ディストピア・プラント:2920~⑩希望の為に~
Added 2022-05-25 09:59:43 +0000 UTC10:希望の為に 「クラリスさん……? 次の目的って……この首輪を外すで……良いんですよね?」 ダクトの中から鉄格子の裏側にある留めネジを外そうと必死に手を伸ばし、見えないネジに対し勘を頼りにドライバーを操作するクラリスさん。そんな彼女に私は不安気に言葉を零した。 「えぇ、その通りです。これを外したら……部屋に降りて急いで博士の部屋へ向かわなくてはなりません……」 私の言葉にそのように返す彼女……。しかし私は肝心な事を理解していなかった為、続けてこの様に質問を飛ばしてしまう。 「あの……。その博士の部屋って……分かっているんですか? 私はその……博士が何処に入れられたかは……聞き及んでいないんで分かりかねるのですが……」 私と同時にこの施設に入った博士だが、蓋を開いて見れば1階と2階で別々の部屋に通されてしまい、お互いの部屋はおろかそこでどのように過ごしてきたか等一切分かってなどいない。当然、クラリスさんも私同様1階の住民であったため博士の部屋など分かっていないだろうと思っての質問だったが…… 「私も……正確には把握していません。博士がこの施設に入れられたという情報だけは掴んでいましたが……部屋の位置までは知る術がなかったんです……」 やはりクラリスさんも博士の部屋が何処にあるのかは把握していなかった。 私も知らないしクラリスさんも知らないとなると……部屋に降り立った後の行動が恐ろしくリスキーになる事が懸念される。 なにせ……首輪の探知能力が復活してしまうのだから、ロボットに追い回される事になるのは必至なのだ。さっきは辛くも捕まらずこのダクトに逃げ込むことは出来たけど……追い回されながら宛もなく博士の部屋を探すとなれば……かなり厳しい事態に陥ってしまう筈だ。 それを想像できていないクラリスさんではないだろう。だったら……なぜこんな風に冷静でいられるのか……不思議でならない。 しかし、その態度の理由は彼女の鋭い洞察力から来るものだと、彼女の言葉を聞きすぐに思い知らされる事となる。 「正確な場所は分かりませんが……しかし、およその見当はついてます」 っと、続けてクラリスさんがそのように言うものだから、私は思わず「えっ!?」と声を上げてしまう。 私よりも博士の情報に乏しい筈の彼女が……博士の部屋の位置をどうやって見当をつけたというのか? その疑問は私の頭では解を導き出せなかったが、でも彼女は簡単な事象の整理によってその解を導き出したようだ。 「今朝の騒動……覚えてますか?」 「え? えぇ……。マリア博士の……アレですよね?」 今朝の騒動と言えば、マリア博士の首輪外し事件の事であるのは明白だ。1階に居る私達にはどういう状況で博士がロボット達に囲まれていたのかを想像することは出来ないが、私達が発電を終えて戻った頃には廃棄処分の準備が整っていたのを察するに……博士はあの後すぐにロボット達に電磁銃に撃たれ捕まってしまったのだろうと想像はつく。 「あの時……機械達は“部屋から出て投降しなさい”って言ってましたよね? それってつまり……博士は部屋の中に籠城していた……って事になると思いませんか?」 クラリスさんの指摘を聞いて私はハッとなった。 確かにロボットの警告はそのように発していたように記憶している。 「……あの時点で博士は部屋の中に居た。そして……部屋をこじ開けられてロボット達に捕まった……そう思いませんか?」 クラリスさんの促しに私は大きく頷きを入れ彼女の言葉に同意を示す。 「あの時……ロボットが集まっていたおよその場所は、あの音声と床の軋み具合から見て……おそらく通路の角。1階の部屋の配置と同じであれば……私達の部屋の真上かその隣が彼女の部屋だった可能性が高いと思います」 そういえば……今朝、騒動が起きて思わず見上げた天井は……自分達の部屋の真上だった。 無意識的にそこを向いたとは思うのだけど……音や床の軋み具合を見ておよそその辺だろうと思って見上げたのは確かだ。 