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藤柵かおる
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【読書感想】『暇と退屈の論理学』

2011/10/20日発売。『暇と退屈の論理学』を読みました。


”何をしてもいいのに、何もすることがない。”

”だから、没頭したい、打ち込みたい……。”


そんな一文から始まるこの本。

今回も、自分が感じたことを、小説書きとしての目線で(強引に)まとめてみたいと思います。


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まずは、この本を通して筆者が伝えようとしていることをまとめて見ました。


◆◆◆


現代社会は確実に『豊か』になっている。本来、豊かであることは幸福なはずなのに、現代に生きる人々は『好きなものがない・思いつかない』『楽しいと思えるものがない』といった気分になっている。なぜか?


人間は”暇である”ということに耐えられないので、暇をつぶすために何かをしようとする。情報が飛び交っている現代社会では、インターネットやテレビを通して様々な情報をすぐに入れることができるが、それらは全て『外から与えられたもの』であり、自分という『内面』に変化を与えることはない。


人間を退屈から解放してくるのは『昨日とは違うことが起きる今日』である。同じことが繰り返されるというのは、究極の退屈であり、昨日とは違うことを見つけようと人間は様々な情報を探して暇をつぶす。


逆に言えば、違うことさえあれば、それが楽しいかどうかは関係ない。

痛ましい事件が起こっても昨日とは違うし、自分の身に不幸が起こっても昨日とは違うことになる。


人間を退屈から解放してくるのは、『楽しいこと』でも『熱中できること』でもなく、

『違うことを日々見つける、ということ』である――――。


◆◆◆

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と、そんな感じかと思います。

実際にはこれ以外にも、哲学的な面での考えや、本能で生きる動物は退屈などしていない、といった感じの内容もあったのですが、内容が多岐にわたってしまうので、僕個人が一番心にのこった部分だけをまとめるという形にさせて頂きました。


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さて、ではここからは僕の小説書きとしての目線で思ったことなどの話となります。


退屈――退屈というのは『何もすることがなくて暇』ということだけではないように思います。

きっと『成長していない自分』とか『代り映えのない自分』というようなものも含まれているように感じます。

世の中は色々と進歩しているのに、自分は何も変わっていない。よくある話です。


これもきっと『昨日とは違うことが起きる今日を求めている』

創作の世界でいうならば、

『昨日の自分とは違う(成長した)自分を求めている』といった感じの欲求があるんだと思います。

それによってスランプだとか、成長していない自分に対する自己嫌悪とかが起きて……と、よくある話です。


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それらから解放されるためには『違うこと』を見つければ良い。

自分が今まで読んだことのない本を読んだり、知らなかった知識を知ったり、聞いたことのない音楽を聴いたり…………受け身ではなく、自分からそういった機会に触れることで、暇から解放される――自分自身の停滞感から解放されるようなことが起きると思います。


スランプの時には一旦創作から離れて、違う事をするといい、という昔からの話は、

こういった考えの元でも的を得ているのかもしれません。


僕も”老害”とならないように、今流行りのアニメや小説・音楽を食わず嫌いしないようにしないとね……。


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では、今回はここまでとさせていただきます。

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以上、裃左右からでした。


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