1.髪型 異変は、ささいなことから始まった。 「あれ? 浩輔って髪型変えた?」 「いいや、前に切ったのは半月前だぞ。そういう沙織こそ、髪切ったんじゃないか?」 「私も変えてないわよ。そろそろ切りに行こうかな、って思ってたぐらいだし……とりあえず、お皿片付けちゃうね」 「ああ、流し台に置いといてくれればいいよ。後でやっとくから」 台所に食器を持って行く途中、私はリビングを振り返った。恋人で、私と同棲している武本浩輔は、TVの続きを観ている。学生時代にラグビーをしていた浩輔は、首が太く、肩幅も広く、筋肉質で男らしい体格をしている。そんな彼の今の髪型は── (紫色のパーマ? 浩輔って、こんなにおばさん臭い髪型だったかしら) 私は首を傾げながら、角刈り頭をボリボリと掻いた。 2.名前 翌朝。私は奇妙な違和感を感じながら、携帯の目覚ましアラームを止めた。眠っている間に自分の大切なものを奪われ、替わりに別のものをあてがわれたかのような……。寝ぼけ眼でリビングに行くと、既に起きていた彼から声が掛かった。 「おう、おはよう。勲雄。今日は俺、飲み会があるから晩飯はいらないや」 私と同棲している村木吉江が、新聞を片手にコーヒーを飲んでいた。相変わらず紫色のパーマで、胸板の厚い男らしい体格に、スーツがよく似合っている。 (あれ? 村木吉江? 彼って……そんな名前だっけ) 寝ぼけているのだろうか。こんな女性っぽい名前じゃなかった気がするんだけど……でもどうしても、彼を昨日までどう呼んでいたのか思い出せなかった。私はコーヒーを貰いながら、彼の話を聞いていた。 「勲男は──」 「こんどここに、勲男と行きたいなって──」 彼は私のことを、勲男と呼んだ。磯崎勲男。それが私の名前のはずだ。でも、本当に昨日まで、こんなオヤジ臭い名前だったっけ? 彼は私のぼんやりした反応に苦笑いすると、焼きあがったトーストを食べ始めた。私もほとんど味のしないトーストを、とりあえずコーヒーで喉に流し込むと、部屋に戻って自分の財布から免許証を取り出した。 免許証には「磯崎勲男」とはっきり印刷されていた。 (うーん。やっぱり私は、磯崎勲男なのよね……でもなんか、変な感じがするのよね) どこか釈然としなかったけれど、私も出勤の準備に取り掛かった。 3.化粧品と下着、嗜好 週末。金曜の夕方に彼と駅で待ち合わせて、外で食事して帰ろうということになった。 「お、いたいた。勲男!」 改札前で、吉江が右手を上げてこちらに歩いてきた。男らしく彫りの深い顔には、濃いめのファンデとアイラインが引いてあり、まつげにはマスカラもしっかりついている。かなりオバサン臭い厚化粧で、男性用のスーツからは女性向けの香水がぷうんと香ってきた。彼はワイシャツの下に透けている黒いブラの位置をさり気なく直すと、私と並んで駅前のビルへと歩き出した。 ごくありふれた、デートのはずだ。私はそっと周りを見渡した。帰宅途中のサラリーマンたちは、軒並み化粧をしていた。交番の前に立っている厳つい警察官はギャルメイクをしているし、坊主頭の高校球児たちもナチュラルメイクをしていたりする。対して、女性たちは皆すっぴんだ。もちろん、私も。 「ねえ、吉江。その化粧と香水って……」 「ああ、これか? どうしても営業職だと、濃い目になっちまうんだよな〜。ほら、俺って元々顔もゴツいからさ。それに男って汗臭いから、香水も付けないとだろ? まったく、化粧をしなくていい女が羨ましいよ」 何かがおかしいはずなんだけど、何がおかしいのかわからない。私たちは駅ビルに入っているイタリアンレストランで食事をすると、二人で自宅へと帰った。 4.衣服と職業 土曜日の朝、普段より遅めに起きると吉江はベッドにいなかった。外出するというメモと、作りおきの料理が冷蔵庫に入っていた。ブリーフ一枚で起きた私は、ぶるんぶるんと胸を揺らしながら冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ツマミになりそうなビーフジャーキーを持ってリビングへと向かった。 「これよこれ。休日はやっぱり昼間っからビールよね〜」 ドカッとあぐらを掻いて座ると、ムッとむさ苦しい臭いが鼻を突いた。中年男の加齢臭が、私の汗ばんだ胸の谷間から薫って来ていた。鼻の頭を掻くと、ギトギトとした中年男の脂が指先に付いた。当然よね。私もいい歳したオヤジなわけだし。でも、それにしても…… 「まるで女みたいな胸よね」 私はデレッと鼻の下を伸ばした。若い頃から柔道で鍛えてきたから、体格には自信があるけれど……それでも、女のような胸と、腰のくびれ、尻には、思春期の頃からお世話になってきた。 「はぁん……いい、いいわ……」 (未完) ────────── 段階的な立場交換の話です。毎日少しずつ進行していくのですが、もうちょっと各日付ごとの文章の量を増やしたいな、と考えているので、一旦保留になっています。
くろねこ@9605
2019-03-31 13:23:25 +0000 UTC黒竜Leo
2019-03-31 13:21:20 +0000 UTC