「博士が最後まで降伏せずに籠城していたのなら……ロボット達は扉を無理やりこじ開けた筈です。もしそうなら……今も部屋のドアは壊れている可能性があると思いませんか?」 確かに……。 抵抗の意思が見られたから電磁銃で気絶させられたと考えるなら降伏し出ていったとは考えにくい……。っという事は……ロボット達は部屋のドアを破って突入したと考えるのが妥当…… 「今朝の出来事ですからドアの修理や交換がすぐに出来ているとは思えません。だから博士の部屋を探すのであれば……」 「ドアが壊れている部屋を探せばいい……という事ですね?」 成程……そうであれば、正確な部屋の位置を知らなくても博士の部屋は特定できる。 ロボット達が集まっていたのが大体自分達の部屋の真上だったという情報と、ドアが壊れている可能性が高いという予測が組み合わされば博士の部屋は探さなくても見つけ出す事が可能だ。 それならば……ロボットに捕まる前に博士の部屋に辿り着く事も可能だが…… でも、そうであるなら部屋を見つけた後のリスクが高まるのは必然であり、クラリスさんは続けて不穏な言葉を私に告げる。 「しかし、扉が壊れていると仮定するなら……首輪の解除は速やかに行わなければなりません。でないと……外す前に囲まれて捕まってしまう事に……」 ドアが壊れているのなら籠城する事はほぼ不可能と考えるべきだ…… 追われている状況で首輪を外す為の時間が作れるかどうかも怪しいが……例え首輪を外せたとしても、部屋の位置的に…… 「ま、待って下さい? 囲まれたら……逃げ場は……無くなってしまいませんか?」 「…………………………」 「角の部屋ですよね? だたったら……首輪を外せたとしても……袋小路で捕まる未来しか……」 部屋に向かえば必ずロボット達に追い回される事になる。 そして首輪を外すとなれば……博士の部屋で解除キーを探し、それを首輪の後ろのスロットに差さなくてはならない。そうこうしていれば……部屋の入口を囲まれるのは明確だし、たとえ囲まれていなくても……部屋を飛び出してロボの追跡とは逆の道に逃げる……などと言う事が出来ない。なにせ、通路の角に近い部屋なのだろうからその先の通路は無く、あるのは壁だけなのだから。 と、そこまで口に出そうとした私だったが、その言葉が出る前にクラリスさんがフッと笑みを零し先に私に言葉を返した。 「安心してください。捕まるのは……私だけです……」 「……えっ!?」 彼女の思いがけない言葉に私は絶句し目を白黒させる。 「どの道……私は貴女の首輪を外したら……最初から捕まるつもりでいましたから……」 淡々とネジを外しながらもその様に語るクラリスさん……その言葉は僅かに震えている。 「で、でも……捕まったら……博士と同じように……」 捕まればその先の未来は目に見えている。首輪を外した罪は……有無を言わさずこの施設では極刑に処されてしまうのだから…… 「えぇ。恐らくそうなるでしょうね……」 その未来が予測出来ていない筈はない。捕まれば、死ぬより辛いであろうあの……廃棄処分を課せられる未来しかないのだ。 「だ、だめです! アレは……人間が耐えられるようなモノではありません! 博士のアレを見て分かったでしょう? あんな風に徹底的に無抵抗にされた身体をいたぶられたらクラリスさんだって……」 「それでも……貴女には目的を果たして貰いたいと思ってるわ!」 クラリスさんの声は震えていたが、その言葉に絶望を感じさせる重さは無く……それどころかある種の覚悟を決た清々しい口調でその言葉が紡がれた。 「……ッっ!?」 私はその胸を突き刺すほどの覚悟の言葉に言葉を失う。 彼女にそこまで言い切らせる程の何かを私が行った訳ではない……という自覚がある為、彼女がそこまで覚悟を決めて尽そうとしてくれている理由が分からない。 だから返す言葉を浮かべる事も出来ず困惑の表情を浮かべていると、クラリスさんは私に尽くす理由を少しづつ話し始めた。 「貴女が何を目的としてココへ入ってきたかは分かりませんけど……でも、貴女はこの施設に居る全員の希望になりうる存在だと思ってます!」 「……そ、そんな……私が……希望の存在だなんて……」 「記憶を消してまで首輪に対抗しようとした計画性……。