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【Prev】 【13】 涼冴と彗翔の試合後、VIPルーム。 徠は、最新式のスマホを片手に通話をしていた。相手は、次の試合に出場するディザイア側の選手、八剱だ。 徠「…あぁ、構わないよ。アイツは昔から扱いが面倒でね。いっそ殺してくれた方が助かるよ」 八剱『オイオイ、ひっでェ兄貴』 冷淡な声色の徠に対し、そ...
日向たちが戦っている最中、蒼惟は剴と共にディザイア施設内の廊下を走っていた。もっとも拉致と誤認させるために、蒼惟は剴に担がれているだけなのだが。
蒼惟「…あった!ストップストップッ!ここだ!」
ある扉の前で蒼惟が剴の肩をバシバシと遠慮なく叩いて示すと、猛進していた彼が急ブレーキを掛ける。
剴「おッ!!何だ!?ケイトかッ!?」
蒼惟「いねーわ。彗翔大好きかよ」
すかさず剴の腕から飛び降りた蒼惟は、気を失ったスタッフから奪ったカードキーを端末に翳す。ピピっという電子音と共にドアのロックが解除された。
蒼惟「誰かが来てもこの中には入れさせるな。俺が戻るまで耐えられたら俺も彗翔もお前と戦ってやるよ」
剴「おうッ!!わかったッ!!」
食い気味の、あまりにも元気の良い返事に蒼惟は苦笑した。
蒼惟(…コイツ、自分が今何させられてんのか少しは疑わねぇのかな…?)
言われた通り、何人たりとも通すまいと仁王立ちを始めた剴へと背を向けて、蒼惟は開錠された扉を開く。すると、内部を埋め尽くしていた観客の歓声が蒼惟の脇を抜けて廊下にまで一気に溢れ出した。
扉の先は会場の天井付近にあるメンテナンス用の通路だった。
下に目を向ければ、そこには先ほど蒼惟自身も試合を行ったケージがあり、その周囲では席に座った数多の人間が金網内の見世物に夢中になって声を張り、熱心に手を振っている。ある種狂気的なくらいだ。
彼らの意識が他に逸れることなど万に一つもないだろう。
蒼惟は急ぎ足でキャットウォークの上を通り、会場の中央付近まで歩を進めるとスマホを開いてSNSアプリを立ち上げた。
蒼惟「…よし、ギリギリ4G入ってる!これなら…!」
投稿画面を開き、動画をネットに予約投稿する。動画の中身はディザイアに来ている人物や、隠し撮りしていた場内の様子だ。
万が一勝敗が不利になった場合には交渉材料にする。これが日向、蒼惟、刃連の裏の作戦であった。
蒼惟「予約投稿にして…アップロードスタート…!」
樹神家と関係の深い政治家や官僚、業界人を洗い出すことは難しくなかった。有名動画サイトにまとめ動画があったくらいだ。
それらの人物の顔と名前を予め刃連が暗記し、そして今日、実際に観客席に居る面々と照らし合わせてリストを作成した。その上で蒼惟自身も鞄の中にスマホを忍ばせ、カメラで内部の様子を回し続けていたのだ。
成人、未成年が入り乱れ、体格差も関係無し、明らかに危険な試合が組まれているファイトクラブ。それに加えて多額の金銭が絡む賭博染みた行為まで黙認されているような場に出入りしていることが明るみになれば、リストアップされた彼らもタダでは済まない。
ディザイアの運営側にとっても、それは避けたいはずだ。
だが、地下に位置するディザイア内ではほとんど電波が入らない。そして会場を後にする時にはスマホの中身を確認されてしまう。
その前にタイミングを見計らって抜け出し、電波が入るところを見つけてSNSに投稿しなくてはならない。
そこで目を付けたのが、試合会場内のメンテナンス通路だった。ディザイア内で比較的地上に近い場所ならば、あるいは電波も届くのではないか、と。半ば希望的観測ではあったが、こうして賭けには勝った。
一見十分に練られた作戦に見えるがいくつもの前提や偶然が積み重なって初めて成功する作戦。ここまでうまくいっていることは奇跡としか言いようがなかった。
蒼惟(いろいろ想定外のことは起きてるけど、ギリギリ予定通り…!)
