  そんな彼女は部室(不法占拠した挙句自分達のモノにした旧音楽室)に部員が全員いる事を確認すると、ピアノの前の椅子に腰かけコホンと咳払いを一つ立てた。  私の事を責めていた二人はその咳払いを聞き何かを悟ったかのように手を止め、小夜子先輩は持っていたクリップボードを椅子の上に置き私の背後に回り込んで、手足の拘束はそのままに私の口枷だけを外しつつ彼女の言動に注目した。 「ぷはっ! はぁはぁはぁ……はひ……はぁはぁ……」  くすぐりによる笑わせと口枷による呼吸制限で窒息一歩手前くらいまで追い込まれていた私だったが、口枷が外されたことによりその制限がなくなり自由に呼吸をする事が許された。私はここぞとばかりに肩を上下させる勢いで大袈裟な呼吸を行い、涙目になりながらも必死に肺に酸素を補給し直してあげた。  ある程度私の呼吸が整ったのを見計らった部長は、区切りをつけるべくもう一度コホンと咳払いをしつついつもの迫力ある低音ボイスを下から響かせながら話を始める。 「皆の活躍もあり……我がPT研究部はクラブ活動からの昇格を認められ、正式に“部”として活動できる事となった。更にはあの風紀委員長を黙らせる事に成功しこれまで以上に活動がしやすくなった……。これは我が部にとっては大変喜ばしい事だ」  私は「まだ手枷足枷を外して貰ってませんよぉ~?」と言わんとするようにワザと枷をガチャガチャ言わせてアピールするのだけど、背後に着いた小夜子先輩はそれを無視するようにニコリと笑みを私に零す。 「喜ばしい事なのだが……実は我々にはまだ足りていないものが一つある。部を維持していくために大事になってくるであろうコレを是非とも手に入れたいと思っているのだが……明日香、それが何かわかるか?」  話し始めたかと思えばいきなり質問を振ってくる部長に、まだ頭に酸素が行き届いておらず思考能力が低下している私は思わず「えっ、は!?」と慌てるリアクションを取ってしまう。 「ほれ、部室を見渡してみろ。色々と足りないなと思う様な物が見えて来るだろ? そういうものを用意するにもコレが必要になってくる。部に昇格したという事は真っ先にコレが必要不可欠だと……考えなくても分かるだろう? ほら、答えて見ろ……我々に“足りないもの”はなんだ?」  部に昇格して必要になるもの……?  部に足りないモノ……?  必要不可欠なもの……?  部活動というものが何たるか……を、そもそも理解してもいない私がそのような事を聞かれても分かる筈がない。  しかし答えないと、何かしらの制裁を加えてきそうな勢いがある……  口枷は外してもらっているけど、手足の拘束はまだ外されていないという事実があるし……何よりも小夜子先輩が部長へ答えを返すのを急かすように私の肩に手を乗せて圧を掛けてきているのだ……何かあってもおかしくはない。  ちゃんと答えなくては……  私は酸素の薄い頭をフル回転して考える。この部に足りないものは何なのか……この部に必要なものは何なのか……  確かに他の部に比べてこの部には圧倒的に足りていないものが一つある。それは思い付いているが……それを口に出していいものなのかどうか判断に困る。  判断に困るが、コレしか思いつかないから答えるしかない。 「分かりました……」 「うむ、言ってみろ」 「この部に足りないのは……」 「……足りないのは?」  私は言葉の端に少し溜めを加え、そして声量を1トーン上げて自信あり気に答えを言い放つ。 「……品性と倫理観! そして思いやりの心です!」  してやったり! ……という顔で私は自信満々にそう答えたのだけど……  その答えは部長の望んだ答えではなかったらしく…… 「よし、小夜子……やれ」   と、部長は呆れるような顔で私の後ろに居た小夜子先輩に何かしらの指示を下した。その指示を受けた小夜子先輩はそれだけで指示の内容を理解したかのように「はぁ~い♥」と返事を返し、椅子の後ろから手を私の脇の下に伸ばして、その手で…… 「コ~チョ、コチョコチョコチョ~~♥」  と、不正解の罰をくすぐりによって私に与え始めたのだった。 