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空が赤く染まり始めた頃、夕闇が街を包み込もうとしていた。天宮陽子は息を切らしながら、廃工場の中を駆け抜けていた。彼女の背後では、重い足音が不規則なリズムを刻んでいた。
「逃げ切れるわけないだろう、正義の味方さん」
低く歪んだ声が残響する。陽子は顔をしかめながらも足を止めなかった。腰に差した変身デバイスは今は使えない。先ほどの戦いで受けたダメージで、充電が必要な状態だった。
「あと10分…あと10分持ちこたえれば…」
彼女は小声で呟きながら、工場の奥へと進んでいった。しかし、突然目の前に現れた黒い影に、陽子は思わず足を止めた。
「見つけたぞ」
闇から浮かび上がったのは、暗灰色の皮膚を持つ巨大な怪人だった。その姿は人型ではあるが、明らかに人間ではない。赤く光る複眼と、節くれだった腕、そして背中から伸びる鋭い突起物。彼女らが「カゲロウ」と呼ぶ怪人だった。
「ハルカ・ブライト、いや、天宮陽子…お前の正体は分かっている。もう変身はできまい」
カゲロウの言葉に、陽子は息を呑んだ。正体を知られていたことが衝撃だった。しかし、彼女は動揺を悟られまいと顎を上げた。
「私が誰だろうと関係ないわ。あなたたちの計画は必ず阻止する」
「大きな口を叩くな」
カゲロウの動きは速かった。陽子が反応する間もなく、彼の長い腕が伸び、彼女の喉元を掴んだ。
「うっ…!」
足が地面から浮き、陽子は必死に怪人の腕をつかんだ。しかし、その力は人間の少女の力ではどうにもならなかった。
「お前たちのような存在が、我々の邪魔をするとは…」
カゲロウは陽子を壁に叩きつけた。鈍い音とともに、彼女は床に崩れ落ちた。痛みで一瞬、意識が遠のく。その隙に、カゲロウは陽子に近づき、どこからともなく取り出した黒い縄を彼女の手首に巻き始めた。
「これは特殊な縄だ。お前の力を封じる」
陽子は抵抗しようとしたが、既に体に力が入らなかった。カゲロウは手際よく彼女の両手首を背中の後ろで交差させ、縄をきつく結んだ。続いて彼女の胸の上と下にも縄を巻き付け、動きを制限した。太ももも同様に縛り上げ、最後に足首を固定した。そして足首の縄を背中の縄に繋げ、身体を弓なりに反らせるように拘束した。
「くっ…解放してっ…!」
陽子は必死にもがいたが、縄はびくともしなかった。それどころか、縄が締まるほどに体から力が抜けていくのを感じた。
「無駄だ。その縄は抵抗すればするほど、エネルギーを吸収する。完璧に動けなくしてやった」
カゲロウは複雑に縛り上げた陽子を見下ろし、拘束の出来栄えに満足げに低く笑った。陽子は緊縛に苦しみながらも、屈辱的な姿勢で身動きができない状況に歯噛みした。
「我々の計画はもう止められん。お前を捕らえたことで、残りの仲間たちも必ず罠にかかるだろう」
陽子は唇を噛みしめた。自分がおとりにされることを悟ったのだ。しかし、彼女の目に宿る決意の光は消えていなかった。
「私の仲間たちは…そんな罠には引っかからないわ」
「そうか?すでに連絡は送った。お前の位置情報と共にな」
陽子は愕然とした。腰に付けていた通信機が光っているのに気づいたのだ。カゲロウはそれを操作して、罠を仕掛けていたのだ。
「やめて…みんなには手を出さないで!」
初めて、陽子の声に焦りが混じった。カゲロウはそれを楽しむように首を傾げた。
「心配するな。仲間たちとはすぐに再会できる。同じ牢獄でな」
そう言って、カゲロウは縛られた陽子を肩に担ぎ上げた。彼女は必死にもがいたが、縄の効果で体は言うことを聞かなかった。
工場の奥へと歩みを進めるカゲロウ。陽子は意識が遠のく中、最後の希望を胸に抱いた。変身デバイスの充電はあと数分で完了するはずだった。そして充電が完了すれば、たとえ縛られていても、ある程度の力は使えるはず…。
彼女は目を閉じ、力を温存することにした。戦いはまだ終わっていない。必ず仲間たちを守り、この危機を乗り越えてみせる。それが正義の味方、ハルカ・ブライトの使命なのだから—。
陽子が目を覚ましたのは、冷たい石の床の上だった。周囲は薄暗く、わずかに差し込む月光だけが唯一の光源だった。天井が高く、三方を石壁に囲まれ、一方だけが鉄格子になっている典型的な牢獄だった。
「ここは…」
彼女は状況を把握しようとしたが、身体を動かそうとした瞬間、緊縛の苦しさを思い出した。カゲロウに捕らえられ、複雑に縛り上げられた状態は変わっていない。両手首は背中の後ろでしっかりと固定され、胸の上下を巻く縄が呼吸を浅くさせる。太ももと足首も容赦なく縛られ、そして最も辛いのは足首の縄が背中の縄に繋がれ、身体が弓なりに反り返っている状態だった。
