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The.UnderCover~潜入捜査官:神崎琉姫~3

3:潜入前夜 「これ……やっぱり目立っちゃうわよね? 大丈夫かしら……」  大きな姿見の鏡の前で様々なポーズを取りながらボディーラインを自分の目でチェックしていく潜入捜査初心者の琉姫。改めて大幅にカットして短くなってしまった自身の髪を見て複雑な表情を浮かべる。 「短めにとは言ったけど……こんなに切っちゃうなんて思わなかったからなぁ。色も結構派手になっちゃってるし……」  上司の志乃に“潜入の前に少し自分の姿を変えておきなさい”と助言された事を受け、取り敢えず手っ取り早く髪型だけでも変えてしまっておこうと行きつけの美容室へカットしてもらいに行ったのはいいのだが……。彼女の注文とは裏腹に美容師は肩まであった髪を大胆に首上付近まで短くカットし、あまつさえ指定した『薄暗くて黒に近い紫色』というカラーよりも明らかにビビットで明るい紫色に仕上げてしまっていた。  目立つのを本位に思っていない琉姫にとってこの誤算的な変身はお洒落の為ならばいいのであろうが潜入捜査には目立ってしまいそうで不安だけが残ってしまう。  途中で気づいて美容師に変更を指示すべきだったのだろうが……琉姫は椅子に座るや否や眠り始めてしまい髪を切る過程を一切見ていなかった。  確認のために起こされた時も寝ぼけていた為、ちゃんと仕上がりを見ずに返事をしてしまっている。まぁ、寝てしまった琉姫の自業自得と言われれば反論の言葉も浮かばないのだが、彼女はそれでも納得がいかない表情を浮かべ続けている。 「レースクイーンの衣装って……こんなに際どかったっけ? なんか肌の露出も凄いし、コレで外を歩くの……恥ずかしすぎるんだけど……」  布面積が極力抑えられた衣装を身にまといそれっぽいポーズを色々試してみていた琉姫は、改めてこの支給されたレースクイーン用衣装の際どさに自分のポーズを見て思わず赤面してしまう。そして恥ずかしさのあまり彼女の癖でもある“髪いじり”をついつい行ってしまう。 「袖は無いわ、胸より下の布も無いわ胸元もぱっくり露出しているわで……ほとんど下着じゃない! もう!」  上は光沢のある黒を基調としたブラジャーの形をしたインナーと袖も丈も無い子供服かと思えるくらい小さい青い襟付きジャケットを羽織り、下は上着と同じ色合いのラバー状の生地で出来た短めのタイトスカートを穿いている。両サイドには上着の青い襟と同じ色の青い線が2本走っていて見た目にもスタイリッシュな衣装ではあるのだけど……足を開けば下着が見えてしまう程に短いこのタイトスカートは不特定多数の男性を喜ばす為に処理であろうことが見て取れる。  見た目のカッコよさよりも肌の露出を主題として作られたであろうことが手に取るように分かってしまうこの衣装に、琉姫は恥ずかしそうに髪の先端を指で弄りながらブチブチと小さな不満を絶え間なく零していく。コレを手渡しに来た上司に聞こえるように……。 「やだ♥ 良いじゃない♥ とっても似合っているわよ~~琉姫ちゃん♥」  その不満を聞かないようにしているのか、それとも自分に向けられた不満だとは気付いていないのか、この衣装を持ってきてくれた上司はいつもの朗らかな笑顔で鏡に映った琉姫の姿に称賛を送る。  彼女は腰に手を当て鏡に映る琉姫の姿を隅々チェックし、やれ「腰の括れが綺麗」だとか、やれ「引き締まったお腹周りも素敵」だとか、やれ「しっかり出来た胸の谷間がソソる」だとか……中年のおじさんが口にするようなセクハラまがいの褒め方をするものだから、増々琉姫の羞恥心を煽る結果となってしまう。  正直、黙って見守って貰っていた方が遥かにマシなのだが……上司に「黙っていろ」などと言う本音をぶつける程彼女も迂闊ではない。