「ぶひゃっ!? ちょっっほっ!? ぶひゃ~~ははははははははははははははははははははは、小夜子先輩ィひひひひひひひひひひひひ!! なんでぇへへへへへへへへへ、なんでくしゅぐるのぉォ!? 脇の下だめぇへへへへへへへへへへへ!! くすぐっちゃだめぇぇへへへへへへへへへへへへへ!! だぁ~ははははははははははははははははははは!!」  胸横のラインを素早く上下にくすぐり回す小夜子先輩のくすぐりは、その触り方がいちいち私の笑いのツボを刺激してくる。体操服越しにモショモショと触られている筈なのに、その刺激はまるで素肌を直接触られているかのようにくすぐったい!  私は小夜子先輩のくすぐりに1秒も我慢する事が出来ずに再び笑い悶えさせられる事となった。 「ふむ……成程、成程ぉ? 明日香は我々の部に対してそんな事を思っていたのだな? 我々の部活動には品性や倫理観が無いと? 我々には思いやりが無いと? そう思っていたんだな? 成程ねぇ……」 「アガハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ちがふふふふふふふふふふ、間違えまじたぁぁぁ!! ゴメンなさいぃィひひひひひひひひひ、訂正しますぅぅふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」 「いや時間がないから訂正はいい……そのまま聞け。いいか? うちの部に足りないもの……それはな“活動資金”だ。言うなれば“部費”だよ……分かるか?」 「はぎひひひひひひひひひひひひひひひ、分かりましたぁぁはははは!! 分かりましたからぁ、くしゅぐり止めてぇへへへへへへへへへへへへへへ!!」 「この拘束椅子も小夜子の家からコレクションを持ってきてもらって使わせて貰っているが、元はと言えばそういうものも部費で賄わなくてはならん。道具に関してもしかりだ。部員たちで強化合宿に行かなければならないかもしれんし、現場を視察する為の旅費が必要になるかもしれん! 部に昇格できたという事はそういうのも部費の出費として計上できるようになるんだ。分かるか?」  部室にある拘束椅子やら拘束ベッドやら磔台やら……くすぐり用の羽根やら筆やらローションやら……そういう類のものは殆どが小夜子先輩の持ち込みによって賄われている。「そういうものは本来なら部費から捻出するのが当たり前だ!」と部長は言っているようだけど……そもそも、こういう怪しげなグッズは何処で買ってどうやって持ち込むつもりなのか? そして今後部費として計上するのであれば購入理由とか使用用途の欄になんと書くつもりでいるのか? いや、そもそも強化合宿ってなに? 何を強化するの? 現場の視察ってどういう事? なんお現場で何を視察するつもりなの??  っと、一つの答えに対して聞きたい(ツッコミたい)ことは山ほどあるが、その疑問を口にすれば小夜子先輩のくすぐりが酷くなる可能性が高い為口を噤んでいるほかない。  まぁ、どのみち反論するような余裕が今は無いんだけどね…… 「はひひひひひひひひ、イヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ、うへへへへへへへへへへへへへへへへへ、死にゅぅふふふふ、小夜子先輩のくすぐり死ぬぅぅふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、ダハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」 「よし……小夜子いいぞ。一旦休ませてやれ……」 「はぁ~い♥」 「ははは……はは……はは……ひぃひぃ……はひぃ……あひぃ……」  休ませてやれという指示を下してくれたのは有難いが……それが“一旦”と言ったのが気に掛かる……。