NokiMo
ハルカナ
ハルカナ

fanbox


ショーダウン(リメイク)㉑

21:課せられたつぐない 「……先程……認めると仰いましたわね? 今度こそ……その言葉を信じてもよろしいのかしら?」  涙と嗚咽を流し夏姫への謝罪の言葉を繰り返し零していた綾香を鋭い眼差しで見ていた麗華は、彼女がひとしきり落ち着いたのを確認すると持っていた扇子を広げ直して口元を隠し、落ち着いた口調でそのように彼女に確認の言葉を投げかけた。 「…………えぇ。認める……。認めるから……夏姫を……解放してあげて……」  麗華の問いかけに精も痕も尽きたような覇気のない声で応えると、綾香は未だ自分の背後で拘束され続けている夏姫の方に顔を僅かに傾けその拘束を解くよう彼女に伝えた。 「勿論……貴女が罪を認めるんでしたら、彼女はすぐにでも解放して差し上げますわ……」 「だったら……今すぐに解放して自由にしてあげて! 私は……罪を認めるって言ったでしょ? 後は私が……受けるから。罰でもなんでも……私がちゃんと……全部……受けるから……」  完全に後ろを振り向けない為夏姫の顔の端の方しか確認できないが、その疲労の度合いは彼女の呼吸の荒さと弛緩しきった身体の状態を察すればすぐに分かる。  彼女がいかに限界以上の苦痛を味わったかなど……見なくても感じ取ることが出来る。 「罰を受ける覚悟がお有りなのは結構ですが……しかしその言葉……また覆されるなんて事……ありませんよね?」 「覆す? 何の事よ?」 「いえ、ほら……貴女はさっき罪を認めようとした時に夏姫さんの言葉で簡単に意見を変えてしまわれたじゃありませんか……」 「……うっ、うぅ!? あ、あれは……」 「あの一件以来……私は貴女という人間を信用できなくなってしまいましたわ……」 「ま、待って! あ、あれは……私が悪かったわ! あの時は……もしかしたらっていう希望が舞い込んできたから……意見を変えてしまったけど……」 「そう、ショーの時間がもう少しで終わる……っていう言葉に、意見を変えてしまわれましたわよね?」 「え、えぇ……」 「でしたら……今後、もしまたそのような甘い言葉が囁かれれば……貴女は意見を変えてしまわれるのではありませんか? やっぱり……反省するのはなし! とか言って……」  麗華の言葉に何も言い返すことが出来ない綾香は、顔下に俯かせてしばし言葉を失う。彼女の言う通り、意見を変えてしまったのは事実だ。だから信用されなくなるのも無理はない……  だから、こんな自分がどれだけ誠意を持った言葉を伝えようともきっと彼女は信じてくれないだろうが、それでも言葉は紡がなくてはならない。  綾香に許されたのはそれだけなのだから…… 「もうそんな事は……しないわ」 「なぜそう言い切れますの?」 「私が……認めないと……他の誰かが……傷つく事になるから……」 「…………誰かって……夏姫さんの事ですの?」 「ううん、違う……」 「……?」 「私が犯してきた罪のせいで……夏姫も含めて他のディーラーにもあらぬ疑いが掛けられるかもしれないし……カジノ全体の見られ方も……良くはならない」 「……そうですわね。少なくともそのような形になりかけていましたし……」 「今更だけど……夏姫の苦しむ声を聞いて……その事に気付かされたわ……」 「……………………」 「私が犯した罪で私以外の人間が傷つくのは……もう見たくないの……」 「それは……自分勝手な意見だと思いませんの? 貴女は……これまで、貴女以外の人が傷つく仕打ちをお客さんに強いていたのですよ?」 「……それは……そうだけど……」 「貴女は本当に……心の底から彼らに謝罪しようって思っていますの?」 「お、思ってる! 思ってるし……罰も受けようと思ってるわ! どんな罰でも……」 「罰を受けたとしても……罪が消える訳ではありませんのよ?」 「知ってる……。でも何らかのけじめは……見せなくちゃいけないでしょ? 少なくとも……自分の罪を認めたうえで仕置きを受ける事くらいのけじめは……」 「けじめ……ねぇ……?」 「うぅ………………」  麗華と綾香の間に嫌な沈黙が流れる。  麗華は綾香の目をジッと見つめ彼女の心の奥を探らんとするように目を離さない。  そんな麗華の真っすぐな視線を綾香は見つめ返すことが出来ない。疑われていると思えば思う程に自信が無くなっていき目を逸らしたくなってしまう。 「……成程。けじめをつけるという事でしたら……これからやる仕置きが恐らく貴女にとってはピッタリでしょうね」 「これから行う……仕置き?」 「えぇ。貴女が本当に誠意をもって謝罪をしたいと思っているのであれば、これくらいの試練は簡単に乗り越えて頂けると思いますの……。もし言った事が嘘でないのであれば……ですけどね……」 「しゃ、謝罪したいっていう想いに……嘘はないわ! だから……どんな事をされても……文句言わずに従う……」 「……貴女にとってはこれまでの比じゃないほどに辛い仕置きになると思いますわよ? それでもやり遂げられると……断言できますか?」 「えぇ。もうどんな事をされてもそれを受け入れるわ……。煮るなり焼くなり……あんたの好きにして……」  綾香の言葉を聞き、荷を下ろす様に「ふぅ……」と麗華はひとつ息を吐く。そして何かを探る様に鋭くしていた目を元の目に緩め、口元を隠していた扇子もパタンと畳んでポケットに仕舞い込んだ。  