その奇妙な「替わり湯」に入ってしまったのは、俺のアパートの近所の銭湯でのことだった。
大学のラグビー部の練習を終えた俺は、そのまま銭湯へと向かった。アパートの風呂でもいいのだが、やっぱり練習でガッツリ汗を掻いた後は、銭湯の広い湯船で手足を伸ばすに限る。番台で料金を払い、男子更衣室でラグシャツを脱いでいると、30代くらいの父親と来ていた小学生の男の子が、俺の方を見て「あのお兄さん、すごい筋肉だね」と父親と話していた。ラグビー部の中でも体がデカい方である俺は、銭湯やプールでも割と目立つ方だ。ナルシストというわけでもないが、子どもからの憧れの視線は、むず痒さと心地よさがあった。ふと、前に来たときにはなかったポスターが壁に張ってあるのに気づいた。
──金曜18:00より「替わり湯」あります
(「替わり湯」……字を間違えてないか? 普通は「変わり湯」だよな)
と、その時は特に深く考えずに、俺は大浴場へと入っていった。そろそろ18時になるし、ちょうどいいタイミングに来たなぐらいにしか考えていなかった。洗い場で体を洗い終えて一番大きい湯船につかる。俺の他には、野球部の帰りらしい坊主頭の高校生2人組──眉の濃い男前なやつと、芋臭い顔つきのやつ。白髪交じりの角刈りのオッサン、さっきの父親と息子がいた。
「はいはい〜。18時になりましたのでね『替わり湯』を始めさせていただきまーす」
銭湯のスタッフらしい若い男が来て、網に包まれた白い石を湯船の隅に沈めていった。今まで見かけたことのない人だが、新しく入ったばかりなのだろうか? と考えていると、なんだか変な気分になってきた。
(んあっ……な、なんかこう、ムラムラしてくるな……)
湯の色が、段々と白く濁り始めていた。意思に反してチンポがムクムクと勃ちあがってくる。他の客の様子を見ると、野球部の高校生たちも、角刈りのオッサンも、若い父親も、みな目がとろんとし始めて、気持ちよさそうな──性的な意味で気持ちよくなっていそうな表情になっている。小学生の男の子も、なんだかうっとりとした顔つきになっていた。
明らかにおかしいと頭の片隅では思っているのに、体中が気持ちよすぎて、湯船から出ることが出来なかった。金玉が玉袋の中でぐりんぐりんと動いて、太腿の筋肉が射精直前のようにピクピクと痙攣し始めている。銭湯の若いスタッフは、そんな俺達の様子を見ると、満足気に言葉を発した。
「それでは皆様方、どうか身も心もさっぱりと入れ替えて、心地よいひとときをお過ごしくださいませ」
あっあっ、という高校生の喘ぎ声と、低く唸るような角刈りのオッサンの声が聞こえた。パパ! パパッ!と言う小学生の声と、切なそうに喘ぐ若い父親の声がそれに重なり──俺も低い声で喘ぎながら、白濁した湯船の中でオルガスムスに達した。
※
替わり湯に入っていた客たちが一斉に切なそうな声を漏らすと、あとは肩で息をする荒い呼吸音だけが響いた。俺もしばらく荒い息のままぼんやりしていたが、いつの間にか周りの客たちがさっきの替わり湯の感想を話す声が聞こえてきた。だがそれは、見た目と口調がちぐはぐな、奇妙なやりとりだった。30代くらいの爽やかな若い父親が、
「先輩、さっきのマジで気持ちよかったっすね! 俺、銭湯でイッたの初めてっすよ!」
と、小学生の息子に嬉しそうに話しかけていた。小学生の息子はそんな父親に対して、
「バカ。お前なあ、もう俺らは先輩と後輩じゃなくて、親子なんだぞ。もっと父親らしくしろよ。なんで小学生の息子に射精の報告してんだよ」
と、説教めいた口調で答えていた。
一方、野球部の高校生二人組は、眉の濃い男前な方が、
「パパ! さっきね、ぼくのおちんちんからね、なんか、ビューって! 気持ちいいおしっこ! でたの!!!」
と、子どもっぽい口調ではしゃいでいた。芋臭い顔つきの方は、
