性について話題にする年齢になった頃から、その生物の存在は噂話としてよく聞こえてきた。
曰く、親戚の従兄弟がそれを見たことがある。
曰く、他校の先輩は目撃するよりも深く、それと関係した。
曰く、その姿は豚のようだった、蛙のようだった、蛸のようだった、虫のようだった……。
噂話に典型的な出どころの怪しさ。
周りの誰もが都市伝説だと思っていた。
だが、その姿を初めて目の当たりにした僕は、少なくとも外見に関しての情報は部分的に正しかったことを知った。
僕から見えたのは熊生くんの腰の打ち付けによって激しく波打つ肥えた尻。
熊生くんの脇腹の横を通って天井に突き上げられた両足の指の間に張られた水掻き状の皮膜。
脂肪質の太腿の内側に一列に並んだ吸盤。
既知のどの生物にも似ている、あるいは似ていないその異形は熊生くんの半分ほどの大きさに見えた。
「くそっ。なんやこれ、なんでこんなにっ」
姿を確認したことで僕はますます混乱した。
明らかに人間ではない、人によっては嫌悪感を覚えるような存在と熊生くんが性交している。
怒声に近い声は拒絶の色を帯びながらも、熊生くんの下半身は重機のように力強く駆動し続けて止まらない。
僕はそれに関する記憶をかき集め、状況を理解しようと努めた。
それについての情報は動画投稿サイト上でも目にすることがあった。
ある動画では、それは僕らの産まれる少し前くらいから現れ始め、姿を隠しながら少しずつ殖えていった突然変異の生き物だと言う。
別の動画では、それは極めて逞しい男性のみに有効な性フェロモンを発し、人間の男の精子を使って繁殖する地球外生命体だと言う。
他の動画では、トップレベルのスポーツ選手や優秀な肉体系公務員などは皆、思春期にそれに誘惑されて密かに子を作らされる経験をしているのだと言う。
何一つ確かな事の無い謎の生物。
多くの動画で、それは「ゼラホンズ」と呼ばれていた。
結局、どの情報の信憑性も確認しようがない。
だが、熊生くんがこのゼラホンズと交わっているという事実だけは動かし難かった。
こんな異常事態の中で、僕は的外れな驚きに放心していた。
熊生くんの勃起した陰茎はあまりに太かった。
先ほどまで僕の手に従って柔軟に形を変えていた熊生くんの陰茎。
張りはあれど、穏やかな様子で僕の悪戯を受け入れてくれた熊生くんの交接器。
それは今、ゼラホンズの膣内で巨大に膨張し、青筋を立てて異種の粘膜と擦れ合っていた。
「チンポ、アホんなってまうっ。気持ちエエっ、畜生っ」
熊生くんの巌のような背中が反り始め、丸坊主の頭頂部が見え始める。
彼の硬い下腹部にしっかりと接続されている事をこの手で確認した熊生くんのペニス。
あの巨大な肉の棒を通じて、ゼラホンズの生殖器官から熊生くんの神々しい肉体へと激しい快感が流れ込んでいる事が僕にも分かった。
「抜かなっ。くそっ、このアバズレっ、ぐおおっ」
得体の知れない異種生物との粘膜接触、性交渉。
熊生くんはもちろん抵抗を感じているようだった。
しかし、ゼラホンズの太腿の内側に並んだ吸盤が彼の脇腹に吸い付くと、熊生くんの繰り出すピストン運動は次第に加速していく。
熊生くんが本気の筋力を発揮すれば振り解くことは容易に思えたが、彼はただ悪態を吐きながら求めに応える。
「ホンマっ、あかんっ。バケモンとっ、こんなっ、気持ちエエ事してもうたらっ」
天窓からの日差しが熊生くんと異種生物との結合部を光の中に切り出した。
熊生くんの黒ずんだ太い陰茎がゼラホンズのピンク色の膣粘膜を引き摺り出しては埋め込む光景。
それを熊生くんの毛深い陰嚢が一定のリズムで幕を下ろすように隠し、また露わにする。
その幕が次第に下がり切らなくなっている事に僕は気付いた。
熊生くんの大きな睾丸が、彼の腰の底に張り付き始めていた。
当時の僕にはそれが何を意味するのか分からなかったが、熊生くんは再び僕の無知を補った。
「あかんっ、ガキはあかん。気持ちエエ、あかんナカで出る。気持ちエエ、セーシ出るっ、おおおおおっ」
熊生くんは嘘を吐かないのではなく、嘘が吐けないのだろう。
自身の精子で異種を妊娠させてしまう事への忌避感と膣内射精への期待を獣じみた低音に乗せて開陳する。
僕は熊生くんが異種生物の胎内でオーガズムに到達しようとしている事を知った。
「気持ちエエっ、おおっ、アホンダラっ、気持ちエエっ、おおおおおっ」
ゼラホンズの短い脚が熊生くんのどっしりした腰回りに縋り付いた。
何かに憑りつかれたように異種の骨盤を打ち据える熊生くんの下肢から汗が飛び散った。
そして、五輪重量挙げの若きエースの毛むくじゃらの尻から太腿、そして脹脛までの筋肉が膨れ上がった。
「おおおっ、畜生、気持ちエエっ、出る、気持ちエエっ、ごあああああっ」
