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ハルカナ
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ディストピア・プラント:2920~⑯協力者

16:協力者 「あなたは……一体?」  記憶を取り戻した直後である為、現実と記憶との境界が曖昧に感じられているが……彼女は確かに私の目の前に存在した。 「初めまして。ミシャさん……ですよね?」  青みを帯びた短いウェーブ掛かった髪に、整った顔立ち……年の頃は私と同じくらいか……少し下くらいに見えるその女性は、私を救い上げるために握った手を離さないまま私の名前を改めて呼んだ。 「え、えぇ……そうですけど……」  私がそのように返すと彼女はそこでようやく手を放し、深い安堵の息を零す。  そして右手を自分の胸に当て私に自分を表現するかのような仕草を取って自分の名前を名乗り始めた。 「私は……ルカ……。ルカ・ウィッドマンです」  その名前を聞いた瞬間、私は思わず「えっ!?」と声を上げてしまう。  ルカ……という名前は聞き覚えは無かったが、彼女のファーストネームであろう“ウィッドマン”という名前には馴染みがあった。 「あなたってもしかして……マリア博士の……家族かなにか……ですか?」  ウィッドマンという姓はあのマリア博士と同じ……。という事は、彼女の家族か何かだろうという事はすぐに分かったのだが…… 「はい。私はマリアお姉様の妹です……。まぁ……義理の……なんですがね……」  義理の妹……と聞いて私はハッとなった。  確かにマリア博士からは唯一の家族である“妹”が居るというのは聞き及んではいたが……まさかそれが義理の妹だなんて聞かされてはいなかった。  実の妹ではなく義理の妹……。髪の色も顔だちも似ていないし……よく見ると瞳の色までもマリア博士とは違うのが分かる。 「マリア博士の……妹さんが……何でこんな所に? いえ、そもそもどうやってこの通気口に入れたんですか?」  彼女は私と同じ白い発電衣を着ている。そこから察するに、彼女もまたこの施設に捕らえられた人間の一人であったのだろうと想像はつくのだが……彼女の首にはあの首輪が付いていない。ココに入れられたのなら必ず最初に付けられている筈のあの首輪が……  と、その首輪が付いていない事象とマリア博士の妹という情報を得た瞬間、今朝のあの事件が頭を過り……一緒にいたクラリスさんの言葉が脳内に再現され始めた。 ――― ―― 『確か……放送では……さっきこう言っていましたよね?』 『“首輪の解除を行った”……と』 『だったら……なぜ彼女(マリア博士)は……首輪をつけたままなのです?』 『自分のを外したのであれば……彼女は今付けていないはずですよね? 首輪……』 『多分……博士は……自分以外の“誰か”の首輪を外して……捕まってしまったと考えるべきじゃないでしょうか……』 ―― ――――  あの時……クラリスさんはその様に私に話してくれた。  博士は誰かの首輪を外して……誰かを逃がしたと……。  その逃がした人間が……彼女ではないだろうか? 博士は彼女の首輪を外して捕まったという事ではないだろうか? 「事情は全て……姉様から聞かされました。どうして姉様がこの施設に入ってきたのか……外はどんな状況になっているか……どんな作戦が裏で進行しているのかとか、同じく一緒に入った貴女がどんな任務を帯びて姉様と共にしたのか等……全部。首輪を外してもらった後話してもらいました」  マリア博士は、彼女の首輪を外した。そして私達が全うしなくてはいけない作戦やらも彼女に伝えてくれていたようだ……  記憶を辿れば……マリア博士は、発電所に入る理由の一つに“探したい人物がいる”と漏らしていたのを思い出せる。その人物が“かけがえのない人物”であるという事も……  それが彼女だったのだろう。義理ではあるけれど……妹である彼女……ルカさんを探したいと考えていてこの施設に入ったのだろう…… 「お姉様はミシャさんが必ずここに来るはずだから、と私をこの通気口の中で待っているように指示しました。彼女が来たら渡すようにと……これを私に持たせてて……」  発電衣のポケットに手を突っ込んで何かを取り出した彼女は、私に向けてその手にしたものを差し出す。  彼女の手のひらには小さな時計のような物と……食事の時に使っていたであろう鉄製のフォークが乗っているのが見えた。 「これは……時計?」  差し出された手から拾い上げてみたその小さな時計は、通常の時計とは違い何やら数字をカウントダウンするだけの特殊な時計に見えた。