俺の首が「挿げ替えられた」のは、先月の大道芸フェスでの出来事だった。
「あ〜……昨日は飲みすぎたな……」
日曜日。深酒して起きたのが昼近かった俺は、洗面所で顔を洗って野太い唸り声を上げた。伸びた無精髭がザラザラと手のひらに当たる。電動髭剃りを手にして、頬から二重顎の下の髭も剃ってさっぱりすると、俺は鏡を見た。
眉が濃く、鼻っ柱の太い顔立ちの巨漢が、鏡の中から俺を見つめている。彫りが深い顔であるため、痩せればまあまあ男前なんじゃないかと思ってはいるんだが、いかんせん、体に贅肉が付きすぎている──豊田雄平、36歳。身長は194cmで、体重は125kg。学生時代になにか運動経験があれば違ったかもしれないが、社会人になってからも何も運動しなかったため、みるみる太ってしまった。やや禿げてきた頭頂部に、育毛剤を馴染ませていく。朝飯を食うかとも思ったが、もう昼近い時間のため、外で昼飯を食うことにした。太鼓腹を覆う汗臭いランニングシャツを脱ぎ、Tシャツとジャージに着替えてアパートを出る。
商店街の方へと歩いていくと、普段より人通りが多い。それどころか、いくつか人だかりがあり、歓声が湧いている。
「おっ、大道芸のイベント、今日だったのか」
今日は市が主催する大道芸フェスの日だと思い出した。大道芸人やマジシャンたちが、商店街や駅前広場などの、ある程度スペースのある路上で芸を披露しているらしい。ジャグリングをしている大道芸人もいれば、パントマイムをしているやつもいる。足元にはおひねりを入れる箱があり、観客たちが思い思いの金額を入れていた。
「そういや、去年は観てないんだよな。飯食う前に軽く覗いていくか」
俺が大道芸人たちを冷やかしながら歩いていると、魚屋の近くでマジックをしているピエロが目に入った。既に20人ほど観客がいて、中々に賑わっている。
「はいはい〜! それでは500円玉が入っているのは、どっちのコップでしょう?」
「右!」
「みぎ〜!」
「正解は……こちらです!」
ちょうど何らかのマジックが終わったところらしい。テーブルに伏せられた2つのコップのうち、左側のコップの下から500円玉が出てくると、観客たちは拍手を鳴らした。
「それじゃ、ウォーミングアップはこの辺りにしましょうか。先ほどお見せした通り、私は交換マジックが大得意でしてね。皆さんが欲しいものを、他の人と交換してみましょう」
ピエロはそう言うと、観客をぐるりと見渡した。そして、観客の一番前にいた、小◯校低学年の男の子を指名した。
「それでは……目の前にいるボク! なにか欲しいものはあるかな?」
「えっ! ぼっ、ぼくですか……!」
男の子は緊張しながらも、ピエロの質問に答えた。
「えっと、ぼく……背が低くて、クラスの背の順でも一番前で……だから、背がおっきくなりたいです!」
「おお! それではこの私、クラウンチェンジが君の望みを叶えてあげよう──そこの、一番後ろの大柄な男性の方! ご協力お願いできますか!」
「俺か!?」
クラウンチェンジと名乗るピエロが、俺の方を見て呼びかけていた。背が大きくなりたい、という願いを、どうやって叶えるつもりなんだろう。俺は興味もあって、マジックに協力することにした。
「ちょっと通してくれ……ああ、すまない」
「おお、かなり大柄な方ですね……それでは今から、こちらの少年と男性の首を、交換してご覧に入れましょう!」
「ええっ!? ぼく、こんなに大きなおじさんになれるの!?」
驚きつつも笑顔になる少年。俺のことを、キラキラした目で見上げている。俺も驚いてはいたが、首の挿げ替えマジックというのは「挿げ替わっているように見える」だけで、肉体そのものが変わるわけではない。ただ、少年があまりにも嬉しそうにしているので、この場で水を差すのも野暮かと思い、俺はピエロの言葉に従うことにした。
「いやあ、どうなるのかドキドキしますね。よろしくな、ボク」
「うん! ありがとうおじさん!」
「はーい。それじゃ、お二人はこちらの箱に入ってくださいね」
