コラム「手を挙げろ! 常識改変警察だ!」
Added 2018-07-23 08:09:48 +0000 UTCみなさんこんにちは。炎天下のアスファルトに揺らぐ逃げ水、くろねこです。今回は小説講座ではなく、「常識改変」というジャンル自体についてお話したいと思います。 常識改変はMCのジャンルのひとつです。催眠や洗脳と違って、対象人数の多いMCの方法なのですが、ときおり「作者は常識改変のつもりで書いてるけれど、これって常識改変というより洗脳なのでは?」という小説に出会うこともあります。今回のコラムでは、僕なりの常識改変の定義や、常識改変と洗脳を見分けるポイントについて押さえていこうと思います。 まずは、常識改変の定義ですね。催眠や洗脳では、個人の認識を変えます。しかし常識改変では、社会全体の認識を変えます。社会それ自体をMCする、と言ってもいいでしょう。 作品によっては社会よりも、もう少し狭い範囲で認識を変えることもあります。職場や学校、家族といった、社会を作る小さい単位の共同体ですね。職場内での規則や、学校の校則、その家における決まりごとなどです。ですがその場合も、それらの共同体を外部の人間が見ても、自然なものとして取り扱われるようになります。いずれにせよ、常識改変は「共同体の暗黙の了解や、ルール自体を書き換え、それが自然だと認識させてしまう」MC方法です。 ここまでが、常識改変の定義です。さて、次は常識改変と洗脳との見分け方です。常識改変と洗脳、特に人数の多い「集団洗脳」は、見た目上はとてもよく似ています。どこに違いがあるのでしょうか。 例えば常識改変で「A高校の男子生徒の制服は、全裸にコンドームである」とするのと、同じ内容でA高校の教師と生徒に集団洗脳をするのとでは、どんな違いが出てくるのか。それぞれ見ていきましょう。 ポイントになるのは「警察」です。 常識改変の場合は、全裸にコンドームで登下校するA高校の男子生徒を、警察官が見ても、特になにも起きません。常識改変によって、社会全体の認識が変えられていれば、警察官から見ても「A高校の制服が全裸にコンドームであるのは常識であり、なんら問題はない」という認識しか出来ないためです。 しかし、集団洗脳の場合はどうでしょうか。男子生徒がコンドームだけ着けて登下校する様子を見た警察官は、まず間違いなく、補導しようとするでしょう。A高校の教師や生徒が集団洗脳されていたとしても、それ以外の人間からは、異常を認識することができるためです。 MC小説を書いている人で、自分が書いているのが、常識改変なのか集団洗脳なのかわからなくなったときは、警察官がそれを見てどう反応するかを想像してみましょう。通りすがりの警察官が無反応なら、常識改変。逮捕や補導しようとするなら、集団洗脳です。 ここまでが、常識改変と洗脳の見分け方です。最後に、常識改変のメリットをまとめてみましょう。 常識改変のメリットには「MC対象の破廉恥な姿を公衆に晒しても、警察が介入しない」「MC対象が社会的に破滅するのを回避できる」という点があります。 これは小説の読後感に関わってくるのですが、特に何もしていない善良な人間が洗脳され、公衆の面前で破廉恥な姿を晒して、警察に捕まる……などして社会的に破滅してしまうと、どうしても読後感が悪くなります。それを回避しようとすると、警察に捕まらないように立ち回らせるか、捕まえようとした警察官を連鎖的に洗脳して堕としてしまう、などの行為が必要になります。 善良な人間を性犯罪者にすることで、むしろ読後感をダークにしたい、もしくは警察官も洗脳で堕としたい場合は、MC方法は洗脳の方がよいでしょう。しかし作品としてそこを重視しない場合は、常識改変を使うと、MC対象の破廉恥な姿を書くことだけに力を注ぐことが出来ます。「こんな変態的な格好をさせて、警察に捕まらないだろうか」といった部分にリソースを割かなくて済むので、書き手の負担が減るのです。 どちらを選ぶのかは、その作品で何を重視するのかで選んだ方がよいでしょう。逆にMC方法として洗脳を使いたいときに、そもそも場所を警察が入ってこれない場所にしてしまう手もあります(個人の部屋や、私有地などですね)。 それでは、今回の常識改変についてのコラムはこれで終わりです。また次回、お会いしましょう。