現在の時刻や月や曜日などは一切表示されていない……ただカウントを0に向けて進ませるだけの時計……私はその時計に見覚えがあった。 ―――― ―― 『時間をセットした。この時計はマリア博士に渡しておくから、施設の中に入ったら二人で共有してくれ』  アイアンフィストのリーダーであるジェシカさんがその時計をマリア博士に渡したのを覚えている。 『分かっていると思うが……このカウントがゼロになったタイミングで我々は防御壁への攻撃を開始する予定だ。バリアの電源を切るタイミングがこのカウントよりも早すぎても遅すぎてもダメだから、そこだけは注意してくれ。可能であればゼロになる10秒ほど前くらいに電源を切って貰えるのがベストだ……それを意識してくれると助かる』  この時計は今から1000年ほど前に流行ったとされる時計で、今では資源不足で使われなくなった“液晶”とかいう過去の技術を利用して時間を知らせていた遺物だという。  その時計はあまりにも古い骨董品であり、機械達にもその知識がない為入所の検査をスルー出来るのだと教えられた。 ――― ―― ―  どういう原理で数字を可視化させているのか当時の技術を知らない私では分からなくて、本当に機能するのか不安に思っていた所だが……数字が刻まれている所を見るにちゃんと時を刻んでくれていたのだと分かり、当時の技術も中々のモノだったんだと感心させられる。  時計のカウントは残り21時間15分と30秒程を刻んでいる……時間は既に残り1日を切っていた。  私はその小さな液晶時計を受け取って自分で確認できるようにと腕に付けなおした。  そして、彼女の手のひらの上にあったもう一つの道具である鉄製のフォークを手に取って見せて貰った。 「これ……削ってある……?」  それは一見すると普通のフォークに見えていたが、柄の端部分をよく見ると壁か石か何かで研いだような荒々しい削り跡が見られ手が加えられている様子が見て取れた。 「それは姉様が作った簡易的なドライバーです」  私が首を傾げてその削り跡を見ていると、ルカさんが助け舟を出すかのようにそのフォークの秘密を打ち明け始めた。 「柄の部分は大きなネジ頭を外す用で、フォークの先端はそれぞれ大きさの違うネジ頭を回せるよう削り出しておいたと聞いてます」  確かによく見るとフォークの先端部分にも加工が施された跡が見受けられる。  一体どれくらいの時間をかけて削ったのか見当もつかないが、先端それぞれが細かく大きさを違えていて……これならばどんなサイズのネジ頭があっても回せそうだと思える。 「私もこれを使ってあの通気口の入り口を開けて中に入りました。簡単にネジは外せたので……ちゃんとこれからも使っていけると思いますよ?」  私はそのハンドメイドなドライバーも有難く頂戴し、博士に感謝の言葉を心の中で唱えながらも服のポケットへと仕舞い込む。 「っで……これからの事ですけど……ミシャさん……」  私が二つのアイテムを受け取ったのを見て、ズイっと顔を近づけその様に零すルカさん……  彼女の水晶の様に透き通った青い目が私のドギマギした顔を覗き込む。 「時間は残り21時間以上も有りますし、下のザワツキも収まる気配がありません。なので、私としてはまだ動き出さずに機を見て3階を目指した方が良いと思っていますが……どうですか?」  ルカさんは私にその様に告げるが……その顔は少し複雑そうな曇りを見せていた。  時間は彼女が言うようにまだ1日ほどある。だから、今電源区画へ行ってバリアの電源を落としたとしてもすぐに予備電源に切り替わって復旧してしまうのは目に見えている。  電源を落としたことが伝われば、必ずロボットがそこを警戒しに来るだろう……だから、今は電源区画に向かわない方が良い……。それは当然のことだが…… 「それが筋だとは私も思いますが……、でも……私としては、実はやっておきたい事が一つあったりしまして……」  と、含みのある言葉を彼女に返すと、彼女はキョトンとした顔でナナメを向いて私の言葉に疑問符を浮かべる。 「リスクが高くなるのは承知ですけど……やっぱり……あの電力を一旦落とすのが先決だと思いまして……」 「あの……電力……とは?」 「廃棄処分区画に流れている電力です……」 「……ッ!?」  私の言葉にルカさんの顔が固まった。  まさか私の口からそのような言葉が出るとは思ってもいなかったのだろう……彼女は言葉にならない声を上げ目を見開いてみせた。 「電磁バリアの電力供給ボイラーは3階の端にあるんですが……その通り道に発電区画や廃棄処分区画に電力を供給しているボイラーが点在しているんです。