呪術者の舞③
Added 2022-09-27 06:54:50 +0000 UTC歳老いた女が呪蝶のもとを訪れた翌日、女は再び、険しい山道を登っていた。 先日のように身軽な恰好ではない。女は今、その背に年頃の女を背負っている。彼女はこの女の娘だ。ただし、つい三日前、十七歳という若さで病に倒れた。大きな病院で充実した設備の中で過ごせば治らない病ではなかったが、女の家庭では無理な話だった。 若くない女が、成人に近い人間を背負って山道を登ることが、どれほど難しいことかは想像するに苦しくない。しかし、女は途中で何度も休憩を挟みながらも、夜が深まった頃に、ようやく呪蝶の屋敷へと辿り着いた。 「呪蝶様!昨日お尋ねした者です。遅くなり申し訳ございません。娘を連れてまいりました」 女が叫ぶと、屋敷の中から昨日と同じ冷ややかな声が返ってきた。 「よかろう。入れ」 扉が勝手に開き、女は屋敷へと入った。中は昨日となんら変わりはない。薄暗い空間に等間隔で置かれた行灯。そして薄絹の帳の奥に見える、呪蝶と思しき人影。 女は部屋を進み、帳の前でゆっくりとしゃがむと、背から娘の遺体を降ろした。娘の遺体を呪蝶へと捧げるように、ゆっくりと帳の前で遺体を寝かせる。娘の身体は昨日の夜に濡れた清潔な布で拭き、生前にお気に入りだった桃色の衣を着せている。これだけ見れば、眠っているようにも見えた。しかし、娘はどうしようもなく、死んでいるのだ。 「呪蝶様。どうか、どうか。私の娘を生き返らせてくだされ。この老いぼれの魂を全て捧げます。どうか」 女は額を床につけて懇願する。すると、ごそっとと何かが動く気配が帳の奥からした。女が顔を上げると、呪蝶が帳から出てくるところだった。そこで女は、初めてその姿を見たのだ。 出てきたのは、可憐な女だった。歳は女の娘と同じぐらいで、上下が繋がった紫色の前開きの衣を纏い、その上に黒の薄い羽織を着こんでいる。黒の羽織には全体的に赤の線が乱れいっており、怪しげな雰囲気を醸し出している。 衣の下部分はゆとりのある長い裙子となっていて、脚の先まですっぽりと覆われている。太い袖から出た呪蝶の手は線が細く、かつ白い。まるで幽霊のような手だった。 そして極めつけは、その顔立ちだった。恐ろしく整った美少女で、最上級の妃かと見間違うぐらいに美しい。見ていると寒気がしてくるほどなので、女は咄嗟に頭を下げた。そんな女に、呪蝶は言った。 「面を上げよ」 「・・・・はい」 「お前の望み、叶えてやろう。この娘を生き返らせる。しかし、言った通り、この娘が最後の試練を達成するかどうかは、別の話だ」 「はい。・・・・しかし、私は娘が生き返る可能性があるのならば、それに賭けるしかございません。どうかお願いします」 「ああ。では、お前の魂をもらうぞ」 「・・・・はい」 女は両手をぎゅっと握りしめ、目の前に横たわる娘の死体をじっと見た。瞳に焼き付けるように強く、涙を堪えながら。怖いと言えば嘘になる。だが、娘の命の代わりになるのなら、喜んで差し出そう。 「いくぞ」 呪蝶が女に向けて手を掲げた。すると、周りに置かれた灯籠から火がフッと消え、部屋の中は真っ暗になる。光が吸われたのだ。それは灯籠の火の光だけではない。命という光、その輝きもまた同じだった。呪蝶にとって、人の命はそれほど軽く、軽微な存在なのである。 女の身体が段々と薄くなっていき、やがて揺らいだ。身体がゆっくりと煙になっていく。その煙は娘の死体を包むように流れていった。身体の不純物を煙が取り込むんでいくように、朽ち始めていた娘の身体が段々と清潔なものへと変わっていく。 やがて少しの時間が経つと、灯籠の火がフッとどこからともかく再燃した。そして明るくなった部屋には、先ほどまで懇願していた女の姿は無かった。衣服も、髪の毛の一本すら、まるでそこに存在していなかったかのように消えていた。あるのは、眠っているかのように安らか顔で横たわる娘だけだ。 「目覚めよ」 呪蝶が告げると、娘の瞼がゆっくりと持ち上がり、光が灯った綺麗な瞳が露わになる。娘は呆けた様にしばらく天井を見つめ、やがて、呟いた。 「・・・・ここは?」 「喜べ、お前は生き返った」 声がして、娘はゆっくりと起き上がり、そちらを見た。 「・・・・あなたは?」 「我に名は無い。だが、お前たちの間では呪蝶という名で通っている者だ」 「呪蝶様っ!?」 娘は信じられなかった。目の前に立つ、自分と同じぐらいの歳の子が、あの噂の呪蝶? 「・・・・生き返ったというのは」 「そのままの意味だ。お前の母君の魂を供物として、一時的にお前は生を取り戻した」 「母のっ!?」 「そうだ。先ほど前、お前の側に座っておった」 だが、見てもそこに母の姿はない。・・・・娘はゆっくりと、事態を飲み込んでいった。最後に見た光景は、自宅のぼろい天井と、自分のか細くなった手を必死に握る母の顔だ。そして重たくなった瞼を閉じ、目が覚めたら、ここにいた。 「・・・・母様」 娘はぽろぽろと涙を流した。母より先に倒れた自分は親不孝であったが、それでも、母は自分を愛してくれていたのだという事実に。そして桃色の衣の袖で涙を拭うと、呪蝶に尋ねた。 「一時的、というのは?」 「お前の生は仮の状態だ。完全に蘇りたければ、我の出す試練を突破せねばならぬ。その希望はあるか?」 「もちろんです。母が託してくれたこの生、無駄にするわけにはございません」 「いいだろう。・・・・試練というのはごく単純なことだ。女と真剣勝負をし、それに勝てばいい」 「真剣勝負・・・・」 「そうだ。そしてその相手は、我だ」 「え!?」 黒の衣を纏った呪蝶は、怪しげな笑みを浮かべて娘に言った。 「我を逝かせ、生を勝ち取ってみせよ」