コレの続きがありそうで……なんかヤダ…… 「この部費と言うのは有難い事に我が校では全額学校側が用立ててくれて、各部に見合った額の資金を配ってくれている。部の活動内容や実績……影響力……そういうものを考慮に入れて分配してくれるのだが……その資金の額を決める会議が実はあと2か月後に迫ってきている!」  部長が言うようにうちの学校では、部費というものを生徒の家庭から徴収して活動資金に当てる……というような事をしていない。学校側が全てその部に見合った額を算出し調節して支給してくれているのだ。  ただ……その資金の額は、彼女の言葉通り部の“知名度”や“功績”などによってまちまちで……実績が伴っていない部にはほとんどゼロに近い資金しか配られない。  いちお公平性を謳う意味で“部費予算分配会議”なるものが上半期・下半期に別れて年に二度開かれて、部の実績報告をさせて貰える機会が与えられているのだけど…… 「我々はこの予算分配会議で我が部の予算を勝ち取りたいと考えている!」  どうやら部長はこの予算会議に出る気なようだ……  予算会議は各部担当の教員は勿論、生徒会……風紀委員……校長や教頭までも出席するという学校のお偉いさん方大集合の会議となる。そんな仰々しい場で部活の理念やら活動実績やらを公表していく流れになるのだけど……  そんな場で我々の様な部が自分達の実績を発表して大丈夫なのだろうか? 部の存在すら隠しておきたいと思っている私なのに……そんな厳粛な場で「拷問、やってます☆」などと言いに行って大丈夫なのだろうか? もしかしたらまだ先生方には知られていない可能性だってあるというのに……わざわざ自分達の“悪行”を晒して宣伝しに行く必要があるのだろうか?  と、私は部長の考えなど一片も理解せぬままありのままの考えを頭に巡らせていたのだけど…… 「では明日香に……次の質問だ!」 「ひゃへっ!? えぇぇっ? また!?」 「この予算会議に出るにあたり、我々がやらなくてはならない事が一つある! それは……なんだ?」 「私達が……やらないといけない……事?」 「そうだ。コレをやらなくては会議の場にすら出させてもらえない! だから必ずやらなくてはならんのだ……部に昇格したのだからな……」 「え、えっと……それは……」  予算会議の場に出るために必要な事……?  予算を得るには“実績”が必要になるのは間違いない……。その実績を今から二か月で用意しなくては、そもそも名乗りを上げたとしても門前払いになる筈だ……  しかしうちの部で実績をあげるというのは……どういう事を指すだろう? こんな拷問まがいな……いや、拷問そのものを研究している部で実績など示す事は……などと、ぼやけた頭で考えを巡らせていると…… ――カッ!!  突然、私の脳裏に雷鳴が轟くが如く鋭い電流の様な考えが過った! 「……あっ! わ、分かりました!」  部長が言わんとする事……今度こそ完璧に理解できた!  そうだ、うちの部で実績を出すと言ったらコレしかないではないか!  いや、そもそも実績を会議の場で提出しなくてもコレで全部解決じゃないか!    「よし、言ってみろ……」 「我々PT研が会議までにやらないといけない実績作りは……」 「ほう? 実績作り……とは?」  再び私は言葉尻に眺めの溜めを入れ、部長にニヤリと笑みを返す。そして…… 「それは、これから二か月間かけて会議に参加する全生徒、先生を拷問にかけて屈服させて部費を回すよう脅しをかけて根回しをしておく……ですっ!」  と、私は今度こそ自信満々に言い切った。この部で実績をあげるとなればもうそれしか方法はない。分かり切っている。いつものように気に入らない人間を引っ捕らえては拷問にかけて言う事をきかせればいいのだ! 「……………………」  自信満々の私に対して、部長は腕を組み嫌な沈黙を私に与える。 「…………あれ? なんか……違いましたか?」 「…………………………(はぁ)」 「部長? お~~い、部長ぉ~~?」 