NokiMo
くろねこ@9605
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【全体公開】【無料サンプル】汗臭さが必須のビジネスマナーになる常識改変

 いま思えば、異変は日曜日の時点から始まっていたのだと思う。


「しかし、どういう風の吹き回しなんだ? 穂香がパパと一緒に買い物行きたいだなんて」


「え~? なんとなくだよ。別にいーじゃん。あ、パパ! あのお店寄りたい!」


 日曜日の午後、俺は高校生の娘の穂香と共に、郊外のショッピングモールに来ていた。珍しく、妻は家で留守番だ。穂香は反抗期で、最近は俺とろくに口をきいていなかったのだが、今日はやけに俺にべったりとくっついてくる。まるで恋人のように腕を組もうとしてきたので、俺の方からやんわりと断ったくらいだ。


(ついこの間まで「汗臭いからパパと一緒に洗濯しないで」って言ってたのに……急にどうしたんだ? ん? そう言えば……)


 ふと違和感を覚えた。今日の午前中、俺はジムに行ってトレーニングをしてきたのだ。そのこと自体はおかしくないのだが……いつもはジムでシャワーを浴びるのだが、今日はその記憶がない。代わりにタオルでざっくりと汗を拭い、着替えた記憶はある。


(シャワーを浴び忘れたのか? いや、あんな汗臭い体のまま着替えるだけなんて、なんで俺はそんなことを……?)


 着替えた白いポロシャツの襟を持ち上げ、内側の匂いを嗅ぐ。四十路男の汗臭い匂いが、ムワッと匂ってくる。


(んっ……よりにもよって、シャワーを浴び忘れた日に、なんで穂香は買い物に誘ってきたんだ? こんなの、汗臭くて普段なら嫌がりそうじゃないか……んっ……?)


 いつの間にか俺は、自分の体臭を嗅ぐのに夢中になっていた。改めて嗅いでみても、普段と同じ匂いのはずなのだが……まるで芳醇な酒の匂いのように、嗅いだだけでもわずかに陶酔感を覚えてしまう。


「パパ~! 置いてくよ~」


「あ、ああ。いま行く」


 それはショッピングモールの通路で中年男がするには不審な行為であり、娘に呼ばれて我に返った俺は、気恥ずかしさを感じながら小走りに娘の元に向かった。そのため、その時点では気づいていなかった。他の男たちも、自分の体臭を嗅いでは、陶然とした表情を浮かべていたことに……。



「あぁ……もう朝か」


 月曜の朝。気怠さが体の芯に残ったまま目覚めた。既に妻は朝の支度をしているようだ。昨夜は晩飯の後、妻の方から体を求められ、シャワーも浴びずに一晩中セックスに耽っていた。寝不足であったが、しかたない。まずはムンムンに汗臭さを放つ体を、どうにかしなければ。ベッドから降りると、朝勃ちしたチンポがぶるんと揺れた。裸のまま風呂場まで行こうかとも思ったが、廊下で娘と出くわすとまずい。俺は脱ぎ散らかしていた寝間着を着て、風呂場へと向かった。


(真由美が、あんなに激しく俺を求めてくるなんて、ずいぶん久しぶりじゃないか?)


 昨夜の妻との情交を思い出すと、出勤前だというのにムラついてしまう。妻の方から「シャワーを浴びないで欲しい」とリクエストを受け、午前中のジムと午後のショッピングモールで汗を掻いた体のまま、妻を抱いたのだ。まるで媚薬でも嗅がされたかのように、妻は俺を激しく求め、何度もアクメに達していた。夫婦なので人並みにセックスはするが、あそこまで積極的にセックスに溺れる妻の姿は久しく見ていなかった。


(まあ、セックスレスよりはよほど良いよな)


 さすがに毎晩こうだと体が持たないが、たまにはいいだろう。俺は苦笑しながら脱衣所で寝間着を脱ぎ終え、風呂場へと入った。熱い湯を洗面器に入れ、タオルを浸す。湯から出して、引き絞ったタオルで、体を拭いていく。熱々のタオルで体を拭ううちに、自分の行為に違和感を覚えた。


「ん?」


 なんで俺は……シャワーを浴びようとしないんだ? 昨日の午前中はジムでトレーニングをし、午後は娘とショッピングモールを歩き回り、夜は妻とのセックスで汗を掻いている。ここはひとつ、シャワーを浴びて汗を流すべきじゃないか?