そして智恵理と鈴菜を手招きで呼び寄せ夏姫の拘束を解いてあげるよう指示を下す。  指示を受けた智恵理と鈴菜は呼吸だけをただひたすらに繰り返す夏姫の身体を丁寧に支えながら拘束具を外していき、全ての枷を外し終えたら弛緩するように力が抜けきった彼女の身体を智恵理が背に負ぶってステージ端に待機していたカジノ側の職員へ彼女を受け渡してあげた。  綾香は、その夏姫を受け取ったカジノの職員が彼女を抱え休憩室の方へと繋がる職員用通路へと消えていくのを見届け、そこでようやく安堵の息を一つ吐いて力を抜くように突っ張っていた肩の緊張を解いていった。 「好きにしていいと言う事であれば、ここからは被害にあったお客様達の為に時間を割こうと思いますけど……そういう場を設ける事にも同意してくださいますよね?」  綾香の安堵する様子をしばし見届けた麗華は頃合いを見計らって彼女の耳元に口を運び、周りの観客達に話が聞こえないよう注意しながら声を細めて彼女だけに言葉を伝える。 「……か、構わないって……言ってるでしょ! あんた達の気が済むまで見せしめでもなんでもしたらいいわ……」  か細く艶を感じる麗華の囁き声があまりにこそばく感じた綾香は首をすぼめて目を閉じ思わずそのように声を荒げるが、麗華はそんな声を上げようとする綾香の口に人差し指を突き付けそれ以上言葉を喋るなと言わんばかりに彼女に口止めを行う。そしてまるで内緒話でもするかのように声を細め、続きの言葉を綾香の耳に入れ始めた。 「分かりました……。では……貴女にはこれから……観衆の皆さんに向かって罪の告白をマイクを通して行って頂こうと思います……」  その言葉が伝わると、タイミングを合わせたかのように智恵理が自前のマイクを持って麗華の隣に立ち、いかにもそのマイクを使って告白を行えと言わんばかりにマイクヘッドを綾香に突き出す仕草を見せた。 「そこで罪を認めては貰いますが……その後は綾香さんに少し注意をして頂きたことがありまして……」 「注意して貰いたいこと? 私に?」 「具体的には罪を認めた後の態度についてですが……」 「……態度?」 「えぇ。貴女には少し……演技をして頂きたいと思っていまして……」 「え、演技!? な、何を言ってるの? こんな場面で演技って何よ? 何が言いたいの?」 「演技とはいっても大したものではありませんし、難しいものでもありません。さっきまでと同じような態度を取っていて貰えればそれで良いんです……」 「は? はい?? さっきまでの態度って何の事よ? 言ってる意味が全く分かんないんだけど……」 「要は……さっきまで私達に向けていた態度を崩さず……あくまで反省していない風を装う演技をして頂きたい……と、そう申しておりますの♥」 「な、な、なんですって!?」  麗華の言葉に綾香は思わず目を丸めて驚きの声を上げようとしてしまう。しかし麗華はその開きそうになった綾香の口に人差し指を押し付け、出そうとした声を口内に留めるよう無言の圧を掛ける。 そして綾香が声を上げないよう……念を押す言葉を彼女に伝えた。 「この演技にはちゃんと理由が有りますの♥ それを今から説明して差し上げますので声を荒げず聞いていてくださいまし?」  その言葉を聞き出しかけた声を静かに喉奥へと引っ込めた綾香は、未だ言葉の真意が理解できていな様子を表情に浮かべながらも麗華の言葉に頷きを返してそれ以上の声を出さない事を無言で伝えた。 「実は……貴女に罪を告白させた後、お客さん達も参加しての“復讐タイム”を開こうと予定してますの……」  復讐タイム……。その言葉を聞くだけで、もうそこで何が行われるのか想像がついてしまう。  きっと……被害にあった客達に責めさせるつもりなのだろう……自分のこの無防備にされた身体を……。 「ほら……あそこのテーブルの上に置かれている“鳥の羽根が先端についた長い棒”が見えるでしょう? 復讐タイムでは、あの羽根つき棒を使って貴女の身体の好きな箇所を好きなだけ自由にくすぐって貰おうと思っていますわ♥」  麗華が配した目線の先には長広いキャスター付きのテーブルが一つ置かれておりそのテーブルの上には、人の背丈くらいはあるであろう長くて細い木製の棒が山となる様に置かれていて、その棒の先端には毛先の整った白い鳥の羽根がしっかりと付けられているのが目に入った。  遠目に見れば白い刃を持った突き槍の様にも見えてしまうその羽根つき棒は、カジノに訪れた客全員に配るのではないかと思える程の本数が並んでおり、目視では数えられないくらいに集められ密集しているそれらの羽根先を見て綾香は圧倒されてしまう。 「仕置きの訓練を積んだ鈴音ちゃんであれば、貴女が泣こうが叫ぼうが命乞いをしようが決められた責めを遂行し続ける事も出来るでしょうが、その復讐タイムで責め手となるのは……偶然この場に居合わせただけの素人のお客さん達なのです……」  その言葉を聞きくと、綾香は先程までの鈴音たちの責めを嫌でも思い出す事となる。  特に鈴音の責めは忘れたくても忘れる事など出来ない。自分がどれだけやめてと叫んでも続けて来るしつこさは……恐怖を通り越して絶望を刻み付けられたくらいなのだ。 「仕置きのプロでも何でもない一般の方に、突然“好きなように仕置きしてやれ”と指示しても困惑してしまうのは目に見えていますし……それに輪を掛けて、もしも貴女に誠心誠意の謝罪を繰り返されたら……責めたくなる気持ちも萎えてしまうでしょう?」  