出来れば先に……その電力を少しでもいいから絶っておきたいなぁ……っと思いまして」  時間が1日ほどあるのは確かだ……  そうなれば必然的に身を隠して待つ時間が長くなる。  その間にも……マリア博士やクラリスさんへの処刑は休みなく続けらる事になるだろう……  時間が経てば経つほど生存できる可能性は0に近づいていってしまう……  だったら、せめて……数分だけでも休める時間を作ってあげて……生存の可能性を高められたら……と思い、そう提案したのだ。 「それは……姉様を……助けようと考えられている……という事ですよね?」  小声になって俯くルカさんの言葉に私は「そうだ」と返事を返した。 「それをしてしまうと……下手したら……捕まってしまうかもしれませんよ?」  作戦的には高リスクになる為見捨てなくてはならない場面であるのは分かっているのだが……私にはそのような軍人的な“切り捨てて然るべき”な非情な考え方にはどうしても至れない。それは私がそういう教育を受けていない一般人だからなのかもしれないが……やはり、彼女達を見殺しにしてただ待つというのが私には出来ないのだ。 「捕まったら……作戦は失敗になるんですよ? それでも……やろうと……考えているんですか?」  ルカさんのいう事はもっともだ。正直……自分の行おうとしている行為は自殺に等しいと言っても過言ではない。  無駄に警戒を高める事に繋がるし、それ以後の行動も制限される事間違いない。  やった事への成果としては……延命できるかもしれない……という、か細い希望が生まれるだけの極めてリスキーな行動だ。ちゃんと止められるかどうかも確信は持てないし……すぐに電源が復旧して処刑が何事もなく再開される可能性だってある。  だから一時しのぎにしかならないのは明白なのだけど…… 「でも……止めてあげないと、確実に博士達は死んでしまうんです……」  行動しなければ恐らく力尽きてしまう可能性がほぼ確実になってしまう。休みなく延々と笑わされ続けているのであれば……今頃呼吸だってままならなくなっている筈だ……  死は確実に彼女達の周りで待機している。それもかなり近い位置で…… 「死ぬかもしれませんが……その犠牲があって作戦は成功させなければならないのでは……?」  正論だ。彼女の言う事にもしかしたら全人類が頭を縦に振って頷くかもしれない……  当然だ……私は、任務を成功させるためだけにココへ入ったはずなのだから……  それ以外の不要な寄り道をするなど……論外もいいところだろう。 「作戦が成功しても……博士が生きていないと……首輪が外せなくなってしまいます……。博士だけがあの首輪を外すキーカードを作る事が出来る唯一の人間なんですから……。だから博士を……助けたいんです……」  この言葉は詭弁に過ぎない。だって……私は博士に聞かされていたのだから……  キーカードはバックアップがある事も、複製が可能である事も聞いている。だから博士の生死は実は今問われる場面ではない筈なのだけど……  やっぱり私は……彼女を助けたいかった。博士とクラリスさんに……どうにか……生きる希望を差し伸べてあげたかった。だから……嘘をついてしまった。私のわがままを通す為だけに……このような嘘を…… 「…………成程。分かりました……そういう事でしたら……私も、協力します……」  ルカさんは数秒俯いたまま何かを考える仕草をして……ようやく頭を縦に振ってくれた。   「(ルカさん……嘘をついてゴメンなさい。余計な危険に巻き込む事になってしまうけど……必ず私が貴女を守るから……だから許して欲しい……)」  私は、ルカさんに向かって心の中で謝罪を入れた。 「……ボソ。(ありがとうございます)」  私の謝罪など聞こえている訳が無いとは思うが……なぜか彼女は嘘をついて罪の意識に苛まれていた私に小声で感謝の言葉を返してくれた。  彼女が何を思って……私の様な身勝手な女に感謝の意を返してくれたのかは分からないが……  私は、その言葉に首を横に振りつつ、頬を自分の手のひらで挟むようにバシリと叩いて気合を入れ直した。 「じゃあ……早速行ってみましょうか……。ボイラー区画へ……」  私の言葉に、ルカさんは力強く返事を返してくれた。  心なしか……先程まで曇っていた表情は晴れ間が差すように明るさを取り戻しているように見えた。  まるで……博士を助けたいという私の意思を喜んでくれているかのように……  その顔は晴れ晴れとしていて……眩しく見えた。


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