「小夜子……」 「はぁ~い♥」 「やれ……」 「はぁい♥」 「んえっ!? えぇぇ!!!!」 「コチョコチョコチョコチョコチョコチョ~~♥♥」 「んびぎゃっ!? ひっっはっぁあぁぁははははははははははははははははは!! にゃんでぇぇへへへへへへへへへへへへへへへへへ? ソレしかないでしょ~~ほほほほほほほほほほほほほほほほほほ、いひゃはははははははははははははははははははははは!!」 「全く……お前はどうしても我が部の事を“力で何でも解決する野蛮な部”に仕立てたいらしいな?」 「ヒギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、えぇ!? 違うのぉ? 違うんですかぁははははははははははははははははははははは!!」 「いや確かに……実績が必要なのは認めるぞ? でもな……それは“会議に出られる”と決まってから作っていくものだろう? 今の我々には会議に出る資格すらないと言っただろう。その資格の要件は何だったか覚えていないのか?」 「ぃひ~~~っひひひひひひひひひひひひひひひひひ!! そんなこと知りませんよぉォほほほほほほほほほほほほほほほほほ、私は部を作ったわけではないんですからぁははははははははははははははははははははは、んははははははははははは!! ひぃひぃ、苦しいぃひひひ、もうやめでぇぇ~~」 「考えなくても分かるだろうが……顧問だよ、こ・も・ん!」 「ひゃへへへへへへへへへへへへへへへ、こ、コ、顧問? 顧問って……先生の事ですかぁっはははははははははは、うひ、ふひ、くひひひひひひひひひひひひひ……」 「そうだ。部に昇格したらまず顧問の先生を一人以上付けないといけない決まりになっている。部になった以上、学園活動の一環として扱われるから責任を取れる立場の人間が必要になるんだよ……」 「ひぃひぃ……はひぃはひぃ……」 「部費とはいえ現実に存在する金銭を受け渡しするんだ、こんな生徒だけの怪しい部に学校の金を分けてくれると思うか? ある訳ないだろ? そんな都合のいい事が……」 「ふひぃ……はひぃ……はひぃ……」 「教育課程にある生徒たちだけに予算を割り当てるわけにはいかない……学校の資金を運用して良いのは先生たちだけなんだよ。だから顧問の先生を立てる必要があるんだ!」 「はぁはぁはぁ……そ、そう……ですか……はぁ……」 「しかし残念ながら、その“顧問になってくれそうな先生”というのが中々見つからなくてな……少し難儀してたんだ」 「はぁはぁ……はへ? でも……うちの学校……先生はいっぱいいるでしょうに?」 「現在、我が校の部の数は先生の在籍数とほぼ変わらない……そして、部の活躍によって先生方の給与の査定にも響くという裏事情がある事から、実績を上げている部に優秀な先生方は取られていってしまっているという現状だ……」 「……は、はぁ……(相変わらず何処からそんな裏情報を仕入れて来ているんだか。まぁおおかた、この小夜子先輩の情報網からなのだろうけど……)」 「優秀な先生は取られた後だし、他の先生も何かしらの部活動に顧問として関わっている……。更に言えば我々の活動を良く思っていない先生方も多いと聞く……。それ故、首を縦に振ってくれる先生は皆無だと言わざるを得ない」 「……(自業自得だ。私にこんな事をしている時点で先生方が首を縦に振る訳が無い!)」 「しかし、実は一人だけノーマークの先生が居てな……」 「……!? ノーマークの……先生??」 「お前たちは4か月前に赴任してきた体育教師の“鳴臥(なるぶし)”先生を知っているか?」 「……ッ!?」  鳴臥……    鳴臥 香澄(なるぶし かすみ)先生……。彼女の噂は聞いている。主に2年の体育を教える新任の先生だと聞いているけど……彼女の評判は生徒からはすこぶる悪い。  どう評判が悪いかと言うと……態度は高圧的で、普段のそぶりも不愛想。言う事を聞かない生徒に対しては無条件で手をあげて教育する程の前時代的なスパルタ指導を課す先生だと聞く。 