(それはそうなんだが……朝からシャワーを浴びることに、やけに抵抗があるというか……)


 シャワーに伸びかけた右腕が、迷った末に下ろされる。これから出勤するというのに、なぜかシャワーを浴びる気になれない。いや、むしろ……【これから出勤するのに、なぜシャワーを浴びなければならないんだ?】というあべこべな考えさえ浮かんでくる。俺は自問自答したが、どうにもシャワーを浴びる気がしなくて、そのまま体を拭いて済ませた。体臭はだいぶ抑えられたが、それでもまだ汗臭さが肌に焼き付いているようだった。


「あ、パパ。おはよー」


「ああ、おはよう」


 俺がスーツに着替えてダイニングに行くと、制服姿の穂香がすれ違いざまに俺の身体に顔を近づけた。そして、不満そうな声を出した。


「え~? パパ、シャワー浴びちゃったの? 信じらんない。せっかく汗臭かったのに」


「おいおい。【パパが朝からシャワーを浴びるわけない】だろう。タオルで拭いただけだ。もっとしっかり嗅いでみろ」


 俺は【朝からシャワーを浴びる非常識な男】扱いされたことにムッとすると、腰に手を当てて、ワイシャツを着た胸板をぐっと反らせた。学生時代にラグビーで鍛えた厚い胸板に、穂香が顔を埋めて匂いを嗅ぐ。


「あ、ホントだ~! しっかり汗臭いね。やるじゃん、パパ」


「ああ。【社会人は、汗臭さと清潔さを両立させることが大切】だからな」


(……いったい何を言ってるんだ? 俺は)


 穂香と話しながら、俺はめまいを覚えていた。何もかもがおかしい……俺がシャワーを浴びたと勘違いして非難する穂香も、それに反論する俺も。そして嬉々として俺の汗臭い胸板に顔を埋める穂香も……何がおかしいのか考えていくうちに、俺がなぜシャワーを浴びたがらないのかに思い至った。


 【汗臭い男ほど魅力的である】ため【男が汗臭さをアピールするのは、常識的な振る舞いである】という思考が、いつの間にか俺の行動の根っこにあるようだった。そのことを自覚してもなお、抗いがたい衝動であった。


(俺は、変態にでもなっちまったのか? いや、俺だけじゃない。穂香と真由美の様子がおかしいのも、俺と同じで……?)


 こんな汗臭い体で出勤して、職場でどう思われるのか気が気じゃなかったが、しかし一向に、出勤前にシャワーを浴びようという気持ちにはなれないのだった。俺は味のしないトーストとスクランブルエッグをコーヒーで流し込むように食べると、慌ただしく出勤しようとした。


「あなた。ちょっと待って」


「なんだ? うおっ!」


「あぁ……本当に汗臭いわ……なんて素敵なの……」


 妻が出勤前の俺を抱きしめ、うっとりと俺の胸板に顔を埋めると、俺の体臭を嗅ぎ始めた。俺は妻の奇行に戸惑いながらも、【汗臭い男として扱われた誇らしさ】で、鼻息が荒くなるのを感じていた。


