こんばんは、おりがみ彩です。
まず最初に謝ることがあります。
最近嬉しい話ではありますが、お仕事をたくさん頂戴しており、なかなか限定作品や作品裏話の更新ができず大変申し訳ありません。
時間を見つけて少しずつ掲載していきますので、何卒今後とも見守って頂けると嬉しいです。
更新頻度が少ないのに絵めもは更新しているってのも不思議な話なんですが、いつも絵めもって閃いた時にこういう話を今度書こうと下書きに保存してて、今3個保存されてました。
どれも軽く内容を確認すると、話たい内容なのでどうしても先にこれらを掲載しようと思い更新させて頂いております。
今回のテーマは『何の為に描いているのか、何を求め描くのか』です。
Twitter、pixivにはいいね、RT、ブックマーク等いろいろな数字がある。
それは客観的に自分の評価になる。
もちろん評価や数字は大切だけど、それに捕らわれて描いていてはいけない。
3〜4年前はそれを気にしすぎるあまりに自分の絵がわからなくなり、その数字ばかり注視していました。
他の人があんなに数字を出しているのに自分は…とか、どんどん落ち込んで悪い方向にばかりいく。そんなコンディションじゃ良い絵なんて描けるはずがない。
でも今だから言えるけど、その作品『本気で』描いた?
あの当時のわたしは遊び>絵>仕事って感じで絵へ真剣に向き合ってなかったと思う。
なのに数字が低いと、なんでとかあんなに頑張ったのにって言葉をすぐに使う。今わたしが過去のわたしに本気で描いてないじゃんって言うときっと落ち込んで泣いて、もう描かないって言ってると思う。そらくらい弱かった。
でも自分自身だからこそわかるんだ。あの頃は本気で描いてない。
本気で描けば数字は自ずとついてくるし、数字自体を気にしない。そして、他の人の数字を共感できる。
本気で描いたと言える作品ならいいねの数字が1万だろうと5000だろうと100だろうと気にならない。
一つの目安ではあるから、1万ならみんなが共感しやすい、可愛いと思ってもらえる、今需要のある要素がしっかり入ってるってわかる。それが今の時代の正解に近い作品だとわかる。
5000でも嬉しい。こういう路線が求められるものなのかと漠然と理解できる。
100ならどこかで間違えていたのか、何かが需要が足りない、自分の目ではわからない崩れがある。
全てに理由がある。
もちろんこれらの要素以外も多々ある。
・有名な人に拡散してもらえた
・人気なキャラを描いた
・本当にたまたま偶然
等、あげればいくらでもある。でもそれらはイレギュラー要素で、上で話した内容は自分が理解できる評価への回答。
イレギュラー要素を省いた自分の考えをまとめ、理解し、次の作品へ繋げていく。
今回のミスは次の正解へ、今回の正解はより研磨し更なる輝きへ進化させていく。
自分の心さえしっかり保っていれば数字は自ずとついてくる。
過去の自分は他の人の数字の高さを見て僻んでいたし、嫉妬してた。
本気で描いてたらそういう気持ちってなくなる。
凄い、可愛い、こんな表現ができるのか、それ凄い、今度わたしもやるって素直に認めれるし共感できる。
今朝凄く可愛い作品を見て、それわかる、素晴らしい作品を描いてくれてありがとうってなった。
こういう他者への敬い、尊敬の念をしっかり持ち、そこから自分の作品へ取り込んでいくことが大切と思う。
自分の絵だけを見るんじゃなく、広く素敵な作品を見て、その良い部分をしっかりと考えることで他の人の数字を共感して納得できる。
でもこれらができるようになる為には誰に聞かれても『本気で』描いてると言えなきゃダメ。
悩んで悩んで解決策を見つけ、更に悩んで悩んで、何度も何度も自分を疑う。
遠くに離れて確認する、時間を空けて確認、ディスプレイを変える、他の人の絵と照らし合わせてバランスはおかしくないか、考えれることは全てやったのか?
わたしは自身の作品がより輝く為なら、命を削ってでも描いてもいいと思ってる。
極論、誰の目にも止まらなくていい、数字が10だっていい。誰の心に響かなくてもいい。
でも、自分の中の精一杯を振り絞ったと言える作品なら、わたしは命を削って描いたその作品を一生愛せる。
自分の作品に真面目に向き合い、愛し、本気で描く。
何の為に描いているのか、何を求め描くのか、数字に捕らわれず、自分が何を求め、どうしたいか、どうなりたいかを本気で考えながら真摯に向き合う。
それが作品の質を上げていくんだとわたしは思う。
本気で描けばどんな評価だろうと落ち込むことはない。
今はこれ以上の作品が描けないんだから仕方ないって清々しい気持ちになる。
だから次の作品はもっと良いものが描ける。
おりがみ 彩📝