「何してるの? お父さん。早く早く!」
「そう急かすなって」
岩村健造は苦笑いしながら、車から降りた。妻を亡くしてから男手ひとつで育ててきた娘の留美が、婚約者を連れてきてからというもの、健造の日々は目まぐるしく過ぎていった。今日は留美とその婚約者に誘われて、式場の下見に来たのだ。健造は、留美と連れ立って歩いている男に対して声を掛けた。
「しかし、俺なんかが付いてきてよかったのか? こういうもんは二人で選ぶもんだろう」
「いえ、僕もお義父さんの意見をぜひ伺いたくて」
そう答えたのは、留美の婚約者である室田雅彦である。留美と同じ会社の先輩であり、社内恋愛の結果、プロポーズに至ったという話は聞いていた。ビヤ樽が服を着て歩いているような固太った体型の健造とは違い、いかにも爽やかなスポーツマンといった風貌の男である。学生時代はラグビーをやっていたらしい。体育会系らしく、年上をしっかりと立てるこの男に、健造もすっかり絆されていた。最初こそ身構えたが、今では健造も、彼を息子のように思っている。
「ここの式場、前にも下見に来たんだけど、ちょっと変わったオプションがあるの。それを付けると大幅に割引になるのよ。でも、お父さんにも協力してもらわないといけなくて」
歩きながら留美が健造に説明する。式場の入り口まで来ると、あらかじめ電話してあったのか、プランナーの若い男が健造たちを待っていた。
「室田さまと岩村さまですね。ご来場お待ちしておりました。ささ、どうぞこちらへ」
斉藤に案内され、ロビー横の応接室に通された健造たち。斉藤はパンフレットや料金プランの紙を机に広げると、留美と雅彦を相手に詳しい説明を始めた。健造も最初は聞いていたが、しばらくすると手持ち無沙汰になり、こっそりとあくびを噛み殺した。やはり俺が来たのは場違いじゃないか?と健造が考え始めた頃、留美が健造の身体をつついた。
「ちょっとお父さん。オプションの話聞いてた?」
「あ? あー……うん。聞いてた聞いてた。いいんじゃないか?」
健造は思わずそう返事してしまった。それが、取り返しのつかない事態の始まりになることも知らずに。
「そう。よかった。じゃあ、雅彦くん、ここに決めちゃおうか?」
「そうだね。ここの式場以上に条件がいいところ、そうはないだろうし。僕もここでいいと思うよ」
「じゃあ、決まりね。このオプション付けて下さい」
「ええ。このオプションを付けられた方々は、皆様とてもお喜びになられますね。それではこちらに御署名を頂けますか?」
「はい」
雅彦が書類に署名を行い、プランナーの斉藤に渡した。斉藤は書類を確認すると、笑顔で三人にこう告げた。
「ええ。契約の成立を確認致しました。これより【岩村留美さまは花婿の立場になり】【岩村健造さまは花嫁の立場になり】【室田雅彦さまは花嫁の父親の立場になります】」
「ん? なにっ!?」
健造が驚くと同時に、奇妙な恍惚感が三人を包み込んだ。
「あぁ……」
留美は悩ましげに眉根を寄せ、椅子に座ったまま、内股でもじもじと足を動かした。頬が紅潮し、感じてしまっているのか、父親と婚約者の前だというのに、喘ぎ声を漏らしてしまっている。
「ンッ、フーッ……!」
雅彦は眼を閉じたまま椅子に深く座り直し、ギュッと力強く拳を握りしめて、快感に耐えていた。下半身は明らかに興奮の印があり、筋肉質な肩が、ときおりビクリと痙攣していた。
「ンイッ?! んあぁぁッ!!」
快感に対して無警戒だった健造は、思わず椅子から立ち上がり、あられもない声を上げた。土方仕事で日焼けした厳つい顔が、情けなく歪む。白髪交じりの角刈り頭から、蒸れた足の爪先まで。自分そのものが、誰か他人として塗り替えられてしまう。それは健造に対して恐怖と……それを上回る快感をもたらしていた。金玉がぐりぐりとせり上がり、射精が近いことを示していた。健造は本能的に、股間を抑えた。射精してはいけない。射精すると……何かが変わってしまう。しかし、男の生理現象に意志の力だけでは抗い難く、健造はがに股のまま、娘とその婚約者の前で、オルガスムスに達した。
「んあ゛っ! い、いぐぅ〜!!」
それが、岩村健造が男として最後に行った射精であった。
※
射精の余韻が引いた後、健造は肩で息をしながら、どさりと椅子に座り込んだ。
(いったいぜんたい、今のは何だったんだ? 俺は一体……ん? 俺?)
健造は熱っぽい頭を動かし、自分の身体を見た。式場ということで下見とは言え、普段は着ないスーツを引っ張り出して着ている。そのスラックスの股間に、先ほど射精したばかりの染みが、じっとりと広がっていた。それを見た健造の顔が、真っ赤に染まる。
「いっ、いやぁぁっ!? なんで、なんで私……ッ!」
健造は股間を両手で抑えると、内股になった。濁声の悲鳴が響き渡る。
「なんで私が……お父さんなのっ!?」
健造は混乱していた。自分は確かに岩村健造のはずだ。年齢は63歳。仕事は建設業。男やもめとして、娘を育ててきたことも覚えている。男として生きてきた人生を全て思い出せる。そのはずなのに──今の健造の脳は「自分は女であり」「結婚直前の花嫁である」と、矛盾した結論を認識していた。自分が男物のスーツを着ていることに違和感しか感じない。さらに、自身の股間にチンポが生えていることも、何かの間違いではないのかと錯覚してしまう。
「そりゃあそうだろう。さっきまで健造は、僕の父親だったんだからな」
留美が、どこか男っぽい口調で口を開いた。見慣れているはずの留美の姿に、健造は思わずギョッとした。体格のよい男が、女装しているように見えたのだ。姿形は、先ほどまでの留美と全く変わっていないにも関わらず。
「おお……こりゃあいい。なんだか若返った気分だな」
雅彦は、感動したように自分の身体を触っていた。シャツをめくりあげ、割れた腹筋を触っている。先ほどまで、三十代の精悍な元ラガーマンだった雅彦の印象が一変していた。なぜか、固太った中年男のように見えてしまう。確かに腹筋は割れているのだが、ビール腹で毛深い腹に……健造の腹を見ているかのように錯覚してしまうし、すらりとした足も、短足のように見えていた。
「ちょっと! どういうことか説明しなさいよ!」
健造は精液でヌルつく下着の感触に涙目になりながら、プランナーに詰め寄った。プランナーの斉藤は、事もなげに説明を始めた。
「先ほど申し上げました通り、皆様の【立場】だけを入れ替えました。【花婿】【花嫁】【花嫁の父親】という三点のみが入れ替わっています。そのため、皆様の氏名や住所、職業はそのままとなっております」
(未完)
──────────
タイトル通り、花嫁と花婿と花嫁の父の立場交換です。一気に交換するのではなく、じわじわと交換していく展開も捨てがたく、どうしようか迷っていて未完になっています。
くろねこ@9605
2021-07-20 16:14:37 +0000 UTCWill
2021-07-20 16:06:21 +0000 UTC黒竜Leo
2021-07-20 14:48:07 +0000 UTCくろねこ@9605
2021-07-20 14:26:57 +0000 UTC黒竜Leo
2021-07-20 14:08:29 +0000 UTC