そしてこの首輪を開発したマリア博士が貴女の首輪を外そうとしていたという事実……。これだけを見ても……貴女達がこの施設に何かしらの“救い”をもたらす為に潜入してくれたと思わずにはいられません!」 「いや……だってまだ……私には記憶が……」 「私も脱出の為に感情を殺して色々調査してきた身ですが……結局この施設から逃げ出すのは不可能だという結論にしか辿り着けませんでした……。私にはこの施設の構造も出口の場所も何一つ分からないんです! だから……調べても……結局行動に移すことなく諦めの境地で日々を過ごしていました……」 「…………………………」 「しかし、貴女が現れた事で……希望が差しました! 貴女の記憶は……恐らく……この施設を攻略する為の大きな鍵なのだと……私は確信しています!」 「……なんで……そこまで私の事を……?」 「外が今どういう状態にあるか……貴女は知らないと言っていましたね?」 「……は、はい……」 「だったら……それを思い出した時……はっきりすると思います。この施設が……人間にとってどんな場所であり……世界にとって……どういう場所であるのか……」 「世界に……とって?? えっ? それはどういう事……ですか?」 「今は……順番に思い出さないといけないと思いますので……深くは語りません。しかし、いずれ思い出す事になると思います……この世界が……今どうなっているのか……を……」 「………………」 「こんな時代に……この施設に自ら入ってきてくれたんですから……そりゃあ……信用しますし……託したくなりますよ……。人間の……未来の為に……」 「……ッ!? 人間の……未来の……為??」 クラリスさんからの衝撃の言葉に私は再び言葉を失う。 外の世界が今……どうなっているのか? 人類の未来の為に……? その様な言葉を聞けば……この施設の外の状況が決して良い方向に進んでいないのだろうという想像は……例え記憶戻っていなくても察することが出来る。 外は一体どうなっているのか? 人間は……世界は……国は……どんな状況に今置かれているのか……? 考えたくない…… 考えたくないけど……いずれ思い出す事になるのだろう…… 今は、この先の行動の事で頭が一杯だから、ゆっくり思い出す……なんて事は出来ないけど。いずれその事実と相対する瞬間がやってくる事になるはずだ……記憶を辿ればおのずと……。 「とにかく、部屋に辿り着いたら貴女はベッドの下に潜って隠れていてください! 首輪を外したら、その首輪を持って私は機械達に投降するつもりです。貴女は隙を見て……次の目的地であるこの階のトイレへと向かってください……」 「と、投降!? 首輪を持ってっ!?」 「あのロボット達は首輪の発信機を頼りに私達を認識している筈です。だから、2つ分の発信機が手元にあれば二人分捕獲したと勘違いさせることが出来ると思います……」 「そ、そんな簡単に欺けるんですか!?」 「勿論……少しの時間稼ぎにしかならないとは思います。私が独りであると分かれば……音声認識や顔認証システムを駆使して探し回る事になるでしょうし……」 「音声……認識……。顔認証……システム……」 「それでも……正確な場所を察知される事はなくなるのですから……多少は動きやすくなるはずです。私も出来るだけ援護するつもりですから……それを利用してトイレを目指してください」 「え? 援護って……?」 「……それは……私が捕まった映像を見て貰えば分かると思います。ミシャさんはその“合図”を元に行動開始してくだされば……大丈夫です♥」 精一杯の笑顔をクラリスさんは私に見せた。 その笑顔は……覚悟の宿った笑顔だった。 彼女は捕まる事を想定していて尚……私に心配させまいと気丈に振る舞ってくれている。 しかし、ネジを外している手は……恐らく震えている事だろう…… 時折ネジ頭から外れるドライバーのカチカチという音が、彼女の不安を表すようにその都度聞こえて来る。 『捕まれば……クラリスさんが……酷い目に……』 私は、彼女の埃とススに汚れた身体に視線を移す。 