麗華の説明をそこまで聞けば、さっき彼女が言った“反省していない風の態度を取って欲しい”という言葉の意味が何のために提案されたものなのかが見えて来る。 「人間には良心というものが心の奥に備わっていますから……仕事でもない限りは、誰も“素直に謝ろう”としている人間を責めたいとは思わないんです。よっぽどの物好きか……欲に溺れた変態さんであればそういうシチュエーションも好むかもしれませんが、ここに集まっているお客さんはきっと普通の一般人だと思いますわ……。そういう人達は余程の“大義名分”がない限りは仕置きに参加する事も憚られてしまいますの……。責めて良いという大義名分が無い限りは……」  責めてもいいと言える“大義名分”……  麗華はそれを綾香に作らせようと持ち掛けているのだ。  綾香の不正によって理不尽な勝負を強いられた客達に、その恨みを晴らす機会を与えるべく仕置きの時間をこれから取ろうと彼女はしている。しかし……綾香が罪を認めて反省している態度を見せれば、客達の怒り感情が薄まってしまい仕置きにならなくなる可能性がある。だから……綾香に“罪は認めるが反省はしていない”という態度を取らせ、客の怒り感情をより強くさせようと考えているのだろう。  仕置きの時間が無駄になり……客も依頼者も興ざめしてしまうという最悪の展開を恐れて……  あくまで時間いっぱいまで仕置きを続けたいと思っている麗華の配慮であると汲み取った綾香は、彼女の仕置きに対する徹底ぶりに反論する言葉も見つけられずただただ感心するだけだった。  これがプロの仕事なのだろうなと……改めて彼女の仕事っぷりに妙な納得感を感じた。 「罪は認めても……反省せずに……逆に客を煽れって言いたいのね? 客の怒りを買うために……」 綾香はヤレヤレと首を傾げ息を一つ吐く。  それは彼女のやり方に呆れを感じたために出した息ではなく、単純に“どうせ逆らえない立場だし”という諦めの気持ちの乗った溜息だった。 「そういうの得意でしょう? ほら……いつも、裏で夏姫さんとお客さんの事馬鹿にしているでしょう? 今日なんて……『いかさまを見抜けない方が間抜けなのよ……』とか、『そんなんだから大事なお金を巻き上げられるのよ……』とか言ってたじゃありませんか♥ あの休憩室で……。それを言ってあげたら良いんですよぉ♥」 「あぐっ!? そ、そのセリフは……さっき私が――って、何であんながその事を知ってんのよ!? あの部屋には誰も居なかった筈……っ!」  休憩室での夏姫との会話をそのまま切り取ったかのように伝えた彼女の物言いに驚き声を上げようとしてしまう綾香だったが、その言葉も麗華の人差し指の押し付けによって口が閉ざされ口内に押し留める事を余儀なくされる。  しかし自分の目を真っすぐに見つめる麗華の……その自信に満ちた目を見るにつけ、彼女がいかにしてその会話を聞いていたのかの察しが付く……  用意周到な彼女の事だから既にあの部屋には何らかの仕掛けが取り付けられていたのだろう……  例えば、盗聴器だとか……集音マイクだとか……音声を拾う隠しカメラであるとか……そういう仕掛けを行っていたに違いない。  そこまでしないと、あそこまで正確に会話の言葉は紡げない。だから、必ず何かしらの仕掛けをしたはずだ。カジノの職員にばれない様に……こっそりと……。  その一件だけを見ても、いかに麗華が“最初から”自分だけを狙って準備を整えてきていたのかが分かってしまう。  しっかりと時間をかけて準備をして……勝つべくして勝つ流れを作っていたという事が見えてしまう。  そりゃあ……敵わない訳だ……  こんなにもあの手この手で追い詰めようと画策されていたのだから……敵う訳が無い。  綾香は再び諦めるような息を吐き、目の前で自信に満ちた目を向けている麗華に確認を行った。 「煽れば……良いのね? 客が怒るような言葉を吐けばいいんでしょ? 私の事責めたくなるように……」  諦めを纏った綾香の確認に麗華は静かに頷きを返し、その後すぐ、思い出したかのように追加の要求も彼女に伝えた。 「出来れば……仕置きの最中もしばらくは煽ったり強がってくださると助かりますわね♥」 「……仕置きの……最中も? しばらく?」 「えぇ。だってすぐに屈服しちゃったら……お客さん達も責め甲斐がないでしょう?」 「そ、そこまで徹底しなくちゃいけないの?」 「貴女はそれ以上の事をしてきたのですから、それくらい協力してくださいまし♥ あ、でも……最終的には必ず負けを認めてくださいましね? 最後は“もう二度としませんからぁ~~やめて下さ~い”って、情けなく懇願してくださったら最高ですわね♥」 「うぐっ!? あんた……ほんっっとに性格悪いわね! そんなんじゃ嫁に貰われないわよ?」 「んまっ! 失礼な! これは貴女の為にやってあげてる事なんですのよ?」 「嘘つけ! 100パーセントあんたの趣味でしょうが!」 「う~~ん、そう言われると……80パーセントくらいはそうかもしれませんわね? ウフフ……♥」 「殆どじゃないのよっ!!」  寄り付く他者をハリネズミが針を突き立てるかのように毛嫌いし寄せ付けようとしていなかった綾香だったが、彼女は自覚していないが麗華とのやり取りを経てその態度を少しずつ軟化させつつあった。  