「おう、中里。そっちは終わったか?」
「……はい! この箱で終わりです!」
大学四年生の中里健悟は、教育実習で母校の県立高校にやって来ていた。今は授業のない空き時間だ。指導を担当する中年体育教師、佐田の指示で、来年取り壊す予定の旧校舎の荷物の整理を手伝っている。中里がタオルで汗を拭いている間に、佐田が校内の自販機で二人分の飲み物を買ってきてくれていた。
「お疲れさん。ほれ、飲め飲め」
「ありがとうございます。いただきます」
佐田は中里が在学していた頃からいる教師だ。パンチパーマで口髭も蓄えている強面の容貌だが、面倒見がよく生徒たちから慕われている。中里は、自分も佐田のような頼りがいのある教師になりたいという気持ちを秘めつつ、佐田がくれた炭酸飲料を飲み始めた。隣にいる佐田も美味そうに飲んでいる。
「っあ~! 疲れた体にゃ炭酸が効くなぁ。本音を言えば、ビールが飲みたいところだがな!」
「あはは! そうですね。そういえば、佐田先生。さっき高価そうな鏡を見つけたんですけど、これはどうしましょうか?」
「ん~? どれ、見せてみろ」
中里は装飾のある古い鏡を佐田に見せた。金属の枠にぐねぐねと渦巻き模様の装飾が掘られていて、値打ちがありそうに見える。その古い鏡に、中里と佐田の顔が映り込んだとき──2人の後頭部に、ガツンとした衝撃が走った。
「いっ!?」
「んあっ!?」
かつてその鏡は、学園七不思議のひとつとして「人生を入れ替えてしまう鏡」と呼ばれていた。その鏡に映った人間同士の人生を入れ替えてしまう──すなわち、立場交換を引き起こす鏡であった。そしてその七不思議の通りに、中里と佐田の立場は入れ替わった。肉体はそのままだが、2人の立場、そして服装と髪型が入れ替わったのだ。
ソフトモヒカンだった中里の髪型がみるみる伸びてパーマが掛かり、あっという間にパンチパーマになってしまった。日焼けした精悍なラガーマンの顔に口髭が急速に生えていき、雄臭い風貌になっていく。着ていた服は一瞬で入れ替わり、若く逞しいラガーマンの肉体は、佐田の加齢臭がむわりと匂う黒いTシャツと白いジャージに包まれてしまった。
一方、パンチパーマだった佐田はみるみる髪が短くなり、パーマが直毛に変わっていく。そしてさっきまでの中里と同じ、ソフトモヒカンになってしまった。太い口髭も急速に短くなって消えていき、しまいには口髭のないさっぱりとした顔つきになってしまった。服も入れ替わり、大学生ラガーマンの爽やかな汗が染みこんだ白いポロシャツと、紺のジャージが、中年男の固太った肉体を包み込んだ
「な、なんか……いま、妙な感じがしなかったか? ん……??」
中里が佐田の口調で話し始め、自分の口調に違和感を感じて口をつぐんだ。
「そう……ですね。なんだか俺も……変な感じが……」
佐田が中里の口調で答え、そわそわと自分の顔を──口髭が生えていた辺りを無意識に触っていた。互いの脳内も相手の記憶で上書きされてしまっていた。違和感こそ感じるものの、しかし立場が入れ替わったことまでは自覚できていなかった。
※
「うっし! 授業はじめっぞ~」
次の体育の授業では、パンチパーマで口髭を蓄えた教育実習生の中里が、まるで佐田のような口調で、佐田の柔道着を着て柔道の授業を始めていた。そしてベテラン中年教師であるはずの佐田が、教育実習生として授業の進め方を見学している。異様な光景であったが、しかし生徒たちもそれに気づくことなく、授業は進行していった。
(なんかやっぱこう……妙な感じがすんだよなぁ。いつもと体の感じが違うっつうか……こんなに手足、長かったか?)