「健太郎。『替わり湯』に入ったから、もうパパはパパじゃなくて、健太郎の後輩の『角山正毅』になったし、健太郎は三年生の『大沼隆史』になったんだ。これからはパパじゃなくて、角山って呼び捨てにするんだぞ」
と男前な高校球児の方に話していた。
「そうだな……あとは新しい体の記憶を思い出すと……うおっ、他人の記憶思い出すの、なんか変な感じするっすよ!……ヤバっ! 大沼先輩も思い出してみてくださいよ。すんげーチンポにくるっす! んあっ!」
芋臭い高校球児は、男前な高校球児の方にアドバイスをしている途中で、口調が別人のように変わっていった。そして──
「うへへ……この兄ちゃん、かなり可愛い彼女がいんじゃねえか……真由子っつうのか。こりゃあしっかり俺が可愛がってやんねえとなあ……ぐひひ」
下品な口調で笑みを浮かべている"俺"がいた。とてもラグビー部の次期キャプテンとして、監督や先輩からも期待を掛けられている男とは思えない、卑猥極まりない笑みだった。
「あ゛ぁ゛……」
俺の喉からは、聞き慣れない濁声が漏れた。ざばりと湯から立ち上がり、自分の体をまさぐる。ラガーマンそのものであった逆三角形の体型とは程遠い、固太って腹の出た体型だった。胸板は白髪交じりの胸毛が密生し、ビール腹に生えた腹毛と繋がって、ギャランドゥまで生えている。腕も白髪交じりの剛毛が密生している。胴長短足で、ガニ股。チンポは太短く、亀頭は淫水焼けして黒光りしていた。髪を触ると、ソフトモヒカンではなく、角刈りになっているようだった。
(おっ、俺、さっき同じ湯船にいた……角刈りのむさ苦しいオッサンに……なっちまってるッ! それに中身が角刈りのオッサンになった"俺"に、このままだと真由子を寝盗られちまう! で、でも……!)
俺の脳内にはいつのまにか【替わり湯のマナー】が刷り込まれていた。
【替わり湯で肉体が入れ替わるのは、当たり前のことです】
【熱烈な入れ替わりフェチになるので、元の自分とギャップがあるほど興奮してしまいます】
【一度入れ替わったら、二度と入れ替わりは出来ません】
【速やかに新しい肉体と人生を受け入れましょう】
「んイ゛ッ!」
ベチン! と勢いよく太短いチンポが毛深いビール腹を打った。一瞬、俺の心に芽生えかけた中年オヤジの肉体への嫌悪感は、好意へと──熱烈な愛情へと裏返った。真由子のことなど、どうでもよくなっていた。これから一生、このビール腹の角刈りオヤジの肉体で生きていかねばならないことを考えただけで、俺は多幸感でデレッと頬が緩むのを感じていた。熱烈な入れ替わりフェチになってしまった俺にとって、元の自分とかけ離れた人間と入れ替わって人生を過ごすことは、なによりも興奮することだった。誰に頼まれても、俺はもう絶対に、このオッサンの肉体を手放さないぞ! 俺は鼻毛の密生した小鼻を膨らませていると、そこに"俺"が声を掛けてきた。
「おう、兄ちゃん。すっかり俺の体、気に入ってくれたみてえだな。そんなにむさっ苦しいオヤジの体の、どこがいいんだ?」
「もう、最高っすよ。男の色気がムンムンっつうか……んあぁぁ……加齢臭すっげ……! エロっ!」
一瞬で入れ替わりフェチになった俺は、脂でギトついた自分の顔から匂う中年男の加齢臭を、鼻をスンスンさせて嗅いでいた。ジョリジョリと無精髭を手で撫でる。ああん、やっべ! 自分の体から、他人の体臭が匂ってくる! ていうか、そもそも自分の体じゃないし! 興奮で肩を怒らせたまま替わり湯を出て、サウナに向かう。途中で洗い場の鏡を見ると、白髪交じりの角刈りで、厳つい顔つきの中年オヤジが、ギラギラと欲情した顔をしていた。髭の剃り跡が濃い、むさ苦しい顔つきだ。
(おっ、俺ッ! ラグビー部の次期キャプテンで、彼女もいたのにッ! こんな……万年風俗通いのむさ苦しい中年オヤジになっちまってるッ!)
俺は元の自分の容姿とのギャップに、どぷどぷと脳内で多幸感が噴き上がるのを感じた。
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