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アルテミス


その縄は生き残った最後の一本だった。死ぬ寸前の残り少ない命を燃やし、懸命に動く姿は、さながら切断された軟体動物の足の様だった。








T星

ここでは食物連鎖的に圧倒的優位に立った種族がその奢りから絶滅が予想される生き物を救わんとする動きがあった。




「なぜ分からない!そいつは危険なんだ今すぐ殺せ!」


私は別の星から来た者だ。その活動の内容から詳しく話すことはできないが、とても重要な役職だった。チームリーダーとしてある生物を運搬している最中にロケットのエンジントラブルに見舞われて、この星に墜落したところを捕われてしまった。


その時に逃してしまったのが"アルテミス"だった。


そいつは私の星では非常に危険視されていて動く者、自分より強いと判断した相手に飛びかかり、雁字搦めに巻き付いて行動不能にするという特徴があった。私達の半数は故郷の星でそいつらに縛られて動けない状態だ。自力で解く事はできず巻き付かれたら最後、酷い姿で泣きながら地面に転がる事になる。


これは私達とアルテミスの生き残りをかけた戦争だった。








「言葉が通じないのか!こんな未発達の星の奴らが太刀打ちできる相手じゃないんだ!今すぐ拘束を解け!」


私の怒号に聞く耳を持つ者はおらず科学者のような奴らが数人で簡素な水槽にアルテミスを入れてその動く姿を観察していた。

私は拘束具で壁に固定され、淡々と作業をする彼らの姿を見ることしかできない。


「くそう......くそう....!」


科学者の好奇に溢れる目はまるで新しいおもちゃを買い与えられた子供のようだった。








「待てバカ共め!そいつを生かしておくな!明日になってみろ、取り返しのつかない事に......んむむむむ!」


若い女の科学者が私の口に枷を嵌めた。


「んむむむむ!(何だこれは!)」


息はできるけど喋れない...


「んぉおおお!?」


涎が......!?

無様な姿を晒したくない私は必死に顔を上に向けて垂れるのを防ごうとしたが、無駄な努力だった。


「んぐぐぅううう...」


結局着ていた服を自分の涎で汚してしまった。






「んぐうぉおおおお!」

どれだけ暴れてもガチャガチャと音が鳴るだけで拘束具は外れない。口に強引に噛まされた大きな玉が嗚咽を呼ぶ。噛み砕いてやりたいがとてもじゃないけど壊せる硬さじゃない。






「んぶぅううう!?」

監禁されて体力も消耗していた。そして遂に恐れていた事が起きてしまった。科学者が閉じ込めていたアルテミスが水槽から逃げ出してしまったのだ。

「んぅおおおおおお!!」

口枷の間から必死に叫んだが声にならない呻き声では状況を伝えることすらできなかった。


数秒後には隣の部屋から科学者たちの悲鳴が聞こえた。













「痛たた......」

体の痛みで目を覚ました。何が起こったのか、T星を通過する途中にエンジントラブルが発生した所までは覚えているが、その後の記憶が無かった。

今は殺風景な野原に立っている。遠くに大きな街があるようだが。


あまりの出来事に呆然としていたが直ぐに重要な仕事を思い出し、辺りを見渡した。すぐ側に墜落したロケットがあることに気づき、中を探し回ったが目当ての物は見つからなかった。

顔は青ざめ、背筋が凍り付いていくのが自分でもわかった。


その時、街の方から爆音と共に何千、何万という数が束になってそびえ立ち、龍のように踊り狂うヤツの姿を見た。


「そんな...」


もうあの街に動ける者はいないだろう。全員捕縛されたか、深い怪我を負ったかのどちらかだ。


私は何日眠っていたのだろうか。あの街と同じようなことが他の場所でも起きているのだろうか、ヤツらは2日もあればたったの一匹から万単位まで増えてしまう。既に打つ手は無かったが持っていた小型レーダーは辛うじて私のリーダーの居場所を捉えた。








「酷い...」

視界に入る人達はもれなく緊縛されて地面に転がされていた。中には建物の屋根から吊るされている女性もいた。


私はヤツらに見つからないように縛られた人達からなるべく距離を取って走っていた。

幸いな事にリーダーはすぐ近くに居るみたいだ。この小型レーダーが故障していなければこの街を抜けて150メートルほど行ったところにポツンとある奇妙な建物の中にいるらしい。