自分を追い詰める敵であるという意識に変わりはないが、経緯はどうあれ……ここまで自分の事を調べ上げて、尻尾を掴むためにあれやこれやと準備をし、この場に現われたという……ある種の執念の様なものを感じてしまうと、恐れよりもむしろ敬服の念を感じずにはいられない。  たかが一介のディーラーである自分の不正を暴くために、まさかここまでリスクを承知で時間と金と人を用意して戦いに挑んで来るなんて思いもよらなかった。そして見事に不正のタネも暴き切ってそれを逆に利用し罠にも掛け自分を敗北に追いやったその執念……何が彼女をそこまで突き動かしたのかは分からないが、その自分に向けられた執念を知るにつけ、自分が“負けるべくして負けたのだ”と悟らされる。  きっと……この先の仕置きも彼女の計画の一部なのだろう。  この先にも彼女なりのシナリオがあるのであれば……もう自分はそのシナリオから抜け出す事など不可能なのだろう……  そのように考えが巡ると綾香はフッと肩の荷が下りたかのように身体の緊張が解れていくような感覚をおぼえる。  抵抗しても無駄なのだ……どうせ何をしても彼女のシナリオ通りに進んでしまうのだから……  そういう風に準備してきたのだから自分が抵抗しても何も変えられない……むしろ状況は悪化するだけになるだろう……  だから、もう……諦めて良いんだ……。  彼女のやりたいようにさせよう。何をしても結局シナリオ通りに進んでいくのなら、もう意地を張る意味も無いのだ……  どちらにしても意地を張る気力も抵抗する力も残ってはいない。  そもそもその気力すら湧かない……  なにせ……罪を認める覚悟は……既に出来ているのだから…… 「…………多分……みんな怒るわよね? 私が……反省の色なしって態度を取ったら……」 「えぇ。この場に居る全員が敵意を向けるでしょうね……」 「もう……ディーラーとして……働けなくなるわよね? そんな事をしたら……」 「…………………………」 「嫌だなぁ……もう少し……夏姫と一緒に……居たかった……」  綾香の上擦った言葉に麗華はコホンと咳払いを挟みその言葉に言葉を返す。 「……不正をする前に……その様に思っていてくだされば……貴女はいかさまなんかに手は出さなかったのではありませんか?」  至極真っ当な麗華の言葉に綾香は小さく笑いを零し首を横に振る。 「さぁ、どうでしょうね? 私ってば……性根が腐ってるから……いつかは手を出してたかもしれないわ……」  自分を卑下するようにそのような言葉を吐いた綾香に、麗華は嘲笑などせず真面目な顔を向けたまま真っすぐに彼女の顔を見つめ直す。そして言うのを躊躇いながらも重い言葉をその口から零し始める。 「貴女が男性客だけに不正を行っていたことは知っています。その理由も存じています……」  綾香の身体がその言葉にピクリと反応を示す。 「やはり…………復讐してやりたいって思って……不正に手を出されたのですか?」  核心を突く麗華の言葉に綾香は目を閉じつつも簡潔な返事を彼女に返してあげた。 「まぁ、そんな所ね……」  それを聞いた麗華も目を瞑りしばし間を置く。  そして軽く息をついて閉じていた目をゆっくり開き言葉を続けた。 「しかし、それを全く関係のないお客さんにぶつけたのは……良い判断だとは言えませんわね……」 綾香も彼女になる様に目を開け同じく息を一つ吐く。 「分かってる……。でも止められなかった……」  綾香は周りに居る観客を一人ずつ見ながら自分の行ったいかさま試合を思い出していた。  あの客からはいくら巻き上げた……あの客の負けて悔しそうにしていた顔はこんな感じだった…… 思い返せば手に取る様に思い出せる。自分が負けへと追いやってしまった男達へのその時に向けた自分の感情も…… 「今は……後悔されていますか?」  麗華にそのように問いかけられ綾香はしばらく反応を渋るもゆっくり首を縦に振った。  今でもリアルに思い起こせるほど記憶に焼き付いていた敗者に対する思い……  それは、全部が全部喜ばしいだけの感情ではなかった。心の何処かで痛んでいた……  痛んでいたし後ろめたいと思っていたから記憶の中に残り続けた。  忘れる事など出来なかった……。いつか……自分の気持ちに整理がついた時に……謝罪だけでもさせて貰いたい……と、心の痛んだ部分が語り掛けていたのだから…… 「そうですか……でしたら……出来ますよね? 負けていった方々に誠意を見せる為にも……」  その“誠意”という言葉を聞き、麗華がなぜ“反省した態度を取るな”と言った真意が少しだけ分かった気がした。  今から自分が行うのは“誠意”とは真逆の不誠実を形にしたような行為そのもの……  それがなぜ誠意に繋がるのか? 最初は彼女の言いたいことが理解出来なかったが……今なら分かる気がする。  彼女は……客達に裁かせたいのだ。被害にあった客……一人一人に……  仕置きをするのが麗華たちだけであれば、それを見ている客にとってはただのショーで終わるが……彼らを参加させ、自由に責めさせて屈服に導かせれば、あたかも自分達が“裁いた”と認識させることが出来るだろう。  自分たちの手で裁いたと感じられれば、客達もこの仕置きショーという名の制裁にも納得を得られ満足する者も出て来るかもしれない……  自分たちの手で悪を裁いた! 悪を屈服させた! 