こんにちは、庄名です。
だいぶご無沙汰になってしまいごめんなさい!
春前から少し体調を崩していましたが、少しずつ上向いてきました。
私は雪の地域に住んでいるのですが、こちらでも良い天気の日が増えてきて気持ちが良いです。
年度替わりの忙しい時期だと思いますが、
すこしだけ足を止めて、休憩していっていただけると嬉しいです。
今日はそんな、移ろいゆく季節の……ちょっとふしぎなお話。
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『 スプリング・エフェメラル 』
さらさらと心地よい春の風が吹いてくる。
頭上には満開の桜。ありきたりと言えそうなほど見慣れた、でも美しい光景だ。
けれど僕の目的は、桜ではない。
「今日でお別れ、だね」
柔らかく澄んだ声のそのひとが、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。
僕は思わず自分の唇を舌で湿らせている。
手の中で卒業証書の詰まった筒が、こんこん、と音をたてていた。
「先輩」
「桜の季節に出会った君だけど、時季外れの桜の下でお別れなの。なんだか、不思議だね」
「……そうですね」
先輩はそっと髪をかき上げて、眩しそうに空を仰いで目を細めた。
僕はいつも、その横顔にみとれてしまう。
「先輩」
「うん?」
「僕の第二ボタン、もらってくれませんか」
「なあに、それ」
くすくすくす、と笑い出すその頬に、僅かに赤みが差している。
まるで生きた人ではないかのような白い肌に、赤が映えることにほっとしている僕がいた。
「もらってほしい、なんて。聞いたことがないなぁ」
「言ったことならあるんですか?」
「そう聞こえた?」
意趣返しのつもりだったのに、先輩の笑みは余裕をみせている。
僕は仕方なく、緩く首を振って答えた。
「そんなことより、先輩の名前、そろそろ知りたいんですけど」
「えぇ、そんなもの必要?」
「第二ボタンの持ち主の名前ぐらい、知っていたいじゃないですか」
僕はもう、胸元のそれを先輩に押し付ける気でいっぱいだ。
他に渡せるような相手なんていない。
少なくとも、いらなくっても、ポケットに仕舞うぐらいはして持って帰ってくれるんじゃないか。
そんな甘い期待を抱けるほどの時間は、僕らにはあったんじゃないかと信じたい。
「私だって、君の名前、知らないけどなぁ」
「だからそれは、先輩が教えてくれたら教えますって」
先輩。先輩、だと思う。
入学式の日に、桜にみとれていたころ。
背中から現れた彼女の存在に息を呑んだことを、僕は決して忘れないだろう。
「君、面白いねぇ」
「先輩ほどじゃありません」
「私は、つまらないただの人間だよ」
名前もわからない。
クラスもわからない。
なにも、なにひとつ、僕の手の中には入って来ない。
あなたはだれですか。
そんな素朴な問いを投げかけてみても、いつだって返ってくるのはまるでこの世のものではないような、たおやかな笑み。
「聞いてみたんですけど、3年生に先輩みたいな人はいないそうなんです」
「うん」
「だから、貴方はうちの学校の3年生じゃないってことになる」
「そうかな?」
僕は痛いところを突いたつもりだった。
でも、先輩は動じていない。
「君は誰にそれを聞いたのかな」
「誰に、って……クラス名簿、とか。先輩、とか、に」
「私の名前も知らないのに、クラス名簿を見たの?」
逆に痛いところを突かれた。
「君の言う先輩に、何を聞いたのかな?」
「ええっと、3年生に、こういう特徴の人はいませんかって……」
「私の特徴ってなあに?」
そう言われて、言葉がでなくなった。
先輩、は、どんな人だろう。
いつもふわふわとしていて、つかみどころがない。
なにかを尋ねても、何故だか尋ね返される。
ミステリアスだけど、怒ったところは見たことがない。
話していて楽しいし、もっと話していたくなる。ずっと一緒に、いたくなる。
「まるで、この世の人ではないくらいに、綺麗なひと、です」
「ふうん?」
頬が熱い。
頭がぼうっとする。
今、僕はとんでもない顔をしているに違いない。
「それ、褒めすぎ」
でも、心のどこかで予感していた。
ふらりと現れては、つかみどころのない話をして、ふらりと消えていく、このきれいなひとが。
この世の人ではないんじゃないか、って。
「私はね、紛れもなく、三年B組の生徒」
けれど先輩は、予想外にもぽんっと軽快な音をたてて手にしていた証書の筒を開ける。
そして、するすると巻かれた紙を取り出して広げた。
「今日、この高校を卒業したの。見えるでしょ?」
本当だ。
卒業証書、の言葉のあとに、平凡な女性の名前が添えられている。
「そ、その証書が本物かはわかりませんよ」
「えぇ? 疑り深いなぁ」
僕は慌てた。
そんなわけがない。
先輩がただの人、だったなんて。
本当に、卒業、してしまうだなんて。
「じゃあ、明日から本当に先輩は学校に来なくなってしまうんですか?」
「そうだよ」
「明日から、僕とは会えなくなってしまうんですか」
「うん……寂しくなるけど、そうだね」
嘘だ。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
「ごめんね、君が見えるのは、私だけだったのに」
先輩が何を言っているのかわからない。
先輩がどうして目を伏せているのかわからない。
僕は、どうしてこんなに、動転、して。
「でも、君はもう……自分の名前も覚えてはいないんでしょう、────くん?」
先輩の声の一部分だけが、耳鳴りのようなもので塞がれて、掠れて聞こえなかった。
僕は、え、と首を傾げる。
だがそのまま、くらりと頭がよろめいて、舌が僅かにしか回らなくなる。
「あたま、痛い……」
「私は三年間楽しかったよ。君にこうして出会えたこと」
視界がかすむ。ぼやけていく。歪み、回る。
先輩が消えてしまう。僕は思わず前へと手を伸ばしていた。
先輩は動かない。でも、僕の手もまた、届かない。
「この体質を恨んだこともあったけど、案外幽霊にも、怖くないのはいるんだな、ってね」
先輩。
先輩、先輩。
貴方の名前は、そんなんじゃ、ない。
紙きれの証書に書かれた、そんなんじゃ、ない。
貴方の本当の名前は、僕の、本当の先輩の名前は。
「君にとっての、本物の先輩がいつか現れますように────、さようなら」
先輩は最後にふふと笑って、くるりと踵を返した。
僕は地に伏せ、それでも前に手を伸ばす。空いた手は、ついぞ受け取られることのなかった第二ボタンに手をかけて。
「せん、ぱい─────」
けれど先輩は、ただの一度も振り返ることはなく。
僕の意識は、それきりふつりと途切れた。
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絵:庄名泉石 文:柊ユーリ
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聞きなれない言葉『 スプリング・エフェメラル 』は、
ある条件下の草花の総称なのだそうですが、
「春のはかないもの」や、「春の妖精」とも呼ばれるそうです。
春のゆったりとした時間や、長閑であたたかい空気が好きですが、
桜のように、刹那的な美しさ、儚さもまた良いですね。
年々桜を観る機会が減っていくので、
また春を観に散歩でも行こうかな。
それではまた、近いうちに……
庄名 泉石
ななつ
2022-04-17 16:24:14 +0000 UTC