ピエロは傍らにあったオレンジ色の箱を俺たちの前に持ってきた。箱は複数あり、いくつかの分割された箱を繋げて縦長の箱にしていく。少年の場合は使う箱の数が少なかったが、俺の場合は横幅も縦幅もでかいので、横にも縦にも積み上げて、中の仕切りを外して箱をジョイントさせ、大きな箱にしていく。やがて頭部だけの箱と、体だけの箱の2つの箱に、俺たちの肉体が収まった。俺も少年も、頭部の箱の上部に扉があり、外が見えるようになっている。ピエロが箱の
背中側の扉を閉めた。
「それでは……まずはこちらの少年から。まずは頭の箱と体の箱の間に、仕切りを入れますね」
「えっ!?」
ガシャコンと音が鳴った。とはいえ、本当に仕切りを入れて、頭と体を分断できるはずがない。そういう演出の音だろうと思っていると──
「うわうわっ! すごい!」
「マジかよ!」
「どうなってるの!?」
俺の視界の中で、ピエロが少年の頭部の箱を持ち上げた。少年と観客たちが感嘆の声を漏らしている。何が起きているんだと思っていると、ピエロがニヤッと笑いながら、少年の頭部の箱を俺の側に向けた。ピエロが持っている箱のなかで、少年が興奮した様子で騒いでいる。
「すごい! すごいよ! ぼくの頭、どうなってるの!?」
「フフフ。それは種も仕掛けもあるので秘密です! それじゃ、いったん君の頭、テーブルに置くね」
「はーい!」
ピエロは少年の頭部が入った箱を、傍らにあるテーブルに置いた。少年は興奮しながらも笑顔だ。そして、ピエロが俺の方を向いた。
「それでは、次はこちらの男性です! こちらにも仕切りを入れて、頭と体をわけますね」
「うおっ!?」
ガシャコンと俺の首の下で音が鳴ると、なんだか妙な感じがした。首から下の感覚が急になくなった。手足を動かそうとしても、動いている感覚がない。まさか……いや、そんな馬鹿な……。俺が冷や汗を掻いていると、ピエロが俺の頭の箱を両手で掴んだ。
「なっ!? ど、どうなってんだ!?」
持ち上がるはずがない、という考えに反して、ふわりと俺の頭が浮かぶ。初めて味わう浮遊感。観客たちがさらに大きなどよめきを上げる。ピエロが俺の頭が入った箱をテーブルまで持っていき、少年の頭の箱の隣に置く。ピエロは観客たちに、俺たちの体の箱の扉を開けて、中に体が入っていることを示している。確かに、箱の中には俺の体が入っている──汗かきで、濃い脇汗のある青いTシャツと黒いジャージもそのままだ。少年の箱も同じだった。俺は興奮して、少年の頭に小声で話しかけた。
「な、なあ……俺たち、どうなってるんだ? 君は最初から、あのピエロから……仕組みとかを聞いているのか?」
「えっと、ぼくもどうなってるのかわかんなくて……でも、すごいですよね!」
「はいはい〜! それではお待ちかねの、挿げ替えタイムです〜!」
「わっ!」
ピエロが少年の頭の箱を持ち上げて、俺の体の箱の上に置いた。少年の小さな頭部が、125kgはある俺の巨体の上に載っているのは、どうにも奇妙な光景だった。
「それでは、頭と体を繋げてみましょう!」
ピエロが、頭部と体の箱の間の仕切りを外した。すると、俺の太い腕や足がビクンと痙攣した。少年の頭の大きさが、俺の巨体に見合うようにぐぐっとデカい頭になっていく。顔つきや肌は少年のままなのだが、少年の頭部は俺の肉体に合わせた大きさに変わり、まるで童顔の巨漢のようになってしまう。ピエロが少年に話しかけて、鏡を見せていた。
「すごいすごい! これ、ぼくの体なの!?」
「どうかな? 新しい体は。手を上げてみて」
「こう……? うわっ! 動く!」
少年の頭部が載った俺の体が、太い右腕を上げていた。観客たちも大興奮だ。
「さあ、続いてはこちらの男性です!」
「うおっ! おいおい! これ、マジなのか!?」
続いて、ピエロが俺の頭の箱を持ち上げ、少年の体の箱の上に置く。やけに視界が低い。
「それでは、仕切りを外して、頭と体を繋げます!」
ガシャコンという音と共に、ピエロが頭の箱と体の箱の間の仕切りを外す。すると、急に体に血が通うような感覚があった。
「えっ、あっ! なんだ……これっ!」
