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くろねこ@9605
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立場交換オフィス【未完成】

 潮田澄義は、月曜日が大の苦手だった。ふと顔を上げると、通勤電車の窓に映る自分の顔が、緊張で強ばっているのが見えた。その姿を振り払うように電車を降り、会社へと向かう。  とはいえ彼自身、仕事に対する不満があるわけではない。年齢は48歳。諏訪商事の営業部部長。仕事も上手く行っているし、職場の人間関係も良好だ。プライベートにも問題は見あたらない。妻と中学生の娘と、郊外にある一戸建てのマイホームで暮らしている。彼が月曜日を苦手としているのは、最近会社で起こり始めた、ある「異変」のせいだった。 (うっ……また金曜まで、俺もああなるんだよな……)  潮田の視線の先で、本社ビルの入館ゲートに、出勤した社員たちが社員証のIDカードをかざしていく。しかし、あきらかな異常事態がそこで起きていた。  スーツを着た若いサラリーマンがIDをかざすと、ピッという電子音と共に、彼の顔がとろんと幸福そうにとろけた。それと共に、彼のスーツが女物のスーツに変わる。顔にも化粧が施され、彼はハイヒールで床を鳴らしながらエレベーターへと向かっていく。同様に、後に続いてIDをかざした女性社員は、男性用のスーツ姿になり、顔から化粧が消えてすっぴんのままエレベーターへ向かっていた。  「社員証を入館ゲートに読み込ませると、身体はそのままに、他の社員の立場になってしまう」それが、この諏訪商事を襲う異常の正体だった。なぜなのかは理由がわからないが、先月社員証のデザインが一新されてから、急にこうなってしまった。  一度立場が変わってしまうと、少なくとも金曜日までそのままだ。金曜日の退勤時に、ようやく本来の自分の立場に戻ることが出来る。平日はずっと他人の立場で仕事をし、他人の家に帰ることになる。潮田が本来の家族と過ごせるのは、金曜の夜と、土日だけだった。 (俺以外の連中、みんな気がついてないみたいなんだよな……)  潮田はそっと周囲を見回した。他の社員たちは、特に気負うことなく入館ゲートに社員証をかざし、他人の立場になって出勤していく。それも潮田の悩みのひとつだった。どうやらこの異常に気がついているのは、潮田だけらしい。いや、大きな会社だから、他にも気づいている社員はいるかも知れない。だが、潮田が知る範囲では誰も気づいていないようだった。それに…… (俺も社員証をかざすと……金曜日まで、それがおかしいって思えなくなっちまう)  潮田は鞄から社員証を取り出しながら、緊張した面もちで入館ゲートまで歩いていった。それも、異常に気がついている他の人間を捜せない理由の一つだ。社員証をかざすと、潮田自身の認識も、週末まで書き換えられてしまう。とはいえ、「他人の立場になるので、出勤したくない」などという理由で欠勤しようとしても、誰も信じてくれないのは明らかだ。なので彼は仕方なく、この異常事態を受け入れて出勤していた。 (いよいよだな……今週は誰になるのやら)  眼の前に入館ゲートが近づいてくる。潮田はごくりと生唾を飲み込むと、半ばやけくそ気味に社員証をゲートに読み込ませた。 「はうん」  ピッ、という電子音と共に、彼の全身を甘ったるい感覚が包んだ。潮田の男臭い顔が、でれっと快感で緩む。足がもつれそうになる。もじゃもじゃとした脛毛の生えた脚は、もはや男物のスラックスを穿いていなかった。ストッキングを穿き、女性用のスーツになっている。蒸れた靴下と革靴ではなく、ハイヒールになっている。潮田は肩で息をしながら社員証を見た。そこには「潮田澄義」という彼本来の名前ではなく「海老沢早苗」という女性社員の名前が書かれていた。 (あれ? 海老沢早苗って書いてあるな。これは元々の俺の名前だよな。うーん……今週は立場が変わらなかったのか?)  潮田は……否、「海老沢早苗」になってしまった潮田は、太い首を傾げた。そのまま女子トイレに向かう。鏡をのぞき込むと、角刈り頭でがっちりとした体格の中年男が、日焼けした浅黒い顔に化粧をして、女性用のスーツとブラウスを着てこちらを見ていた。  潮田は「社員証を入館ゲートにかざすと他人の立場になってしまう」ということは覚えていても、元の自分のことは思い出せなくなっていた。 (うーむ……多少顔の骨格はごついし、男顔だけど……どこからどう見ても、俺は女だよな。でも先週もそうやってチェックして、他人になってたんだよな)  潮田は念入りに鏡で自分の顔をチェックした。ついでに化粧も直しておく。どこからどうみても、角刈り頭で髭の剃り跡も濃い、堅太り体型の中年男なのだが……しかし、立場交換によって「自分は海老沢早苗である」という認識に近づくよう、潮田の認知機能には強烈な補正が掛かっていた。とはいえさすがに違和感すべてを覆い隠せるわけではないため、「自分は男顔である」程度の認識は抱くことが出来た。  女子トイレの個室に入ると、潮田は自分のブラウスの中を覗いてみた。ブラウスの中では、ブラジャーで谷間まで作られて、しっかりと盛られた彼の胸板があった。若い頃に柔道で鍛えた胸板は、脂がのった上に胸毛がもじゃもじゃと生えて、むさ苦しいことこの上ないのだが……潮田の脳では「少しだけムダ毛が濃い、20代の女の胸」という認識に置き換わっていた。   (どこからどう見ても女の胸だが……ちょっとムダ毛が濃いよな。それに……)  潮田がスカートとパンティを下ろすと、猛々しい肉棒がぶるんと現れた。淫水焼けした、太く逞しいイチモツである。しかしそれも「クリトリスである」という認識に、彼の脳内で置き換わっている。潮田は自分のペニスを触って確かめていた。   (やっぱり俺のクリトリス、結構デカくないか? ペニスぐらいはあるよな。っていうことは俺、入館ゲートをくぐる前は、男だったんじゃないか?)  潮田は毎週、その結論まではたどり着く事ができた。しかし、その先がわからない。潮田の脳内にあるのは、海老沢早苗としての人生の記憶である。性格こそ潮田澄義という中年男のままだが、しかし記憶は他人のもの。手に持っていた鞄も海老沢のものと入れ替わっているため、事前に立場交換後の自分に伝言を残すことも出来なかった。 (ううむ、今週も俺が元は誰だったのかわからんが……とにかくオフィスに行くしかないか) (未完) ──────────  この作品はかなり難航していて、いくつか設定を変えて書き直したうちの一つです。「自分の立場交換をどこまで自覚できているか」で、結構迷っているのです。これは「なんとなく立場交換が起きたことはわかっているが、前の自分は思い出せない話」です。「前の自分の記憶もあるが、新しい立場に染まっている話」もありますし「潮田と立場交換したOLを主人公にした話」もあります。こういう立場交換、どれにしようかすごい迷うんですよね……

