「ん? 誰かいるのか?」 放課後の体育教官室で、俺はそう言いながら振り返った。人の気配がしたと思ったのだが、背後には誰もいない。蛍光灯に照らされた体育教官室があるだけだった。顧問をしている野球部の練習も終わり、俺もあとは退勤するだけだ。 「それにしても……今日は妙な日だったな」 授業中に、挙動不審な様子になる男子生徒がやけに多かった。突然身体をビクンとさせたかと思えば、ニヤニヤしながら自分の身体を触りだしたり……何かの悪ふざけかと思い、後で数人に話を聞いてみたが、なぜ自分がそんなことをしたのか、よく覚えていないとのことだった。 俺はぐるりと体育教官室を見渡すと、鞄を手に持ち、電気を消すために壁際に歩いていった。すると、俺が視線を逸した間に、視界の隅で何かが横切った気がした。 「おい、やっぱり誰かいるんだな?」 俺は気配のした方を見た。やはり、誰もいない。机の下にでも隠れているのか? 幽霊という単語が脳内によぎり、俺は苦笑した。俺が勤め始めてから、この学校では怪談話のひとつも聞いたことがない。だいたい、幽霊が出るのはトイレや音楽室が相場だろう。こんな汗臭い体育教官室に出る幽霊がいてたまるものか。 「いるんなら出てこい。電気消しちまうぞ」 俺はそう言いながら、電気のスイッチに指を掛けた。その時だった。 「ん? うおっ!?」 ”それ”は、俺のすぐ横にいた。いたと言っても、姿が見えるわけではない。ただ単に人間一人分がそこにいるかのような「存在感」だけが、ぽっかりとそこだけにあった。俺はおそるおそる”それ”に声を掛けた。 「お前は……何だ? 幽霊なのか?」 ”それ”は返事をしなかった。代わりに、ぐいっと俺の方に手を伸ばしてきた。……手と呼べるのか疑問だが、存在感のある空間が、俺の方に伸びてきた。 「ちょっ、待て! んあっ!?」 ”それ”と俺の腕がぶつかったが、特に何の妨げもなく、俺の腕は”それ”を通り抜けた。”それ”に触れたところに、ぞわりと鳥肌た立った。逃れる間もなく”それ”は、俺の身体と自身の身体を、ぴったりと重ね合わせてきた。 「ぬおぉぉ……! 何だッ!?」 俺の全身に鳥肌が広がっていく。俺は手に持っていた鞄を取り落とした。思わずポロシャツ越しに胸を抑える。体中がムズつき、肌の下を妙な違和感が這いずり回る。見えない何かが俺の肉体に入り込もうとしている。そんなSF映画のような妄想が頭をよぎった。俺は頭をぶんぶんと横に振った。すると俺の頭が、”それ”の頭の位置から外に出た。少し気分が楽になったが、”それ”は俺の抵抗が気に食わないようだった。 「おっ、おい! よせ、やめろ!」 すっかり”それ”が内側に入り込んだ俺の両腕が、俺の頭をがっちりと両側から押さえ込んだ。位置を固定された俺の頭に、”それ”がゆっくりと頭を重ねてきた。 「んひっ」 ジュワッと、脳みそが泡立つかのような快感だった。俺は自分の頭を抑えたまま、唸り声を上げながら快感に悶えていた。股間は痛いほどに勃起し、紺のジャージの生地に濃い染みを作っていた。 「ハーッ……ハーッ……ハーッ……」 どれくらいそうしていただろうか。いつの間にか俺の両手は、頭を押さえることをやめていた。ジャージの股間は未だに固いままであり、俺が身を捩ると、亀頭と下着がぬるりと擦れた。俺は肩で息をしながら、額の汗を拭って呟いた。 「何だったんだ? いったい……」 俺は肩で息をしながら、自身の身体を見た。白いポロシャツを盛り上げる胸板が分厚い。袖口から伸びた太い腕は浅黒く日焼けしている。俺は妙に胸が高鳴るのを感じながら、自分の腕の匂いを掻いだ。一日の体育の授業を終えた肌は、男臭い匂いを放っている。それを鼻腔で嗅ぎ取ると、思わず頬が緩んだ。 「ああ……いい……」 帰ろうとしていたはずが、鞄を持って机に戻った。鞄から財布を取り出し、免許証を確認する。顎髭を蓄えた精悍な顔つきの男が映っていた。 「南谷健太郎……34歳か。意外に若いんだな。