頭をこねくりまわされるような、奇妙な違和感を覚えた。めまいを感じた俺に、ピエロが鏡を見せてくる──そこには、キャラクターもののTシャツを着た、華奢な少年の体に俺の頭部が載っているのが見えた。だが、さっきの少年と同じように、俺の頭部も体に合わせて小さくなっており、頭頂部が禿げたオヤジ顔の小◯生のように見えてしまう。不思議なことに、体は変わっていても声はそのままであるため、太く渋みのある俺の声が口から出てきた。俺が手を動かすと、華奢な少年の腕が動いた。
「それでは、お二人とも……箱から出てきて下さい!」
ピエロが箱の扉を全て開けた。俺は急に低くなった視界に戸惑いながら、ピエロと観客たちの前に出た。隣には、俺の巨体になった少年が、ニコニコしながら俺の分厚い体を触っている。観客たちが大喝采を上げた。
「あれやばくない!?」
「本当に首が変わってるじゃん!」
「ど、どういうトリックなんだ!?」
観客たちが大興奮し、次々におひねりを投げていく。ピエロは観客に一礼し、俺たちにも頭を下げた。
「お二人とも、ご協力ありがとうございました」
「うん! すっごくたのしかった! ありがとうピエロさん!」
俺の巨体になった少年は、ニコニコ笑って観客の中に戻ろうとしている。ちょっと待て……これで終わりなのか!? 俺はピエロと少年に呼びかけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちの体、本当に変わってるんだぞ!? 元に戻してくれ!」
「え? いやだなあ。ここだけの話【これはマジックですよ】【体が変わったような気がするのも、マジックのうちです】」
「う、う〜ん……そう……なのか……?」
ピエロの言葉を聞くと、なにか──脳みそが膜で包まれたような、奇妙な感覚があった。なにか釈然としない気分だが……俺は、どうにもこの場を離れる気が起きず、そのままマジックショーを見続けた。挿げ替えマジックはその後も続き、観客たちの首が挿げ変わっていく。
「うわぁ! パパの体、おっきーい!」
「おおっ……こうして自分の体を見上げるの、変な感じだな!」
二組目は、40代前半の父親と、小学校高◯年の女の子の首が挿げ変わった。三つ編みの女の子の頭部が、ポロシャツから筋肉質な腕が見える男性の体に載っており、日焼けした筋肉質な腕に力こぶを作って、感動したような声を上げていた。一方、ツーブロックの髪型の男臭い四十路男の頭部が、小◯生の女の子の体の上に載っていた。
「うおっ!? オイラの体、嬢ちゃんの体になっちまったのか!? んおぉ……!!」
「ワオ! ジャパニーズウオイチバ……築地、行ってみたいデース!」
三組目は、近くの魚屋の店主の50代の角刈りオヤジと、日本に留学に来ているという金髪のアメリカ人女子大生の頭部が挿げ変わった。ねじり鉢巻きをした、白髪交じりの角刈りの中年男の頭部が、豊満な乳房の若い女性の体に載り、感動したように自分の胸を揉んでいる。金髪をポニーテールに纏めた白人女性の頭部が、がっちりと固太った体をした魚屋のオヤジの肉体の上に載っている。
アメリカ人女性は、魚屋のオヤジが着ているゴム製のエプロンや、がに股の足が履いているゴム長靴をあれこれ触って確かめていた。
「うお〜っ! すっげー!! おれがお巡りさんの体になってる!!!」
「な、なんだこりゃ! 本当に体が変わったのか……!?」
最後に、小◯校高学年くらいの太った男の子と、30代前半くらいの男性警察官の頭部が挿げ変わった。日焼けしたガキ大将のような丸い男の子の頭部が、制服を着た逞しい警察官の体の上に載っており、ぴょんぴょんとジャンプしてはしゃいでいる。代わりに、30代の精悍な風貌の警察官の頭部が、Tシャツと短パンを穿いたムチムチと肉付きのいい少年の肉体の上に載っており、信じられないといった顔で自分の体を触っていた。少年と警察官の挿げ替えマジックを終えたピエロは、パンパンと手を叩いた。
「はいはい〜! それではクラウンチェンジのマジックショーは、これにて幕引きです。ご協力頂いた皆様、誠にありがとうございました!【マジックの結果は、あまり深く考えないでくださいね】」