だが、まだアップロードには時間がかかる。その前に決着がついてしまえばどうしようもない。
焦る蒼惟の額に、じわりと汗が滲む。スマホを持つ手にも知らず識らず力が入ってしまっている。
ちらりと下へ視線をやると、照明機材の隙間からケージの中で戦う二人の姿が見えた。
蒼惟「戦ってんのは日向先輩か…?お願いします…!もう少し時間を稼いでください…!」
ガシャン…ガシャンッ…
彗翔(…ん?…なんだ…?なんかぶつかってる音…?…あれ?てかなんでオレ寝て…ッ!?!?)
強烈な一撃で刈り取られていた意識が徐々に浮上して、朧げな五感に不明瞭な情報が入り込んでくる。天井から照り付ける眩い光、そして何か耳障りな音。
がばっ!
彗翔「涼冴ッッ!?!って痛ててて…ッ!…試合は…ッ!?」
弾かれたように勢い良く背中を起こすと一瞬遅れて体のそこかしこが強く痛みを発して、彗翔は呻いた。
痛みのお陰でようやく意識が鮮明になり、自分がケージリング下の待機スペースに寝かされていることに気が付く。
亮「お、やっと起きたか。もうお前の出番終わってんぞ」
彗翔「マジか…オレ、やっぱ負けちまったのか…え、てか亮がここにいるっつーことは…?」
痛みを引きずりながらも、上半身を持ち上げた時だった。
ガシャンッ!
夢うつつの状態で何度も耳にしていた、あの音がした。
彗翔「またこの音…って日向先輩…ッ!?」
ケージ内で繰り広げられている試合の様子に、彗翔は目を瞠った。
戦っているのは中学生とも見紛う短躯の少年ーーもとい日向である。果敢に飛び込んでは相手の反撃を喰らい、何度もフェンスまで吹き飛ばされている。
その相手である褐色肌の大男にも、彗翔は見覚えがあった。
彗翔「あの日向先輩が弾き飛ばされてる…?相手は…八剱ッ!?!?」
彗翔の脳裏に、あの日椅子で頭を弾き飛ばされた涼冴の姿が蘇る。
言葉を交わしたことがあるわけではないが、危険な男には違いない。
彗翔「おいなんで日向先輩があいつと戦ってんだよ!?ウェイト差いくつあると思ってんだよッ!?体格的に戦うならお前だろ亮ッ!!」
食って掛かる彗翔だったが、亮は鬱陶しそうにするだけだった。
亮「どいつもこいつもうっせぇなぁ。行くっつったの先輩だっつーの。文句は本人に言えよ」
彗翔「そんな…先輩…オレが負けたから責任感じて無茶な相手に…」
しょぼくれる彗翔を一瞥した彼は鼻で笑った。
亮「ハァ?お前みたいなバカからはアイツがそんな大層な人間に見えてんのかよ」
彗翔「…えっ?」
亮「アイツがあの金髪と戦いに行ったのは責任感なんかじゃねぇ。ヤケになったんでもねぇ。万が一にもこの試合で俺が負けて団体戦が終わったら」
亮&徠「自分が戦いもしないで負けになる。それが嫌だったんだよ」
それと時を同じくして、VIPルームでは滄冴と徠がモニターを通して観戦していた。
滄冴「へー、クールそうなのに意外とガキなんだ。でもあの体格差じゃ負けイベくない?」
徠「うーん、どうだろうね。さっきから変な戦い方してるから、何か策があると思うんだけど」
相変わらず、踏み込んでは吹き飛ばされてばかりの日向の姿が画面に映し出されている。
徠(自分より体格の大きい相手にヒット&アウェイを挑むのは確かに定石。だがそれが有効となる状況は2つだけ。判定で勝負が決まる時か、素手で急所に一撃必殺が決められる時か。もちろん今の状況には当てはまらない)
試合形式はラウンド制や判定制でもない、どちらかが倒れるかまでの時間無制限。もはや試合という体を成しているかさえ怪しい状況だ。
そしてお互いの拳にはグローブがはめられ、一撃必殺の威力を大幅に削いでいる。
徠(そんな状況にも関わらず、さっきから明らかに時間を稼ごうとしている。日向くんは一体何を考えている?)