こんな上司でも敬い尊敬の念さえ琉姫は持っているのだから。 「チーフぅ~~! 本当に私をこの格好で潜入させるつもりですか? こんな恥ずかしい格好で……」  恥ずかしいのは確かだが、徐々に露出した箇所を褒められて嫌な気がしなくなってきた琉姫は改めて上司の志乃に伺いを立てる。本当にこの格好が必要なのか……と。 「えぇ、この衣装はミズホモーターズのオーナーさんにお借りした正式なユニフォームですもの。コレを着て仕事をする事になるから今のうちに着慣れておきなさい」 「なんか……エロいんですけど……この服……」 「仕方ないでしょ? 人の注目を浴びてナンボの仕事なんだから……。それでも私の知ってる服より抑えてあると思うのよ? 露出……」 「えぇ~~? 本当ですかぁ? なんか……ただ“チーフが見たかっただけ”の衣装に見えなくもないんですけどぉ~~」 「……ギクッ!」 「チィ~~~フゥ~~~?」 「だ、大丈夫よぉ~~♥ 別に……オーナーさんに“露出が一番のやつを貸して”なんて言ってないしぃ~~」 「チーーフっ! やっぱりぃぃぃぃっっ!!」 「大丈夫♥ 似合ってるから~~♥ ちゃんと似合ってるから大丈夫よぉ♥」 「もぅ! 部下の困惑する顔を見るのが趣味なんて悪癖、どうにかしてくださいっ! 面倒臭いのはコッチなんですからねっ!!」 「それは直しません♥ だって可愛い顔見るの楽しいんだもの♥ 特に琉姫ちゃんみたいな美人さんの困った顔を見るのが……」 「いい迷惑です! だからチーフの部署には女の子が入って来ないんですよ! 女子にちょっかい出し過ぎだ・か・ら!」 「今は琉姫ちゃんが居てくれるから大丈夫♥ 他の子には目移りしてないわよぉ~? 多分……」 「気持ち悪い言い方しないでくださいッ!」 「は、はぁ~~い♥」  上司に悪癖を直せと強い口調でモノ申した琉姫は、未だに鏡越しの自分の姿をジロジロ眺める彼女を部屋から追うように押し出し、ガチャンと改めて部屋の扉を閉めた。そしてこの際どい衣装をゆっくりと着替え始める。  すると、扉を挟んで志乃の口から少し重いトーンで潜入先の情報が語られ始める。  「いちお、この件はオーナーさんには話してあるわ。ドラッグが出回っているかもしれない事も伝えたけど……彼女はその件に関して何も知らないみたいだった……」 「彼女? って……ミズホモーターズのオーナーさんは女性なんですか?」 「えぇ……。三洲穂 咲枝(みずほ さきえ)、32歳の独身オーナーよ。先代のオーナーは父親だったんだけど、その父親が急死して娘の咲枝さんが受け継いだ形になっているそうよ」 「娘さんが引き継いだ……。だから、出回っているドラッグも把握していない……と?」 「分からない……。もしかすると彼女こそがドラッグを撒き散らしている犯人かもしれないし、そうじゃないかもしれない……。でも、どちらにしても潜入捜査する上でオーナーの協力がないと話は進まないから最低限の情報だけ伝えて了承してもらったわ」 「もし犯人がオーナーだとしたなら、潜入捜査なんて協力しません……よね?」 「どうかしら。もしかしたら罠かもしれない……っていう警戒はしておくべきかもね……」 「オーナーが……犯人かもしれない……ですか?」 「この事態を理解していないのか……見て見ぬ振りをしているのか……積極的に干渉しているのか……。それは潜ってみないと分からないわ。クスリの事は私も知らなかった情報だから外に漏れないように犯人達が固く口を閉ざしていてオーナーにすら勘付かれない様にしている可能性だってあるし……」 「潜らないと……分からないか……」 「……初めては、やっぱり不安?」 「潜入捜査なんて危険と隣り合わせな捜査を何の経験も無しに行おうとしているんですよ? 