「んあ……?」
なにか──脳みそがねっとりとした膜に包まれた気がした。観客たちも拍手をして、次々におひねりを箱に入れていく。客たちもそれぞれ興奮した様子で喋りながら解散していく。
「すごかったね〜! まだパパの体になった気がしてるよ!」
「そうだな。パパも由香の体になった気がしてて、なんだか不思議な気分だよ」
頭部は三つ編みの女の子で、首から下は筋肉質な男性が、興奮した様子で喋っている。隣にいる、頭部はツーブロックで男臭い顔でありながら、首から下は女の子が、その男性と手を繋いでニコニコしながら立ち去っていく。
「とても楽しいショウでしたネ! 私のカラダ、まだサカナヤのオジサンみたいで、ドキドキしてマ〜ス!」
「おう! こっちも嬢ちゃんの体みてえな気分でよ! なんだかたまんねえぜ! ガハハ!」
留学生のアメリカ人女性が、日焼けした太い腕を振りながら魚屋のオヤジに挨拶していた。留学生のアメリカ人女性は、ゴム長靴を穿いてゴム製エプロンを着た、まるで魚屋のような出で立ちのまま、他の出し物を見に行こうと立ち去っていく。魚屋のオヤジは、愛想よく留学生へと手を振り終えると、妙に好色な目つきで自分の盛り上がった乳房を見つめていた。
「うおーっ! 楽しかったぁ! そろそろ帰ろーっと」
「ま、待ってくれ! 装備品を返してくれないと困る!」
頭部は太ったガキ大将風の少年で、首から下は警察官の肉体の少年が、その場を立ち去ろうとする。頭部は三十代の精悍な警察官で、首から下は太った少年のような男が、慌てて少年を追いかけていた。
「あ! おじさん! さっきはありがとう! ぼく、おじさんみたいなおっきい体になりたかったんだ!」
やけに背の高い巨漢が、俺に手を振っていた──さっきのマジックで俺と組んだ子だ。首から上はおとなしそうな男の子なのに、首から下は俺のような肉付きのいい大男であるため、なんだかチグハグで妙な感じだった。
「あ、あぁ……すごかったよな。なあ、ちょっと一緒に来てくれないか?」
俺は少年に声を掛けて一緒にピエロの元へ行った。片付けをしていたピエロに、少年がはしゃいだ様子で声を掛けた。
「あの、ピエロさん! すっごいマジックだったよ! ぼく、まだおじさんの体になってるみたいな気がして、すっごくうれしい!」
「俺もそうなんだ。なんだか、まだ俺が子どもの体になってるみたいで……」
俺は、ピエロと少年を見上げながら口を開いた。頬を触ると、剃り残した無精髭がチクリと手に当たる。顎を撫でるとタプタプと贅肉がついた二重顎があった。頭頂部を触ると、やや髪が薄く、禿げている。頭部が俺のものであることには間違いがない。だが──俺は自分の体を見下ろした。キャラクターモノの黄色のTシャツを着て、白い短パンを履いた華奢な体。アパートを出るまで、俺は太鼓腹が邪魔して自分のズボンは見れなかったはずなんだが、今は短パンも足も見える。本当に自分が子どもの体になっているような気がする。
「ええ。そうでしょうね。先ほどはショーの進行があったので、説明を省略しましたが──本当に挿げ変わっていますので」
脳みそを覆っていた膜が、急に晴れた気がした。
「うおっ!? な、なんだこりゃ!!」
俺はギョッとして自分の体を見た。「気がする」というレベルではなく、本当に俺と少年の頭が挿げ変わっている! 一方、少年も俺の言葉で挿げ替えに気づいたようだが、目を輝かせて喜んでいた。
「うわあ! 本当だ! ぼく、おじさんの体になってる! すご〜い!」
「その、元に戻してくれ! これはさすがに困る!」
「ええ〜っ! 本当に戻りたいんですか? 【普段の自分と違う身体になって、子供の目線から見た新しい世界を知るチャンス】ですよ?【あなたも新しいカラダが大好き】ですよね?」
「んあっ……!」
そう言われると、急にこの体が惜しくなる気がした。少年も喜んでくれているし、俺もこの新しい体で、これから先の人生を生きてみるのも悪くはないんじゃ──
(いっ、いや……なにか、なにかおかしい!)
