淫魔の狩り人達(前編):12
Added 2020-01-01 08:04:56 +0000 UTC12:救出 「お前の悲願など叶えてやるものかっッ!! ここで消えろっッ!!」 絶頂を続け油断しきった淫魔に放たれたその怒声……その声がした直後、暗闇の一辺がカッと光り、同時にパン! という破裂音が部屋の壁に乱反射する。 「っッ!!?」 破裂音がした方角からは音速をも超える光の筋が走りラフェリアの顔のすぐ横を掠って横切っていった。 掠った筋はラフェリアの紫色の肌に線を引くように傷を付け、魔族特有の青黒い血溜りをその傷から流させる。 「ちっ……これだから暗闇は嫌いなんだ! うまく照準が合わねぇ……」 薬莢を排莢するキン! という甲高い金属音が鳴った方角からは蝋燭の明かりに照らされたレファの横顔が浮かび上がり、そしてその横顔に添えられるように長い筒状の武器が輪郭だけを薄黒く浮かび上がらせた。 「でも今度は外さねぇ! お前のために精製した特製の水銀弾だ! 遠慮なく喰らいやがれ!!」 長い筒状の武器はぼんやりとしか見えないがその筒の先端から破裂音と火花が散った瞬間、それが銃器であることに気づかされる。 ――パンッ! まも放たれた閃光の筋は今度こそは獲物を捉えたと言わんばかりにラフェリアの眉間に吸い込まれるように突き刺さっていく。 言葉を発する間も与えられなかったラフェリアは眉間に銃弾を受け、その受けた衝撃に逆らうことなくあっさりと後へに倒していき、そのままベッド下へと落下していった。 「お、お姉様!! 大丈夫ですかっッ!?」 レファの隣で弓を構えて矢を発射する機を伺っていたアイネだったが、あっさりとラフェリアが倒れ込んでいったため自分の出番はなくなったと悟り弓を下げ矢を矢筒に仕舞い込むと、拘束された姉の元へと駆け寄っていった。 「はぁ、はぁ、はぁ……アイ…ネ? どうして……ココ……に?」 ラフェリアが倒れた瞬間、淫魔の幼体も触手の魔法も存在自体がなかったかのようにスッと消え去り、エリシアの身体から一切の刺激が取り払われる。 地獄のようなくすぐり責めから解放されたエリシアは、憔悴しきった目で駆け寄ってきた娘が自分の妹である事を確認し、近寄ってきたアイネに枯れ果て声質まで変わってしまった自分の掠れ声を彼女に届ける。 「お姉様!! 彼女が……淫魔の狩り人様が来てくださったんです!! 彼女がお姉様を助けてくれると……」 疲れきってはいるが意識はあり琥珀化もしていないエリシアの様子を見てホッと息を付いたアイネは、警戒するよう回りをキョロキョロと見渡して近づいてくる女性を“淫魔の狩り人”だと紹介した。 「淫魔の……狩り人……様??」 事情の飲み込めないエリシアはアイネの言葉を理解できない様子を見せるが、彼女たちが助けに来てくれたという事象だけは理解が出来、ようやく安堵の息を零すこととなる。 「今すぐにこの拘束をときますからっ!! お姉様っ!! 少々お待ちを!!」 姉の無事な姿を見て顔を綻ばせたアイネは、急いでエリシアを自由にしようと手の枷に手を伸ばそとする。が、しかし……レファはその助けに待ったをかけるようにアイネの目の前に手をかざし彼女の動きを制した。 「待ちな! なんか……様子が……おかしい!」 石ベッドの奥側……先ほどラフェリアが倒れ込んだ方から物音が聞こえる。それに危機感を募らせたレファは咄嗟に片手で銃を構え直し、もう一方の手でアイネの体を押し戻し警戒態勢を強める。 「あはぁ♥ 誰かと思えば……研究所から逃げ出した……“イノシシ”娘ちゃんじゃない♥」 片手で構えた長銃の照準を覗き込み、ベッドの奥の暗闇を睨みつけるレファ……。確かに眉間を打ち抜いたはずのラフェリアの声が暗闇から響き、緊張と嫌な予感を同時に走らせる。 