「私はな……この鳴臥先生であれば、我が部の顧問になってくれる可能性が高いと踏んでいるのだが……」  身長がスラリと高く顔立ちは整っていて、身体付きは女性の大人らしく出るトコは出て引っ込むべき所はしっかり引っ込んでいるという理想の女性像を突き詰めた見た目をしているのだが……その態度の強さや授業でのあまりの容赦のなさに彼女を好きになる生徒は皆無と言っていい程におらず、噂だけでも一年である私達の耳にも届いているほど怖い先生の筆頭なのだ。 「部長……。お言葉ですが、鳴臥は……やめた方が……」  授業を受けた事がない私でさえその名を聞いて「おっかないなぁ」と思っているくらいなのに、実際に2年で授業を受けている理子先輩がその悪評を肌で感じていない筈がない。だから彼女は部長からその名が出るや否や怪訝そうな表情を浮かべ、そのように指摘する進言を返す。 「ふむ……やはりお前もそう思うか? 理子……」  彼女の悪評に関しては部長もそれなりに理解して居たようであからさまに苦い顔をしつつも理子先輩にその様に聞き返す。理子先輩はその部長の言葉に同じく苦い表情を浮かべたまま首を縦に振る。 「鳴臥は……我が強すぎて私達では制御できない可能性が高いです。あいつってば……気に食わない事があれば平気で生徒を平手打ちしてくる程に暴力的で頭の固い先生ですから……うちの部に理解を示すとは到底……」  理子先輩の言葉はもっともだ。  うちの部はタダでさえ合法か非合法かのスレスレを綱渡りするかのような活動を行っている。そんなグレー色濃厚な部を、真面目が度を行き過ぎているような先生が理解してくれるはずがない……  掛け合ってみたところで逆に怒られて帰ってくる未来しか浮かんでこない。  そりゃあ……赴任したばかりの先生であるし、担当の部を持っていないというのも別に変な事ではないのだろうが……彼女の性格を考えると、誰も部の顧問になって貰いたいなどと願い出る生徒もいないだろう。だから彼女がノーマークになっていたとしても何の疑いもない…… 「暴力……ねぇ? まぁ、その噂は実際に教育を受けた生徒が誇張して広げた悪評に過ぎないのだが……」 「えっ? しかし……隣のクラスの生徒が平手で頬をぶたれたと言っていましたが?」 「その噂の裏を確認したが……どうやら、実際には……強い口調で怒鳴られただけだったんだそうだ……」 「えっ!?」 「だが、その生徒は鳴臥に注意されたことが気に食わなかったらしく……そのようにデマを広げてしまったんだ」 「そ、そうだったんですか……? 私はてっきり……それが事実かと……」 「まぁ、その噂が事実として出回る程に彼女の悪い噂は絶えないからな……疑われても仕方がない。それに、鳴臥本人もその明らかな嘘を否定しようともせず野放しにしているようだし……」 「え……否定してないんですか? 平然と嘘が噂として流されているのに?」 「彼女にとってはそういう噂が流れた方が都合が良いのさ……」 「都合が……良い?」 「まぁ、深くはまだ調査の最中だが……どうやら彼女にはああいう態度を取らせるだけの何かしらの理由があるらしい……」 「ああいう態度を取らせるだけの……理由?」  部長はどうやら鳴臥先生の事を調べて来ていたようだ……  彼女をどの程度まで調べたのかは分からないが……少なくとも部長は鳴臥先生の事を悪くは思っていない様子……。 「その理由を聞き出す事が出来れば……案外二つ返事で協力してもらえるかもしれないぞ? 我が部の存続の為に……」 「う、う~~ん……百歩譲って噂が嘘だったとしても……そんな簡単にいきますかねぇ? 相手は腐っても先生ですよ? 生徒会や風紀委員の時とは訳が違う気が……」 「そこは“色々と”策を練っている最中だ。まぁ、主に小夜子が……だけどな」  色々と……という部分を強調したのが不穏を掻き立てる言い回しだと私は思うのだけど……、策を小夜子先輩が練っているという事は既に計画は進行中だと言っても過言ではない。  