悪を成敗してやった!  そのような感情を持たせてやりたいと思ったから彼女は演技をするよう指示したのだ。  ワザと煽って……反省の色なしと観客に印象付けて責め欲を掻き立て……最後まで抵抗しようとする自分を責め抜いて……最終的には屈服させられる……  その流れを演技によって完結まで導いてあげる事こそが理不尽にお金を巻き上げられた彼らに対するせめてもの誠意に繋がるのだ。  自分が騙してきた客達が満足出来るよう、強がって、苦しんで、責めが強くなるよう更に煽って……更に苦しんで……そして最後に本当の謝罪を皆に繰り返す。  何度も何度も謝って……苦しんで……責め手の全員が納得するまで責められる事が今まで他人を騙す事しかしてこなかった自分の示す事の出来る唯一の誠意なのだ。  客を騙し……カジノも騙し……スタッフをも騙し続けてきた自分が……まさか謝罪の時すらも騙す事を強いられるとは思いもよらなかった。  でも、それは何とも自分らしい結末だと……改めて思う。  結局……嘘で固めた人生は嘘によって贖罪させられるのだ…… 「…………やるわ……」  きっと苦しむことになる…… 「……良い返事……。どうやら覚悟も決まったようですわね?」  鈴音にヤられたあの仕置きよりも何倍も苦しい思いをする事になるだろう…… 「えぇ……」  くすぐられ、息も絶え絶えになりながらも……それでも客を煽らなくてはならないのだ……そりゃあ苦しいに決まっている。 「それでは……智恵理さん? ショーの続きを……アナウンスして頂けるかしら?」 「はい……」  苦しみ悶えながらも自分からおかわりをねだる様に火に油を注がなくてはならないのだから……事情を知るものが見れば気が狂っていると思われても仕方がないだろう。 「皆さまぁ~? お待たせいたしました! 少しの休憩を頂きましたが、ここからの時間は本来の予定を変更して……カジノの閉店の時間まで仕置きショーの続きをお楽しみ頂きたいと思います!」  でも、やり遂げなくてはならない。もう二度と……夏姫を……あの様な目にあわせたくないのだから……  それに、自分の罪は……やっぱり自分で償わなくては駄目なのだから…… 「しかし! ショーの続きをやる前に、どうやら椿嬢から皆さんに“話したい事”があるそうなので、まずはそれを聞いて続きを行う事としましょう!」  誰が償うわけでなく……自分が償うのだ。で、ないと……この罪の意識は……一生消えてはくれない…… 「では……椿さん? このマイクに向かって……話したい事とやらを……皆さんに伝えてみて下さい?」  智恵理が口元に突き出してきた銀色のマイクヘッド……今はその何の変哲もないそのマイクすらも、綾香にとっては自分を殺しにかかる凶器に見えて仕方がない。  無表情でそのマイクヘッドを口元に寄せ……早く話せと圧力をかけて来る智恵理に、綾香は嫌がるような仕草を取りつつもゆっくりと口を開き不機嫌そうな声を作って言葉を入れ始める。 「そこの扇子を持った女が言ってた通り…………確かに……私は……不正を……してたわ。1回や2回でなく……何度も……」  綾香の告白を聞き観客がざわつき始める。  今まで散々“いかさまなどしていない!”と強気に言い張っていた綾香が突然素直に罪を認め始めたのだから、その手のひらの返し様に驚きを隠しきれない者が多かった。 「なんとっ! やはり不正はされていたのですね? それは……本当に事実なのですか?」 「えぇ。事実よ……私は……毎日のようにいかさまを使って勝ち続けていたの。そこの扇子女が実践してみせたあの方法を使って……ね……」 「これは驚きです! もしかすれば最後まで認めないつもりではないかと諦めかけていましたが……やはり、夏姫嬢への仕置きが効果てきめんだったという事ですね?」 「別に? 夏姫の事は関係ないわ。だって彼女……別にいかさまに何のかかわりもない……ただの従業員の一人に過ぎないんだから……」 「おっと! では、夏姫さんがその告白を引き出したわけではないと? しかし、先程は夏姫さんが責められているのを聞いてかなり取り乱していたように見えましたが?」 「あんなもの……演技に決まってんじゃない。そんな事も見抜けなかったの? あんた達の目って節穴かなんかなわけ? それとも……私の演技の方が女優並みって事かしら?」  綾香のふてぶてしい態度に、徐々に観客の怒りに熱が注ぎ込まれている様子が雰囲気で伝わってくる。 「アレが演技だったなんて……それは私でなくても騙されます! きっとお客さん達みんな騙されたんじゃないですか? アレほど必死な姿をして見せていたのですから……」 「フン! だったら客も節穴って事ね。揃いも揃って情けない……」  麗華たちだけでなく自分達にも嘲笑が向けられ、見ていた観客達は隣近所と言葉をぶつけあいながら綾香に対する敵意の目を強めていく様子が伺える。  綾香はその不特定多数の敵意を帯びた視線に、胃を氷の手で掴まれたような不快感と不安に襲われるが、負けてはならないと自分自身を鼓舞し客を小馬鹿にするような表情を形作って見せる。 「あぁ~! そんな事を言ってはお客さん達……怒ってしまいますよぉ? 謝ったほうが良いのではありませんかぁ?」 「私が? なんで? 