その瞬間は一目で分かった。
硬く隆起した臀部の中心で熊生くんの肛門が悶えるように引き絞られた。
毛深い会陰部の筋肉が波打ち、強く律動を始めた。
熊生くんはあの時、ゼラホンズとの性交によって絶頂し、膣内射精していた。
つい10分前、僕の手で重みを確かめた大きな精巣が異種の胎内へと熊生くんの赤ちゃんの素を送り込む。
あと10年後、美人の奥さんに宿るはずだった熊生くんの子孫が怪物のお腹に宿る。
「おおおおおっ、おあああああああっ」
熊生くんは突くと言うより捏ねるように腰を使いながらゼラホンズの生殖器官内に射精し続ける。
全身を痙攣させながら行うその動作は、何をしていても様になる熊生くんを初めて滑稽に見せた。
だが、それこそが男性が本気で生殖の快楽を貪る姿なのだと僕にも直感できた。
汁気の多い果物が潰れるような音を立て、熊生くんとゼラホンズの繋がった部分から白い粘液が飛び散った。
体育祭で見せた快活さの、重量挙げで見せた勇壮さの、教室で見せた率直さの全てが収められた彼の遺伝子。
この目で見ることなど考えもしなかった、熊生くんの精液。
それが得体の知れない怪物の子宮を満たし、溢れるほどに惜し気もなく注がれる。
僕は熊生くんの顔を思い出していた。
雲一つない青空のような笑顔を。
彼方を見据える横顔を。
僕を見下ろす穏やかな瞳を。
だが、彼は異種と命を交えていたあの時、どんな顔をしていたのだろうか。
何も隠すことの無い熊生くんは、怪物との情事も開けっ広げに話すのだろうか。
その疑問は十年以上、僕から流れ出ていくことはなかった。
投げ捨てられた濃紺の水着。
ロッカーから垂れ下がって動かないタオル。
「────────」
もはや言語では表しようのない咆哮のようなものを上げると、熊生くんは僕が一生知る事の無い繁殖の悦びの果てに霞んだ。
「畜生、ああ、畜生」
やがて、熊生くんはゼラホンズに覆い被さるように崩れ落ちた。
彼らの汗と生殖分泌液は混ざり合い、繋がったままの体を輝かせていた。
種を越えた性交の熱気で更衣室は揺らめいて見えた。
遠い終鈴と熊生くんの荒い息遣いが、僕の耳に交互に聞こえていた。
「ああ、熊生な」
酒気を帯びた大声が別のテーブルから飛び込んできた。
同時に、僕のスマートフォンが小さく通知を示す。
会場のBGMは既に緩やかなサクソフォンが主体となっていた。
「あいつ、ヒーローになったらしい」
ああ、と腑に落ちたような嘆息が周りから漏れた。
「なるほどな。熊生がヒーローとかそのまんますぎ」
「ニュースで聞かないからどうしたんだろって思ってた」
「でも、なんかもったいないよな。何かの競技で金メダル確実って言われてたのに」
元クラスメイト達は熊生くんの進路について納得が半分、疑問が半分という様子だった。
僕もまた同じ心境だった。
災害救助と防衛のスペシャリストとして新たに定められたその職業はヒーローと呼ばれ、存在が公となったゼラホンズの対策も担当している。
「なんでだろうね、重量挙げ? すごい頑張ってたのに」
「スポーツよりも正義感ってやつ?」
「強過ぎて飽きちゃったのかも、重量挙げ」
アルコールも底を尽きかけたテーブルに、熊生誠剛がヒーローの道を選んだ理由が浮かんでは消える。
僕もまたいくつかの理由を思いつくが、言葉で言い表せるものではなかった。
その時、会場の出入り口の方から大きなざわめきが聞こえた。
僕は細く息を吐いた。
すぐに振り向くことは出来なかった。
成就を望まなかった宿願。
叶えたかった暗い奇跡。
だが、行かなければならない。
テーブルを離れていく元クラスメイト達に僕も続く。
少しずつ大きくなっていく人だかり。
その中心から突き出した分厚い肩と、癖の強い髪を丸刈りにした後頭部。
見上げる巨体はあの時よりもさらに大きくなっていたが、僕が見間違えるはずがない。
スマートフォンの画面には部下からターゲットの確認、そして撮影チームと「アクター」の準備完了の旨が表示されている。
僕が始めたダークウェブ上での動画配信サービスは予想以上の成功を収めていた。
上手くいけば今夜、あの夏に取り残したものを僕は手にするのだろう。
よく通る低音が聞こえてくる。
懐かしい訛りは少し角がとれた気もする。
岩のような武骨さを備えた顔の輪郭が見えてくる。
顎を覆う不精髭はさらに濃くなった気がする。
僕は眼鏡に仕掛けた小型カメラを起動した。
あの日、僕は変わってしまったのだろうか。
君はどうだろう。
「熊生くん」
大人のつみき(レゴ)
2023-10-22 05:31:19 +0000 UTCAbka
2023-10-22 02:16:25 +0000 UTC