「んみゅうううう!」

「!?」


レーダーを見ていた私は咄嗟に投げ出された女の子とぶつかってしまった。小さな彼女の身体には大量のアルテミスがしがみ付いている。


「んふぅううう!」

助けを呼ばれないようにか口元まで縛られていた。

そして、アルテミスは当然のように私にも飛びかかって来た。


『パシュッ』


持っていた銃の引き金を引いた。


「んんんんん!?」

「この子だけでも...」


『パシュッ』


銃で彼女に巻きつくアルテミスの動きを止めた。すかさず緩んだところを解きにかかる。


「んはぁっ!あの、ありがとうございます...」

「急いで、こんなのは一瞬痺れさせるだけだから」


女の子の手を取って私は再度走り出した。











街を抜けた頃には銃のエネルギーはほとんど底を尽きていた。


リーダーのいる建物まであと少し、全力で走る。女の子も必死にその小さな足を漕いで付いて来ている。


およそ150メートルをノンストップで駆け抜けた私達は息が切れていたがここで止まるわけにもいかない。


建物のドアを開けて思わず叫んだ。


「リーダー!?」


そこにはみるも無残な拘束を施されたリーダーが捕まっていた。口には得体の知れない枷を嵌められている。


「んぐぅゔゔゔ!」


すぐに彼女の元へ駆け寄り口枷を外す。酷く憔悴した様子だったがその口からはしっかりとした言葉を聞く事ができた。


「鍵はそこのテーブルの上、急いで...!」


私は置いてあった鍵でリーダーの手足を縛る拘束具を外した。


「この星はもうダメだ、脱出する」















部下は自分の命も顧みず監禁された私の元まで来てくれた。私には勿体ない優秀な女性だった。

「ありがとう」

「いえ、リーダーがいなければ私達はヤツらとの戦争に負けます。私は合理的な判断をしたまでです。」


宇宙に飛び立ったロケットの中は静かだった。





「初めて見る女の子がいるな」

「...えっと」

「君にもお礼を言わないとだな」

私は女の子を少しでも安心させようと頭を撫でてやった。柔らかい髪だ。



一呼吸置いてから話し出した。


「私は確かに彼らに忠告した。言葉も通じていたはずだ、だが彼らは目を輝かせてアルテミスを増殖させようとしていたよ。彼らの星では新種の生き物だからな、それは丁寧に扱っていたさ。」


「彼らは自分たちが生き物の頂点である事を信じて疑わなかった、慢心しているから寝首を掻かれる。君も見ただろう、おぞましい力を持ったヤツらの姿を。」


女の子は静かに頷いた。


「私達はヤツらを滅ぼすために編成されたチームだ。女の子、私達と一緒に来てくれないか。T星を復興させる事ができるのは今となっては君しかいない。」


女の子は悩んでいた。しかし他に行くところも無い。一緒について来てくれる事になった。











支配された星


「私達はこの星で唯一の砂漠地帯に拠点を作った。都市はヤツらに支配されている、ここが最後の砦なんだ。」


「全員女性のチームだから安心して」


目の前の建物を見上げながら言った。

この建物の中では私がリーダーを務めるチームの仲間が命をかけて働いている。

暗証番号を入力して重いドアを開けた。


目の前の光景に息が止まる。



「んんんんんんんん!!」

「ふぐぅううう!!」

「むうううううう!」


思考が停止する。

夢であって欲しい、私らしくない淡い期待。


「リーダー逃げ.....くっ...!」


アルテミスが私の部下を捕らえた。彼女は銃を取り出そうとしたがその手を腰に縛り付けられてしまった。唯一の脱出手段を絶たれた部下は叫んだ。


「逃げてください!」


私は女の子の手を無理やり引っ張って走りだした。数秒後には部下の声は悲痛な呻き声に変わっていた。


私はリーダー失格だ。












砂漠の奥地に女の子と2人、砂の上に座っていた。周りには何も無い。


「もうお終いだ、まさかあの研究所まで制圧されてしまうとは.........」


絶望する私に女の子は声をかけた。


「お姉さん.....」

私は俯いたまま黙っていた。

「お姉さん...どうして...?」

女の子の声は耳に入らない。

「どうしてあのナワはお姉さんを襲わないの?」


私はハッとして女の子の顔を見た。


「T星.....私の星でもお姉さんはナワには捕まらなかった。今も狙われたのはお姉さんの部下.....」


この子は聡い。

あんなバケモノと対面しても冷静な思考ができるなんて。

そして今、数年に渡り誰も気付かなかった事をいとも簡単に暴いてしまった。


私は深く息を吸い、空を見上げて静かに話しだした。


「私はこの世界で唯一アルテミスの抗体を持つ者なんだ。」

「こうたい...?」


ポケットから真っ黒な薬を取り出して女の子に見せた。


「私が作り出したものだ、これを飲めばその人間はアルテミスに狙われる事がなくなる。」

「....え....どうして.......どうして使わないの?」


女の子は当然の疑問を口にする。


「...死ぬんだ。とても小さな確率で。私はこの薬をさっきの研究所で作った、動物実験も何度もした。だけど...」


「だけど...?」


「どうしても10匹に1匹死んじまうんだ。何故なのかは時が経った今でもわからない。」


「...最初は母に飲ませようとした、その次は私のかわいい部下だ。でも怖いんだ、ひょっとしたらと思うと....大切な人に飲ませなければならなかった。私は臆病だったんだ。」




女の子は泣きながら話す私をじっと見つめていた。


そして私の手から薬をそっと受け取り、躊躇う事なく口に運んだ。













「これに乗れば君の星まで飛べる。場所は分かってるから1日もあれば着くだろう。」


「...」


「君の名前を聞いていなかったな。最後に教えてくれないか。」


「私の名前...?」


「君の星でも種の判別のためにつける名があるだろう?」


「...うん」


「そっと教えてくれ、いつかきっと...出会えた時に分かるように。」


女の子は私の耳元で囁くようにその名を教えてくれた。



復興と再生の希望を乗せたロケットはT星へと打ち上げられた。その大きな機体が見えなくなるまで私は空を見上げていた。



「さよなら、イヴ」



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