さっきからこのピエロの言う言葉に、妙に流されて納得しそうになってしまう。理性では元に戻りたいと思っているのに、俺の感情はこの挿げ替えに感動して、目尻に涙さえ浮かんでいる。頭の中がチグハグになっているのを感じながら、俺はピエロに告げた。
「それもそうなんだが……その……やっぱり、戻りたいんだ」
「う〜む。なるほど……あなたは『効きづらい』ようですね。他の皆さんは最初から『多少の違和感は受け入れて』いるし、気づいたとしても『嫌悪感が喜びに置き換わって、何もできない』のに」
なんだかさらっとヤバいことを言っているが、実際その通りなのだろう。首が挿げ変わった人々は皆「まだ体が変わっている気がするけど、気のせいだろう」程度にしか考えていないようだった。さすがにこのまま日常生活を送ると、気付きはするのだろうが……このピエロの口ぶりによると、たとえ気付いたとしても喜んでしまうような仕組みのようだった。
「まあでも、私はあなたの意思を尊重しますよ。どうしても元に戻りたいときは、来週の土曜日の12時に、またここに来て下さい。【それまで、新しい体を楽しんで下さいね】」
※
「すみません……すみませっ……うおっ!」
翌日、月曜日。俺は小◯生のようになってしまった体格で、他の乗客たちの流れに押し込まれるように通勤電車に乗り込んだ。194cmだった俺の身長が、渉くんの体になったことで、112cmへと──小◯生並の身長へと変わったことで、俺から見た通勤電車の景色は一変していた。普段は電車の天井にぶつからないように頭を屈め、他の乗客たちの頭を見下ろしながらつり革に掴まっていたのが──今では他の乗客たちを見上げる体勢で、つり革に手も届かないので手すりに掴まっている。こんな身長で満員電車に乗るのは、圧迫感があって怖いのだが……さすがに「電車に乗るのが怖いので休みます」とは会社に言えるわけがない。電車が走り出してしばらくした頃、クスクスと笑う若い女の子の声が頭の上の方からしてきた。
「ねえ見て。あの小◯生、ハゲてない?」
「うわっ。ホントだ……ていうか、顔も結構オヤジ顔じゃない?」
声がした方を見上げると、近くでつり革を掴んでいる女子高生2人組が、俺を見下ろしながら笑っていた。顔がかあっと熱くなり、恥ずかしくて俯いてしまう。こんな小◯生と間違われるような体にされて、ハゲた頭をまじまじと見られて笑われるなんて、成人男性として屈辱すぎる。なのに──
(なんでこんな……んくっ! 妙な気持ちになっちまうんだよっ!?)
頭の中がとろーんとして、はあはあと息が荒くなる。今まで圧迫感を感じていたはずの、他の乗客たちを見上げる光景が、華奢でチビな少年の体格になってしまった自分の体が──急に愛おしく感じられてしまう。子どもの目線で世界を見ることが、とても楽しくて──ずっとこのままでいいのにと思ってしまう。次の土曜日にピエロのところに行かないなら、俺はずっとこの体のままなのだ。そのうち二次性徴が来れば、身長も伸びるだろう。それを待てばいいんじゃないか?
(そんなわけ、ない……だろっ……! 俺は俺の体に戻りたいんだッ……!)
俺は手すりを小さな手でギュッと握りながら、自分の内側から湧き上がってくる喜びを懸命に打ち消そうとした。火照り始めた体が徐々に鎮まっていき、顔に感じていた暑さも引いていく。次の駅に着く頃には正気に戻っていたが、さっきまで感じていた多幸感とは逆に、華奢な少年の体格になってしまった現実と、ジロジロとハゲた頭を無遠慮に見られる屈辱が反動のよう俺を襲ってきた。
(うっ……そうだった。俺……子どもの体になっちまったんだよな……)
意気消沈しながら電車に揺られて、会社の最寄り駅で降りた。尿意を感じて駅のトイレに寄ったが、この駅のトイレは造りが古いため、高さが違う大人用と子ども用の二種類の小便器がある。いつものように大人用の小便器を使おうとしたが、位置が高すぎて届かず、しょうがなく子ども用の低い位置にある小便器を使うことにした。ブリーフごと短パンを膝下までずり降ろす。何も毛が生えていない股間と、真性包茎チンポがぷるんと外に出た。俺の大人の肉体との違いをまざまざと視覚的に実感し、再び俺の頭の中に多幸感が湧きそうになる。慌てて意識を尿意に集中した。ちょろろろ……と放尿が始まった音を聞いているうちに、俺は気付いた。
(というか、チャック開けてチンポを出せばいいのに……なんで俺は、ブリーフごと短パンを降ろしたんだ……?)