ダクトの金網に密着するように上半身を付け、腰を捻り脚を無理に曲げたキツい体勢になりながらも懸命に手を伸ばし金網のネジを外そうと時折悩ましい声を上げている。 そんな彼女が……捕まる事を覚悟のうえで私の手助けを行おうとしている……。 記憶が戻っているのであれば多少はその行動の意味を理解出来るのだろうが……記憶の無い今の私には、その無謀とも思える手助けが苦しいとさえ思えてくる。 私の記憶を戻そうと行動すれば……捕まるリスクは確実に高まる。 私を逃がそうと画策すれば……必ず誰かが犠牲になって捕まらなくてはならない…… クラリスさんはそれを理解していて、この作戦に踏み出したのだろう…… 首輪を開発した博士無き今、首輪を外す役目は自分に回ってきたのだと考え……覚悟を固めたに違いない。例え……人柱になるという事が分かっていても…… 「正直言うと……怖いです。博士のあんな姿を……見せられた後ですから……」 覚悟の言葉とは裏腹にやはり彼女の言葉は震えており、捕まればどんな目に合わされるかを思い出せばその震えは抑えられないほどに顕著に現れ始める。 普段の発電を受け続けてきたからこそ“アレ”がいかに恐ろしい処刑になりうるかを理解出来ている。 笑う事を強制させられるという行為が、どれだけ辛く苦しい思いを強いられるか……傍から見ればきっと伝わらない事だろう。 苦しいのに笑わされる…… 辛いのに笑ってしまう…… 泣きたいのに、怒りたいのに、許しを乞いたいのに……それらをさせて貰えず……ただただ笑う事だけを強いられる…… それがいかに人間の尊厳を破壊する行為であるか……機械達は理解などしてくれない。 通常の発電でも……終わった後は頭が混乱している。 今自分は……何に笑っていたのか……なぜ辛いのに笑い声を上げてしまっていたのか……理解が追い付かず毎度頭の中がグチャグチャにさせられる…… 頭の中が整理しきる前に次の発電時間が訪れる為……日が経つにつれ“理解しよう”とする考えは薄れていく。 それはすなわち……機械達の道具に成り下がる事を由としてしまう行為であり……人間でいる事を諦めFuelとしての自分を受け入れてしまう事に他ならない。 立派に生きた人間なのに機械達の燃料に成り下がる事を諦めざるをえなくなる屈辱を……機械達は理解などしない。奴らは電力さえ確保できればそれでいいのだ。 要らないと思えば破棄する事も辞さない……それが奴らの考え方なのだから……。 そんな理不尽な世界にあって……クラリスさんは懸命に“人間であろう”と藻掻いてくれている。 諦めず……絶望せず……いつか光が現れるのを待ち望んでいた…… 私はそんな彼女の光に……本当になり得るのだろうか? 命を懸けるだけの価値が……私にあるのだろうか? 機械達の追跡を振り切りながらも……私は頭の隅で常にその事を巡らせ葛藤していた。 記憶が戻ったとしても……私はクラリスさんが期待するような人物ではないかもしれない…… 目的や目標など最初から無くて……ただ入れられただけの存在かもしれない…… そんな不安さえ過り始めている……。 「怖い……のは正直なところですが、私は“いつかこうなるだろうな”と覚悟していた節もあります……」 私の不安を察してか、クラリスさんはトーンを落とし優しい口調でそのように語り始める。 私はその言葉を聞いて小さく「え?」と発し疑問の相槌を返す。 「私達が作り上げたこの“首輪”が、この様に使われ……人間を苦しめる道具に成り果ててしまったというのは……残念を通り越して悔しくてなりません。この首輪は本来……障害を持って喋れなくなってしまった人の手助けをするために開発してきたモノだったのですから……」 マリア博士とクラリスさんが共同で開発した思考読み取り装置……それは、本来……人間の未来を願って作られた装置だったと言う…… 「博士も……私と同じ気持ちを持っていたとするなら……貴女の首輪を外す任を請け負ったのにも理解が出来ます。私も……今では同じ気持ちですから……」 「同じ……気持ち?」 