 俺の心配は杞憂に終わった。満員電車は、男の汗の匂いで満ち満ちていた。


「あぁ……」


「いい……」


 明らかに、普段よりも男たちは汗臭かった。俺と同様、昨日は風呂やシャワーを浴びていないのだろう。そして、普段なら不快に感じるはずの男の汗の匂いが、妙に魅力的に思えてしまう。太った男の酸味のある汗の匂いも、中年男の香ばしい加齢臭も、若者の濃い草いきれのような汗の匂いも……それぞれ香りに癖のある酒の香りを鼻腔で堪能するように、このまま嗅いでいたいとさえ思ってしまうのだ。俺は自分の嗜好の変化に困惑しながらも、車内に満ちた男の汗の匂いを鼻腔で味わった。


 そして他の乗客たちも、俺同様に男の汗の匂いを堪能していた。


 好色そうな目つきをした50代の角刈りのサラリーマンが、前のつり革を掴んでいる40代の太ったサラリーマンの首筋に顔を近づけ、鼻息荒く汗の匂いを味わっている。その脂ぎったオヤジ顔はとろけ、唇の端から涎が垂れていた。40代のサラリーマンは嫌がっているそぶりをしていたが【汗臭い男として扱われる】のがまんざらでもないのか、太った顔の表情が緩んでいた。


 その隣にいる30代の浅黒いサラリーマンと20代の細マッチョなサラリーマンが、互いに戸惑ったように顔を赤らめながら、向かい合ってさりげなく体臭を嗅ぎ合っていた。電車の揺れに合わせて、不自然に体を揺らしながら、互いの体が近づいた瞬間に鼻の穴を広げ、男同士の汗臭さを嗅ぎ合っているのだ。バレないようにしているつもりだろうが、何度も不自然に体が近づいており、あまりにもあからさまだった。


「んっ」


 そして俺の汗臭い肉体も、目の前にいる若い男を興奮させていた。俺の目の前の吊り革を掴んでいるのは、近くの大学の柔道部のエナメルバッグを持った、坊主頭の大学生だった。その厳つい顔は紅潮し、昨日シャワーを浴びず、ただタオルで拭いただけの俺の肌に残った汗臭さを丹念に味わおうと、目をつむって小鼻の穴を広げ、スンスンと鼻息く俺の首筋に顔を近づけてきていた。大学生のジャージの股間は明らかに固くなり、俺のスラックスに当たっている。


(ちょっと、君……その……当たってるんだが……)


 俺は大学生の耳元で、小さな声で抗議した。柔道の摩擦で餃子のようになった耳が、ピクピクと動く。大学生は目を開いた。その両目は、とろんと潤んでいた。


(っす。すいません。オジサン、すげー汗臭かったんで、おれ、興奮しちゃって)


(おっ、俺が汗臭い、だって……!?)


 んひ。俺の鼻息が荒くなり、表情筋が緩んだ。【汗臭いは褒め言葉】だ。妻や娘だけでなく、初対面の男子大学生からもそう言われることに、俺は妙な照れくささと……男としての誇らしさを感じてしまっていた。


(いや、わかってくれればいいんだ。ただ、俺は妻もいるし、男同士でどうこうする趣味はなくてな)


(おれも彼女いるし、そうっすよ。けど、なんか昨日くらいから? 汗臭い男がすげーかっこ良くなったじゃないっすか。おれ、男に興味はないんすけど、汗臭い男にはチンポ勃っちまうんすよ)


(んあぁ……そ、そんな褒めないでくれ。年上をからかうもんじゃないぞ)


(マジっすよ。オジサン、すげー汗臭いし、加齢臭も良い感じに混じってて、すげーエロいっす!)


 彼女持ちの男子大学生のチンポを勃たせてしまうほど、俺は【汗臭くて魅力的】なのか。俺は大学生からそう言われた興奮で、ハアハアと肩で息をしていた。俺の股間もギンギンに勃起している。さすがに男同士で勃起チンポを擦りつけ合うような変態趣味はないので、大学生に目配せし、互いの股間が当たらないように体をずらし、汗臭さを堪能し合った。


(んおっ! 君の坊主頭も、なかなか汗臭いな……湿ったタオルみたいな匂いだ)


(あざっす! もっと嗅いでいいっすよ!)