隣で用を足そうとしたサラリーマンが、子どもっぽく短パンと下着をずり降ろした俺の放尿スタイルと、俺のハゲた頭を見て、ギョッとしたように俺の頭と体を二度見するのが視界の隅に映った。こんな短小包茎のチンポを見せながら用を足すなんて、恥ずかしい……なのに、俺はまるでいつもしているかのような自然さで、ブリーフと短パンを膝下までずり降ろしていたのだ。
もしかすると「体が覚えている動き」ということかもしれない。俺は自分で無自覚に取ってしまった子どもっぽい放尿スタイルをようやく終えると、ジロジロと俺の頭と体を見比べる他の男性客たちの視線を感じながら、洗面台で手を洗い──こちらも、一段低くなっている位置の洗面台を使うしかなかった──駅を後にした。
※
「ボクさあ、学校はどうしたの? お父さんかお母さんが、ここで働いているのかな?」
「そうじゃなくて、俺が営業課の豊田雄平なんです! さっきからそう言ってるじゃないですか! ほら、社員証!」
会社の玄関ロビーで、俺は警備員に捕まっていた。俺のことを学校をサボって親の会社に来た子どもだと思っているらしく、社員用ゲートに進ませてくれないのだ。警備員は俺が見せた社員証を疑わしげな目線で見ていた。
「あ〜……顔は確かにお父さんにそっくりだけどさぁ、でも、ここはボクみたいな子どもが来るところじゃないんだよ?」
「だ・か・ら! 俺が豊田雄平、本人なんですってば! マジックショーで首を挿げ替えられたんです!」
「またまたぁ……あんまり大人をからかっちゃダメだよ? で、君のお父さんが豊田雄平さんってことでいいんだよね? その社員証は預かっておくから、お父さんが来たら渡しておくね?」
「あっ、ちょっ!? 返してくれ! それは俺の社員証なんだ!!」
俺の野太い声での抗議も虚しく、警備員は俺から社員証を取り上げた。俺はぴょんぴょんジャンプして取り返そうとしたが、背丈が縮んだ今の体だと、全く手が届かない。警備員は片手で俺のハゲた頭を抑え、もう片方の手で社員証を受付にいる社員に渡し、なにか話している。そのとき、カツカツと革靴の音がして、聞き慣れた声が降ってきた。
「あれ? 豊田じゃないか……? なんでそんなチビになってるんだ?」
同期の吉川だった。年も俺と同じで36歳だが、筋肉質な体格で日焼けもしており、見るからに体育会系の営業マンらしい風貌をしている。とはいえ吉川の身長は、194cmある俺よりは下で、確か175cmくらいだったと思うのだが、今の俺にとっては巨人のような体格に見えた。吉川は、首から下が子どもの体になってしまった俺をまじまじと見ていたが、俺が事情を説明すると、あっさりと信じてくれた。
「うーん……? 妙な話だが……まあ、そういうマジック……なんじゃないか?」
話しているうちに、吉川の瞳がどこか虚ろになっていった。それは、あのマジックショーに巻き込まれた人たちと同じような様子だった。俺は不安になって、吉川の袖を揺すった。
「よ、吉川……?」
「ん? ああ、俺から警備員に話してやるよ。ちょっと待ってな」
吉川が警備員に掛け合うと、警備員も今度はあっさりと吉川の話を信じてくれた──吉川と同じように、どこか瞳が虚ろな様子になっていたが。
「……いやあ、すみませんね。豊田さん。疑ってしまって。でもまあ、そういうマジックなら……仕方がないですよね。社員証、お返ししますね」
「え、ええ……ありがとうございます」
「良かったな、豊田」
吉川が子どもにするように、わしわしと俺の少しハゲた頭部を撫でた。
「はうっ! よ、吉川! やっ、やめ……!」
俺の脳みその中が、とろりと多幸感で満たされる。子ども扱いされて大人の男性から頭を撫でられる──子どもの頃から体がデカかった俺にとって、チビ扱いされるのは初めての体験だった。まさか36歳にもなって、初めて言われちまうとは……屈辱的なはずなのに「もっと撫でて欲しい」「俺を子どもとして扱って欲しい」という感情がキュンキュンと胸に溢れてきてしまう。吉川は頭を撫でられてうっとりしている俺の様子に、苦笑しながら手を離した。
