遠い記憶
Added 2022-12-06 21:13:48 +0000 UTC残業を終えた仕事の帰り道、駅前の広場で二人の少女が取っ組み合いの喧嘩をしていた。 黒髪と金髪の少女たちは、見たところどちらも十代後半。高校生か大学生といったところだろう。そんな二人は、自分たちを取り囲む野次馬たちなんて物ともせずに、ただがむしゃらにお互いの髪の毛と服を掴み合って冷たいコンクリートの地面に倒れて揉み合っていた。 喧嘩を囃し立てている人。スマホで動画を撮影している人。ただ興味本位で見ている人。そんな他の野次馬たちの隙間から、私も二人の喧嘩を見学することにした。とはいっても喧嘩は膠着状態。さっきからお互いに相手の長い髪の毛を両手で掴み合った状態で地面に倒れているだけだ。どうやら、私が来るまでに相当長く喧嘩をしていたらしい。二人とも体力が尽きてしまっているようだ。 二人の着ているおしゃれなTシャツは、乱暴に引っ張り合ったせいで伸びきってしまっている。綺麗に整えていたであろう髪の毛もお互いにボサボサで、端正な顔にも少しだけ赤い腫れが見える。どうしてこの二人はこんな喧嘩をしているのか。そもそも二人はどういう関係なのか。友達か、それともこの場でたまたま遭遇して何かのトラブルになったのか。そういった情報は何一つわからないが、一つだけわかるのは、二人の喧嘩の実力は互角ということだけだ。 進展しない喧嘩に興味を失った野次馬たちが、ひとりまたひとりとその場から去っていく。そしてついに、私ひとりになった。それでも私は、目の前で揉み合っている二人の喧嘩を見続けた。乗る予定だった電車の時間なんて気にもせずに。なんだか、不思議と懐かしい感じがしたのだ。 二人は、私には聞こえないぐらいの小声で何かを話していた。口喧嘩でもしているのかと思ったら、突然、二人は相手の髪の毛から手を離して立ち上がった。そして二人は少し距離を取りながら、ボサボサになった髪の毛や身なりを適当に整え始めた。どうやら喧嘩は引き分けに終わったようだ。 金髪の女の子は身なりを整え終わると、さっきまで喧嘩していた黒髪の女の子を睨みつけた後、何も言わずに駅の方へと行ってしまった。その場には、未だ髪の毛を整える黒髪の子と、私だけが取り残される。 「惜しかったね」 私は黒髪の子にそう話しかけた。黒髪の子は怪訝そうな顔で私を見ると、一言。 「見てんじゃねーよ」 と言って、繁華街の方へと歩いていった。 なんだあのクソガキと思ったが、私もいい歳なのでいちいち子供に食ってかかったりはしない。それに、私も彼女と同じぐらいの歳の時、あんな感じだった気がする。自分以外の人間はみんな敵。そんなことを本気で考えていた。 今思うと、あの頃の私は随分と荒れていた。道端で同い年ぐらいの女の子とすれ違うだけで、ガンを飛ばしたりして喧嘩を売っていたのだ。この街にはそういう女の子が沢山いたので、逆に喧嘩を売られることも多々あった。私はそんな女の子たちとほとんど毎日喧嘩をして、十代の後半を過ごした。 青春の日々だった。身体中に傷が絶えなかったけど、妙な充実感があった。生きていると実感していた日々だった。それが今やどうだ。あれから約十年。私の生活を言えば、家と職場の往復だけ。欲しいものもなく、ただ貯金を貯めていくだけの生活。 つまらない日々だ。 十代後半のあの頃に戻れたら、どれだけ楽しいだろうか。名前も知らない初対面の子と殴り合い、取っ組み合うあの頃に。刺激で満ちたあの頃に。 ・・・・そういえば、私もこの広場で一度だけ喧嘩をしたことがある。 思い出した。二人の喧嘩を見て懐かしく思ったのは、私も同じような経験があるからだ。今から十年前。私が高校三年生だった時、私も、名前も知らない女の子とこの広場で喧嘩をしたことがあるのだ。 そうだ。あの頃、私もさっきの子のように黒髪を長く伸ばしていて、その時喧嘩した女は長くて明るい金髪をしていた。まさしく、さっき喧嘩していた二人とほとんど同じ容姿だったのだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 先述したように、その当時の私は相当荒れていた。同世代の女の子を見かければ喧嘩を吹っ掛けずにはいられない、頭のヤバイ戦闘狂、もとい喧嘩狂だったのだ。 私がそうなってしまったのには親の離婚とか友達との亀裂とか、そういった様々な原因があるのだが、まあ簡単に言うと、ストレス発散だった。誰かと喧嘩をすることで心のモヤモヤを解消していたのだ。