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ディストピア・プラント:2920~⑧計画~

8:計画 「なるほど……。貴女の名前はミシャ=エミルトンと言って、外の何らかの組織に所属していて、何かの作戦の為にこの施設に博士と共に入った……そこまでは思い出したという事ですね?」  私はクラリスさんの促しに従って、今の時点で思い出せた記憶の断片を彼女に伝えた。 「何を行うつもりかはまだ記憶が戻ってはないけれど、とにかく“二階トイレの奥の個室”に辿り着かないといけないというのは博士の言葉からも間違いはなさそうですね……」  マリア博士の決死の呼びかけによって記憶の一部を取り戻す事に成功した私だったが、まだ全体の記憶からは程遠く……肝心の“私が入った目的”だったり“2階のトイレで何をするのか?”という記憶は戻ってきてはいない。 「そうなると……次の記憶回復のトリガーは“そのトイレに辿り着く事”と考えて間違いないと思います」  私の話を聞きマリアさんは腰掛けていたベッドからスッと立ち上がり、部屋の扉の方へと歩んでいく。そして扉を僅かに開いて、未だに外の喧騒が収まっていない事を確認しつつ私へ言葉を続けた。 「博士は恐らく……貴女の首輪を外し、二階のトイレへ連れていく事を目的にこの施設に入ったのでしょう。首輪を外せば……廃棄処分になる事も覚悟のうえで……」  扉の隙間からは心を乱した女子たちの首輪から発せられる電子音と警備ロボたちの警告音声が未だ複数鳴り響いているのが聞こえてくる。 「でも……その役割は……博士には全うできなくなってしまった。別の誰かの首輪を外してしまって……捕まってしまったのだから……」  ロボットの肩に付けられた警告灯の赤い光がドアの隙間から漏れクラリスさんの顔を時折赤く染めたり部屋の暗がりに戻したりを繰り返している。  そうこうしている間に首輪の電子音もロボ達の警告音声は音の数を徐々に減らし始めている。   「時間があまりないので……簡潔に今後の事を言います。とりあえずあまり動揺を強くしないよう聞いていてください」  この騒ぎが収まれば首輪の“思考読み取り感度”も元の数値に戻されるだろう。そうなる前にクラリスさんは今後の事を話そうと口調を早口にし始める。 「一つ。ミシャさんは今の所“二階のトイレ”に辿り着く事だけに集中して思考を整えておいてください。この施設に何かしてやろう! という考えではなく単に“トイレに行く”という願望を持つだけならば首輪の探知には引っ掛からない筈です。ただの生理現象だと勘違いしてくれるはずなので……」  私は彼女の言葉に口を挟まず頷きを入れた。  確かに……“二階に行く”という違反行為を除けば、トイレに行くことは極端な思考にはなり得ない。何かを“成そう”とする目的を思い浮かべてしまうとそれは思考の起伏が生まれ探知されてしまうだろうけど……トイレに行くだけが目的であればそういう探知はされないはずだ。 「二つ。その首輪は二階に上ったらまず外さなくてはなりません。なぜなら……この首輪には生体登録が成されていて、首輪の位置は追跡装置で定期的に監視されている筈です。だから、例え二階に登れたとしても、その“定期的な”監視の網に引っ掛かってしまえば簡単に位置がバレてしまい、すぐに追跡されてしまう事態に陥ります」  首輪の機能の中に“追跡装置”まで仕込まれていたとは私は初耳だったが……過去の自分は恐らくそれも事前に聞かされていただろう……  それを聞いてもなぜか動揺せず彼女の言葉を聞けていたから……。 「三つ。首輪を外す役割は、博士に代わって私が担当します」  っと、その三つ目の言葉を聞いた瞬間……私はとうとう心に動揺をきたし声を上げてしまう。 「えっ!? で、で、でも! この首輪を外そうとしたら今度はクラリスさんがっ!」  私が動揺するといち早くその思考の揺らぎを感知した首輪が黄色いランプを点灯させ小さな電子音を刻み始める。クラリスさんは私の顔を見て口元に指をあてシーッ! と、乱れてしまった私の心を鎮めようと間を置いてくれる。 「ミシャさんはトイレに行く事だけを考えて。それだけでいいんです。それ以外の事には気を回しちゃ駄目です」  クラリスさんの言葉に私は慌てて心の中で何度も“トイレ行きたい!”“トイレ行きたい!”と唱え直し首輪の読み取りを上書きするように胡麻化していった。  その甲斐あってか、すぐに首輪は黄色いランプを緑に戻し電子音の音も小さく下げられて行った。 「恐らく……首輪を開錠する為のカードキーは……マリア博士が居た部屋の中にまだあると……私は踏んでます」  私の首輪の反応と外の喧騒の様子を交互に見比べ、クラリスさんは私に気遣うようにソッと声を潜め小さく言葉を零す。 「……カードが……部屋の中に……まだ……ある?」  私は言葉を繰り返しつつも、なるべく彼女の言葉に感情的にならないようにと合間に“トイレに行きたい”と言うワードを思い浮かべて探知の網をかいくぐる。 