「悪い悪い。つい子ども扱いしちまった。俺にも息子がいるからさ」
「あ、あぁ……いいんだ……その……」
我に返った俺は、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じていた。36歳のオッサンなのに、同い年の男から頭を撫でられて喜んじまうなんて……あまりにも恥ずかしすぎる。俺が俯いていると、吉川が手を差し出した。
「ほら、豊田。そろそろ上に行くぞ」
「あ、う……そうだな……」
子ども扱いして悪かったと言いつつ、吉川は俺と手を繋ぐと、社員用ゲートに社員証をかざした。俺は同僚に手を繋がれて出勤するという恥ずかしさよりも、再び子ども扱いされた喜びでうっとりとしながら、営業課へのエレベーターへと向かった。
※
どうやらこの挿げ替え現象は「俺を元から知っている人間」は、ちゃんと俺を豊田雄平として認識してくれるようなのだが、俺のことをよく知らない人間からは、オッサン顔の子どもとして扱われてしまうようだった。事情を説明した営業課の社員たちは「大変でしたね」「すごくよくできたマジックですね」と首の挿げ替えを信じてくれたのだが、俺のことをよく知らない人間──他部署の人間からは「どうして子どもが会社に?」と奇妙な顔をされてしまった。だがそれも、俺のことを知っている人間から事情を聞くと、すんなりと受け入れてしまうようだった。
「な、なかなか疲れるな……」
俺は営業課の自分のデスクで、ぷらぷらと足を揺らしていた。足が床まで届かないのだ。首が挿げ変わってもパソコン仕事には影響しないと思っていたのだが、妙に指がぎこちない。頭ではわかっていても、ブラインドタッチができないのだ。駅のトイレでの一件といい「体が覚えている動き」は、首が挿げ変わった後にも影響が出てしまうらしい。俺はまじまじとキーボードと画面を見比べながら、普段よりも遅いペースで資料を作っていた。
「豊田、ちょっといいか」
午後になってから岩瀬課長から呼ばれたのも、俺の仕事の進みが遅い件についてだった。M字に後退した髪の生え際と、ブラシのように太い口髭を生やした課長は貫禄があり、課長の席に呼ばれた俺はその時点で圧迫感を感じていた。
「あのな、子どもの体になったのはわかるんだが……仕事の進みが遅すぎる」
「……はい」
課長の胴間声が、上から降るように響いてくる。俺は縮こまって課長を見上げた。体格差がありすぎて、まるで自分が子どもの頃に戻って、大人に怒られているように錯覚してしまう。
「首から上は大人なんだから、もうちょっと段取り良く進めてくれ。いいな?」
「…………は、い……すみません……でした…………うっ、ぐすっ……」
課長は何もキツく叱っているわけではない。頭ではわかっていても、見上げるような大人から、しかも強面な風貌の課長から叱られると、俺は怖くて涙が出てきてしまった。課長が慌ててしゃがみ込み、俺に目線を合わせる。厳つい課長の顔が間近に迫ってきて、俺は怖くてさらに涙が出てきてしまった。
「なっ!? お、おい! 泣くな!」
「あーあ、課長。豊田を泣かせちゃったじゃないですか」
「課長、ひどーい。パワハラですよパワハラ」
「おっ、俺はそんなつもりじゃ……」
吉川や他の女性社員たちが課長を注意すると、俺を課長の席から引き離してくれた。
「もう大丈夫ですからね、豊田さん」
若い女性社員──中野がしゃがみ込み、俺を抱きしめてくれた。まるで性欲のない子どもを相手にするように、なんの警戒心もなく俺の頭が中野の胸に当たってしまう。俺は驚いて涙が引っ込んでしまい、中野から慌てて体を離した。
「な、中野くん……まずいよ。俺……こんなんでも36歳のオッサンだぞ?」
「あっ、すみません……なんだか豊田さん、子どもっぽい感じがしちゃって……」
「いいんだって。こいつは今までデカかった分、子ども扱いするぐらいで釣り合いが取れるんだって。なあ?」