(あぁ……たまらん……!)


 柔道部の男子大学生が俺のワイシャツの胸板に顔を埋め、俺はその男子大学生の坊主頭に顔を埋めた。若い体育会系の男の、青臭く濃い匂いが鼻腔を刺激する。汗臭い頭皮の匂いに陶酔感を覚えながら、俺と柔道部員の男子大学生は、汗臭い電車に揺られ続けた。


 満員電車でさえそんな調子だったのだから、オフィスに着いたらどうなるのかも目に見えていた。


「おはようございます! 課長」


「ん? おはよう……うおっ! な、なんだ!?」


 俺に挨拶してきた20代の新入社員・中島が、そのまま俺の脇に顔を近づけて匂いを嗅いできたのだ。そしてうっとりとした顔をすると、俺のことを見つめた。戸惑っている俺の後頭部に、ガツンと殴られたかのような衝撃が走った。


(……んあっ!? ああ、そうか。俺も嗅がないと、失礼だよな)


【男同士で体臭を嗅ぎ合うのは、挨拶としてごく自然な振る舞いである】──なぜこんな基本的な礼儀作法を忘れていたのだろう。汗臭い男が魅力的に見えるという異常事態があったせいだろうか。俺も中島の脇の匂いを嗅いで、笑みを浮かべた。癖がなく爽やかであるが、今朝の通勤電車の柔道部員と比べてしまうと、物足りなさを感じた。


「なかなかいい匂いじゃないか。ただ、まだ薄いな。【体臭で自分を覚えてもらう】のは社会人の挨拶の基本だからな。もっと体臭を濃くしていくんだぞ」


「はい! 岩崎課長のように汗臭くなれるよう、頑張ります!」


 お世辞も入っているのだろうが【汗臭い男】呼ばわりされた嬉しさで、頬が緩んでしまった。朝から気分良く仕事を進められそうだ。


 始業時間が始まると、来客した他社の社員とうちの社員が握手をし、互いに体臭を嗅ぎ合ってうっとりとしながら、応接ブースへと向かっていった。中には体臭を嗅いでいるうちに勃起してしまったのか、真っ赤な顔で謝罪しているうちの社員もいる。


(さすがに【体臭の嗅ぎ合い中に勃起する】のは【挨拶中に勃起する】のと同じで、大変な失礼に当たるからな。昨日から男の汗が妙に心地よく感じるようになったせいで、こういう弊害が出ているのか……俺も気をつけないといけないな)


 そのまま業務を進めていると、部下の松井が、せかせかとした足取りでやってきた。30代前半で、ツーブロックの髪型に日焼けした肌をした、精悍な風貌の男性社員だ。


「……岩崎課長。お時間よろしいでしょうか。折り入って相談したいことが……」


「いいぞ。場所を変えた方がいいか?」


「お願いします」


 小会議室のプレートを「使用中」にすると、俺と松井は小会議室に入った。やはり松井も汗臭いが、他の社員たちよりもやや控えめであるように感じた。仕事のできる松井にしては珍しいな、と思いながら席につく。松井は、慎重な口ぶりで話し始めた。


「課長。昨日から今日にかけて、何かおかしいと思いませんか?」


「……何かというのは、例えば?」


「やけにその……男性の汗の匂いが、いい匂いに思えてきませんか?」


 松井もまた、異変に気づいていたのだ。松井によると、俺の汗臭さが控えめであったこと──これは今朝タオルで拭いたせいだろう──と、新入社員と脇の嗅ぎ合いに戸惑っていたことで、声を掛けたのだと言う。