佐田の立場になってしまった中里は、柔道の授業中も違和感が消えなかった。佐田征司としての45年間の記憶があるため、柔道の授業するうえで支障はない……のだが、それはあくまでも「佐田征司」本人の記憶である。中里健悟とは手足の長さも筋肉量も違うため、佐田の記憶を元に柔道の技を掛けようとするたびに、他人の体で柔道をしているような感覚を覚えていた。
(それにしても中里……やけに柔道が上手えな。部活はラグビー部だって話だが……)
一方、教育実習生の立場になってしまった佐田は、男子生徒と組んで互いに寝技を掛け合う練習をしている。佐田の記憶は中里のものに上書きされているとはいえ、体はしっかりと柔道の動きを覚えている。佐田が生徒に技を掛けたときも、まるで柔道の有段者のような動きであったため、中里は感心してしまったほどだ。
柔道の授業が終わったあと、中里は佐田に声を掛けた。
「おう、中里。柔道の経験もあったのか? なかなか様になってたじゃねえか」
「いえ、体育の授業と大学の実習でやったぐらいなんですけど……なんだか不思議と体が動くんですよね」
柔道着の胸元から、胸毛の生えた固太った胸板を覗かせながら、佐田がはにかんで答えた。佐田からすれば、自分には教育実習生の記憶しかないのに、柔道一筋のベテランの肉体を使って授業をしたようなものなのだ。
立場が入れ替わった二人は違和感を覚えつつも、互いの家に帰宅した。中里は佐田の妻が待つ家へ。佐田は同棲中の中里の彼女が待つ家へ──
※
「パパ、なんかすらっとしたんじゃない?」
「そうそう。若々しい雰囲気になったっていうか。ダイエットでもしてたの?」
「そ、そうか? 別になんもしてないんだがな……」
佐田の家に帰宅した中里は、佐田の妻である佳枝と、大学生である娘の香織と夕食を共にしていた。佐田の記憶が脳に上書きされている中里は、佐田として振る舞いつつも、他人の家に上がり込んでいるような居心地の悪さを感じていた。
(なんかこう……佳枝とも香織とも、初対面みてえな気がすんだよな。そんなわけねえのに……)
得体の知れない違和感を抱えたまま、夕食を終えた中里。風呂に入ろうと洗面所で服を脱ぐと、思わず感嘆の声が漏れた。
「おおう……! 確かに……いつの間にこんな筋肉がついたんだ? 腕も太いし、胸板も厚いし……腹まで割れてんじゃねえか!」
中里は、ラグビーで鍛えた逞しい肉体に惚れ惚れとしていた。佐田の記憶があるため「自分は胸毛が生えて固太った肉体の、45歳の中年男である」という認識があるのだが、しかし鏡に映っているのは23歳の大学生ラガーマンの肉体である。胸毛の生えていない厚い胸板や、ビール腹ではない割れた腹筋など、記憶との齟齬を鏡の魔力で強引に埋められつつ、佐田は鼻息を荒くして鏡の前で力瘤を作り、うっとりと自身の逞しい肉体に魅入っていた。
(それに……チンポも……うへへ)
その厳つい風貌に反して、太短い包茎チンポであった佐田。しかし肉体は中里健悟であるため、股ぐらに生えているのは中里の反り返ったデカマラであった。中里は、佐田の記憶と性格を脳内に上書きされたまま、自身の逞しい肉体とデカマラに興奮して風呂を終えた。
「あなた……今夜、どうかしら」
「よ、佳枝……」
興奮冷めやらぬまま、寝室で佐田の妻から誘いを受ける中里。佐田の妻も立場交換を認識してはいないが「やけに若々しく逞しい雰囲気になった夫」に、女として性的欲求を感じていた。中里はゴクリと生唾を飲み込みつつ、しかし後ろめたさも感じていた。20年以上連れ添った妻であるという佐田の記憶はあるのに「他人の妻を寝取ろうとしている」という、無意識下で中里が感じている背徳感が、じわじわと湧き上がってきてしまう。
(そ、そんなわけねえだろ! 佳枝は俺の女房だ!)