「ちっ! やっぱり……一発では仕留められなかったか……」 片手でアイネの胸元を抑えながら後ずさるレファは銃の撃鉄を起こし、すぐにでも弾を発射できる状態へと銃を持っていく。銃は次の弾を発射すべく準備を整えているが、銃を持つ手は僅かに震え覗き込んでいる照準が上下にぶれてしまっている。 「淫魔は“水銀”が大嫌い。だから淫魔の弱点だと伝えられているみたいだけど……それは気休め程度の言い伝えだって貴女も分かっていたんでしょ?」 声のする方へと銃口を向けアイネの胸元から手を離し銃の筒をブレさせないためにその手を添える。後は姿を見つけ次第発泡するだけ……。姿を見せないラフェリアにレファの緊張は極限まで高まっていく。 「私にそれが通用するわけないじゃない……」 正面から聞こえていた声が途中から不意に背後へと回り込んだかのように後ろから聞こえ始める。 レファは「しまった!」と口走り後ろを振り返ろうとするが、いつの間にか背後をとっていたラフェリアが振り返る途中のレファを突き飛ばし、彼女を転倒させてしまう。 「レファさんっっ!!」 慌てて隣にいたアイネがレファに近寄ろうとするが、そうはさせまいとラフェリアが手を伸ばしアイネの細い首を掴み締め上げる。 「あぐっっ!? んっっっっっ!?」 「ア、 アイネっっ!!」 首を掴まれた状態で持ち上げられたアイネは足が地面から離れ宙に持ち上げられる。それを見たエリシアは枯れた声で妹の名を叫び外れるはずもないと分かっていながら手枷をばたつかせる。 「まさか……あの村に“3人目のエルフ”がいたなんて……。こんなに嬉しいことはないわ♥ 今日はお祝いの酒盛りをしなくちゃ♥」 暗闇から手だけが生えるようにアイネを持ち上げていたラフェリアは、1歩2歩と彼女を掴んだまま明かりのある方まで歩み寄る。 明かりに照らされたラフェリアの顔は眉間に銃弾のめり込んだ穴が空いていて、そこから青黒い血の線を口元まで垂らしていた。普通に考えればあの銃弾を受けて生きているはずもない……だが彼女は生きていて喋っている。 倒れ込んだままレファはグっと唇を強く噛み、銃で狙撃することを諦め銃から手を離しつつ倒れ姿勢のまま素早く横に何度か転がりながらクルリと体を身軽に立て直し膝立の姿勢まで体勢を整える。 そして間髪入れずに片手で背中のベルトに備え付けてあったサバイバルナイフを抜き、ラフェリアの次の攻撃に備えそのナイフを顔の横に構える。 ギラリと光る銀色の片刃がアイネの首を絞めているラフェリアの姿を映し出す。その裏の刃には目を鋭く細めたレファの顔を大きく映し出している。 「聞いているわよ♥ エルフ族って……代を追うごとにマナの蓄えが多くなるんでしょ? 確かに……貴女の一番上のお姉さんよりもエリシアちゃんの方がずっとマナは濃かった……。っていう事は、貴女よりもこっちの幼女ちゃんの方がマナは強くなるはずよね? 必然的に……」 レファはラフェリアの語りに耳も貸さず構えたナイフの切っ先を彼女の胸元へと向け狙いを定めた。そして僅かに前傾姿勢を取ったと同時に膝立の状態から地面を蹴って一気に前へ前進し、その切っ先に体重を乗せて彼女の胸に突き立てた。 ドスッ! という生々しい音と肉に突き立てたナイフの感触が手に伝わり「今度こそ!」と声を上げそうになるレファだが、その声はラフェリアの余裕ある表情を見て引っ込める結果となってしまう。 「無駄だって言っているでしょう? そんな攻撃が私に通じる訳が無いじゃない♥ もう……そんな次元に私はいないわ♥」 ナイフを突き立てた格好のまま固まっているレファの額にアイネを掴んでいる手とは逆の手を掲げたラフェリアは、短い呪文を詠唱しその手のひらに光の粒を集めていく。まずいと思いすぐに緊急回避するために横へ転がろうとレファは体を傾けるが一瞬その動きは遅くラファリアの詠唱が先に完了してしまう。 