.
『パシュッ』
「「すっごい……………」」
「………」
地獄耳の私は後輩たちが遠くで『キャイキャイ』しているのが分かってしまう。気を使って静かにしているつもりなのだろうが、なんというか私は目や耳などの五感が野生動物並みに鋭いのだ。本来ならば雑念は捨てるべきなのだろうが、まぁ私のことを尊敬してくれてるみたいなので悪い気はしない。
それに……………
「当てれば同じでしょ」
『ヒュン』
と
私が放った矢は的のど真ん中に当たる。
それを見てか、周りの人達はいっそうざわついていた。
「ねぇコーチ」
「なんだい」
「私、いつもの練習場でいいんだけど」
「大会前だからね、そうはいかない」
私はコーチの運転する車の助手席に座っていた。田舎道なので車はガタガタと揺れる。
「君にはこれから山籠りしてもらう、その間は何も気にせず好きなだけ練習できるだろう」
「何も気にせず……………か」
別にいつも気にしてないし。周りが多少うるさくても構わない。ギャラリーに気を取られて外すほど私は下手じゃない。
「ここだ、着いたぞ」
到着早々コーチは帰ってしまった。山奥のログハウスに女の子とコンパウントボウだけ残していくなんて正気とは思えない。
誰とも喋らずに黙々と弓を放ち続ける一週間が始まると思うとゾッとする。
5日目
「はぁはぁ…………」
的を外せば矢は自分でとりに行かなければならない。マジで面倒くさいし効率悪いんじゃないかこれ……………
「たしかこっちの方に飛んでったと思うんだけど……………」
都会の電柱よりもはるかに高い木々を見上げ、生い茂った草をかき分けながら私は森の奥に入っていった。
「あ、あった……」
全ての弓を回収する頃には日暮れが近かった。
「これも含めて修行か……」
完全に陽が落ちてあたりが真っ暗になる前にログハウスに戻ろうとした時、私は"人間"の気配に気付いたのだ。
「誰!?」
「驚いたわ、なんで分かったの」
「……直感てやつかな....」
木の影から『ぬっ』と女が顔を出した。黒いレインコートを着た不気味な女だ。
「動物並みの五感を持ち合わせた弓使いってわけね、ゾクゾクするわ」
「あなたは携帯もつながらない山奥で何をしていたの?」
「貴女を待っていたのよ」
私は咄嗟に身構える。
身体が『回れ右して逃げろ』と危険信号を出したのだ。
私は他の何よりも自分の直感を信じる。
女は『ダッ』っと走り出した私を追いかける素振りも見せない。
このままログハウスまで戻れば携帯が繋がる。
「!!?」
突然視界が反転した。直後に体に衝撃が走る。
落ち葉の中に横倒してから…………ピンと貼られた"縄"に躓いたことを知った。
「ここは既に私の"縄張り"よ」
「っ!」
転んだ私の頭上で女が鞭のように縄を広げる。
私は覚悟を決めて背中に背負う"矢筒"の中から一本………矢を抜いた。
「その気になってくれたかしら」
「頭おかしいんじゃないの………」
コンパウントボウに矢をかけた私は女の脚を狙う。動きを止めてログハウスに戻る時間を稼ぐだけでいい。
『パシュッ』
「……!!?」
「........ダメよ.......ちゃんと真ん中を狙わないと」
女は胸に手を当ててハートマークを作る。
あろう事か女はこの距離で私の矢をかわしたのだ。人間離れした神業.......と言うしかない。
「じゃあ……狙うよ」
私は照準を女の胴体の真ん中に合わせる。すると急に女の体は宙に浮いていった。まるで透明なエレベーターに連れていかれたかのように。
「上空の的を狙うのは初めてかしら」
ある程度の高さまで到達すると女は動きを止めて私を挑発する。そこでやっと気がついた。
彼女は"縄"を使って空中を移動しているのだ。木々の間に張り巡らされた縄に自分が持つ縄を引っ掛けて巧に操り、人間には不可能な動きを再現して見せているのだ。
この森の中ではまさに縦横無尽といったところだ。
「なるほど、素早く動く的ってわけか」
…………あろう事かこの状況に私は"高揚"していた。これは狩猟だ。自分がヤらなければ敵にヤられる。一本矢を外すごとに敗北に近づく。高まる緊張感に心臓が脈打った。
「今度は私から攻撃しようかしら」
高さ5メートルほどの位置から女の声が聞こえた。私は生い茂った葉で彼女の位置を完全には把握できていない。
すると私の横を『シュン』と縄が横切った。危うくコンパウントボウを取り上げられてしまうところだったが何とか身を反転させて回避する。
そして縄が飛んできた方向目がけて矢を放った。
『ヒュン』と飛んでいく。
どうせかわされるか防がれるだろう。そもそも視認できない状況ではいくら私でも当てられない。
敵の初撃でおおよその位置は分かった。
私は女から身を隠すように大木に体を預けた。
そして顔だけでそっと覗き込む。
「どこに行ったのかしら」
「よし、上手く隠れられた」
矢筒の中には弓が4本。もう無駄打ちは出来ない。
しかしまるでチンパンジーのように木の上を自由に動き回る女だ。
私はコンパウントボウに弓を引っ掛けて『ピン』と張り、いつでも打てる状態にする。普段から筋トレをしていてよかった。
「ふふ、隠れてないで出ておいでなさい」
(止まれ.........一瞬でも..........)