「おう、いいぜ」
背徳感を押し殺し、普段の佐田のように妻を押し倒す中里。舌を妻の口腔内に入れ、性欲旺盛な軟体生物のように蹂躙していく。日焼けした大学生の手が、中年女性の乳房を揉みしだく。佳枝も喘ぎながら、強く中里を抱きしめる。互いに中年夫婦の営みだと思い込んでいるが、しかし実際は、大学生ラガーマンが、恩師の妻を寝取ろうとしている光景であった。やがてディープキスを終えた中里は、佐田の妻の湿った膣に、指を差し込んでくちゅくちゅと弄り始めた。官能が高まりつつある佳枝は、切なげに喘ぎながら夫を──逞しい大学生の肉体を求めた。
「来て、あなた……ああっ! もう私、我慢できない……!」
「あ、あぁ……! 俺もだ……!!」
中里も鼻息を荒くしながら、佐田の妻に覆い被さる。佳枝の太ももを持ち上げ、その濡れそぼった女陰に、反り返ったチンポを挿入していく。
「お、おうっ♡」
ぬるりと女陰の襞と男根が擦れる。思わず情けない声が中里の喉から漏れた。最近、彼女ができたばかりで、まだまだ性経験の浅い体育会系男子のチンポに、20年以上夫のチンポを受け入れ続けた中年女性のまんこは、刺激が強いものだった。中里は快感のあまり腰が引けそうになりながらも、あくまでも佐田征司として振る舞い、腰を打ち振るっていった。
「ウオッ! ウオッ!」
「あ、あなたっ! いいわっ! いつもより、激しくてっ……! ああっ!」
(すっげ、すげぇっ! 真琴のまんこより、よっぽど……! ん? 真琴?)
中里の脳裏に、中里の彼女の名前が不意に浮かんだ。その時だった。
パチン、と泡が弾けたように、中里は自分が「中里健悟」であることを思い出した。
(んあっ! お、俺っ……本当はッ……中里健悟じゃねえかッ! 頭ん中まで、佐田先生になっててっ! な、なんでこんなことになってんだぁっ!?)
「よ、佳枝! ああくそっ! とっ、止まらねえっ! ウオッ!!」
「あんっ! あなたっ! あっあっあっ!!」
「ウオッ! ウオッ! ヌゥオオオッ!!」
ラグビーで鍛えた大学生の広背筋に鋭い快感が走った。次の瞬間に中里健悟は、恩師である佐田征司の妻の膣内に、雄叫びと共に大量の精液を放っていた。
※
一方、中里の立場になった佐田も、自身の立場と肉体とのギャップに違和感を覚えていた。
(俺って、こんな胸毛生えてたっけ……? それに肌がすげー脂ぎってて、やけにオッサン臭いっていうか……)
「どうしたの? 健悟」
自分が着ている白いポロシャツの内側の、胸毛の生えた固太った胸に困惑していた佐田。彼が若い女の声に振り返ると、中里の彼女である宮本真琴がいた。ラクロス部に所属し、日焼けした筋肉質な肢体を持つ女子大学生である。宮本は性欲旺盛な肉食系女子であり、二人が交際したのも宮本の熱烈なアタックがきっかけであった。宮本はキャミソール越しにむにゅりと乳房を佐田の背中に押しつけながら、佐田の固太った肉体に手を這わせた。
「なんか今日の健悟、ちょっと雰囲気違うね。急に貫禄出てきたっていうか……」
「そ、そうかな?」
「んっ……これはこれで、好みかも」
佐田の太い首筋に顔を埋めて、加齢臭たっぷりの汗の匂いを嗅ぐ宮本。彼女は匂いフェチであり、男臭く逞しい男が好みであった。そういった意味では、固太ってはいるが柔道で鍛えた筋肉のある佐田も、宮本の好みの範疇ではあった。
「ね、今日もこのまましよ」
「えっと……俺、まだシャワー浴びてないぞ」
「いつもそのままやってるじゃん。ほらほら」
真琴に促され、ベッドに押し倒される佐田。性的興奮と背徳感が、胸毛の密生した胸板の奥で渦巻く。
(い……いいのか? 俺、女房も娘もいるのに、娘と同じくらいの年の女の子と、エッチするなんて……ん? 女房? 娘? 誰のことだ?)
