見える自由
Added 2019-02-08 06:40:45 +0000 UTC小さい頃って、自分の描く世界がいつかゲームや本、見ている漫画やテレビに出たらきっと素晴らしいだなんて思っていました。
その頃って何を描いても楽しいし、周りがそれを見て笑顔になってくれるのが嬉しくてやってたと思います。
それが年を重ねるごとに、世界の広さを知ってしまい、優れた人間の存在を知ってしまう。
嫉妬にかられ、自分の世界を描くことよりも、誰かに評価されることを優先してしまい、心が汚くなってしまう。
自分とは違う個性を持った人にそんな思いを抱いてもいいことなんて無いのに。
自分だけの世界だけを見ていたいから何も見えなくした。
でもそれは自分の成長を止めることになるかもしれないって思った。
もしそうだとしても、何も描けなくなることは、自分の好きなものが壊れてしまうより、
誰かとの繋がりが断たれてしまうより、自分が今日死んでしまうよりも怖いことだと思った。
自分の愛した世界を汚してしまうと思った。
何もかもが見える自由な世界が出来てきている。
それは誰かの可能性を伸ばすこともあれば、誰かを殺してしまうこともある。
上に上がる人間はこういうんだろう。
「続けられる人間が強い」
そうして消えていくものから目をそらして、
自分の世界を作り上げていく。
誰かの幸せのために、誰かが不幸でいることが決められている人生なのなら、
誰もかまわず生きる私を、幸せにしないでって願っています。
青い鳥に縋るよりも、誰かに愛をもらうことよりも、
自分を自分で愛せることの方が、よっぽど難しいって感じるから、
見える自由を当たり前にしたくない。
見えない不自由を愛してみたい。
色辺つこです。
支援してくれている方々の中で、SNSにてご覧になってくれてた方に
お知らせだけしておこうと思ってこれを書いてます。
名前を出すまで長い。
Twitterからいきなり消えて申し訳ございません。
小説書き終わるくらいまでは、なんかいけるぞ、って思っていたんですが
その後も交流あったりと、楽しいことも多くあったのですが、
キャパがオーバリミットし、勢いに任せてgood bye wouldしました。
最初に書いて居る文は、関係なさそうに見えて意外に私だと思ってます。
そのうちひょこっと戻るかもしれませんし、考えに考えて戻らないかもしれません。
戻らなくても私の作品は見られるのですから。
最近「左利きのエレン」って漫画を読んで居て、目から鱗がぽろっと外れた言葉がありました。
「幸せなんかにならなくていい」
その世界があることを普遍的に描かれているのが、とても印象に残ってます。
エレンがある画家に言った言葉ですが、内容は言いません。
ただ、私に違う見方を教えてくれた漫画です。
是非見てください。
なんか宣伝みたいになったのですが、そうではなくて、
Twitterというステータスは今現代においては大事な宣伝場所であることは
間違いではなくなって居ますし、コミュニケーションの場としてとても唯意義な場所だと
思っています、が、私が悪いのは才能で溢れた世界に嫉妬することと、
これで評価が取れるのか、というマーケティング思考を走らせてしまうこと。
売れるものを描くのは、生きる上では大事です。ね。
でも、なんでもないただ一人の人間が、評価を得るためだけに作る絵に
価値を与えることは無駄だと思ってしまいます。
ひねくれてますね。
それでも、描きたい世界を作るために必要だと考えるこのモチベーションを
無駄にはしたくないので、下げると思われるものに関しては
徹底的に消していこうと思います。
いつか幸せを感じ始めれば、きっとSNSサイトを使っていても
自分を保てると思うので、そんな時が来ればと願いながら
これからも作品を作りたいと思います。
いつもありがとうございます。
大好きです。あでゅー