不安じゃない訳がないです……」 「それはそうよね……うん、だったら……はい、コレ」  閉められたドアの隙間から志乃が薄くて丸い何かを滑らせて送ってくる。 「……??」  その薄くて丸いものを拾い上げた琉姫は、下着姿のまま困惑した表情で首を横に傾げる。 「……コレをさっきの服の襟の中に忍ばせて、後で縫い付けておいて頂戴……落ちないようにね……」 「何です? これ……ワッペン??」 「ううん、これは潜入工作用の無線通信機。そこのボタンっぽくなっている所を押しながら喋れば私の通信機に音声が届く様になってるわ」  琉姫は小さなワッペンの膨らんだ中央部分を指で押しクリック感を確認すると、試しにと言わんばかりに「あ~~あ~~」っと声を上げてみる。するとドア越しに彼女が出てくるのを待っていた志乃のポケットから電波を経由した琉姫の滲んだ声が遅れて聞こえ始める。 「成程……。コレで状況を伝えながら指示を仰げばいいんですね?」 「えぇ、でも気をつけて。誰かに聞かれる距離で喋れば怪しまれるし、私の声も外に漏れる心配があるから……」 「はい。周囲を気にしながらタイミングよく通信しろって事ですよね?」 「そう。琉姫ちゃんからの通信がない限りはこちらからは連絡しないつもりだから、指示を仰ぎたいときは細心の注意を払って使ってね?」 「分かりました……」 「それから、その通信装置は小型だから天気とかによっては電波がちゃんと届かない事もあるわ……そういう時は時間を置いてまた連絡してみて頂戴ね?」 「……はい……」  志乃から渡された直径3cm程の小さなボタン型の通信機は琉姫の着ていた服の襟部分の隙間に綺麗に入り、縫い付けて固定さえすればそのボタンは不意に落下する事も何者かに見つかる事もないだろう。そう感じた琉姫は、何度か試しにと言わんばかりに通信機の頭頂部のボタンを押してみてその感触を確認した。 「これなら……私に何かあってもチーフが助けを呼んでくれたりしますよね?」 「えぇ。だからもしピンチな状況に陥ったりしたら遠慮せず通信を送ってね? なるべく素早く踏み込みたいから……」 「……了解です」  神妙な面持ちで上司の言葉を一つ一つ頭に刻み込んでいく琉姫は着替えを終えるとゆっくり更衣室の扉を開き腕を組んで待っていた上司に不安気な顔を見せる。すると志乃はクスリと笑顔をみせ琉姫の肩に両手を置いた。そして…… 「大丈夫! サポート体制はバッチリなんだから! 堂々と潜入してらっしゃい♪」  肩に置いた手にグッと体重をかけ励ましの言葉を送った志乃は、そんまま手を琉姫の頬をサンドウィッチするかのように挟みムニムニと表情筋をほぐす動きで緊張を解こうと促した。 「ひょっ!? チ~~フ~~! やめてくらひゃいぃ~~っ!!」  縦に横にと頬の形が変形させられる手の動きに、緊張の糸がピンと張り詰めていた琉姫の不安や緊張が良い感じにほぐされ、志乃に対して見せるいつもの眼差しを取り戻す。 「よし! もう大丈夫ね? じゃあ……明日からの潜入、無理しないで頑張っておいで!」  顔から手を放した志乃は最後に気合を入れるつもりで琉姫の背中をてのひらで軽く叩いたつもりだったのだが…… 「痛っだぁぁぁぁぁ!!」  その力が思いのほか強かったようで、琉姫は飛び上がりながら打たれた背中に手を回して痛がった。 「フフ……。気をつけて行ってらっしゃい♥」  志乃は涙目になりながら睨みつける部下の頭をイイコイイコと撫で、背中越しに手を振りながら更衣室を後にした。  琉姫は涙目のまま上司がドアから出ていくのを唸りながら見送り、ドアから外へ出た瞬間を見計らって聞こえないような声でそっと愚痴のような言葉を零す。 「頑張ればいいんでしょ、頑張れば…………。フン!」と。


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