不意に脳裏に浮かんだ自問自答に戸惑う佐田。中里健悟としての23年間の人生しか思い浮かばないにも関わらず「自分には結婚して20年以上経つ妻と、大学生の娘がいる」という、理解不能な実感だけが湧き上がってくる。
「なあ、真琴。やっぱり今日は……うおっ!」
「ん? なに?」
宮本のスポーツブラからぶるんと乳房が溢れ出た。久しぶりに見る若い女の生の乳房に、強面の中年男の顔がデレッと緩んでしまう。佐田は生唾を飲み込みながら口を開いた。
「……いや、なんでもない」
「じゃ、始めよっか。ていうか健悟って、こんな毛深かったっけ? でも、こういう胸毛生えた胸板も、私好きだなー。すごい男らしいじゃん」
「あ、ああ。なんか、いつの間にか生えててさ。あっ……!」
宮本の指先が、中年男の色黒な乳首をコリコリと刺激した。元々、佐田は乳首が弱かったが、特段妻とのセックスでは使ったことはなかった。佐田の反応を見た宮本が、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「なんか今日の健悟、かわいいね。このまま乳首弄ってもいい?」
「あ、あぁ……いいぞ」
戸惑いながらも、若い女とのセックスにのめり込んでいく佐田。胸毛の密生した固太った胸板を打ち振るわせ、太短いチンポを勃起させた佐田が、宮本に騎乗位で犯され始めたのは、それからほどなくのことだった。
※
翌朝の時点で、立場が入れ替わっていることに気づいているのは、中里だけであった。
(あ~……くそっ! やっちまった……)
隣で寝息を立てている佐田の妻の横顔を見た中里は、ひどい自己嫌悪と──そして倒錯感を感じていた。佐田征司として、佐田の妻の佳枝を抱く──しかし、自身の肉体は中里健悟である。それは自分が夫であると同時に間男でもあるという、矛盾と倒錯に満ちた状態でもあった。昨晩、中里健悟としての記憶は取り戻したが、それでもなお「自分は佐田征司である」という実感は脳内にこびりついたままだ。今の中里にとって「中里健悟としての人生」の方が現実感がなく、嘘っぽく感じるほどだ。
(いや……どう見ても、この顔も体も『中里健悟』だよなぁ……)
中里は妻を起こさぬようにそっとベッドを出て、洗面所の鏡に己の顔を映した。髪型がパンチパーマになり、眉の形や濃さも佐田の怒り眉になり、厳つい口髭を生やしてはいるが、どう見ても20代の精悍な男の顔だった。「佐田征司」の自意識としては、急に若い男の肉体になった──ように錯覚してしまう。中里は見慣れているはずの自身の肉体を、あちこち触っていた。そのうちに、次第に鼻息が荒くなっていく。
(もともと俺の身体なんだし、もっと堂々と見ても別に構わねえ……よな?)
どうしても全身の筋肉を確かめたくなり、寝間着にしていたジャージとランニングシャツ、そして下着も脱ぐ。浅黒く日焼けした、逞しいラガーマンの肢体があらわになった。精緻に鍛えられた上腕二頭筋。胸板も分厚く盛り上がり、腹筋も割れ、太股はまるで丸太のように逞しい。中里は、惚れ惚れと自身の肉体美に魅入ってしまった。45歳の中年男のアイデンティティが植え付けられた中里にとって、元の己の肉体を見るだけで、若く男前なラガーマンと入れ替わった中年男のような──そんな感動が押し寄せてきていた。
(はぁン……た、たまらん……このマッチョな体……い、いや! これはもともと俺の体なのに……なんでこんな……興奮しちまうんだ!?)
