※この小説は、FANBOX運営の要請により、一部の表現をを変更しました。
2025年6月14日 くろねこ
俺がその電車に乗ってしまったのは、課長へ昇進した年の5月のことだった。
昇進直後の4月は慌ただしいままに過ぎ去り、5月の連休も家族サービスやら何やらであっという間に終わった平日の朝、俺は駅のホームで電車を待っていた。俺は五十嵐敏浩、41歳。妻と高校生の息子との3人家族。俺の歳で総合商社の課長なら、まあまあ若い方じゃないだろうか。
滑り込むようにやってきた電車に、他の乗客と押し合いへし合いしながら乗り込むと、すぐに電車は発車した。年々暑くなり続ける気温で、5月とはいえ汗ばんでいた俺の体に押し当てられていたギャル系の女子高生が、不快そうな顔をした。俺は痴漢を疑われないように両手で吊り革を掴みながら、なるべく女子高生から体を離した。
──本日も○○電鉄をご利用いただき、誠にありがとうございます。
いつもと変わらない電車内のアナウンス。だが、そこから続いた言葉に俺は耳を疑った。
──当車両は混雑緩和のため、試験的にお客様同士での融合を行っております。
「は?」
「えっ?」
「なに?」
俺も含め、乗客たちが怪訝そうに周囲を見回す──異変は、すぐさま起こった。
「うおっ! なっ、なんだっ!」
急に俺の右腕が勝手に吊り革を離して、目の前にいたギャル系女子高生を抱き寄せた。
「ちょっ! 離しなさいよ!」
ウェーブした明るい茶髪に、ぱっちりした大きな目のメイクをした女子高生は、俺を睨みつけながらも、逆に俺を抱きしめ返していた。
「この痴漢! 変態オヤジ! 警察呼ぶからね!」
「まっ、待ってくれ! 腕が勝手に動いっ……んぐっ!」
今度は俺の唇が勝手に動き、これからキスしようとするかのように突き出された。頭が前に押し出される感覚があり、慌てて踏ん張った。女子高生も俺と同じく唇を突き出しながら、俺にキスしようとしているのを堪えていた。
──お客様同士でのキスによって、融合は完了します。肉体と精神は混ざり合い、二度と元には戻りません。
(なっ、何が起こってるんだ! これは!)
俺は首を動かしたが、すぐさま見えない力で首の向きを戻され、正面を向いてしまう。だがどうやら見える範囲にいる他の乗客たちも、近くの乗客と抱き合いながら、唇を突き出してキスをしようとしているようだった。男同士で、女同士で、あるいは男と女で……サラリーマンもOLも学生も老人も、老若男女、さまざまな組み合わせでキスをしようとしている。
(融合って……俺がこんな……頭の悪そうな、派手な女子高生と……体も心もひとつになるっていうのか!?)
妻と息子の顔が脳裏に浮かぶ。せっかく課長になったばかりだというのに、こんなわけのわからない電車のせいで、俺が……俺でなくなる?! 冗談じゃない! 俺は俺だ! 五十嵐敏浩だ! 学生時代にラグビーで鍛えた逞しい両足で、電車内で踏ん張った。
「んん〜ッ♡」
「はぁ〜っ♡」
「ちゅっ♡」
視界の隅では、あちこちで乗客同士がキスをしているのが映った。スーツを着たサラリーマン同士が、あるいはOLと作業着姿の中年男が、もしくは男子大学生と女子小○生が──それぞれキスをしている。キスをしている彼らは、くぐもった喘ぎ声を漏らしながら、ゆっくりと二人の頭部が混ざって、やがて服ごと体も溶け合っていく……まるでシュールレアリズムの絵画のような、奇妙な光景だった。
「ん〜っ!!」
俺がよそ見をしているうちに、女子高生の方はもう限界に達したのか、涙目で俺に顔を近づけてきた──そうして、俺達の唇は触れ合ってしまった。
「んひっ♡」
「ひゃぅ♡」
それは、今までの人生の中で、最も強烈な印象のキスだった。口の中に度数の高い、甘ったるい酒を注ぎ込まれるような感覚。強烈な酩酊感で頬が緩んでしまう。意に反して俺のイチモツはスラックスの中で勃起し、夢中で女子高生の腰に股間を擦り付けていた。全身の肌が火照っている。この女と、ひとつになってしまいたい──そんなあり得ない願望が俺の胸の中に湧き上がる。あまりの興奮に、俺は生理的な反射で涙を流しながら、女子高生に自分から舌を絡めていた。相手も夢中になって、俺の舌を貪っている。すると突然、舌と舌が絡み合い、離れなくなった。眉をしかめて舌を動かそうとすると、俺の舌が彼女の舌の中でピクピクと動いた。同時に、彼女の舌が俺の舌の中で動こうとするのも感じられた。
(こっ、これって、まさか……)
──呼吸が早くなり、唇が震えた。身をよじって唇を離そうとしたが、それは叶わなかった。もう既に、俺と彼女の舌は、繋がってひとつになっていたのだから。アイメイクをした彼女の目が見開かれ、ぽろぽろと涙がこぼれたが、すぐさま切なげに眉根を寄せ、悩ましげに俺との接吻を続けた。まるで舌が鋭敏な性感帯のようになっている。舌をピクピクと動かすたびに、相手も反応を返してくる。性器の挿入と甲乙つけ難い快感に、俺も心臓の動機が早くなり、彼女を自分の意志で強く抱きしめていた。
(こっ、こんなの……ありえない! ありえない……のにッ……♡)
鼻同士も、頬も、背中に回した腕も、着ている服も、頭から爪先に至るまで、俺のすべてが──この女とこれからひとつになる悦びに打ち震えている。頭では異常だと理解していても、あまりに強烈な快楽に、俺は抗うことができなかった──既に鼻は離れなくなっている。彼女の鼻息が、俺の鼻腔の中に入ってくる。
妻とのセックスで、このままひとつになりたいと切実に願うような、そんな忘我の境地が──実際に訪れてしまう。見ず知らずの派手な女子高生と、心も体もひとつになっちまう。このままキスを続けたら、俺は──いったいどうなるんだ?