顎髭があるから、もうちょい年齢が上に見えたんだが」 俺は自分自身の免許証を確認して、そんな言葉を呟いた。自分の言葉のはずなのに、どこか他人のように感じる。俺は腕組みをして思案した。 「どうするかな……この身体にしちまうか? 昼間に試したガキどもも良かったんだが、まあ……この体育教師でもいいか。高校生になっちまうと、自由に使える金も少ないしな」 自分で言っている言葉の意味が、まるでわからなかった。確かに俺自身が発した言葉ではあるのだが、なぜ「この身体にする」だとか「昼間に試したガキども」だとか「高校生になっちまう」といった言葉を呟こうと思ったのだろう。疲れているのだろうか? 俺はこめかみの辺りを抑えて眼を閉じた。するとまた勝手に、俺の唇から言葉が溢れた。 「ああ、そうか。心配だよな。大丈夫、大丈夫。今のはただの妄想だ。『他人に肉体を乗っ取られてしまう』……そういう妄想、俺は大好きだよな?」 そうだっただろうか、という疑問が頭に浮かんだ。だが俺は、次第に俺自身の言葉に納得しつつあった。そうだ。これは単なる妄想だ。そして、俺は他人に身体を乗っ取られる妄想が大好きだ。何よりも俺のチンポが勃起しているのが、いい証拠じゃないか。 「いいぞ……ああ、そうだ。こっちも見ておくか。南谷先生のチンポをご開帳だ。うおお……結構デカいな」 俺はジャージを下着ごとずり降ろした。ぶるん、と勃起したチンポが跳ね上がる。黒々としている立派なチンポだ。なるほど、このふてぶてしいチンポで子作りをしたんだな、と他人のような感想が頭に浮かぶ。俺は鼻息を荒げながら、包皮を上下させて軽く扱いた。見慣れているはずのチンポが、妙に新鮮に思える。まるで、他人の股間に生えているチンポを扱くような。 「んっ……我慢できん。あー……ノンケ体育教師のチンポ、たまらん……」 俺はずびっと涎を啜りながらほくそ笑んだ。今日からこの体育教師の肉体は俺のものだ。全く、自分の肉体が俺に乗っ取られたのにも気づかずに、馬鹿な野郎だ。ん? いやいや、何を考えているんだ? 俺は。これは妄想だ、妄想。ちょっと妄想がエキサイトしすぎただけだ。 俺は自分が着ていた白いポロシャツを脱いだ。厚みのある胸板がさらけ出された。 「おっ、結構鍛えてるんだな。ああ……そうか。学生時代に俺は、柔道をやっていたんだな」 俺は唐突に自分の学生時代を思い出しながら呟いた。何で急にそんなことを思い出したのか謎だった。俺は脱ぎたてで体温が残っている白いポロシャツを、鼻先に押し付けて、匂いを嗅いだ。三十路過ぎの男の、濃い体臭が鼻腔を刺激する。 「いい……ノンケ体育教師の汗臭えポロシャツ……ホモに身体を乗っ取られちまったから、自分の脱ぎたてシャツで興奮するようになっちまった。んひひ……スマン、美沙子、由貴。パパは、顔も知らない変態おじさんに、身体を乗っ取られちまったぞぉ」 妻と娘の名前を口にすると、興奮がさらに増した。左手でポロシャツを顔に押し付けながら、右手は先走りでヌメるチンポをリズミカルに扱いていった。興奮のあまり、肌がひどく火照っている。何で俺はこんなことをしているんだ? という疑問は頭の片隅に残っている。残っているのだが……それを考えるよりも、この興奮に身を委ねたいというのもまた、俺の本心だった。 「あーイイッ! さっきまでノンケ体育教師だったのに、俺に乗っ取られて、職場でオナる変態になっちまってるッ!」 金玉がぐりんぐりんと玉袋の中で上下する。もう射精が近い。俺は野太い声を上げると、顔に押し当てていたポロシャツを股間に押し当て、亀頭に擦りつけた。ザリザリとしたポロシャツの生地が、敏感な亀頭に擦りつけられる。 「あーっ! ああっ! イイッ! 南谷健太郎は、変態オヤジに人生ごと身体を乗っ取られてしまいましたッ! ンン〜ッ!」 鍛えられた太腿の筋肉が、キュッと引き締まるのを感じた。チンポも痙攣し、ビュルルル、と勢いよく吐精が始まる。俺は腰を卑猥に振りながら、シャツを亀頭に押し付け、射精し続けた。