「ちょっと待て。確かに昨日から男の汗が心地よく感じるのは……『異常』だと思うんだが、【男同士で汗の匂いを嗅ぎ合うこと】自体は【挨拶として普通】じゃないか?」


「……課長、それも変です。思い出してください。いままで私たちは、そんなことを職場でしていましたか?」


「当たり前……ん? そう言えば、していない……? ああっ!?」


 頭の中に掛かっていたもやが、急に晴れていくようだった。ついさっきまで、俺は【男同士で汗を嗅ぎ合うのは、普通の挨拶である】と思い込んでいたのだ。


「いったいなんなんだ……? 俺はなんでこんな変なことを、当たり前だと思ってたんだ?」


「何が原因かはわかりません。しかし、個人差はあるようです。何人かに聞いてみましたが、全く異常を認識していない人もいれば、違和感を覚えている人もいました。ただ、私や課長ほどはっきり異常を認識している人は、今のところいませんでした」


「ううむ……どうしたものかな」


「ひとまず、互いに変になっていないか、監視し合いませんか? 私もいつの間にか変になっていたら、課長から教えて欲しいんです」


「確かにそれがよさそうだな。俺もまた変になるかもしれん。その時はよろしく頼むぞ。他にまともな奴がいないか、俺も探してみよう」


「そうですね。私も引き続き探してみます」



 翌日、火曜日。しかし、なかなかこの「異変」に気づいている人間は見つからなかった。


「汗臭さ? うーん。いつからでしたっけ? でも、なんとなく汗臭いほうが格好いい感じがしますよね? それにしても……岩崎課長って、本当に汗臭いっすよね。仕事ができる男! って感じで……カッコいいっす」


「そ、そうか……? ありがとう」


 若い部下の中西にさりげなく雑談を振ってみたが【汗臭い男ほど魅力的である】ということが異常だとは、まるで気づいていないようだった。中西は角張った顔にとろんとした笑みを浮かべ、俺にガッチリと抱きついて首筋の汗の匂いを嗅いでいる──42歳の課長に27歳の若手社員が抱きつき、汗臭さを嗅ぐ変態的な構図だが……火曜の朝になると「異変」がより悪化し【男同士で汗臭さを嗅ぎ合うときは、抱きつくのがマナー】であることになってしまったのだ。俺の太腿に当たっている中西の股間が、ぐっと固さを増す。中西が顔を赤らめ、慌てて体を離した。


「っ、す、すいません……興奮して、変な気分になっちゃって……」


「いや……別にいいんだ」


 男同士で抱き合って汗臭さを嗅ぎ合うことには違和感を覚えていないのに、勃起するのがNGなのは以前と変わっていないのだ。俺は中西との会話を終えると、周りの様子をそっと見た。


「はーっ……」


「あぁ……」


 まるでコーヒーで一服するかのように【男同士で抱き合い、汗臭さを嗅ぎ合ってコミュニケーションをとる】光景が、そこかしこで見られていた。男たちは勃起しそうになるとサッと体を離し、何事もなかったかのように会話を続けている。単に顔を近づけて体臭を嗅ぎ合っていた昨日よりも変態的な光景だが、俺と松井以外は異常性に気づいていないようだった。


(まさか、この調子でじわじわ「異変」が進行していくんじゃないよな……?)



 水曜の朝になると、その答えは明らかになった。


「おはよう、岩崎くん。ちょっといいかね?」


「おはようございます。島田部長……うおっ!?」


 せかせかと忙しげに歩いてきた島田部長は、あいさつと共に両腕を広げて俺に抱きつくと、ぐりぐりと勃起したスラックスの股間を擦り付けてきた。若い頃は柔道で国体にも出たという、部長の固太った肉の厚みと、加齢臭の混じった汗臭い体臭、そして首筋には島田部長の荒い鼻息を感じる。俺はというと、部長の汗臭さに同じく鼻息を荒げながら、意に反して股間が固くなるのを感じていた。