大体、部の参謀である小夜子先輩が行動を開始している時には、裏で大きな策が既に張り巡らされていたという場合が殆どだ。  彼女の名が部長の口から出た時は既に策の流れの中……気付いたら彼女の手のひらの上で踊らされている……。かくゆう私も、部員の一員でありながらその計画を知らされず勝手に作戦の中に巻き込まれているというパターンが多い。  小夜子先輩いわく「仲間にも言わないで素のリアクションを相手に見せる事も作戦の内」との事で、下手すれば部長すらも知り得ない策が水面下で繰り広げられれているという事もしばしばあるという。  このことに関してはもう……誰も文句は言わない。それは彼女の策が100%の成功率を誇るのもさることながら、結局文句を言っても彼女の計画は何一つ変わる事無く進行し続ける事になるのだから……。それが分かっているから部長も文句を言わず彼女のやりたいようにさせているが現状だ。 「そうですか……。小夜子先輩が関わってきてるのでしたら……もう、鳴臥の件は私がどうこう言おうと動き出しているという事ですよね?」 「まぁ……そう言う事だ……」 「分かりました。部長と小夜子先輩が調べているんでしたら……別に私は文句はありませんよ……」  他にも鳴臥先生の文句を言いたげだった理子先輩だったが、その溜飲は小夜子先輩の名前が出た事で下げられる事となった。  理子先輩は私や綾ちゃんに対しては常に強気な態度を見せるが、部長や小夜子先輩に対しては素直に従い従順な後輩として振る舞う。  その……上と下とでは出す態度が違うという理不尽な性格に、私の感情は毎度逆撫でされるのだが……彼女も彼女なりの処世術を使ってこの理不尽な部に適応してきたのだろうと想像すると彼女の事も不憫とすら感じてしまう。とはいえ彼女が3年になって傍若無人な支配をしてくる未来が遅からずやってくるのは確実であろうから、出来れば三年の方々は卒業せずに永遠に理子先輩の先輩であり続けてもらいたいと願う一方である。   「よし……まぁ、とにかく……分かって貰ったとは思うが、我々PT研究部は“顧問の先生を付ける”という事を当面の目標として活動していく事となる。そしてその対象は……今言ったように鳴臥香澄先生である事も各々頭に入れておき情報収集に励んでもらいたい。どんな些細な情報でも疑わしい情報でも構わん。先生への“最初の交渉”の前に小夜子が情報を精査して策に組み込む予定だからな……」  最初の交渉……という言葉を聞いて、あまり良い予感がしないのは……彼女の言う“交渉”がきっと正規のルートで行われる交渉じゃないのだろうな……と思ってしまうからである。  PT研が行う交渉とは、もはや交渉と呼べる代物ではない。  交渉相手の何らかの弱みを握って……それをユスりの材料に使って相手を弱らせ、最後は暴力(くすぐり)で屈服させるのがセオリーとなる訳だから、交渉とは名ばかりの一方的な屈服作業を執り行う流れになるのは目に見えている。  だから、今回の最初の交渉というのもきっと……そういう一方的な暴虐になるのだろう……  と、私はこの時点でその様に思っていたのだけど……  鳴臥先生との最初の交渉は……私の想像とは裏腹に、実に健全で……実に拍子抜けな話し合いだけが淡々と行われる事となってしまう。  彼女の弱みをチラつかせる事も拘束する事もなく……ただ淡々と……当たり障りのない勧誘を彼女にするだけに留まる事となる。  私自身もその交渉に「肩透かしだ」と思わされた次第なのだけど……  しかしその交渉の後あの事件が起きてしまう……。  PT研の今後……いや、学校組織全体を揺るがしかねない……あの大事件に……巻き込まれていく事となる。  学園の闇……裏のクラブ活動……謎の支配組織……  それらが蠢く巨大な陰謀に私達の部は巻き込まれていくことになろうとは……この時の私は知る由もなかった。


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