【読書感想】『ホモ・デウス(上・下)』
Added 2019-12-24 13:12:15 +0000 UTC2018/9/6日発売。全世界1200万部突破のベストセラー『ホモ・デウス』を読みました。
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツさんや、ノーベル文学賞受賞のカズオ・イシグロさんなど、各国の著名人が絶賛している本です。
280ページ以上の厚さで、上下巻セットというかなりの量がありましたが、非常に面白かったです。
今回も、自分が感じたことを、小説書きとしての目線で(強引に)まとめてみたいと思います。
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まずは、この本を通して筆者が伝えようとしていることをまとめて見ました。
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大昔、自然の中で生きてきた人間は、動物と平等な立場に立っていた。
しかし、農耕や牧畜の発明によって動物を『家畜』として下に見るようになった。
やがて宗教が生まれ、生きていく上で迷いが生まれた時には、『神』の教えを信じて、上にある教えに従って生きてきた。 さらに、科学が発展し、神の力と思われていたものも自然現象として説明できるようになり、人間の手で再現することすら出切るようになっていった。
結果、人間は迷った時に頼りに出切る存在を失ってしまった。
そんな中、現代社会ではテクノロジーによって生み出された『データ』を頼りにする人間が増え始めた。
自分の考えや他人の考えよりも、全世界から集められた膨大な『データ』の方が信ぴょう性があり、正しいに違いないという考えが人間の中に根付き始めている。
『データ』を上にして生きる人間は、やがて本格的に『データ』に依存して生きるようになる。
そうなったら『データ』を生み出す源である、巨大ITを持っているごく少数の人間が、上にある『データ』よりもさらに上のところにある『ホモ・デウス』となって、大多数の人間を支配するようになる。
かつて『神』>『人間』>『家畜』というピラミッドを形成していた社会は、
『ホモ・デウス』>『データ』>『人間』というピラミッドへと変貌していく――――。
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と、この本で言いたかったことはこんな感じだと思います。
……あり得ない、と否定したいところですが、今の生活を考えると否定することもできない気がします。
今の時代、何をするにしてもインターネットやスマホを使って『調べる』ということをやります。
今日どのサイトを何時に訪れたのか、ページを何秒見ていたのか
それらは、履歴と共にネット上に全部記録・保存されています。
(ちなみにGoogleのデータベースは2014年あたりの換算で10エクサバイト=100億ギガバイトあるとか)
考えるほどあり得そうな気がしてなりません……iPhoneが出た時だって、僕は『誰がこんなの使うんだよ……物好きだけだろ……』と思ったりしたものですが、パズドラがやりたくてあっさり乗り換えました。
そして今では、スマホなしでの生活なんて考えられません。
小学校の時なんかネットすらなかったのに、家に帰ったあと何をして過ごしていたのやら……
未来はいったいどうなることやら…………。
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さて、ここまで内容と軽い感想について書かせて頂きました。
ですが、これだけだと星の数ほどある書評サイトと変わらないので、
ここからは僕の小説書きとしての目線で思ったことなどを書いていこうと思います。
……といっても、この内容でどうやって小説につなげていくんだよ、って感じですが、
『現代人は自分の主観より、データの方を信じるようになっている』
という部分は、小説界隈でも起こっていると思います。
それは、各種小説投稿サイトにおけるランキング問題です。
僕はあまりランキングに固執しないタイプ(多分)なので、気にすることはないのですが、
SNSなどで業界の動きなどを見ていると、ランキングでのいざこざが多く見えてきます。
・ランキング上位だから面白いとは限らない。
・そもそもランキングに乗らないと読んでもらえない
・ランキングに乗るために相互評価や別アカを使用している疑惑がある。
ノクターンなどのエロジャンルでは比較的少ないのかもしれませんが、
なろうをはじめとする一般ジャンルではちょくちょく話題に上がってきます。
これこそまさに『現代人は自分の主観より、データの方を信じるようになっている』
の波が広がりつつあることの表れのようになっているのではないでしょうか?
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人によってとらえ方が違う『面白さ』ではなく、
数字的なデータである『評価ポイントが高い』ということが求められている。
なぜなら評価が高ければそれだけ『たくさんの人が面白い』と思っているはずだから。
評価っていうのは『面白さ』の参考とするべき数値のはずなのに、
いつの間にか『高ければ高いほど面白い』という絶対的な存在になってしまっている。
Aさんが「面白い」といった本X(評価ポイント10000点超え)
Bさんが「面白い」といった本Y(評価ポイント100点越え)
どっちも「面白い」と言っているはずなのに、本Xの方が「面白そう」と思うようになっているのです。
別にポイントが高い作品が絶対に面白いというわけではないはずです。
そもそも面白さは人によって違います。
評価が高いのに自分は面白く思えない、というのも別に普通のことです。
みんな『データ』に絶対的な信頼を置きすぎてしまっているのではないのでしょうか……?
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ちょっと偉そうな物言いになってしまいましたが、思ったこととしてはこんな感じです。
これを読んで皆さんはどんな風に感じましたか?
かなり分厚い本×2という内容ですが、僕はとても面白く感じました。
もし興味が出てきて、まだ読んだことがない方は『ホモ・デウス』を読んでみて下さい。
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では、今回はここまでとさせていただきます。
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それでは、以上、裃左右からでした!