決定打を狙う訳ではなく、しかし攻めの手を緩めることもない。徠には、その理由が全く見えていなかった。
そして、ケージ内部。
ガシャーンッ!
フェンスに叩き付けられるのはこれで何度目だろうか。日向の肌は、そこかしこが赤く染まっている。
八剱「さっきからどんだけ吹っ飛んでんだよ。ボコりづらくて仕方ねぇ」
八剱は全くといっていい程に無傷で、息の一つも乱していない。思う様に暴力を振るえないのがつまらないようで、溜め息を吐いてさえいる。
日向(…この男、実力は相当だ。時間稼ぎもどこまでできるか…だが…!)
言葉も返さず、日向は揺るがない眼光で真っ直ぐに八剱を射抜いたまま、体勢を整えるや否や再び相手に向かって飛び込んだ。
顔面へ向けた突きは陽動。それに釣られて反射的にガードを上げた八剱の、腹部へともう一方の拳で一撃、加えて脇腹へと続け様に蹴りを入れる。
瞬き数回にも満たない間の連打。八剱の側から舌打ちは聞こえたが、拳で打つ肉の感触はまだ硬く、明確なダメージとして通っているかどうかは怪しい。
後退しようとする日向に目掛けて、すかさず八剱からカウンターの蹴りが放たれる。
日向(…!?)
だが、八剱の蹴りは日向に直撃する寸前で止められていた。そのはずであるのに、日向の身体は大きく吹き飛ばされた。
傍目には、今までと同じく"弾き飛ばされた"ように映ったことだろう。しかし、実際には日向が自分から飛んだのだ。
八剱「オイオイ!ついに俺はスーパーパワーにでも目覚めちまったかァ!?蹴ってもねェのに相手が吹き飛ぶようになっちまった!」
ガシャンッ!
立ち上がろうとした日向の顔の真横に八剱の拳が突き立てられて、金網が撓んだ。そうして追い込んだ獲物を前に、八剱は余裕綽々の表情で日向の鼻先にまで屈んで囁く。
八剱「お前、わざと吹っ飛んでんだろ?全身でスウェーバックしてるつもりか?それとも時間稼いでたら俺がバテるとでも思ってんのか?」
日向「…だったら何だ?」
八剱「はーん、そうかよ」
ガシッ!
日向「ッ!」
八剱の体を押し返そうとした日向の腕が掴まれ、そのまま勢い良くフェンスから引き離される。
八剱「だったらこうすりゃァ吹き飛べねぇよなァッ!!」
ドゴォッ!!
日向「がはッ!!」
体勢を崩した日向の土手っ腹に、強烈な蹴りが叩き込まれた。情け容赦のない全力の蹴り上げに、日向の体が宙に浮く。
がっちりと腕を掴んだ八剱の手は、ちょろちょろと逃げ回る獲物を縛るための枷であろう。日向が振り解こうとしても微動だにせず、後退も叶わない。
八剱「へェ。良い蹴り心地、だなァッ!!」
ドゴッ!バキッ!ガッ!ボゴォッ!!
日向「ぐッ!がッ!ぐぉ…ッ!がァッッ!!」
その無防備な腹部に、太い下腿が何度も叩き付けられていく。
傷を負わないよう鍛えた脛骨は樫の木のように硬く、最早凶器で殴打されるにも等しい。それを立ち技を得手とする八剱が振るうのだから、威力は言わずもがな。
日向が必死になって腹筋を固めたところで体内まで易々と衝撃が及び、耐えられずに苦鳴が漏れる。
絶望的な体格差。片腕を掴まれ満足にガードすることも衝撃を逃がすこともできない。
今までも自ら吹き飛ぶことでダメージを最小に抑えられていたとはいえ、決してゼロにできていたわけではない。日向がマットに倒れ込むまで大した時間は必要なかった。
…どさっ!
