新人女スパイ拷問①~新人女スパイ皆川悠の受難~
Added 2022-01-15 07:32:33 +0000 UTC1:新人スパイ“ユウ” 『……あ、あぁ~~。聞こえますか? いちお……現場に到着しましたぁ……』 雲の切れ間から現れた中秋の名月を思わせる美しい満月から放たれる想像以上に明るい月明りに、木の陰に隠れながら古い廃屋敷を見ていた皆川悠(ミナカワユウ)は自分の姿が何者かにバレるのではないかと懸念し慌てて木の陰に隠れ直しながら耳奥に仕込んだ通信機に指を当てて遠く離れた仲間へ通信を送る。 『ザザ……ザザザ…………ザザ……。ユウ? 聞こえる?』 鼓膜へ直接響く通信機の音声は言葉よりもノイズの方が大きく聞こえその雑音の大きさにユウは驚いてしまう事となるが、ノイズの合間から聞こえてくる大人の落ち着きを体現したかのような優しい声を聞きすぐに落ち着きを取り戻す。 『聞こえます! あ、あの初めまして!! 私が今回この任務に就かせて頂く事となったミナカワ ユウと申します! よろしくお願いいたします!』 自分以外その場に居ない事は分かり切っているが、ユウはまだ顔も見た事もない通信相手に向かって何度もお辞儀をしてしまう。 その様子が目に浮かぶように想像できたのか、通信相手である女性も彼女の挨拶にあわせて笑いながら軽い自己紹介を挟んでくれた。 『フフ……初めましてユウ♥ 私の名前は九条恵瑠(クジョウエル)……皆からはエルと呼ばれているわ。確かユウも私と同じ22歳だったわよね? だったら同い年なんだし貴女も私の事は気軽にエルって呼んでくれて構わないわよ♥』 『い、い、いえ!! まだ顔も見た事もない相手を呼び捨てになんて出来ませんっ!! それに私は昨日訓練を終えたばかりの新米なんです……先輩に向かってそんな呼び捨てだなんて……』 『真面目ねぇ……そんなこと気にしないで良いわよぉ? 現場に出れば先輩も後輩も関係ないんだから』 『や、で、でも! それでも呼び捨ては流石に呼び辛いので……えと……じゃ、じゃあ……エルさん……って呼んで……構いませんか?』 通信機越しでも伝わるユウの真面目さに思わずほっこりとした笑いが生まれたエルは、ユウの申し出を快く了承し話を続けた。 『フフフ……まぁ、呼びやすいんだったら何でもいいわ♥ それじゃあ早速だけど……現状の確認と任務の確認を行っても構わないかしら?』 『はいっ! 勿論です! お願いしますっ!!』 『まずは現状の確認の方からだけど……ユウは訓練評価を受けて合格したからココに連れてこられたって事で良かったわよね?』 『……は、はい。いちお……ギリギリ合格って……言われました……』 『手元に成績表が届いているけど……これを見る限りは別段悪すぎる成績という訳ではなさそうよ?』 『えっ……そうですかぁ? こういう試験とか受けた事が有りませんでしたから……あまり自身はなかったんですけど……』 『ピッキング能力B+、ガジェット使用技術B、ガジェット使用の応用力B-、護身術B、判断力B+、薬物の知識B-……。何の経験も無かった状態から少し教えて貰っただけで最低評価であるCが1つも無く合格って言うのは優秀な証拠よ♥ 数年経験を重ねてようやくB評価が貰えるのが普通なんだから……』 『え? エヘヘ……そんなに凄い事だったんですね? B評価って……。私はてっきりA評価が当たり前だと思っていたので……』 『貴女の先輩にあたる“ケイ”なんてC評価が二つもあったのよ? それに比べれば優秀もいいところよ』 『ケイ……先輩?』 『そう。今回の捜索対象である……荒咲圭子(アラサキケイコ)……通称“ケイ”はあなたの先輩にあたる工作員よ……』 『確か……二日前にココで消息を絶った……と聞かされましたけど……』 『えぇ。ケイは二日前に単独でこの廃屋敷に潜入する任務を請け負った……。任務の内容は……最近起こった“人身売買事件の首謀者”の捜索……それを遂行中に連絡が取れなくなったそうよ……』 『人身売買……事件? 何ですか? それ……』 『これはまだ世間には公表されていない事件なんだけど、1か月ほど前にある町から一人の女の子が突然行方不明になった事件が起きたの……』 『行方不明……』 『警察は当初、事件性は無いと発表していたんだけど……最近になってその女性がとある富豪の男に“買い取られた”という情報が明らかになったわ……』 『買い取られた? って……それはつまり……』 『察しの通り……闇の奴隷商の手によって調教されて売られたのよ……その女の子は……』 『ちょ、調教!?』 『どんな調教を行ってどんな相手に売られたのかまでは定かではないんだけど……その奴隷商はどうやら、この廃屋敷を利用して女の子を監禁し調教したという情報が流れてきたの。ケイはその情報の真偽を確かめるために単身この廃屋敷に潜入を試みたのよ……』 『それで……ケイさんも捕まってしまった……と言う事ですか?』 『さあ……それも分からない。捕まっているのかもしえないし……単に連絡がつけられなくなったというだけなのかもしれない……。いずれにしても連絡が途絶えて24時間以上が経っているのは由々しき事態だと判断せざるをえないから、急遽訓練終わりの貴女に来てもらった次第よ……』 『うぅ……アレはビックリしましたよ。