何で謝らなくちゃいけないのよ? あいつら……私がこんな態度取ってもどうせ何もできないじゃない♥ そんなでくの棒たちに今更何を謝る必要があるのよ? まぁ、何かしようとしてステージにでも上がって来ようものならすぐ警備員が来て出禁にさせられるでしょうけどねぇ? フフ……」  綾香の煽りに観客達のざわめきは火をつけたかの様に加熱し始め、もはや喧騒と言っても差し支えないほどにホール内が綾香を敵視する声で埋め尽くされた。  隣近所と怒りをぶつけあう者が居たり、飲んでいたジュースのカップを綾香めがけて投げ込んだり……  暴動でも起こるかのような勢いで熱気が増していくその怒りの渦に、綾香は胸の奥を抉られるほどの痛みを抱え更なる煽りを観客にぶつけていく事となる。 「大体、騙される方が悪いのよ! こんな馬鹿そうな女でもあのトリックを見抜けたのよ? 私の前で何回も同じような負けを繰り返しておいてそれを見抜けないなんて、やっぱり節穴なのよ! あんた達の目は!」  客達は今にも飛び出さんとするような勢いで身体を前のめりにさせながら綾香に罵声を浴びせ、空き缶やペットボトルを一斉に投げ始め抗議の声を上げ始める。そのいくつかの缶やボトルは綾香の顔や脚などに当たり心の痛み同様の痛みを身体にも浴びせられる事となるが綾香は高慢な態度を変えることなく顔を横に向けて不機嫌そうな態度を貫いた。  想定以上に反感を買うセリフを次々に吐いていく綾香のヒールっぷりにいよいよ客達の収集がつかなくなりそうだと察した智恵理は、麗華に目配せをして確認を取りつつ本題へと向かう言葉を綾香に投げかけた。 「で、では……椿さん? いかさまをやったという事を……正式に認めたと捉えて構いませんね?」  智恵理の促しに綾香は、客達の抗議の声も無視しつつ自信たっぷりに言葉を返す。 「えぇ構わないわ。私はいかさまをやって愚かな客から金を巻き上げた……それは事実よ!」  智恵理はその言葉を聞いて一呼吸分の間を空ける。そしていよいよ核心であると言わんばかりに息を吸い綾香に再度と言葉を投げかける。 「ここに居るお客さんの中にも……貴女のいかさまのせいで負けを喫してしまったお客様がいるはずですが……そんな方達に……なにか伝えるべき言葉が有るのではありませんか?」  その言葉に綾香は皆に気付かれないようにピクリと身体を震わせた。  本心では今すぐにでも謝罪の言葉を零してしまいたい……そう思っているが、それはやってはならないと理解している。  そんな事をしてしまうと……本当の誠意にはならなくなるのだから……  自分は徹底して悪を貫かなくてはならない。それが自分に与えられた贖罪の一つなのだから…… 「特にないわね……。別に……悪いとも思ってもいないし……」  その言葉が発された瞬間、複数人の男がステージの上に登ろうと縁に手をかけた。  放っておけば殴りかかりに来そうな勢い。  流石に身の危険を感じた綾香は顔を引き攣らせ小さな声で「ひぃ!」と、声を零してしまう。 「お待ちくださいましっ!」  しかし、そんな勢いに任せてステージの上にのぼろうとした男達を制止したのは……智恵理でも警備員でもなくあの麗華の怒声だった。  マイクもヘッドセットも付けていない彼女から飛び出した、まるで彼女に似つかわしくない程の大きな怒声。  それは敵意剥き出しに罵声を浴びせていた観客達の声よりも遥かに大きい怒声だった。 「呆れましたわ! 私達に悪態をつくのならまだしも……被害にあわれたお客様に対してそのような不躾な言葉を吐くなんて! これはもう……いやいよおふざけでは済まされませんわねっっ!!」  穏やかそうな雰囲気を持つ彼女が突然そのような怒声を綾香にぶつけるものだから、ステージへと上がって拳の一発でも見舞おうと企てていた男達はその声に勢いを殺され、上げかけた脚を一旦降ろす事を余儀なくされる。 「もう堪忍袋の緒が切れてしまいましたわ! 出来るだけ長く……ゆっくり楽しむために、少しだけ穏やかな仕置きに切り替えてあげようかと思っておりましたが……それももう必要ありませんわね? 貴女にはやはり……もっと死ぬほど苦しい罰を与えて不正をやった事を後悔させてあげないと皆様に申し訳が立ちませんわ!」   慌てて智恵理がマイクを麗華の口元に運びその言葉をスピーカーへ拾わせる事となったが、麗華はなおも息を荒くさせながら感情のこもった言葉をマイクに入れ綾香を責め立てた。  それに対し綾香もその言葉に負けず劣らずの声を張って彼女の言葉に対抗していく。 「死ぬほど苦しい罰? 何よそれ……また、そこの子供みたいな女に“コチョコチョ遊び”をさせるつもり? もうそんな事しても無駄よ?」  綾香の言葉に鈴音の口がピクリと反応し彼女もまた綾香の顔を睨みつけ反論の言葉述べようと口を開こうとする。  しかしその勢いを殺す様に麗華が鈴音の口元に手をあて制止を呼び掛ける。そしてあくまで自分が進行すると言わんばかりに綾香の言葉に自分の言葉を返し始める。 「コチョコチョ遊び? アレほど苦しめられておいて……まだそんな生意気な事を言えるんですのね?」 「フン! なぁ~にが仕置きよ? 私が身動き取れないのをいい事に、しつこくコチョコチョ、コチョコチョ子供がやる様な指遊びを繰り返して……私が笑うのを見て楽しんでただけじゃない! こんなの全然辛くも何ともないわ……少し恥ずかしいだけよ!」 「なるほど? 鈴音ちゃんのくすぐりをそのように馬鹿にされますのね? でしたら……」 「な、何よ? 