言葉通じず拳で語れ 前編
Added 2023-04-17 18:49:51 +0000 UTC当たり前の話だけど、世界は広い。 色々な国家があり、色々な人種があり、色々な言語がある。私が把握している以上のものだってあるだろう。言語に至っては、存在自体は知っていても喋れるわけではない。私が話せるのは、母国語である日本語と、ほんの少しの英語ぐらいだ。 言葉が通じるというのは、少し安心するものがある。相手がどんな人間であろうと、通じる共通の言語を話していれば会話が可能だからだ。たとえどれだけ怖そうな人でも、話している内容さえわかれば少し恐怖も縮小されるだろう。 それじゃあもし、相手の言語がわからなかったら? 揉めている相手がいて、そいつと共通する言語をどちらも持ち合わせていないとしたら。 その場合、どうやって問題の解決にかかればいいのだろうか。 そんな話を、学校を帰り道で親友の美優に話すと、美優は表情ひとつ変えずに即答した。 「そりゃあ、拳でしょ」 「え?」 「別に言葉が通じようと通じまいと変わらないよ。わけわかんないこと言ってる奴は拳で殴り倒して黙らせればいい。それだけでしょ?」 「・・・・さすがに暴力的過ぎるよ」 「何言ってんの。私はそうやって今まで生きてきたし、あんただってそうでしょ?」 「・・・・まあそれは、否定はできないけどさ。でも最初はやっぱり会話で解決しようとするよ。結局無駄で喧嘩になるだけで」 「同じじゃん。解決できなかったんならやってないのと一緒だよ。結局喧嘩するのが一番効果的で手っ取り早いんだよ」 美優はそう言って大きな口を開いて笑う。その可愛らしい顔にはいくつもの傷がある。今日も今日とて、学校で色々と問題を起こしてきたらしい。昨日の傷が治るよりも先に新しい傷をつける毎日。それでも美優は楽しそうだ。きっと今日もムカつく女を殴り倒して気分がいいんだろう。 「そもそもさぁ、私らだってそっから関係が始まったわけじゃん?多分あの時、会話だけで終わってたらこんなに仲良くなってなかったと思うんだよね」 「あー、それはあるかも」 「でしょ?やっぱり殴り合うのが一番なんだよ」 そう無邪気に笑う美優の顔を、私は何度も殴ったことがある。もちろんその分私も殴り返された。 美優と初めて出会ったのは五年前、中学一年生の時だ。私たちはそれぞれ別の中学に通っていて、その両校の生徒の仲は最悪だった。体育会系部活動のライバル関係から発展して、段々とヤンキー同士の小競り合いにまで至り、私たちの代では完全に敵対関係になっていた。 もちろん、真面目に学校生活をしている普通の子たちにとっては全然関係の無いことだ。敵対視しているのはどちらもヤンキーの子たちばかり。特に女子のヤンキーの敵対は男子たちよりも激しかった。ちゃんと場所を選んで揉める男子たちとは違って、両校のヤンキー女子たちは街中のど真ん中でも遭遇すればすぐに揉めて喧嘩しまくっていた。 当時の私は微妙な立ち位置だった。私自身はそこまでヤンキーというわけではなく、真面目に授業にも取り組む普通の生徒だった。ただ、ここ一帯でそこそこの知名度を持つヤンキーの姉の存在が影響して、そういう系の友達は結構多かった。そのせいで不良生徒と間違えられて補導されそうになったり喧嘩に巻き込まれたりしたことも、数えきれないほどある。 ただ私自身、不良の子たちと仲良くするのは苦とは思わなかったし、むしろ楽しかった。真面目な生徒たちや学校側からしたらどうしようもない子たちかもしれないけど、私にとってはみんな大切な友達だ。それに、私は喧嘩にはそこそこ自信があった。小さい頃から姉と何度も姉妹喧嘩を繰り返してきた影響で、気付かないうちにそれなりの実力を持っていたのだ。もちろん、進んで喧嘩をしたことはなかったけど、友達が大人数でやられていたり、ムカつく子から喧嘩を売られたりしたら、私も闘うことはやぶさかではなかった。 美優の存在は知っていた。同じ一年生でありながら、敵対中学で既にそこそこの存在感を放っている強い女子ということで、名前ぐらいは噂で聞いたことがあった。ある日、そんな美優と私の不良友達がタイマンを張ることになった。 タイマンの際は、両校から1人ずつ立会人が同席するというルールが当時にはあり、私は友達代表としてそのタイマンの立会人になった。敵対中学の美優とその立会人を含めた計四人は、夕暮れ時の空き地に集まっていた。 結果から言えば、友達は惨敗だった。私も薄々感じてはいたけど、友達と美優では実力差があり過ぎた。でもタイマンを辞めさせようとするのは友達に対する無礼であり、口には出せなかったのだ。でも、たとえ怒られてでも喧嘩させるべきではなかった。そう思ってしまうほどに、友達は無残にボコボコにされてしまった。 顔を3発ほど殴られただけの美優はまだまだ元気そうで、すでに体力を使い果たした友達にマウントを取ってタコ殴りにしていた。さすがに、このまま見ているわけにはいかなかった。 「ちょっと!もう決着はついたでしょ!」 私が美優を友達の上から退かせようと近づくと、美優側の立会人が立ちはだかった。 「なに、タイマンの邪魔しようっていうの?」 「もう終わったでしょ!さっさとあいつを退かせなさいよ」 「終わってないよ。ギブって言うまでが喧嘩でしょ?」 その問答に、なおも友達に跨ったままの美優が加わる。 「こいつが弱いのが悪いんじゃん?私に勝てるわけないのに調子乗って喧嘩売ってきてさ。その罰ゲームだよ」 「だからってそこまでしていいわけないでしょ」 「これはタイマンだよ?私とこいつの問題。立会人だからってお前は部外者なことに変わりないんだから、口出さないで見てなよ」 ダメだ、こいつとは話にならない。会話をしても無駄だと思った。言葉で納得させることができないのなら、私に出来ることはひとつだけだ。 「じゃあ、私とタイマンしよ」 「・・・・は?」 「お前が勝ったら、私のこと好きにしていいよ。その代わり、私が勝ったらその子に手出さないで」 「・・・・へぇ。面白いじゃん」 美優は不敵に笑い、マウントを取っていた友達の上から立ち上がると、自分の立会人を押しのけて私の目の前に来た。面と向かって睨み合うのは初めてだったけど、怖くはなかった。お姉ちゃんのほうがずっと強い。そう思うと、こんな女まったく怖くない。 「じゃあやろうよ。そこの子と一緒に可愛がってあげる。今からでもいいよ」 「別に明日でもいいよ。疲れてるだろうし」 「はっ、全然余裕だから」 「そう。じゃあ、歯食いしばりなよ」 「お前もな」 そして私たちは、互いの顔面に拳を叩きこんだ。