「私達が人間の未来の為にと開発してきた首輪が……逆に人間を苦しめる道具になってしまったという事実は……やはり、これを作ってしまった私達に罪があると言わざるを得ません……」 「そ、そんな! クラリスさんは別に何も悪いことは……」 「悪いことをしていなくても……生み出してしまったものを悪用されればそれは……共犯だと言われても仕方がありません……」 「……い、いえ……そんな事は……」 「誰もそう思っていなくても……私や博士はそう思い続けてきました……」 「……ッっ!?」 「こんなもの……生み出さなければよかったと……後悔を持ち続けてきました……」 「………………うぅ……」 「いつか……罪滅ぼしがしたい。いつか……人間を苦しめるこの首輪を作ってしまった罪を……何かの形で清算してしまいたい……。私はいつしかその様に心の隅で思うようになっていました。恐らく……博士も……同じように思っていた筈です」 「……博士……も?」 「だから、自分を犠牲にしてでも貴女の首輪を外そうと……志願したのだと思います……」 「…………………………」 「私も……同じ気持ちです」 「……ッ!?」 「このような事で罪が許されるとは思っていませんが……私は……やはり……どこかで“罰を受けたい”と願っていたのかもしれません……」 「罰を……受けたい?」 「どんな形でもいいから……このような首輪を作ってしまった罰を誰かに与えられ、罪を償う機会を誰かに与えられたい……と、その様に私は思っていました」 「罪を……償う機会……」 「それだけ私はこの首輪の開発を後悔しているんです。だから……貴女が現れた事は……私にとっては最後の贖罪のチャンスだと思ってます。少しでも私の罪がこれで晴らせてもらえるのなら……私は喜んでこの身を捧げたいと思ってます」 「……………………」 「だから……ミシャさんは思いつめないで下さいね?」 「……ッ!?」 「私が捕まって死にそうになっていても……ミシャさんは決して感情的にならないで……冷静に作戦を遂行してください! 私は……この罪の意識から解放されるのであれば……喜んで死を受け入れますから……」 「……く、クラリス……さん……」 クラリスさんの覚悟は、私から反論の言葉を消し去る程に固く強い意志を持っているものだと理解させられた。 彼女は……ずっと苦しんでいたに違いない。 いや、マリア博士も同様に……苦しんでいたに違いない…… 博士の思いつめた顔は……私に同行すると言ったあの記憶の中でも鮮明に思い出せるのだから。 きっと……常に思い苦しんでいたに違いない…… クラリスさんも同様に……。 ――ガチャン! カラン、カラン…… 言葉を失いどのような感情を出せばいいか戸惑っていた私の耳に、金属の蓋が地面に落ちる音が伝えられた。 ハッとなり前を見直すと、無理な態勢のままこちらを見てにこやかな笑顔を見せるクラリスさんと……金網の蓋が外れポッカリ穴が開いたように口を開いたダクトの出口が視界に映った。 「さぁ……準備は良いですか? ここからは……無駄話は無しで……一気に行きますよ?」 ダクトから差し込まれる光にクラリスさんのススと埃に汚れた笑顔が照らされ……絵画の一場面の様に美しい光景だと私の胸を打ったが、その笑顔もすぐにイチかバチかの勝負を行う戦士の顔つきに戻り「私に飛び出す覚悟は良いか?」と問いかけ、私もすぐにぼんやりした思考を引き締め直す事となった。 私の頷きを見て覚悟のほどを知ったクラリスさんは最後に口元にニッと笑みを浮かべると、すぐさまダクトの穴から外へと這い出し始めた。 私も彼女の後を追うようにダクトの縁を掴んで、なるべく落ちる高さを縮めるよう調節しながら2階倉庫の地面に膝を曲げて着地する。 「さぁ! 走りますよっ!!」 私が着地するや否やクラリスさんは倉庫の扉を乱暴に開け放ってその様に告げた。 それとほぼ同時に首輪の警告音が、探知を再開した事を知らせる様に激しく鳴り響き始め、近くに居るかもしれない警備ロボに集合の号令をかけ始める。 扉の外へと勢いよく飛び出したクラリスさんを追って私もすぐに倉庫を後にし、細長い廊下を突っ走っていく。 幅の無い細い通路である為、正面からロボットが現れればひとたまりもない。だから、集まってくる前に廊下を抜けなくてはならない! 