息を潜め確実に仕留めるためのチャンスを待つ。
「身を潜めてるみたいだけど.....貴女が動きを見せるまで何時間でも粘るわよ?」
「ここ!!」
『パシュッ』と放った矢はレインコートの女目がけて一直線に飛んでいく。
「痛っっ!!」
「こ、これを避けるの!?」
女は直前で矢を察知して身動きの取りづらいであろう空中で避けて見せたのだ。正確には『痛い』などと言う以上掠ってはいるらしいが……………それではダメなのだ。
「見ぃーーつけた!」
矢を放ったことで私の位置は女にバレてしまった。私は気持ちを切り替えて身を預けている木から別の場所へと移動し……
「逃さない」
「!?」
私の真横を縄が『ヒュン』と通り何周も円を描くように私と大木の周りをグルグルと回る。そして『キュッ』と締め上げてしまった。
「しまった!」
何重もの縄に絡めとられてその場から動けない。大木と一体化してしまった私は身動きを封じられてしまった。
(まずい、女が詰めてくる)
私は地面に散らばった矢を一本………なんとか拾うと矢先を使って縄を切り刻みにかかる。
「く………はやく切れて!」
女の気配が近い
一刻も早く縄を切らなければ……………
『プツンッ』
「よし!」
やっとの思いで自由になった私は間一髪逃げる。
「待ちなさい」
"縄"を木の枝に引っ掛けては推進力を利用して次の枝へ。女はターザンロープの要領で私を空中から追って来た。
「はっ……はっ……!」
(残り2本………)
縄を切るために大事な矢を消費してしまった。
もう外せない。
走りながら女に背を向けて逃げる…………"ふり"をしている私は『ドクンドクン』と心臓をはやめていた。緊張はピークに達する。
「追いついたわ」
勝ちを確信したような女の声が空から降り注ぐ。
私は『クル』っと身体を反転させてコンパウントボウを限界まで引く。
「何度でも打って来なさい、全部いなしてあげるわ!」
どこまでも不気味な女だ。他でもない"私"に矢を向けられて怖くないのか。
腹が立つ。
この女は気付いていない…………私の本当の狙いは……
『ヒュン!』
と正確に放たれた矢は女を無視して彼女を空中で支えている"縄"目掛けて飛んで行った。
「なっ………!?」
これには流石の女も反応が遅れたようで、右手から木の枝へと伸びる縄を守ることができなかった。
『ビシッ!』と縄が切れる。
「く、ぬかった……」
女の体は5メートル下の地面に叩きつけられた。
このチャンスを私は逃すつもりはない。間合いゼロで打てばかわすことなど本当に不可能だ。ひっくり返った女目掛けて走りながら最後の矢をセットした。
私の意図を察した女は目にも止まらぬ速さで2本目の縄を取り出すと上空の太い枝に巻き付け、宙へと逃げる。
「ーーー!!」
私の視界から上に消えた女であるが………真上に打てばいいだけの……「!!?」
見上げたところに降って来たのは女が着ていた"レインコート"だった。
「ぐむっ!?」
瞬時の出来事で対応に遅れた私はレインコートに包まれてしまった。
「むっ!くっ!」
(重い………!)
バサバサと纏わりついてなかなか離れない。
「ぷはっ!」
なんとか振り払って視界を取り戻したが既に上空に女の姿はなかった。
「こんな綺麗な指先で15キロ以上の引く力が出せるのね」
「!!?」
「でも………はい、おしまい」
「っ………!」
いつの間にか背後に回り込んでいた女は私の腕をいとも簡単に背後に捻じ上げ"指"を縛ってしまったのだ。
「うぬ………くぅっ!」
握力には相当な自信があったが、私の右手と左手は『ビタッ』と接着されたように離れない。
親指と親指、人差し指と人差し指、………小指と小指。
全部の"指"がそれぞれ仲良くくっ付く様に拘束されている。
(あの一瞬で………なんて早業なの………)
「武器が使えないんじゃあ流石に降参かしら?」
私が地面に落としてしまったコンパウントボウを足で踏みながら女は笑う。
「ま、まだ………」
「?」
私は後手の不自由な身体でログハウスに向かって走り出した。
「あきらめの悪い子ね」
女が追ってくる気配はない。
(しめた、油断してる!)