今度は3人がかりでやるとか言い出すんじゃないでしょうね? いいわよ? 私の事好きなだけくすぐって笑わせたらいいじゃない! 馬鹿らしい……」  綾香の強がりを聞き麗華はニヤリと笑みを口元に浮かべ彼女の顔のすぐ下に自分の顔を近づける。  そして下から見上げるように綾香の顔を覗き込みながら彼女を煽る言葉を続ける。 「いいえ、私達が責めても貴女は反省をしてくれないようですので……ココからの時間は、私達でなく……お客の皆さんに……仕置きを任せてみようと思っていますの♥」  ゾクリと寒気が走るような低い声でそのように告げた麗華は、綾香の顔を下から覗き込みながら更なる煽りを続ける。 「貴女はさっき……お客さん達に向かってこう仰いましたわよね? “私がこんな態度取ってもどうせ何も出来ないでしょ”って……」  綾香はゴクリと生唾を呑み込む。 「でも、実は……用意してあるんですよねぇ~♪ お客さん達が仕置きに参加できる……道具を……♥」 「な、何よそれ? 脅しても……無駄よ? あいつらは……私の身体に……指一本だって触れることは出来ないんだからっ! そんな事すれば警備員が……」 「指は触れなくて良いんですの♥」 「ッっ!?」 「ほら……あそこ……見てくださいまし♥」  麗華は綾香を促す様に指を差す。  その指の先には……先程見た羽根付き棒の束が置かれたテーブルが示されている。  綾香はそれを見ていたが観客達はそれを初めて見る者が多かったようで、それを見た客達はその羽根つき棒の多さに話の意図を察し始め、殺伐としていた喧騒が次第に色を帯びたざわつきへと変化し始める。 「羽根? 棒の先に……鳥の羽根??」  その羽根を先に見ていた為綾香の“初めてソレを見た”という演技にも僅かに嘘っぽさが混じる。しかし、彼女が演技をしているとは思っても居ない観客達は、その嘘っぽさよりも羽根の質感や形などの方に興味が行き視線はそちらに集められる事となっていた。 「実はアレ……ただの鳥の羽根ではありませんのよ?」 「……えっ!?」  確かに鳥の羽根自体は先程見ていたから知っていたが、麗華が零したその情報は初めて聞く情報だった。  それ故、綾香は今度は素のリアクションを取ってしまう。 「鳥から毟った羽根の様に見えますけど……実はアレは人が作った羽根ですの♥」 「人が……作った……羽根??」 「えぇ♥ 羽毛の様に見えるあの白い毛先ですが……アレ……実際は1本1本がシリコンで作られてますのよ?」 「シリ……コン??」 「プラスチックよりも柔軟で……金属よりもしなやか……撫でれば肌の圧力に負けて毛先を寝かせてしまいますが本物の羽根よりも抵抗感があって、より触られている実感を感じやすいよう加工されておりますの♥ 例えるならそうですわねぇ~~プラスチックの安物ブラシの毛の部分を滅茶苦茶細くして羽根の様な形状に仕上げた……と想像して貰ったら分かるかしら♥ あ、でも、プラスチックではないのでもっとしなやかに肌を撫でますけどね?」  暗がりにあった為、見た目だけではそれが人工のものであるとは全く気が付かなかった。しかし、麗華が見本のためにとその束の中から1本を手に取って綾香に見せつける様に掲げると、それが自然のものとは違う妖しい光沢を放って光を反射し綾香にそれが人工のものである事を悟らせる。 「人はどんな刺激を与えられればくすぐったく感じてしまうのか……それを真面目に研究している研究所で作って貰った“人を嫌でも笑わせてしまうくすぐりに特化した羽根”がこれですの♥ ほら……どうです? くすぐったくない所でも、少し触られただけで……」  麗華はそのように続けながら、試しにと言わんばかりに綾香の頬にその羽根の先端を僅かに撫でさせてみた。 ――サワっ♥ 「ひゃぎゃっっ!!? んひゃああぁっぁぁぁっぁ!!?」  頬を撫でる様に一瞬だけ触っただけだったのだが、その刺激は顔の神経が湧き立ってしまう程の嫌悪感を生み、瞬時に綾香の全身に鳥肌を立ててしまった。  頬など撫でられてくすぐったいと思った事など今までにない。そのように思うような箇所でもない為これから先もそう感じることはないだろうと思うのだが、この人工の羽根の刺激は全くの別次元のこそばゆさを綾香に与えた。  先程の責められた時に感じた本物の鳥の羽根とは全く違う……あの様な雑な刺激ではない。  恐らく毛先が肌にあたって寝てしまう事も計算に入れた配置されたであろう毛先の絶妙な離れ具合……そして毛先が寝てもすぐに起き上がろうと反発しようとする抵抗感……これらが合わさって毛先に肌を引っ掻くという動作を加えさせそれがこそばゆさを強く生む。  その引っ掻き具合も絶妙で、この様なもどかしい刺激を作る事はきっと自然に生えた鳥の羽根では不可能だろう。究極まで細めて作られたシリコン素材であるからこそ成せる刺激……  それを……この一瞬で感じ取った。  そして……同時に悟らされた……  この羽根は……ヤバイ……と。 「フフフ♥ 感じて貰えたかしら? この羽根の……ヤバさを……」  手で毛先を撫でて均すような仕草を見せる麗華だが、手で触ったはずの毛先は麗華の手が離れるとすぐに元の羽根の形状へと一寸の狂いもなく戻る。その事象だけを見ても普通の鳥の羽根とは違うという感覚を植え付けられる。 「そ、その羽根……まさか……その棒……全部についてるって訳じゃ……ないわよね?」 