集まった光がパッと眩く光ると、ズンッ! という鈍い音を立てレファの額に集約された魔力の衝撃波が送られる。その音が聞こえた瞬間レファは額にハンマーで殴られたかのような強烈な打撃感を味わい、痛みに声を上げる間もなく衝撃とともにレファの体は後方へと飛ばされ、後方の硬い石壁に全身と後頭部を思いっきりぶつけてしまう。 レファは額の衝撃と全身の打ち付けによって壁を背にグタリと座り込み声を一つも零すことなく目を閉じてしまう。 「ちょっっ!! やめて!! 人間を傷つけないでっっ!!」 「えぇ? 何を言っているの……私にこんな傷を負わせた人間に……反撃しないなんてありえないでしょ?」 眉間にはめり込んだ水銀製の銃弾。胸の中央には突き刺さったままの鋭利なナイフ。それでもラフェリアは平然な顔をして喋っている。その声には微塵も苦痛を感じさせる歪みは伺えない。 「不老……不死? 貴女……さっき言っていた不老不死の霊薬を……既に飲んでいるの?」 致命の攻撃を2度も受け平然としているラフェリアに、エリシアは口を震わせながら言葉を零す。 「クフフ♥ 霊薬はまだ完成すらしていないわよ。まぁ、完成しても私が飲むわけじゃないんだけどね……」 エリシアの言葉に笑みを浮かべて言葉を返すラフェリア……彼女の眉間からは青黒い血のついた鈍色の弾丸が皮膚に押し出されるように吐き出される。床に落ちた銃弾は2度ほどカツンと音を立て床に転がった。 「だったら、なぜ生きているの? 眉間を撃たれて……心の臓をそれに刺されてもなお生きているなんて……普通じゃない!」 弾丸と同じ色の刃を持ったサバイバルナイフは今もなおラフェリアの胸の谷間にしっかり突き刺さっており、見た目にも致命の一撃を受けた後である事を周囲に知らしめている。しかし、それでもなおラフェリアは余裕の笑みを浮かべ平然としている。百歩譲って何らかの仕掛けで死に至らなかっただけだとしても“痛み”ぐらいは感じていてもいいはず……。それなのに彼女は悲鳴の一つさえも上げて見せなかったのだ。 「そうね……じゃあ、その謎は貴女が解いてみせなさい♥」 「……? わ、私……が? 謎を解く??」 「私はエリシアちゃん以上のマナの持ち主を見つけちゃったから……もう貴女にも貴女のお姉さんにも興味が無くなっちゃったわ♥」 「興味が……無くなった??」 「この子がいれば……十分事足りる♥ 貴女よりも若いから……さぞかし体力も有り余っていることでしょうからね……」 「ま、まさかっっ!! アイネを連れて行く気!? だ、だめよ!! その子はだめっっ!!」 「ダメと言われれば……余計に連れて行きたくなるのが淫魔の性(さが)なのよねぇ~~♥」 「それでもやめなさいっっ!! 彼女だけはだめっっ!! 貴女が思っているような結果にはならないわ! だって彼女は……」 「もう決めたことなの! 貴女は黙ってそこの役立たずなイノシシ娘と私を追いかける計画でも立てていなさい♥ まぁ、簡単には見つからないでしょうけどね……私のお家は♥」 「追いかける? ま、待ちなさいっっ!! アイネを放してっっ!! 代わりだったら私がっっ!!」 「ここも良い餌場だったけど……やっぱり我が家が一番よね? これからたっぷり可愛がってあげるから……楽しみにしててね? アイネちゃん♥」 「待って!! お願いっっ!! 待っ――」 エリシアの必死の言葉は彼女には届かず、アイネの首根っこを掴んだままラフェリアは反対の手で宙に円陣を描き短い呪文を唱える。すると2人の体は光の粒に包まれ1度だけ眩く強く光ったかと思えば……光の粒が花火のように弾け、次の瞬間彼女たちの姿は光の粒とともに忽然と消えてしまう。 静まり返った祠の地下にエリシアの“待って!”という言葉だけが虚しく壁に乱反射して残響音のように響き渡っている。 