不器用な私には、喧嘩でしかストレスを発散できなかったのだ。 その日、私は高校から帰ると、鞄を駅のロッカーに置いて繁華街をブラブラと歩いていた。今日の喧嘩相手を探していたのだ。何人かの女とガンを飛ばし合うことはあったけど、その女たちはみんな一度は喧嘩したことがある奴ばかりだった。しかも、勝ったことがある女ばかりだ。その日の私はまだ見ぬ強敵とやり合いたい気分だったので、その女たちとは喧嘩に発展しなかった。 夜も段々と深まっていき、繁華街がネオンの光でいっぱいになったころ、その女と出会った。 私と同じぐらいの歳ごろの長い金髪の女は、歳の離れたチャラそうな男と一緒に駅から出てきたところだった。広場まで歩いてくると、男女は笑顔で互いに手を振り合って別々の方向へと歩いていき、金髪女の進行方向正面に、ちょうど広場へと戻ってきていた私が立っていた。 私と金髪女の目が合う。だが、金髪女はすぐに目を逸らして私の横を通り抜けようとする。まあ、これが普通の対応だろう。初対面の人間と目と目が合ったから喧嘩、なんてのは一部の気合が入ったヤンキー以外には、とても現実的じゃない。 まあ、私はその一部なんだけど。 「ちょっと待ちなよ」 すれ違う寸前、私はそう言う。金髪女が不審げに立ち止まり、私を見た。 「え?アタシ?」 「そ、お前」 途端に金髪女の眼つきが鋭くなる。 「お前って、いきなり何なの?」 「その髪の色、嫌いだなって思ってさ」 「は?」 「だって、わざわざそんな汚い金髪に染めてんでしょ?なんか、こだわりってよりは、ただ周りにイキるために染めてそうで、嫌いだわ」 「・・・・ふーん。まあいいんじゃない?アタシも、お前に好かれようとは思わないから。てかさ、人のこと言えなくない?」 「なにが?」 「汚い髪してさ、ちゃんと洗ってんの?」 そう言いながら金髪女は私の髪の毛に手を伸ばし、一束掴んでぐいっと引っ張った。私の表情が痛みで歪むと、嬉しそうにムカついた笑みを見せる。私はカッとなって、女の汚い金髪を掴み返した。女の表情が痛みで歪む。 「離せよ、汚くなるだろ」 私が言うと、金髪女はさらに強く私の髪を引っ張りながら言う。 「ならてめーも離せよ」 「お前が先に掴んだんだろ。だからお前が先に離せ」 「いいからお前が離せよ。じゃないと引き抜くぞ」 「は?やれるんならやってみれば?」 「やってやろうか?」 「だから早くやれよ」 私が言った途端、金髪女は空いていたもう片手でも私の髪を掴み、思いっきり自分の方へと引っ張った。痛いし、なによりもバランスを崩してこけそうになったので、私も反射的に両手で女の金髪を掴み、全力で引っ張る。 「ぐううぅぅぅっっ!!」 「んぎいぃぃぃっっ!!」 抱き合うように密着し合いながら、無我夢中で相手の髪の毛を引っ張る。私たちを囲むようにして人だかりの気配が大きくなるけど、そんなことは眼中になかった。 しばらく髪を引っ張り合って揉み合いながら相手の足や腹などをめちゃくちゃに蹴り合い、私たちの服は汗と汚れ塗れになる。すぐ耳元で金髪女の激しい呼吸音がして、相手の女も体力が減っていることがわかった。 「離せ」 「お前が先」 「お前が離せ」 「黙れブス」 小声で罵り合いながら相手を押し倒そうと体重を掛けるが、二人ともそんな体力は残っておらず、ふらふらとぶつかり合うだけだ。こうなっては泥仕合。埒が明かないので、仕方なく私は手を離すことにした。金髪女もすぐに私の髪から手を離す。 一定の距離を取り、乱れた衣服や髪を適当に直す。数人の通行人がこちらを見ていたが、喧嘩が終わったと判断して徐々に観戦客は減っていく。 だが、私も相手も、まだ終わらせる気は無かった。 「ケリつけるぞ」 私が言うと、金髪女もすぐに睨みつけてくる。 「やってやるよ」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・・・・あの後、どうしたんだっけ? 場所を変えてタイマンした気がするし、日にちを改めて喧嘩しようって約束して、そのまま自然消滅した気もする。駄目だ。全然覚えてない。なにせもう十年も前の記憶だ。今では喧嘩なんてからっきしだし、あの時の金髪女の連絡先を知っているわけでもない。 とんだ不良少女だったけど、まあそれなりに楽しい日々だった。このつまらない日々よりかは、確実に生き生きとしていたと思う。でももう、あの頃には戻れない。私は大人になってしまったのだ。 明日も仕事だ。 私は少し名残惜しい気持ちを抱えながら、駅へと歩いて行った。