吉川が無造作に俺の少しハゲた頭を撫でる。中野と吉川から立て続けに子ども扱いされたことで、また俺の脳みそが多幸感で染め上げられていく。
「やっ……やめ……はうぅ……」
「やだー、豊田さんかわいい」
野太い声で喘ぎ、恥ずかしがる俺を、中野がからかう。それさえも嬉しくなってしまい、俺はとろーんとした頭のまま自分の席へと戻った。
※
「きょ、今日は散々だったな……」
家に帰ると、俺は着ていた渉くんのTシャツと短パン、ブリーフを脱いで洗濯機を回した。どうしても体に合うサイズの服がこれしかないので、ピエロが元の体に戻りたいなら来いと指定した土曜日まで、毎日洗濯して近所のコインランドリーで乾燥機機能だけ使って着回すつもりだった。さすがに週末までしか使わないのに、子ども服を買うのも気後れする。
「おっ、俺の体……やっぱり……子どもの体なんだな……」
全裸になった自分の体を見下ろす。脂肪もムダ毛もない、つるりとした華奢な肉体。股間にも毛が生えておらず、らっきょうのような見た目の真性包茎チンポが生えている。自分の体が他人の体になったことを改めて自覚した途端、またあの多幸感が溢れそうになってきた。
「やっ、あぁっ……! 違くて……俺、元の体がいいのにっ……!」
悶えながら洗面所を出て、敷きっぱなしの布団がある万年床に倒れ込む。三ヶ月は洗濯していないシーツからは、ツンと酸っぱい太った男の体臭が匂ってくる。先週までは俺の体臭だったのに、今はもうこの体臭は俺の匂いではなくなっているのだ。俺が渉くんの体の匂いを嗅ぐと、うっすらと甘い少年の体臭が匂ってきた。自分の首から下が他人の肉体になってしまったことを、より一層実感してしまう。
「あっ! ああっ! こんなの、おかしいのにっ……!」
俺は興奮しながら自分の体をまさぐると、真性包茎チンポを弄り始めた。その手つきさえも、ぎこちないものになってしまっている。頭ではオナニーのやり方を理解しているのに、手つきが初々しい。性知識だけはある少年が、初めてオナニーするかのような手つきになってしまっているのだ。やはりこの体は、他人の体なんだ──そんな絶望感が浮かぶと同時に、喜びへとすり替えられる。抗うと反動でメンタルがかなり落ち込むと、今日の昼間思い知らされたので、この場ではそのまま溺れることにした。
「あっ、あっあっ! 出ちまう! すごい! こんな──んいっ!?」
ビクン! ビクンビクン! と俺の体が痙攣する。体が自然とのけぞり、やがて敷布団の上に着地した。チンポはヒクヒクと痙攣しているが、射精はしていなかった──いわゆるドライオーガズムというやつらしかった。体は未精通なのだから、当然だ。
「はひっ……すご……あぁ……」
俺は洗濯が終わるまでの間、枕とシーツに染み込んだ、自分の酸っぱい体臭をおかずに、真性包茎チンポを弄り続けた。オナニーを覚えたての少年のようだと頭では思っていても──体は止められなかった。
(つづく)
──────────
いま書いているコミッションの小説の途中経過です。現在、約27,000字まで書けているうちの、約13,000字分を公開しています。なぜ書けている分を全て公開しないのか?というと、ここから先はエピソードの順番を入れ替えたり、出来事の整合性を整えたりと、かなり手を入れる予定であるためです。
もともとのリクエスト文ではおっさんと少年の首の挿げ替えだけでしたが、他の組み合わせも見たい!と思い、あれこれ他の観客たちも挿げ替わっています。このあとはピエロの出すミッションに失敗し、立場も入れ替わってしまう予定です。
くろねこ@9605
2024-11-06 11:31:27 +0000 UTCたま
2024-11-05 14:14:01 +0000 UTCくろねこ@9605
2024-11-05 13:56:09 +0000 UTC黒竜Leo
2024-10-31 15:53:12 +0000 UTC