「フヒッ!……い、岩崎くん。仙台支社の営業部からの報告書には、目を通したかね?」


「ええ。昨日のうちに読みました。前期に比べて──んっ!」


「どうした? 続けたまえ」


 【男同士での勃起は、相手に魅力を感じていることを示す】【勃起しても抱きついたまま会話を続けてよい】──ことに、今朝からなってしまった。俺の脳裏にも「部長への好意を示すため、勃起チンポをもっと擦り付けるべきだ」という衝動が疼いており、自分から腰を動かして勃起チンポを部長の股間に擦り付けてしまう。島田部長は満足げな声を漏らすと、中年男同士での股間の擦り付け合いを続けた。


「はーっ♡ あっ、いっ、いい……いいぞ、岩崎くん……」


「んっ……ぶ、部長っ♡」


 互いのチンポがヒクヒク痙攣し始めたところで、ようやく体を離した。勃起チンポを擦り付け合うのはマナーだが、射精はNGなのだ……今のところは。俺は部長から体を離して、荒くなった呼吸を整えた。そのまま午前中の仕事を進め、昼休みになったので社食へと向かった。廊下で松井と顔を合わせたので、互いに例の「異常」について話し合う。島田部長と勃起した股間を擦り付け合った話をすると、松井も午前中に取引先の男性社員と勃起した股間を擦り付け合った話をしてくれた。


「しかしこの調子だと、明日にはどうなっているかわからないよな」


「そうですね……あ、課長。あれ見てください」


 社食で食券を買う列に並んでいると、松井がテレビを指し示した。昼のバラエティ番組にゲストとして出た40代の男前な俳優が、司会している30代の太めのお笑い芸人に抱きついて、股間を擦り付け合って汗の匂いを嗅いでいた。互いにでれっとした笑みを浮かべており、性的に興奮しているのは誰の目にも明らかだった。


「世間的にもこういう感じになってるんですね……」


「松井が教えてくれなかったら、俺もああなってたんだよな……本当にありがとう」


「いえ……俺と課長の仲じゃないですか」


 その言葉に嬉しくなった俺は、松井の肉厚な肉体を抱き寄せ、チュッと音を立てて唇にキスをした。松井の汗臭い体臭が俺の鼻腔を刺激し、不意に勃起してしまう。【キスは男同士の親密さを表すスキンシップであり】、【ビジネスシーンでの男同士でのキスは、相手への信頼と親愛を示す行為】だというのは【ごく一般的なビジネスマナー】だ。特に不自然じゃない。だが松井は何を思ったのか、俺が体を離すと、顔を真っ赤にして荒い息を吐いていた。


「か、課長。い、いまのは……?」


「ん? なにって……キスしただけだろう。おいおい。まさか、これも『異常』なわけないよな?」


 俺が苦笑すると、松井は妙にドギマギした様子で目を逸らしてから、口を開いた。


「いえ、その……だんだん『異常』より前のこと、よく思い出せなくなってきてるんです。なので、さっきの課長とのキスも……『普通』なのか『異常』なのか、とっさにわからなくて」


「そういえば……」


 言われてみれば、思い当たる節は俺にもあった。もちろん、記憶喪失になったわけではない。日々の業務の内容や休日にどこに行った……という個々の出来事は思い出せるのだが、オフィスや家での日常会話の記憶──それが、妙にぼんやりとしている。誰とどんな話をして、どのように振る舞ったのか。いままさに『異常』によって塗り替えられようとしている箇所の記憶が──曖昧になっている。


「まあ、なんとかなるだろう。お、今日の日替わり、ガーリックチキンステーキなんだな。どうするかなぁ」


「課長は駄目ですよ。今日の午後も人と会う約束があったでしょう」


「あ〜、そうなんだよなー。ハハハ」


 俺と松井は互いに取り留めもない会話をして笑った。いつ俺達も『異常』に飲み込まれて、変態の仲間入りをするかもしれない不安を、胸のうちに抱えながら……。



 翌日、木曜日。オフィスの中は、淫猥さで満ち満ちていた。


「フーッ……フーッ……! そっ! そうですね! その件につきましては……!」


 朝から汗臭さを全身からムンムンに放ちながら電話で話している、20代の体格の良い男性社員。彼はスラックスを膝下までずり降ろして椅子に座り、露出した陰茎を扱き立てていた。喘ぎ声が相手に聞こえるのもお構いなしに、先走りで濡れる亀頭をクチュクチュと扱いている。