立場交換オフィス【未完成】

Comments

そうです。以前ツイッターで呟いたものです。他の社員との関係が変わるのも面白そうなんですよね。本来は部下だったはずなのに、交換後は上司になっていたり、あるいは社内恋愛中の恋人になっていたり。 上手いこと設定がハマると面白い話になりそうなので、色々試してみます。

くろねこ@9605

これは……以前ツイッターで呟いていらしたアレでしょうか。様々なバリエーションが考えられるので、どんな展開にすればいいのか目移りしそうですね。筆が進まないのも仕方ありません。ちぐはぐな立場を与えられた同僚たちとの関わりも楽しみですね。元の潮田さんの立場になっている人物と、海老沢さんの立場になった潮田さんの会話とか。本来は潮田さんの上司なのに、海老沢さんの同期や後輩の立場にされたおじさんたちとか。「一見すると女性社員のように思えるが、きちんと整えられた口髭や広い肩幅からすると、もしかすると男なのかもしれないな」と潮田さんが訝んだりすることもあるかも……などと考えるとワクワクが止まりません!このパターンでなくてもいいので、いつか好みの展開が決まったらぜひとも執筆してみてください。

羊谷 日辻(ひつじたにひつじ)

うーん……完成させたとしても、この話とは全く違う形になるかもしれません。出勤のときに立場交換するって、結構面白いと思うのですが、色んな可能性がありすぎて、中々決められないのですよね。

くろねこ@9605

この先は期待してますが、やっぱり書き辛いでしょうか?

黒竜Leo


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