やがて射精が終わると、俺は肩で息をしながら立ち尽くしていた。心地よい倦怠感と、俺はいったい何をしているんだ? という疑問が、まだわずかに脳の中で燻っている。 「まあ……別にどうでもいいか」 もうこの身体は、俺のものだ。そんな考えが俺の脳裏に浮かぶ。それもそうだな、と俺は頷いた。 ※ 「おはようございます」 「おはようございます、何の騒ぎなんですか? これは」 「ああ、南谷先生。実は……」 翌朝。出勤した俺は、校門前に停まっているパトカーと、出入りしている警察官を見かけた。その傍らにいる学年主任の田嶋先生に話を聞いてみることにした。 「校庭のすぐ横に停まっていた不審なワゴン車から、死体が見つかったらしくて」 「死体? どんな人の死体なんですか?」 「いやあ、ウチの学校の生徒でも教師でもないそうです。身元不明の中年男性らしくて。詳しいことは、臨時の職員会議で詳しい話があるそうです。ともあれ、今日は時間割が変則になるでしょうな。とても通常通りの授業は出来そうにないので──」 「ええ、そうですね」 俺は深刻そうな顔を作りながら答えた。元々の俺の身体の始末は、警察に任せておけばいいか。どうせ何もわかりやしない。俺が買った憑依薬は、とても現代の科学では解明しきれないだろう。俺は南谷健太郎としての生活を楽しむつもりだった。 昨夜も何食わぬ顔で自宅に帰ると、俺は妻や小学生の娘と夕食を共にした。二人とも、父親が見ず知らずの変態男に肉体も精神も乗っ取られてしまったことなど、全く気づいていない様子だった。 風呂に入った後、妻の美沙子を抱いてやった。俺が妻を抱くということは、見た目の上では夫が妻を抱いているだけだ。だが中身で考えれば、見ず知らずの変態男が妻を抱いているという、典型的な寝取られの構図だった。肉体は俺なのに、中身は他人。俺自身が妻を抱くことで、俺が妻を寝取られてしまう。そう考えると勃起が収まらず、俺は昨夜、妻を相手に三度も中出ししてしまった。 (へへっ、南谷健太郎さん。あんたの肉体も、精神も、家族も、人生も……全部俺が貰ってやるよ) 俺は適当に相槌を返しながら、眼の前にいる田嶋を見た。50代くらいの角刈りの男性教師だ。多少歳は取っているが、この堅物そうな男が、俺に身体を乗っ取られてどのように染まっていくのか確かめるのも、それなりに面白そうだ。 (もうちょい南谷が俺に染まったら、またあのサイトで憑依薬を買って、少し乗り換えてみるか。南谷と田嶋で、セックスさせるのも面白そうだ。俺に染まって男好きになっちまえば、どっちかから誘えば簡単にヤれるだろ……っておいおい。俺は何をマジになっているんだ? これは妄想。ただの妄想だろ?) 俺は暗い笑みを浮かべながら、ぐりっとチンポジを直した。半ば固くなりつつあるチンポの感触が心地よい。田嶋が怪訝そうな顔をしたが、何も言わなかった。澄ました顔をしていられるのも今のうちだ、田嶋。お前もそのうち「俺」に染めてやるよ。俺は田嶋を乗っ取る計画を立てながら、職員室へと向かった。 (終) ────────── 今回は憑依モノです。憑依されたことにより、思考も憑依元の人格に影響されてしまうパターンですね。完全に人格が切り替わるわけではなく、南谷先生の人格に、憑依元の変態男の人格が混じってしまっている、というイメージですね。あまり憑依モノを書いた経験がないので、1対1の話にしましたが、人数を増やして、憑依された人間たちが次々に人格汚染されてしまう話も面白そうです。
くろねこ@9605
2020-12-19 16:18:30 +0000 UTCくろねこ@9605
2019-11-01 12:51:29 +0000 UTCくろねこ@9605
2019-11-01 12:46:23 +0000 UTC黒竜Leo
2019-10-31 17:25:06 +0000 UTCまたり
2019-10-31 14:21:54 +0000 UTC