訓練合宿が終わって初めて事務所に行こうとしたら突然黒いスーツとサングラスをかけた女性が車から出てきて私の事をその車に乗せたんですから……。私の方が攫われてのかと思ったくらいですよ……』 『ごめんなさいね、何せ……急を要したからまともに説明も出来なかったわ……』 『せめて事務所でエルさんや先輩方に挨拶をしてから来たかったですぅ……』 『ま、まぁまぁ。この任務が終わったらいくらでも挨拶なんて出来るわよ♪ それに私だって現場の近くまで来ているんだから! 何かあったらすぐ駆けつけてあげるわ♥』 『近くに……ですか?』 『えぇ。私は専用のオペレーターバンっていう特殊な車に乗って貴女のサポートをするよう依頼されたの♥ この通信以外にも遠隔ドローンを使っての電子ロックのハッキングや赤外線を利用した施設の脅威の探知なんかを行うように準備してあるわ♪ だから、大船に乗った気持ちで潜入を行ってちょうだいね?』 『うぅ……どうせなら一緒に侵入してくださいよぉ~~』 『贅沢言わないの♥ ほら、話が脱線したから戻すわよ?』 『はぁ~~~い』 月が雲に隠れ再び周りが暗闇と静寂を纏う。 周りから聞こえてくる音は鈴虫の甲高い羽音と風によって擦れ合う草木のざわめきのみ…… ユウはその不気味なほどに静寂した木の陰でエルの次の言葉を待った。 『貴女にはこの廃屋敷を探索してもらいケイの痕跡を見つけて貰う事が主な任務内容になるんだけど……その前にやって貰わなくちゃならない事が出来てしまったわ……』 『廃屋敷の探索……とだけしか伝えられていませんでしたから正直そのような裏があったなんて驚きですけど……それに追加して新しい任務ですか?』 『申し訳ないけどその通りよ。これをやって貰わないとドローンでの遠隔サポートが出来ないから……』 『その新しい任務と言うのは?』 『屋敷のどこかにある筈のジャミング装置を無効化する事……』 『ジャミング装置??』 『遠隔ドローンは貴女の頭上に今も待機させてあるんだけど……屋敷の周りに近づこうとすると激しいノイズが走って映像が映し出せなくなってしまうの。これは恐らく電波を妨害するジャミング装置が働いているせいだと思うから、貴女にはまずこの装置の無効化をお願いしたいの』 『ジャミングのせいでサポートを受けられないのは困りますからね……。了解です……』 『ドローンが使えるようになったら今度は外から赤外線スキャンを行って屋敷に人間がいるかどうかを確認するから、その情報を頼りに次の行動をコチラから指示するわ』 『分かりました……』 『ひとまずはジャミング装置を無効化する事を目標にまずは屋敷の中へと潜入しましょう……。どう? 行けそう?』 『はい……やってみます……』 事前に受けた簡単なブリーフィングでは任務は“屋敷の探索”とだけ告げられていたが、いざ屋敷の前へと到着してみると次から次に新事実や問題が発生し新たな任務が加えられていく。 スパイ映画や戦争映画ではよくあるシチュエーションだが、訓練を終えたばかりで見る物すべて全てが新しいことだらけのユウにとってみれば不安を助長されるばかりで心がザワついて仕方がない。 しかしこの組織に志願して入ってきたのだからやらなくてはならない。本来ならケイという先輩がやったように単独で敵地に乗り込まなくてはならない可能性だってあったのだ。それに比べたら遠隔であるとはいえサポートが有るのは有難い。新人であるが故の配慮であるのだろうが、実践に慣れる為の配慮であればこれ程頼もしい事はない。 ユウは不安に苛まれながらも、雲の隙間から照らし出している月明かりが再び雲に隠れて闇が訪れるのをジッと待った。 潜入用のスーツだと着せられた薄く動きやすいスニーキングスーツの黒色が、夜の闇に溶け込む瞬間を自然と同化するかのように身動き一つ取らずに待った…… そして……草木を揺らしていた風が徐々にやみ始め……それまで賑やかに合唱していた鈴虫たちの羽音が月明かりの陰りと共に一斉に合唱を止めたのを合図にユウは木陰から低く出し素早く屋敷の裏口まで走り込んだ。 屋敷の裏口は遠目から見るよりも明らかに損傷が激しく、触れば崩れ落ちてしまうのではないかと疑いたくなるレベルで傷んでいた。 蹴ったり体当たりすれば簡単に壊して入れそうな扉なのだが、中でどれだけの人間が潜んでいるかも分からない状況でそれをやれば瞬く間に音を聞きつけ囲まれる事必至であるが故、ここは慎重にピッキングツールを道具の入ったポシェットから取り出し、音が出るのを気を付けながら扉の鍵を開ける事とした。 月を覆っていた雲がすぐに切れ……再び月明かりがまるでサーチライトの様に煌々と屋敷を照らし出し始めたが、そのサーチライトの中にユウの姿は既に映っておらず……鍵の開けられた裏口の扉だけが僅かに吹く風に揺れている光景だけが残されていた。 再び鈴虫たちの羽音が合唱を奏で……風が草木を揺らして合いの手を送り始める…… 時折その鈴虫の羽音の合間を縫って悲痛な女性の声とも取れる叫び声が地の底から染み出してくる。 しかし、その悲痛な声をユウは聞く事もなくその屋敷へと入り込んでいくのだった……