「博士は……最後に貴女に向けてこう言いましたよね? “必ずトイレには辿り着いて”“そこで思い出せる筈だ”って……」  放送が中断される直前……確かにマリア博士は私に向けてそのように言っていた。  その直後にモニターの映像は途切れて、私の記憶もそこで一部戻ってきたのだけど…… 「私が思うに……貴女と博士への“記憶操作”は、この首輪の感知を無効にする為の処置だったのではないかと考えてます」 「首輪の感知を……無効化?」 「えぇ。記憶を無くすことで……ココで成すべき“目的”を忘れさせ、感情の起伏をなるべく起こさせずに首輪の除去を行おうと考えたのでしょう……」 「目的を……忘れさせて……」 「あまり突っ込んで説明してしまうと、せっかく忘れていた記憶が蘇ってきてしまう可能性があるので簡単にしか言いませんが……とにかく貴女のその記憶障害はこの首輪を外す為に行った処置であると考えて間違いはないと思います。目的を持ったままこの施設に入れば……何かしらを企んでいる事をすぐに首輪に探知されてペナルティーを受ける事になりかねませんからね……」  クラリスさんの言葉を聞いて、ふとあの記憶の中で軍服姿の女性に言われた“一般人”という言葉が脳裏に過る……  そう……私は多分……一般市民であったはずなのだ。  特殊な訓練や、特殊な思考コントロールが出来るような軍人などではない……  そんな私がこの施設に何かを成す為に入ると決意したのだ……  そういう処置が行われ首輪に対抗しようとしたとしても……何らおかしなことはない。 「記憶がいつまでたっても核心に迫らないのがその証拠です。恐らく……首輪が外れるか二階のトイレに行かない限りは思い出さないよう操作されているのでしょう……」  彼女の言葉が真実であれば……確かに辻褄があってくる。  この施設の中で何かを成そうとするならば……この“考えを読み取り”“今居る場所”も特定してしまう首輪が嵌められたままでは作戦だろうが計画だろうが上手くいきようがない……。軍人やそれなりの訓練を受けた戦士であればまだやり様はあっただろうけど……そういう人間じゃない一般人の私にはあの機械達に抗いようが無い。  だから記憶を消して……余計なことを考えなくて済むよう仕向けたのだ。首輪を外せる確率を上げるために。だって首輪さえ外れてしまえば……どのような行動を起こしても探知される事はなくなるのだから…… 「じゃ、じゃあ……私が……今日まで記憶を殆ど取り戻せなかったのは……もしかして……博士と別の場所に入れられたから……とかですか?」 「そうでしょうね。恐らく、同じ場所に入れられると想定しての記憶消去処置だったんでしょうから……マリア博士と別々になってしまえば……貴女は勿論の事、博士も記憶を取り戻すことが困難になっていたのでしょう……」  笑い苦しみながらも発していた博士の言葉にも確かにその様な事が述べられていた……  記憶を取り戻すのが遅れてしまった……と。 「……これ以上の事はとりあえず一旦思考から外しましょう。でないと……本当に“思い出してはいけない記憶”までも思い出してしまいます……」  彼女の言う“思い出してはいけない記憶”が思い出されると言うのが何を意味するか……それはもう説明されなくても理解できている。  私の記憶喪失は全て首輪を外す目的の為……  きっとそういう目的での記憶消去であったのだろうから……首輪が付いている今思い出してしまえばその目的すらも果たせなくなる。  だから、今は記憶を蘇らせるべきではないのだ……少なくとも首輪が外れるまでは…… ――ピィィィィ!  “首輪を外す”という言葉を思い浮かべてしまった事を敏感に察知した首輪は、再びランプを緑から黄色に点灯させ警戒音を鳴らし始める。  私はすぐに“トイレに行きたい!”と繰り返し唱え、その警告音を鎮めようと努力するが……ランプは赤に行く直前のオレンジ色まで変化し……感知の度合いが強まっている事を無言で私達に告げる。  その後どうにかランプと警告音を鎮める事には成功するが、扉の隙間から外を警戒しているクラリスさんは、そろそろ騒動が収まりそうだと外の様子と首輪の感度の高まりによって悟り、慌てた様子で扉を閉め私の顔を睨むように直視した。 「時間がありません! だから警告覚悟で私は言いきろうと思います! でもミシャさんはこれ以上警告を受ける訳にはいきません! だから、今はトイレに行く事だけを考えながら私の話を聞いてください!」  首輪の感度が戻ってきたことを示すようにクラリスさんの首輪もランプを黄色に変え小さな警戒音を発し始める。しかし、クラリスさんはその事を気にも留めず話の続きを伝えようと言葉を零し続ける。 「この後! 夜の発電が始まる前にシャワーを浴びる事になってますよね?」  彼女の言う通り……我々Fuelには日に二度のシャワータイムが設けられている。  