「くっ……」
陽子は囚われの身ながらも諦めていなかった。変身デバイスの充電はもう完了しているはずだ。しかし、それを使うにはまず縄から逃れなければならない。
彼女は細い身体を捻り、少しでも縄を緩めようと試みた。けれども、カゲロウの縛り方は巧みで、身動きするほどに縄が食い込み、さらに体力を奪われていくのを感じた。
「この縄…普通じゃない…」
陽子は唇を噛みしめた。通常の縄ならば、彼女には抜け出せる技術がある。しかし、これは特殊な縄だ。動けば動くほど、さらに拘束が強まるような感覚がある。
それでも諦めるわけにはいかなかった。彼女は全身の筋肉を使って、少しでも縄を緩めようと身をよじった。
「はぁ…はぁ…」
汗が額から滴り落ちる。何分間も続けた努力の末、少しも状況は変わらなかった。それどころか、足首と背中を繋ぐ縄のせいで、より強く弓なりにのけぞるような姿勢を強いられていた。
「こんな…縄抜けくらい…できるはずなのに…」
陽子は自分の無力さに歯噛みした。どんなに身じろぎしても、縄は微動だにしない。足首の縄が背中の縄に繋がれているため、その場から一歩も動けない状態だった。
「無駄な抵抗だ」
突然、牢獄の外から声が聞こえた。陽子は顔を上げ、鉄格子の向こうに立つカゲロウの姿を見た。
「さっきから楽しそうに見ていたの?」
陽子は睨みつけるように言ったが、カゲロウは低く笑うだけだった。
「お前の仲間たちが来るのを待っていた。だが、思ったより遅いようだな」
「みんなはそんな簡単に罠にはまらないわ」
「そうか?では、もう少し待つとしよう」
カゲロウは腕を組んだまま、陽子を見下ろした。
「その縄は特別なものだ。我々の世界の技術で作られている。人間如きが解けるものではない」
陽子は黙って耳を傾けた。敵の言葉から情報を得ることも、戦いの一部だった。
「縄は使用者の意思に従う。そして、抵抗すればするほど、より強く締まり、エネルギーを吸収する」
カゲロウの説明に、陽子は一瞬動きを止めた。だからこそ、もがけばもがくほど疲労が増していくのだ。
「だが、もう少しでお前も解放される」
「何…?」
カゲロウの言葉に、陽子は警戒心を強めた。
「我々の主は、お前のようなエネルギーを持つ者に興味を持っている。特に、変身する力だ。お前を実験台にすることで、我々の軍団はさらに強化されるだろう」
「実験台…?」
陽子の脳裏に恐ろしいイメージが浮かんだ。しかし、彼女は恐怖を悟られまいと顔を引き締めた。
「喜べ。お前の力は我々の大いなる目的のために使われる」
カゲロウはそう言うと、牢獄から離れていった。その足音が遠ざかるにつれ、陽子は再び脱出の試みを始めた。
「エネルギーを吸収する縄…」
彼女は頭の中で情報を整理した。もがけばもがくほど縄が締まり、力を奪われるのなら—逆に、力を抜くことで縄を緩められるかもしれない。
陽子は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。筋肉の緊張を解き、全身の力を抜いていく。しかし、弓なりの姿勢は変わらず、足首の縄が背中の縄に繋がれている限り、動けないことに変わりはなかった。
「…」
彼女は考えを改めた。単に力を抜くのではなく、縄との関係を変える必要がある。変身デバイスは充電されているはずだ。完全に変身はできなくても、部分的にその力を使うことはできるかもしれない。
陽子は目を閉じ、内なる力に意識を向けた。腰のデバイスが微かに温かくなるのを感じる。
「光よ…私に力を…」
彼女は小さく囁いた。すると、デバイスから微かな光が漏れ始めた。縄は確かにエネルギーを吸収するが、それを利用できるかもしれない。彼女は意図的にエネルギーを縄に流し込み始めた。
縄が光を帯び始める。カゲロウの想定を超えるエネルギーを送り込むことで、縄のシステムを混乱させる作戦だ。
「もう少し…」
陽子の額に汗が滴る。縄が少しずつ輝きを増していく。しかし、同時に彼女の体力も急速に奪われていくのを感じた。このままでは意識を失ってしまう—。
その時、遠くから爆発音が聞こえた。
「みんな…!」
陽子は焦った。仲間たちが彼女を救出に来たのだ。だが、それはカゲロウの罠でもある。彼女はなんとしても自力で脱出し、仲間たちに警告しなければならない。
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