私とクラリスさんは無我夢中に足を駆けさせ、通路のT字路が見える位置まで距離を詰めた。 「ッっ!? 正面から来てるっ!!」 T字路の奥の通路からは警告灯と警告音を発しながら向かってくる複数のロボット達の姿が見て取れた。 クラリスさんは歯を食いしばりながらも更に走るペースを上げ通路の分岐路まで一気に走り込んでいく。 「ミシャさん! 早くこっちへ!!」 分岐路へと辿り着いた彼女は、角を曲がりながらもその様に私を促す。 彼女の少し後ろを走っていた私は、返事を返す間もなく分岐路へと辿り着き、曲がっていた彼女の後を追って自分も通路を直角に曲がろうと身体の向きを傾けていく。 その時…… ――バシュバシュバシュッ!! 正面から迫っていたロボット達の何体かが、構えていたであろう銃を打撃ち込む音を発し始め……腕から閃光を走らせ始めた。 ――シュッ! シュン! バチンッ!! ジュッ!! 辛うじて角を曲がっていた私の背中に風が走る様に静電気が駆け抜けていく。幸い通路に身を入れるのが早かった為電撃の直撃を受けずに済んだが……少しでも遅れていればあの電撃は避けられなかっただろう。 倉庫から一気に駆け抜けていて本当に良かった…… 少しでも足を止めていたなら……私達は…… ――タッタッタッタッ…… ――ガシャン! ガチャガチャガチャッ!! ガシャガシャ…… 分岐路を曲がり切った後すぐさまスピードを取り戻して走り込む私とクラリスさん。私達が走ってきた分岐路では、複数のロボ達が一斉に角を曲がろうとしお互いがぶつかり合う事になり上手く曲がり切れていない様子が伺えた。 「ハァハァ、見えた! 通路の出口ですっ!!」 クラリスさんの前方数メートル先に広く開けたスペースが見え始める。1階の通路と同じであれば、人間達の溜まり場にもなる大広間に出る事になるはずだが…… 「……ッっ!?」 などと考えを巡らせていると急にクラリスさんの足が速度を緩め始める。 彼女の視線の先には通路の出口があるが……その出口の横から大きな機械の影が姿を現したのだ。 「ハァハァ……く、クラリスさん! 前からもロボットが!」 分かり切っている事だが、その言葉を口に出さずにはいられない。なにせ……今まで走り込んできた通路は引き返すことは出来なくなっているのだ。先程のロボット達がひしめき合っているせいで…… 「……ハァハァ……大丈夫! 現れたのは1体だけのようですから……横を飛べば……」 その様に言葉を零すと、再び走りを加速させ始めたクラリスさん! ロボットはそんな彼女の動きを見て銃を構え始める。 「ッ! ミシャさんは私の後ろには立たないで下さい! 外れた電撃が当たってしまいます!!」 クラリスさんはそのように私に注意喚起を行うと、銃口が自分を追尾しているのを睨みつけつつロボットが銃を発射する瞬間を見極め、その場から横の壁方向へと飛び込んだ。私はそれを見つつも彼女の指示通りに身体を若干横にズラして走り込みを続ける。 ――バシュッ!! 彼女が飛び込むのと同時に銃口からは電撃が発射され、彼女の残像を撃ち抜くかのように閃光が走り抜けた。 閃光は私の肩の僅か横を走り抜け奥の通路へと消えていく……クラリスさんはその隙に飛び込んだ壁を上手く蹴って斜めに飛び直し、ロボットの脇をすり抜ける事に成功する。 ロボットはそのままクラリスさんを追いかけるようにその場で身体を反転させるが、私はその隙を見逃さずロボットの背中に向けて強くジャンプし、体重を乗せたドロップキックをお見舞いしてやった。 ――ガシャンッ!! 振り向いた直後でありバランスが悪くなっていたロボットは、私のキックを受けそのまま前に突っ伏すように倒れ込む。私はすぐに態勢を整え直して立ち上がり、ロボットが立ち上がる前に逃げようと駆け去っていった。 「ナイスキック! あのロボットに追われるのは面倒でしたので、良い判断でした♪」 前を走るクラリスさんに追いつくと、彼女がそのように褒めてくれた。 私は内心「勝手な事をしてしまったかも」と不安に思っていたが、彼女はそんな私を責めることなく助かったと言ってくれた。 