「いっってて! くそぉ……頭の後ろをモロにぶつけちまった……」 吹き飛ばされた瞬間意識までも数秒間飛ばされていたレファが、事の成り行きを理解しないままにのそりと起き上がる。 「……ん? あれ? 奴は……?」 アイネと共に消え去ったという事象を見ていなかった彼女は、ヨロヨロと石ベッドのある中央へと歩み寄ると間が抜けた声でエリシアに問いかける。 「なぁ、姉ちゃん? あの淫魔は……」 目を見開き口を震わせて慄いているエリシアに再度声をかけようとするレファだが、言葉を言い終えないうちにエリシアからは強い口調の怒声が発せられる。 「いいからコレを今すぐ外してくださいっッ!! すぐに助けないとっっ!! すぐに追いかけないとっっっ!!」 これまで以上に手枷足枷をガチャガチャと振り乱すように暴れ始めるエリシアに、レファは何事かと驚き慌てて言われた通りに手枷を外しにかかる。 「アイネが……捕まってしまった……急いで……早く助けないと!!」 事情が飲み込めないレファだったが、ブツブツとうわ言のようにアイネが捕まったと発する彼女の言葉に、アイネは淫魔に連れ去られたのだろうと察することができようやく現状を理解することとなる。 「お、おい! そんなに暴れなさんな! 暴れられれば外せるもんも外せねぇ! それに、大丈夫だ! 私も協力するから落ち着け! 私はレファって言うんだ、淫魔の狩り人って呼ばれてる。奴を追うための布石はちゃんと打ってある! すぐに居場所を突き止めてやるから……だから暴れてないで大人しく――」 「アイネは!! アイネはダメなんです!! 彼女は“完全なエルフ”ではないからっっ!!」 手足をばたつかせるエリシアの口から衝撃の言葉が放たれる。その言葉の意味をすぐには理解出来ないレファは一瞬ぽかんと口を開けて頭の上に疑問符を浮かべる。 「っッ!? ……はぁ? 何を言って……」 「彼女は母が人間の男と交わった時に出来た子供っっ!! 人間の血が半分流れたハーフエルフなんです!!」 「えっ!?」 確かにレファはアイネから聞かされていた。彼女達の母親は人間の男と交わって村を追い出されてしまったと……。 しかしその男との間に子供が出来ていたんなどとは聞かされてはいなかった……、ましてや生まれて出てきた子供が……アイネ自身だったなど知る由もない……。 「完全なエルフでないアイネは琥珀化が出来ないわっ!! だから、あんな責めを長時間私たちと同じようにヤられたら……」 ハーフエルフは琥珀化という生命維持能力は使えない……エリシアの口からまた新たな事実が零される。 「……琥珀化ってあれだよな? 命がヤバくなったら自動で発動する……」 「確かにエルフは代々子が生まれるごとに魔力の質は高まっていく傾向にあります! でも人間と交わって出来たアイネはほとんど魔力を宿してなんていません! 魔力への耐性だって私より低いんですから淫魔の催淫の効果だって……」 「あ……あぁ……それは……マズイやつだな……」 「魔力に耐性のある私でさえ正気を保つのがやっとだったんです!! それなのに私より耐性の薄いアイネがアレに晒されれば、1日もつかどうかもっっっ!!」 「ヤツはそのことを知らねぇで連れ去ったんだ……。マナがたっぷり絞れると思って……」 「急いで後をっっ!! 後を追わせてくださいっっ!!」 「分かった……。私も出来うる限り協力はする! だから“ひとつだけ”聞かせてくれ!!」 「……は、はい? ひとつだけ?」 「あぁ……落ち着いて、あの時の状況を思い出してくれよ?」 「……え、えぇ……」 「奴は……消える瞬間まで……」 「……??」 「私が最後に刺した“ナイフ”を……胸に刺したままに……していたか?」 「…………えっっ!!?」 「あのナイフを刺した状態で消えたかって……聞いているんだ……。それが大事なんだよ!」 「えっっ?? えぇぇぇ???」