俺が覚えているのは、そこまでだった。
※
「んっ!? んぅぅっ……♡ はぁ〜っ……♡ はぁ〜っ……♡」
吊り革に掴まったまま、いつの間にか意識が飛んでいたらしい。まるで、好みではない相手とセックスしたが、存外に体の相性が良く、夢中になってセックスをしてしまったような──充足感と倦怠感、そして後悔がないまぜになった気分で、俺は目を覚ました。そして肩で息をしながら、自分の身体を見下ろした。
まるで体格のいい男が、女装しているようだった。ツーブロックのはずの俺の髪が、あたしのセミロングヘアになって、肩に掛かっている。いま着ている服も、俺が家を出るときに着ていたストライプ柄のスーツではなく、あたしが通うN高校の女子制服になっている。ブレザーの下には学校指定の白いブラウスを着て、リボンをつけている。胸は男とは思えないほどむっちりと膨らんでいて、おそるおそるボタンを外してブラウスの隙間から覗き込むと、パステルピンクのブラジャーに包まれた胸の谷間が見えた。そのくせ、校則の規定ぎりぎりの短いスカートからは、毛深く逞しい俺の両足がにょっきりと突き出ている。あまりにも強烈な快感でガニ股になってしまい、いまだにヒクヒクと毛深い両足が痙攣していた。スカートの内側では、ショーツからはみ出たチンポが揺れており、精液なのか愛液なのかわからない液体で、下着と床が粘っこく濡れていた。
痴漢なのか痴女なのかわからない、あまりにも変態的な格好に、俺になったあたしの口から「やっ、やだっ! 何なのよっ! これっ……!」と、妙に甲高い男の声が──俺よりも高いが、あたしよりはずっと低く太い声が漏れた。もはや俺は、もはや俺ではなくなっていた。41歳の会社員である五十嵐敏浩と、18歳の女子高生である宮本沙耶香。俺とあたしは……融合してしまった。そしてそれは、周囲の乗客たちも同様だった。
「うへへ……♡ た、たまらんっ……♡ やっ、ちょっとヤダっ! この人……私! 痴漢です! じゃなくて、やめてくだ……フヒッ♡」
俺の近くにいたOLは、ボサボサの男臭い眉と、髭の剃り跡が青々しいむさ苦しい顔で瞳を潤ませ、ストッキングを履いた毛むくじゃらの太い足をガニ股にして、興奮した様子で自分の胸を揉んでいた。興奮しながら自分の胸を揉んでいる癖に、ときおり嫌がるような表情を浮かべては──しかしまた、興奮した男の顔で自分の胸を揉み続けるのだった。レディーススーツの股間は、明らかに男根で固く盛り上がっていた。
「んあっ……! く、臭ぇっ! 俺のカラダ……オヤジ臭えっ! 何だと! 俺はワシに対して失礼じゃないか!?」
その隣には、20代の体育会系のサラリーマンと、50代の脂ぎったサラリーマンが融合した奴がいた。顔つきそのものは、日焼けした精悍な若者であるにも関わらず、肌は妙に脂ぎっており、端正な鼻からは手入れなどしていない鼻毛がもっさりとはみ出ている。額には中年男特有の深い皺が刻まれ、顎もたぷんと二重顎になっていた。髪もまたバーコード状に禿げており、体型も胴長短足である。若々しい中年男になった彼は、自分の独り言に自分で激昂し、自分との口論を始めていた。
「うぅっ……なんだよ、これぇ……ママぁっ……! お、落ち着いてくれっ! 俺っ! うぇぇ〜ん!」
大学の柔道部のエナメルバッグを持っている逞しい男子大学生──にも関わらず、髪型は三つ編みで、女児向けのキャラクターのTシャツを着て、精液染みのあるハーフパンツをおそるおそる触っている男がいた。どうやら小○生と融合してしまったようだ。射精の快感に大きなショックを受けたらしく、彼は野太い声で泣きながら、自分自身を宥めていた。
もはや車内は混沌として、収拾がつかない有り様だった。男同士、女同士、あるいは男と女で、自分と喧嘩し始めたり、痴漢し始めたり、戸惑っていたり、恥ずかしがったり──俺も、こんなオジサンのチンポをぶら下げて射精したことが猛烈に恥ずかしくなってしまい、アイメイクが崩れるのも構わずに、声を上げて泣き始めてしまった。
「もう、ヤダァ〜〜〜っ! うわぁぁぁ〜〜〜〜ん!」
どうにか泣き止みたかったが、あまりにもあたしの方の感情が昂ぶりすぎていて、俺が口を挟む間がなかった。俺もこの事態に困惑していたが、どうにかあたしだけでも落ち着かせようと、深呼吸をしようとしたところで、電車のアナウンスが流れた。
──融合したお客様に、お知らせいたします。融合したお客様は、混乱を防ぐため【相思相愛の間柄】になって頂き、さらに【融合フェチの変態】になって頂くよう、重ねてお願い申し上げます。
「んひ♡」
「はぁ〜っ……♡」
「う゛おっ♡」
「んおぉ……♡」
車内の乗客たちが、一斉に悩ましげな声を漏らした──俺を含めて。
「んあぁ……♡」
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