1度目は18時から……2度目は夜の発電が終わり就寝に入る直前……  発電によってかいた汗や汚れを落とす目的で設けられているであろうその時間は、短くはあるが必ず日に二度用意されてある。 「その時が二階へ上がる為のチャンスなんです! その時に決行しましょう!」 「えっ!? で、でも……エレベーターや階段はセキュリティがあって使えないのでは……」 「いえ、貴女の記憶を聞かせて貰って確信が持てました! やはりあの倉庫は……二階へ通じる循環ダクトが存在してます!」 「え? そ、倉庫?? 循環ダクト……??」  倉庫と言う言葉とダクトと言う言葉……彼女からその言葉が発された時、彼女の首輪はいよいよ赤い光を発し始め警告音も一層激しさを増し始めた。彼女の思考が完全に許容量を超えて乱れてしまったのだ。  ここまで来ると……警備のロボットが警告を与えにやってきてしまう! すぐにでもこの会話をやめないと…… 「私も、この施設を脱走しようと思考を殺しながら調査を続けていました! そしてあの倉庫にダクトらしきものがある事は見つけていたんです!」  ロボットが警告音発しながら近づいてくるのが分かる。  距離としてはもうそんなに遠くはない。 「ミシャさんは記憶の中で1FーC2と書かれた箇所を見たと言ってましたよね? C2って言うのは……私がダクトを見つけていた倉庫の事です。私はそのダクトを使えば外に出られると想像してましたが……」  確かに私は記憶の中で1FーC2という文字を見ていた。そしてそれを彼女にも話しはしたが……そこが倉庫だとは自分でも記憶していなかった。  だから、そこが倉庫であると主張する彼女の言葉に確信を持って頷く事は出来ないけれど……  確かにその記憶の中では1FーC2と言う場所から細い道が繋がっている光景を私は見ている。それが……彼女の言うダクトであるかどうかは不明だけど、その可能性はあると私は改めて思い返す。 「そのダクトをあの会話の流れで見ていたという事は……貴女は恐らくその時、“1階に入れられたらココを利用して2階へ行こう”と考えた筈です! だからそのダクトを登れば――」 ――ガタンっ!!  クラリスさんの首輪からははち切れんばかりの警戒音が鳴り響き、それに誘導された警備ロボが私達の部屋の扉を勢いよく開き切る!  そしてクラリスさんを見るなり銃型の手を彼女に向けて…… 『Fuelナンバー3530ニ、規定水準ヲ大幅ニ超エル思考ノ乱レガ検知サレマシタ! 直チニ、危険思考……及ビ、抵抗感情ヲ捨テ、従順ナ思考ニ戻シナサイ……サモナクバ……』  と警告を告げる。  クラリスさんは「ここまでね……」と息を抜き、何度か深呼吸をロボットの前でしてみせた。  すると、首輪の警告はすぐさま音を鎮めていき、真っ赤に染まっていた警告ランプも彼女の呼吸の度にオレンジから黄色、黄色から緑に移行し感情の平穏化が成されていった。  流石は首輪の開発を行ってきた人物だけあって……首輪への対応力は恐ろしく早い。  警告を行いに来たロボットもその対応の速さにすぐに銃の構えを降ろし、彼女に再度警告を零してから部屋を後にしていった。  しばしの沈黙のあと、ロボットが十分に距離を取った事を確認したクラリスさんは最後に私にこのように告げた。 「決行は……シャワーを浴びた直後。着替えを終えた後に僅かな間首輪の探知機能が低下するタイミングがあります。その時に一緒に倉庫へ向かいましょう……」  そう告げると、再び大きく深呼吸をしまた黄色く点灯した首輪のご機嫌を伺うように気持ちを落ち着けそれ以上の会話を行わないよう努めた。  私も、自分の首輪がいつの間にか黄色の警告を発し始めているのに気付き、頭の中をトイレで埋め尽くして事なきを得た。  決行はシャワーを浴びた後……  私はその言葉をすぐに思考の端に追いやって、余計な感情を抱かないようにとしばしの眠りについた。  クラリスさんも、そんな私の様子を見つつ仮眠を取り……決行の時に備えるのだった。  二階へ上れる保証があるわけではない。  ただ私の記憶の中でその部屋の事を気に掛けただけという……か細い情報だけではあるが、クラリスさんはその言葉を信じ計画を立ててくれた。  二階へ上がればもう後戻りは出来ない。  いや、そもそも二階に上ろうとするだけで……違反扱いになる為、きっとすぐに私達の行動はバレてしまう事だろう。  例えダクトがあったとしても……二階に通じているという保証はない。  二階へ辿り着けても……首輪の追跡装置がある限り違反を犯した私達をロボットたちが追い詰めに来る事だろう。  その前までにこの首輪を外すことは出来るのだろうか?  首輪を外して……二階のトイレへと辿り着く事は……本当に出来るのだろうか?  そのような不安を抱えたまま……私は深い眠りの後にまた目を覚ます。  シャワータイムを知らせる館内放送の機械音と体を揺すって起こしてくれたクラリスさんの目覚ましによって……


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