通路を抜けると、巨大なモニターが壁に掛けられただだっ広いスペースに飛び出すことが出来た。予想通り、1階の構造と同じでココはFuel達が動き回る事を許された大広間である事が分かる。 走り込んで疾走する見慣れぬ私達の姿を見てザワつく二階の女性達だが……私達はそれを気にしようともせず大広間の端にある通路へと一心不乱に駆け込んでいく。 居住エリアに繋がっている細い通路……そこを少し行くと……1階であれば我々の部屋がすぐに見えて来る場所になるのだが…… 「あ、ありました! 扉が壊れた部屋!! ココです!! この部屋の筈です!!」 一足先に通路へと入ったクラリスさんが声を上げる。通路に入ったすぐの所に扉の壊れた部屋が現れたらしい。その位置は……やはり私達の部屋の真上であり通路の角に当たる場所だった。 後ろからは追跡のロボット達はまだ見受けられない…… さっき倒したロボットはまだ起き上がれていないようだし、後ろからゴチャゴチャと追いかけていたロボット達もまだ通路を抜け切れていない様子…… しかし、あちらこちらから警報と警告音声が鳴り響いているのを聞くに、通路の至る所からロボット達が迫ってきているのが想像出来てしまう。 もはや一刻の猶予もない…… クラリスさんに続き私も博士の部屋へと入り込み、クラリスさんと共に中の様子を確認する。 電磁銃が撃ち込まれたであろう跡が壁のあちらこちらについており……この部屋でいかに博士が抵抗を繰り広げていたのかを生々しく知ることが出来る。 半壊した洗面台……脚から折れたミニテーブル……焦げ目のついたベッドマット……雑に捲られた掛け布団…… そのどれもが……この部屋で博士が必死に抵抗したのだという事を表わしている。 「カードは私が探します! ミシャさんは今すぐにベッドの下へ潜って隠れておいてください!」 そのように指示を出したクラリスさんは私を急かすように二段ベッドの脚の下にある狭い空間に潜り込むよう促した。 私はその促しに従うように身体を床に寝そべらせベッドの下へと潜り込んでいく。 そうこうしている間にも機械達の警報音が近づきて来るのが聞こえて来る。 時間はもうない……首輪の解除キーが本当にここにあるかも分からないが……今はある事を願うしかない。 「あの時……博士はミシャさんに“首輪を外して記憶を戻せ”と言い残していました……。それはつまり……首輪を外す為のカードキーはまだロボット達に取り上げられていないという証拠! カードキーが無ければ首輪は絶対に外せない……。それは博士が一番分かっていた筈ですから……敢えて最後にそのように言ったという事は……カードキーは博士が捕まる前にココに隠した可能性が高い筈……」 クラリスさんはその様に呟きながらも私の真上のベッドマットを捲って探し始めた。 そして、マットを全て剥ぎ取って床に投げ込むと…… 「あ、あった! ありました!! やっぱりここにっ!!」 どうやらカードはベッドマットの下に隠してあったようだ。 博士が捕まる直前に隠してくれたのだろう……クラリスさんはこの切羽詰まった状況でそれを冷静に探し当てた。 「博士はいつも……大事なものはベッドマットの裏に隠してましたからね……」 その様に呟くと、クラリスさんがベッドの下に居る私を覗き込んで再び優しい笑顔を私に見せてくれた。その笑顔に……私の不安を取り除いてあげようという意志を感じるが……私には無理に作っているその笑顔が別れの挨拶の様に見えて胸が張り裂けそうな程に苦しさを覚えた。 「さぁ……顔を反対に向けて……私に首の後ろを見せてください……」 ゆっくりと落ち着いた口調でそのように促すクラリスさんの言葉に後ろ髪を引かれながらも身体を反対に向けなおし首裏のカードスロットを彼女の方に向ける私……。その様子を確認しつつクラリスさんは私の首裏に手を伸ばしてカードを差し込み始めた。 ――スッ……カチッ!! ピッ! ピピピ……ピィィィーーー!! 首輪裏のカードスロットに何かが差し込まれる感触を感じ、私は思わずピクリと顔を動かしてしまう。クラリスさんはそんな私の反応を愛おし気に眺めながら……カードが外れないよう力を込めて差し込みを維持し続ける。 