好色そうな目で己の肉体美を眺めると、昨夜のようにぐっと鏡の前で力瘤を作り、ポージングをする。チンポは痛いほどに勃起し、反り返って凹凸のある腹筋をベチンと打った。そのときだった。
「んひっ!?」
中里は唐突に遺精した。金玉が激しく上下し、デカマラからビュルルッ!! と勢いよく精液が噴き上がる。立場交換を自覚したことによって、大学生ラガーマンの精強な肉体と、中年男のスケベ心とのギャップが、濃密な倒錯感を生み出してしまった結果だった。中里は好色な中年男のような、だらしのない笑みを顔に浮かべたまま、射精の快感にヒクヒクと肩を震わせていた。
そのまま快感の余韻に耽っていたかったが、妻が起きてくる気配がしたため、中里はいそいそと射精の後始末をし、顔を洗ってリビングに向かった。
「あら、あなた。今朝は早いのね。コーヒーはどうします?」
「おはよー、パパ。ねえねえ、新しいスマホ欲しいって話なんだけど──」
「あ、あぁ。その……」
中里は、自分のチンポに悶えた佐田の妻の痴態を思い出し、寝間着にしているジャージの中で、射精したばかりのデカマラが跳ね上がるように勃起するのを悟られないようにしながら、それとなくリビングの席に着いた。
(佳枝も香織も……俺が中里だって、まるで気づいてねえのか!?)
中里は、自分が佐田ではないことがバレるのではとヒヤヒヤしたが、二人とも夫が、父親が見ず知らずの大学生とすり替わっているということに気づくことはなかった。中里にしても、佐田の家族とは昨日が初対面のはずなのに、どうしても自分の「妻」と「娘」としか思えない。中里は味のしない朝食を胃に流し込み、急き立てられるように出勤した。
「佐田先生、おはようございます!」
「おう、おはよう」
「おはようございます、佐田先生。昨日の朝礼で話があった、校外学習の件なんですけれど──」
「ああ、それなら──」
校門で、職員室で。中里は生徒や他の教師から声を掛けられたが、いずれも「佐田征司」としての扱われ方であり、教育実習の大学生に対する扱いではなかった。中里は教育実習生である自分が、ベテランの中年教師として扱われる状況に戸惑いと、「いつも通りの日常である」という佐田としての自意識のギャップにめまいを覚えながら、数字の羅列にしか見えない授業計画が映るパソコンの液晶を睨み付けていた。
「佐田先生、おはようございます! 今日もご指導よろしくお願いします!」
中年男が元気よく濁声で挨拶してくる声に、中里は顔を上げた。そこには、己を「中里健悟」だと思い込んだ佐田征司がいた。佐田は中里の髪型であるソフトモヒカンになり、髭のないさっぱりとした顔でにこにこと挨拶をしていた。もっとも、肌は中年男性らしく脂ぎっているし、額にはシワの跡があるオッサンの顔つきだったが。
「あ、あぁ……おはよう、中里」
中里はドギマギしながら、佐田に返事をした。中里の中にある「中里健悟」の自意識としては、もうひとり中里健悟がいるような気がするし、立場交換によって植え付けられた「佐田征司」の自意識としても、もうひとり自分がいるような気がして、奇妙な対面であった。
※
「えっ、俺と佐田先生の身体が、入れ替わってるってことですか?」
「いやその……身体じゃねえんだ。どう言ったもんかな……」
午前中最後の柔道の授業が終わり、生徒たちは昼休みを過ごすため、柔道場から教室へと戻っていく。中里は佐田に柔道場に残ってもらい、昨日二人の身に起きた異変について説明していた。
「俺たちの身体はそのままなんだけどよ、俺と中里の扱われ方? 立場? っつうのか? それが入れ替わってんだ。とにかく、俺がもともと『中里健悟』で、中里が……ああ、ややこしい! お前が『佐田征司』だったんだよ」
「えぇ……? にわかには信じられないですけど……」
佐田は半信半疑といった表情で首を傾げている。それに対し、中里は「ちょっといいか」と告げて佐田の柔道着の胸元を掴んで、ジャングルのように胸毛の密生した胸板をさらけ出させると、勢いよくつばを飛ばして訴えた。