私の指を縛るために縄を使ったために今までの"縄移動"ができないのかもしれない。
電波の届くところへ行ければどうとでもなる。この変質者を吊し上げてやる。
「ふふふ……そっちは危ないわよ」
「あっ!」
何か踏んだと思った時には時既に遅し。私の左脚はとある罠に引っかかってしまった。
ースネアトラップー
主に動物を捕らえる時に使う罠で地面にセットされた縄の輪っかを踏むと作動し、木の枝がしなった状態から元に戻る力で縄の輪が締まり、獲物の脚を捻じ上げるのだ。
脚を取られた私は前のめりになってバランスを崩し『ズサァァア』っと派手に転んでしまった。
「いやっ!うんっ!………ふんっ!」
胸を地面に押し付けながら高々とうえに上がった脚を振り回す。
同時に『ガサガサ』と葉の揺れる音がした。本当に罠に引っ掛かった獲物の様だ。
「やだ!離して!!!」
必死の思いで脚をバタつかせる私だったが一度締まった縄は決して開く事はない。
「だから危ないって言ったのに」
「いや!来ないで!!」
私の言葉を他所に女はゆっくりと近づいてくる。
「この、変態!!……………ゔっ!」
女は私の頭をすっぽりと覆う様にレインコートを被せてしまった。その上首元を縄で締める。
「うぐっ!やめ……苦し…………」
レインコートは空気を通しづらい。通気性の悪いモノで顔面を塞がれてしまうと………
「う…………」
「おやすみなさい」
「ゔっ……んっ……」
目が覚めた時には女の姿はなく、みじめに縛り上げられた私だけが取り残されていた。
指の拘束に加え、手首、胸の上下………………下半身に至っては太もも、膝、足首……………完膚なきまでに縄でギチギチに緊縛されている。
「うぐぅぅぅ!」
敷き詰められた枯れ葉の上で私は大声をあげたつもりだが、弱々しいくぐもった声にしかならない。それもそのはず、私の口の中には大きなハンカチが詰め込まれているのだ。運動部系の女子が持つハンカチはだいたいゴツい。私もその例に漏れずデカいのを持っていたのだが皮肉なことにそのハンカチのせいでこれ以上口を開けることも閉じることも出来ないほどに『パンパン』に口内を塞がれていた。
「うっ!ふっ!」
おまけにハンカチの上から何重も縄を巻かれていて吐き出すことなど到底できない。顔の半分を縄で覆われている感じだ。
「ううううううう!!」
必死の鼻呼吸もこのまま藻搔き続けたらすぐに息切れになってしまうだろう。
うつ伏せのまま顔を横にして抵抗をやめた時、悲劇が私を襲う。
『?』
あれは………………サル?
「うむぐぅうう!(こら!やめろぉ!)」
ワラワラと集まって来たサルどもに私は遊ばれていた。しばらく遠くで観察していた彼らも縛られて芋虫の様な動きしか出来ない私を無害だと判断した様であっという間に十数匹の群れに囲まれてしまったのだ。
「うくぅうううう!」
『ウキャーー!』
触られる度に身体をよじって蹴散らしていたが多勢に無勢とはまさにこのことである。おまけに縛られていて息も続かない。
「うう………」
私は泣きながら抵抗をやめた。
そのうち一匹が私を締め付ける縄に興味を持った様で足首の縄をいじり始めた。
「?」
私の下半身がヒョコヒョコと動く。
「!!?」
かと思うと一気に持ち上げられ身体は海老反りになってしまった。
「む、むぐぅうううううう!?」
必死の抵抗もむなしくその姿勢で固定されてしまう。
「ゔゔゔゔゔゔ!!」
狙い通りなのか、ただ絡まってしまっただけなのか、いずれにしても大ピンチに陥ってしまった私は焦りに焦って暴れた。藻搔く度に窮屈を感じさせる縛りだ。
『『ウキャキャキャ!』』
満足して走り去っていく猿たちの背中が遠くに見えた。
「むふぅゔゔゔゔ!!(待ってぇ!解いてよぉ!!)」
その背中に向かって口の中のハンカチの隙間から懸命に呼びかけるも本当に驚くほどに声が出せない。
縄の締め付けは余計に厳しくなり、胸は先ほどよりも絞り出されている。問題の下半身も背中の方に引き寄せられたまま言うことを聞かない。
「っ!ふぬっ!」
反動をつけて身体を伸ばす方に力を込めると背中の方で『ギチィ』っと嫌な音がした。どうやら"最後の一締め"を自ら行ってしまったらしく…………
「んぉおおおおお!!」
うつ伏せのまま右に左に身体を捩らせ、枯れ葉の上を藻搔く。全ての指先を封じられてしまっている私には結び目を探して解く事などできない。このように無様に暴れる以外縄に抵抗する手段がないのだ。
「ふっふっ………んふっ………!」
顔を地面に擦りつけて猿轡をずらそうとしても巻き付いた縄は微動だにしない。そもそも落ち葉が邪魔でうまく擦り付けることも叶わないのだ。
「ぅぅ……んぅぅ……(誰か………誰か助けて……………)」
〜終〜
【追記】
今回、絵師様のセイレインさん(https://www.pixiv.net/users/36106257)
にイラストを描いていただきました!
この場をお借りして感謝を申し上げます。
.