「あっあっ♡ 明日にはッ! んあっ♡ 発送できるかとッ! ンッ! ん゛あ゛あ゛〜ッ♡」


 やがて彼はビクンビクンと肩を震わせ、絶頂に達した。亀頭から盛大に精液を吐き出し、受話器を取り落として机に突っ伏する。電話の先方もオルガスムスに達したのか、受話器からも濁った男の喘ぎ声が聞こえていた。


「たっ♡ 大変にっ♡ 有意義な……はひっ♡ 時間でしたっ♡ ンあぁ……♡」


「こっ、こちらこそっ……♡ あひッ♡」


 30代くらいの他社の厳つい営業マンと、うちの30代の男性社員が、フラフラになりながら小会議室から出てきた。激しい運動をした直後のように全身が汗みずくになり、ネクタイは乱れ、ワイシャツには濃い染みができている。朝イチで【セックスミーティング】を行ったらしく、二人の男性社員の顔は上気し、情事に及んだ男の顔になっていた。他社の厳つい営業マンは腰を使いすぎたのか、そのまま応接ブースのソファに腰を落とすと、だらんと体を弛緩させて快楽の余韻に浸り始めた。その色黒に日焼けした精悍な顔は、とろんと蕩けたメスの顔になっている。うちの社員も恍惚とした様子で隣に座ると、チュッと音を立てて他社の営業の頬にキスした。そしてまるで恋人同士のように耳元で囁くと、今度は唇を重ね、舌を絡ませ合う濃厚なディープキスを始めた。射精した直後だというのに、他社の営業マンのスラックスの股間は固くなり、汗臭い男同士で再び盛り始めた。


「ま、松井……」


「課長」


 さすがに、俺でもこれは「異常」だというのはわかった。松井を呼び出し、喘ぎ声が響く営業課から廊下に出る。松井の体からは、整髪料と汗が混じった、働く男のエロティックな香りが漂ってくる。俺はヒクヒクと小鼻の穴を開いて、その蠱惑的な匂いを貪るように吸いながら、松井とオフィスの光景について話し合った。


「いくらなんでも、これはないんじゃないか?」


「ちょっと頭が痛いですね。どうやら今朝から【人前で射精するのは問題ない】ことに、なってるみたいです。こう……鼻水をかんだり、くしゃみするような感じの扱いで。あの……課長、その前に……」


「ああ。今朝はまだだったよな? 俺も気になってたところだ」


 松井がスラックスのチャックを降ろし、チンポを露出させた。色黒でカリも張っている、デカめのチンポだ。俺もスラックスからチンポを露出させた。太短いがぐっと重厚感がある自慢のチンポだ。長さで松井に負けている分、チラリと俺の心に劣等感がよぎったが……こっちは短くとも、太いんだ! 堂々と腰を突き出し、チンポを近づけていく。


「んひっ♡」


「あぁっ♡」


 コツンと三十路男と四十路男の亀頭が重なる。それと同時に、俺と松井の喘ぎ声も重なった。【チンポ同士を重ね合わせる『おちんぽキス』】は【職場でのメンタルヘルスとして最近注目を浴びている】というのは周知の事実であり、俺も松井も最近はこれを実践していた。松井とこれをやらないと、どうにも調子が狂うほどだ。朝から職場の廊下で、汗臭い上司と部下が腰を突き出し、チャックから露出したチンポを重ね合う。通りがかった他の社員たちが、俺たちを羨ましそうに横目で見ながらオフィスに入っていった。


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