「ほら! よく思い出してみろ! 『中里健悟』は、こんな胸毛生えてなかっただろ?! それに顔だって、大学生なのにこんなオッサンなのおかしいじゃねえか?!」
「さすがに失礼ですよ、佐田先生! 俺は元からこの顔で──んん? でも、言われてみれば──」
佐田の脳に植え付けられた中里健悟の記憶と、現在の肉体との齟齬。それを無視するように刷り込まれた鏡の魔力が、ほどけていく。やがて佐田は、愕然とした表情で大声を発した。
「あっ!! そ、そうですよ! 俺、昨日まで佐田先生で……なんでこんな当たり前のこと、今まで忘れてたんだ!?」
佐田は自分が『中里健悟』だと思い込んでいたことに気づいて、頭を抱えた。やがて憔悴した様子で、中里に謝罪の言葉を口にした。
「佐田先生……じゃなくて、中里……中里くん? でいいんですよね? あの、俺……中里くんに謝らなくちゃいけないことがあって……」
「なんだ?」
「その、中里くんの彼女と……真琴と、昨日寝ちゃったんです……本当にすみませんでした! 妻子もいる俺みたいなオジサンが、中里くんの彼女に、その……色々と致してしまうなんて……ああもう! どうしたらいいんだ……」
「あー……」
中里も目を逸らしながら、言いにくそうに言葉を返した。
「その……俺の方こそスマン! 佐田先生! 実は俺も昨日、佳枝と寝ちまったんだ……本当に申し訳ないッ!!」
「あっ、そ、そうだったんですね……佳枝さんと……」
互いに妻を、彼女を寝取り合った二人の男たち。気まずい沈黙が昼下がりの柔道場に流れる。だがそれは、結果だけ見ればスワッピングでもあった。今朝、中里がポージングで射精してしまったように【立場交換に気づいた後は、立場興奮した事実に対して性的興奮する】という性癖も刷り込まれていた。二人はなぜ自分たちの鼻息が荒くなり、股間が次第に固くなり始めているのか理解できないまま、それを互いに隠しながらぎこちない笑みを浮かべた。
「ま、まぁ……やっちまったモンはしょうがねえよな!」
「そ、そうっすよね! お互いにヤってたんだし、おあいこってことで……」
そう言いつつ、中里は佐田に、佐田は中里に、じろじろと這うような視線を送っていた。「むさ苦しい中年男に、大学生の彼女を寝取られた」「逞しい大学生に、妻を寝取られた」という倒錯的な興奮が、柔道着の中で男たちのチンポを屹立させる。互いに勃起していることに気づいているが、あえてそこに触れないまま、中里と佐田は会話を続けた。
「とりあえず……元に戻るか、試してみるか」
「そうですね! でも、どうやって?」
「あれだよ。昨日見つけた古い鏡。あれが原因じゃねえかと思って、持ってきてんだ。ちょっと待ってろ」
中里は柔道場の男子更衣室に持ち込んだ、スポーツバッグを取って戻ってきた。午前中の授業が終わってそのまま昼休みに入るこの時間が、おそらく一番都合がいいだろう思って用意しておいたのだ。中から、タオルに包んだ例の鏡を取りだした。
「あの鏡を見たとき、なんか妙な感じがしただろ? また二人で同時に覗けば、元に戻るんじゃねえか?」
「そうですね。やってみましょう」
中里がタオルを外した。古い鏡には、パンチパーマで口髭を蓄えた青年と、ソフトモヒカンの中年男の顔が映った。
しかし、中里も佐田も、想像していなかった。もう一度鏡を覗くことで「元に戻る」可能性だけでなく、「さらに悪化する」可能性があることに──
「お゛ひっ♡」
「んあっ♡」
二人の男が野太い嬌声をあげたときには、何もかも手遅れであった。
※
「ウオッ♡ ウオッ♡ な、中里ッ♡ 早く鏡からッ♡ 手を離せッ♡」
「むっ♡ 無理ですッ♡ め、目も離せないしッ♡ 手も動かないしッ♡ ハヒッ♡ な、なんかおかしイッ♡」
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