すると、私の首輪とクラリスさんの首輪両方から突然機械の音声が鳴り響き出し…… 『首輪ノ開錠作業ガ確認サレマシタ! 開錠者ハ、開錠権限ヲ有シテイナイFuelデス! 今スグニ開錠ヲ中止シナサイ! サモナクバ……』 けたたましい警告音と真っ赤な光が首輪から同時に発され始めた。 それを聞かずともロボット達はいよいよ部屋の外へと辿り着いた様子で、壁一枚を挟んで首輪と同じような警告をクラリスさんに発し始めた。 ――ピッッ! ピッ! ピ……ガチャン! ガチャ……ガチャ…… しばらくカードを差し込んでいると、首輪の内部でロックが解除されていく音が鳴り始めた。 差し込んだらすぐに開錠し終えない……というのがもどかしいが、確実に沢山あるであろうロックが順々に外れていっているのが音で分かる。 「いいですか? 何があっても……出てはいけません! 私に何があっても……私が合図を送るまでは……」 最後に小声でそのように私に囁くと、最後のロックの外れた首輪を私から剥ぎ取り……クラリスさんはその場に立ち上がった。 私はすぐに態勢を入れ替えベッドの下の隙間からクラリスさんの立った影に目を移す…… クラリスさんは抵抗の意思を見せず両手を上げて降参する旨を機械達に示した……。 右手には私の首輪……左手にはロック解除のカード……それらを持って投降しようとしている様子を影は映し出している。 そして、抵抗せず両手を上げて大人しく捕まる意思を見せた彼女だったが…… ――バシュッッ!! バシュッ!! 「ッひ!?」 両手を上げ無抵抗の意思を示しているにもかかわらず……機械達は、有無を言わさず彼女に向けて電磁銃を放ち……彼女の意識を無理やり奪い去っていった……。 ――バタン!! その場に崩れる様に倒れ込むクラリスさんの身体……。ベッドの隙間に彼女の足が僅かに入り込み……その足指が電気に痺れる様にピクピクと痙攣している様子が見て取れた。 その出来事に……思わず声を零しそうになってしまう私だったが、クラリスさんが先程言っていた“ロボットには音声認識が搭載”されているという言葉を思い出し、出そうになった言葉を必死に呑み込み……その場をやり過ごした。 やがて……意識を失ったクラリスさんを雑に抱えて運び出す機械達…… 手から零れ落ちたカードと首輪を拾い上げた機械達は、彼女が誰の首輪を外したのか……そしてその首輪の外れた人間が何処に行ったのか……など、人間の看守だったら当然の様に気にするであろう事象を無視し作業を終えたかのように彼女を連れて部屋を後にしていった。 首輪の音も機械達の警告音も遠くなり、私の周りに一時の静寂が訪れた…… クラリスさんは……何処へ連れていかれたのだろうか? やはり……博士と同じく……廃棄処分場みたいなところへ……運ばれていったのだろうか? これからどうなるか……心配だ。 彼女がどんな目に合わされるか……想像もしたくない。 助けてあげたい……。 ここまで導いてくれた恩人である彼女の事を……やっぱり助けてあげたい…… でも、私の力では……どうする事も出来ない。 感情的に動けば……ただ捕まって同じ目に合うだけだし……きっと、彼女を助ける事には繋がらない…… だから、彼女が作ってくれたチャンスを生かして……私はこの階のトイレへ向かうしかない。 記憶を取り戻せれば……何かしらの助けを呼べるようになるかもしれない…… もしかしたら……この施設を陥落させる何かを……私が知っているのかもしれない…… だから……今は、彼女を助けるとよりも……自分の記憶を蘇らせる事が先決だと考えなくては駄目だ……。 今だけは……感情を……捨てなくては…… 感情で動いてしまいそうになってる自分を律しなくては…… 首輪はもう付いてはいないけど…… 彼女を今すぐにでも助けたいと思ってしまう感情は……今しばし……捨てていなくてはならない! どんな事が行われても…… どんなに悲惨な光景を……これから目の当たりにする事に……なるとしても…… 私はそれを見届け……機を伺わなくてはならない! 彼女の贖罪を見届ける……。それが……身を挺してまで彼女が作ってくれたチャンスに対する私なりのお礼になるのだから……