八剱が手を離すのに従い、日向はその場に頽れ、そのまま倒れ伏した。
彗翔「日向先輩ッ!!」
八剱「ハッ、手間かかったわりにゃ大したことなかったなァ…ォん?」
日向「まだだ…!」
もう立ち上がれまい。そう判断し、背を向けて観客へ勝利のアピールを始めた八剱の右脚に、日向が腕を掛ける。
好き放題に扱われた果てに膝を突いても、なお日向は折れていなかった。
日向「まだ終わって…ぐッ!?」
しかし、振り向きがてら無慈悲に振り下ろされた片足に頭部を強く踏み付けられ、日向の言葉は苦痛に塗り潰された。
八剱「なんか言ったかチビ助ェ?悪ィけど聞こえなかったわ。もう1回聞かせてみろよ」
日向「…まだ終わってなぶッ!」
見下す視線を睨め上げたところで今度は顔面目掛けて容赦無く足が落とされ、その拍子に体が後ろへ倒れ掛けた。
八剱「やっぱ聞こえねェなァ。もっと腹に力入れて喋れや」
八剱の目には、日向は敗者であり、これもただの悪足掻きとしか映っていない。
力の差を見せ付けることを好む彼にとり、負けを認めず縋り付く弱者などは鬱陶しいだけだった。
ドスッ
日向「っぐぉ…ッ!!」
軸が揺らぎ、無防備になった脇腹へと蹴りが入れられ、日向の体が小さく跳ねる。衝撃に呼吸が一瞬止まり、唇から唾液が僅かに散った。八剱の脚から、手が離れる。
八剱「ピンボールごっこの次は足ツボマットごっこかァ?ガキは面白ェ遊びをたくさん思いつくなァ」
日向「がぁぁぁ…ッ!」
前のめりになり、下がった頭部へと続け様に杭打つようにして片足が落とされ、日向は顔面から勢いよく床へと倒れ込んだ。そこへ足底が無遠慮に力を掛けてくる。
さして力んでいる気配もないというのに、軽く体重を掛けられるだけで頭や首の骨から軋む音がした。
八剱「んでェ?チビ助は俺がバテんの待ってんだったかァ?でもなァ今んトコ全然バテる気がしねェぜ?」
日向「ぐ、ぉぉおぉ…」
八剱「さっきのピンボールごっこもそうだよなァ。俺は1ミリもバテなかった」
頭を、背中を、腰を……と踏み付けられ、踏み躙られて、強く拳を握っていた日向の手から力が少しずつ抜けていく。
八剱「バテたのはピョンピョン吹っ飛んだ振りしてたテメェだけだろチビ助ェッ!」
ドゴォッ!
日向「ゴフッ!!」
そして、遂に日向の手が力任せに解かれ、自由になったその脚が脇腹を目掛けて振り抜かれた。
人を蹴るのではなくボールを扱うよう、足の甲で強かに弾かれて、日向の身体はマットの上でバウンドしながらゴロゴロと転がり、フェンスにぶつかって止まった。
仰向けになった日向は、痛みに揺らぐ意識の中で必死に酸素を取り込む。
その表情にもはや一切の余裕など残っていなかったーー
ーー天元から届く合図に気が付くまでは。
SS作成協力:はばねろ様(https://www.pixiv.net/users/20449949)

【Prev】 【17】 日向は天井を仰いだまま、必死に呼吸を繰り返す。 その表情にもはや戦意や余裕など残っていないーーはずだった。 日向「…はぁっ…はぁっ…ふっ…」 日向は天井で小さく振られる明かりに気づいたのである。それは作戦準備完了の『合図』。ディザイア内の写真をSNSに予約投稿できた蒼惟が、ライトをつ...
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