「全部についてますわよ? この羽根付き棒は全部特別発注で作らせたものなので……」 「その羽根だけが……特別くすぐったいって訳じゃ……ないの? 他のは……違う感触になるとか……」 「そんな事ある訳ないじゃないですかぁ♥ 全部……等しく……くすぐったいですわよ? 特別なものなんて1本たりともありませんわ♥」 「それを……まさか……全員に……?」 「フフフ……♥」  演技を忘れ思わず顔色を青くさせ焦る表情を作ってしまう綾香の表情を隠す様に麗華が彼女の前に立ち、再び観客達に向かってマイクに声を入れ始める。 「皆さんにも見て貰ってますこの羽根! これはこの日の為に作って貰った特注品の羽根ですの。これに触られればどんなに不感症な方でもたちまちに爆笑させられるほど凶悪なこそばゆさに苛まれる事になりますわ♥」  綾香は必死にその羽根だけは使わないでと抗議をしようと麗華に言葉を掛けようとする。しかし麗華はそのような綾香の行動を阻害するかのように彼女の身体に自分の背を密着させ、後ろ手に回した手で彼女の腹部を軽く抓り上げて合図を送った。  自分の役目を忘れるなと言わんばかりのその合図に、綾香は危うく出しかけていた言葉を寸前の所で呑み込むこととなる。 「この殺人的なこそばゆさを生む羽根を使って……彼女に復讐したいと思いませんか? この反省の“は”の字も見せようとしない彼女を……皆さんが裁いてみたいと思ませんか?」  麗華の言葉に一瞬、観客は潮が引くかのように静けさを取り戻すが、一人の客が「俺が……やってもいいのか?」と声をかけ、麗華が「勿論♥」と応えた事によって観客のボルテージは一気に最高潮まで振り切る事となる。  我先に! 自分が最初に! と、言わんばかりに羽根の置かれたテーブルへ観客が殺到し、羽根を配ろうとする智恵理や鈴音を無視して自分の羽根を取ろうと束の山を崩していく。  羽根を取り合う観客達の様子はさながら商品の少なくなったバーゲンセールのワゴンに群がる奥様方のよう……  智恵理と鈴音は「ちゃんと人数分ありますからっ!」と必死に訴え、取り合いに負けた観客にも羽根付き棒を分け与えていく。  演技とはいえ綾香の煽りにこれほどまで怒りを覚えた観客がいたのかと……綾香は今更ながら恐怖を覚える。  しかし、麗華の抓りのお陰で自分の役割を思い出した綾香は、羽根の感触に不安を覚えながらも強がる態度を取り直す。 「フ、フン! そんな玩具を取り合って……だいの大人が……馬鹿みたい……」  仕置きショーを見ていたほとんどの観客達が渡された羽根付き棒を手に持ち、麗華たちに促され綾香を取り囲むように半円形のステージの周りに並び立った。  正面は勿論……左右や背後にも隙間を埋めるように客が立ち、360度何処を見ても自分を責める人間がひしめいている事を綾香は嫌でも悟らされる。 「皆さん? これからの時間は皆さんの気が済むまで綾香さんを責め抜いていただいて構いませんが、一つだけ約束を守って下さいまし……」  今にも羽根を突き立てんとするように構えを取っている客達に向け、麗華は最後のアナウンスをマイクに入れる。   「何が有ってもそのステージの上だけには登らないでくださいまし。その棒はステージに上らなくても綾香さんの身体に羽根を運ぶだけの長さは十分にあるんですから……登る必要性は無い筈です。しかし、ひょんな事からそのステージに足を掛けたりでもすれば……さっき彼女が言った様にこのカジノの警備員が即座に駆けつけて仕置きの時間が終わりを迎えてしまう事になります。そうなるのは嫌でしょう? 時間いっぱいまでこの生意気な彼女を責め抜いてあげたいでしょう? でしたら……ルールだけは守って下さいまし。ちなみに羽根が無い方の棒の部分で突くのもルール違反ですのでやらないでくださいまし?」  念を押す様にその言葉をしっかりとマイクに通した麗華は、そのアナウンスを終えるとゆっくりと観客達の背後へと回り、遠目から綾香の顔を眺められるようなるべく正面に彼女の顔を捉え腕を組んでその時を待った。  綾香は自分の役目を果たさんとするように、一様ににやけた笑みを浮かべている客達に向かって強気な言葉を吐き散らす。  本当は、あの羽根の感触に触られるのが怖くて堪らないと思っているが、それを悟られないよう懸命に語気を強めて客達を「馬鹿」だの「アホ」だのと罵って精一杯煽り続ける。  やがて、ひとしきり綾香の煽りが落ち着くと……智恵理は麗華の顔に視線を向けて無言の確認を行う。  麗華はその視線に向けてコクリと頭を頷かせ智恵理に「始めていい」というサインを送る。  それを見た智恵理は大きく息を吸い込んで肺に酸素を溜め込み、それを吐き出す様にマイクに向かって運命の言葉を告げた。 「では、始めてください!」  智恵理のその言葉に、我先にと羽根を綾香の身体に伸ばし始める客達……  薄暗いステージの円周から次々に差し込まれてくるその羽根たちの接近は、さながらサインを求めるファンが差し出す色紙のように無遠慮な勢いで綾香の身体にそれを突き立てていった。  いよいよ……客達による私刑が始められた。  最初だけでも……意地でも笑ってやるまいと口を固く結んで刺激を我慢しようとした綾香だったが……  その我慢は……数秒も持たず決壊する事となる。  あまりのおぞましい刺激に……


Related Creators