もうすぐ待ち合わせの時間だ。 僕は期待に胸を高鳴らせていた。 マッチングアプリ「DESTRUCTION」で知り合った人と、初めて直接対面するのだ。 僕が今立っているのは、都心の駅を出てすぐのところにある噴水の前。 ドキドキしながらスマホを握り締めて立っていると、 「キミが『DESTRUCTION』でメッセージくれた、章人(しょうと)君かな?」 突然横から声をかけられ、ビクッとしながらも向き直る。そこには、ひとりの男性が立っていた。 30代ぐらいで、185cmぐらいはありそうな立派な体型をしている。 サックスブルーの半袖シャツに、濃いグレーのスラックス。黒く艶やかな革靴を履いていた。 ワックスでしっかりと整えられた黒い短髪と、目鼻立ちの整った顔からは清潔感が溢れている。そして、シャツの上からでもわかるほど厚い胸板をしていた。 大学生である俺の普段の生活圏にはいない、テレビドラマで見かけるのようなその風貌は、まるでできる営業マンを絵に描いたようだった。 「はい、そ、そうです!初めまして……」 僕はすこし緊張しながらもなんとか挨拶を返す。 「良かった!間違ってなかったんだね。俺は勤大(としはる)。よろしくね」 男性――勤大さんはニッと爽やかな笑みを浮かべた。 僕と勤大さんは直接会うのは初めてだが、アプリ上でいくらかメッセージのやり取りをしている。 それでも僕は驚いた。実物の彼は、アプリで見た写真よりも一層格好良かったからだ。 「あ、会えて嬉しいです。写真よりもずっとカッコいいですね……」 僕は素直に思ったことを伝えた。すると彼はハハハッ!っと大きく笑って答えた。 「ありがとう。俺も会えて嬉しいよ。こんなに小さくてかわいらしい子をギャラリーにできるだなんてね!」 ……小さい、というのは、僕は構わないが、初対面の男に対して使うと人によっては気分を害すのではないだろうか?と思ったが、 自分達がどういうアプリで知り合ったかを思い返せば、そういうものかと腑に落ちた。 実際、僕の身長は165cm程度なので言われ慣れているし、僕自身そう言われても特に嫌な気分になるタイプではなかった。 勤大さんはスーツのポケットからスマホを取り出し、『DESTRUCTION』を立ち上げる。 「あ! あの、僕こういうアプリで人と会うのは初めてなので、ちょっと緊張してます……。 それに、その、『DESTRUCTION』の機能って、本当、なんですか……?」 僕は声を上ずらせながらそう聞いた。 「ああ、もちろん本当だよ。俺は何度かこのアプリを使っているから間違いない。胸を借りるつもりでいてくれて構わないから」 彼はそう言って自分の分厚い胸を叩いた。 「それなら……安心、ですね……」 僕はほっと息を漏らしつつ、まだ若干半信半疑のまま言った。 「ああ、君には被害が及ばないように気をつけるよ。……よし、じゃあそろそろ始めるけど、覚悟はいいかな?」 「えっ、もうここで始めちゃうんですか?」 僕はかなりの往来のある駅前をキョロキョロと見回した。 「ははは!当たり前だろう。ここは絶好のスポットじゃあないか」 彼はニヤリと笑いながら、スマホの画面を見下ろす。 彼の視線の先には、「DESTRUCT?」と書かれた、赤いオーラのようなエフェクトのかかった大きなボタンが表示されていた。勤大さんが躊躇なくそのボタンをタップする。その途端、スマホから七色に煌くオーロラのような奇妙な光が、画面から飛び出し拡散した。その奇妙な光はかなりの上空まで展開し、ついには広範囲を取り囲む半球のドームとなった。 変化はそれだけではない。勤大さんの身体にも奇妙な光が纏わり付きはじめたのだ。 しかし勤大さん本人は纏わり付く光に身を任せるように、目を閉じて気持ち良さそうな表情を浮かべている。 「あー、これこれ。この感覚……!」 そして更に目に見えて勤大さんの身体が変化していった。 ググググっ!っと、ただでさえ大柄で筋肉質な勤大さんの身体が、見る見るうちにひとまわり、ふたまわりと大きくなっていく。爽やかサラリーマンといった風情の出で立ちはそのままに、異様な大きさへと変貌を遂げていく。 「な、なんだあれ!?」「うわあああ!!」 周りにいた通行人も、勤大さんの変貌を目にしてパニックになっているが、僕自身もその場から動くことも出来ずにいた。 ズガアアァンン! 巨大化していく勤大さんの足の下に、待ち合わせの目印だった噴水が巻き込まれて埋没していった。 美しく規則的に水を放っていた噴水は、あらぬ方向へ水を飛ばしたり、地面に水が溢れ出たりしている。 しかし被害はそれだけではない。地面も大きく陥没し、ひび割れが勤大さんを中心にどんどん広がっている。 その間にも勤大さんの身体は大きくなっている。僕はただただ見上げているしかなかった。 駅の入り口にいた人達は、全員腰を抜かしたようにへたり込んだり、尻餅をついたりしていた。 そして遂に、彼の身体が駅の屋上より高くなったとき、変化は終わったようだった。 「よーし、これでようやく準備完了だ」 勤大さんの口から発せられた重低音が辺りに響く。そして勤大さんは、遥か上空から足元にいる僕らを見下ろす。その表情は、先程までの爽やかさが鳴りを潜めたような、冷酷で残忍なものだった。 「ははっ、どいつこもいつも小っせえなぁ……!」 そう言いながら、勤大さんは右足をゆっくり上げていく。僕を含め、足元にいる大勢の人たちが見上げる中、巨大な革靴が空中でピタッと動きを止めたかと思うと、次の瞬間。 ズッシイイイィィィイン! 凄まじい地鳴りと共に、地面が大きく揺れる。勤大さんが右足を下ろした衝撃で、辺りに衝撃波が発生したのだ。あまりの衝撃に、僕はいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。 しかし、巨大な足の直撃を免れなかった人々はそれだけでは済まなかった。 先程まで多くの人々が呆然としていた場所に、勤大さんの右足の巨大な革靴がめりこんでいる。 アスファルトは容易に踏み砕かれ、巨大な革靴の下から何か赤黒いものが滲み出ていた。 「うわあああ!!」「ぎゃああああああ!」 偶然、巨大な足の一撃の標的にされることのなかった周囲の人々は、パニック状態で逃げ回る。 そんな中、僕が呆気にとられていると、 「おっと、そうだった、忘れていた。キミのことは巻き添えにしないようにしないとね……」 頭上から勤大さんのそんな声がしたかと思うと、勤大さんのスラックスに包まれた長い脚ががグググっと折り曲げられ、巨大な身体が上空から圧を伴いながら迫ってくる。勤大さんがその場でしゃがみ込んだのだ。 そして丸太のような太い指が3本頭上から現れ、僕を簡単に摘まみ上げてしまう。固まって身動きできずにいる間に、僕はいとも容易く駅ビルの屋上へと運ばれる。 僕を優しく屋上へと下ろすと、勤大さんは屋上に顔を近づけ、僕を見下ろしてニカッと爽やかに笑った。 「じゃあ、そこで見ててね。俺の暴れっぷりを!」 続く